〜side 語り部〜
今日も今日とて宿ヌシ殿のセールストークは冴え渡り、昼飯前には商品もめでたく完売。
これは街の民の会話を基に吾輩が構築した翻訳データベースを宿ヌシ殿の脳髄に焼き付けたおかげである。
何?二度とやるなと・・・住民との会話に困っていたから吾輩は宿ヌシ殿のために行ったのであるぞ?
ちょっと街中に響き渡った悲鳴は、はしたなかったが綺麗に白目を剥いて熟睡していたでは無いか?
夢も見ずに思考が完全にブラックアウトしておったから日々の疲れも取れたのでは無いかな?
「はーい、それじゃみんなー。 私の手元に注目してねぇ♪」
宿ヌシ殿は思考の片隅で吾輩と大変心暖まるスキンシップを取りながら、空いた時間を使って街へ溶け込む為に、広場で子供達にあやとりを教えていた。
「わー♪ MEMちょちゃんスッゴーイ」
女児の称賛によりドヤ顔で蝶だ橋だと技量を見せつけるのは良いが、東京タワーとか見せても当地の子供らは理解出来ぬぞ。
そうした穏やかな陽射しと午睡の誘惑に、ウトウトとし出した頃
門に繋がる通りから緊迫の表情で門番が走って来た。
巡回していた警邏と打ち合わせると、更に遠方の連絡へ走る者、門へ急ぐ者と散って行く。
そして最後に残った者が広場で人々へ指示を出す。
「賊と思わしき一団が迫っている! 男共は門へ集合し指示を仰げ! 女子供は各々決められた館へ避難せよ! 急げ!」
突然の悲報に広場は騒然となり、商品を手早くまとめて立ち去る露天商、母親に連れられ逃げる赤子、粗末な武器を手に走る男たちと長閑な雰囲気は消し飛んでいた。
こうして逃げそびれた行商人達に混じり宿で避難して3日。
宿ヌシ殿は配給目当てで女子供に混じり戦の手伝いをしている。
街の防戦は壁上からの投石や弓、門や壁が崩れた箇所の防衛である。
「あんた綺麗に作るねぇ!この矢なら遠くまで飛んで賊の頭目まで届きそうだよ」
生産職Lvの恩恵を遺憾無く発揮して宿ヌシ殿は爆速でオーパーツじみた物資を作り上げていた。
今頃は賊も尽きぬ矢に辟易している事だろう。
「この街のみんなには世話になってから頑張るよー」
他にやる事も無く、食事が出て宿代免除と有って宿ヌシ殿は張り切っておる。
しかし所詮は古く寂れた地方都市では、千を超える賊の前に無力であった。
街の僅かな正規兵は疲れ果て、3日目の昼過ぎに防備の弱い部分より賊の侵入を許し門が開け放たれてしまったそうだ。
街内へ賊の侵入を許して仕舞えば多少武装した素人など狩の獲物に成り下がる。
断末魔の悲鳴と共に宿ヌシ殿から見える通りには、逃げ惑う住民と下卑た笑いを浮かべ略奪を働く賊徒であった。
「いやー!来ないで」
「助けてくれー!」
「この野郎来るな!」
「子供らを逃すんじゃ!」
悲鳴を上げて逃げ惑う婦人、少しでも抵抗しようと賊へ向かう老人、泣き喚く子供、ゲハハとイラつく笑いと染み着いた鉄の匂いが吐き気を催す賊。
刻一刻と人の形をした絶望が近づいて来るようであった。
宿ヌシ殿も震え背中を向けて走り出したい衝動に駆られている。
「MEMちょちゃん・・・」
だが足元に縋り付く少女を放り出して自分だけ逃げる選択肢を取れず、思考がぐるぐると回り混乱していた。
『か弱い私が暴力慣れした男に腕力で勝てるわけが無い』
『ちびっ子を守らなきゃ』
『抱えて逃げる?何処へ?』
『お腹空いたー、今日のご飯は何かなぁ?』
最後は現実逃避でもしてるのか余裕ありそうである。
しかし現実は非情であり、賊の一団が手の届く範囲まで来てしまう。
「大将!変な服着てますが、此奴は上玉ですぜ!」
「ふむ、祝宴の後に今宵味わうのも良さそうだな」
「ガハハ!俺たちにも回して下さいよ」
「飽きたらな」
こうして賊は汚らしい手で宿ヌシ殿の腕を掴み引き寄せようとする。
宿ヌシ殿は恐怖と嫌悪でぎゅっと目を瞑り反射的にビンタの一発でもお見舞いしようとするのだった。
〜fin〜
MEMちょ危機一髪である