明日投稿の予定でしたが、書き上がったので早めました。
なので、明日・明後日のどちらかに一本投稿します。
選抜レースというもの。
それは、トレセン学園に入ったウマ娘が最初に走るレース。
トレーナーたちに自分の力を見せて,スカウトを求める。このレースが一番簡単に参加できて、最も大切と言っても過言ではないような。
距離は、2000mまで。
最低1200。
1200に出る子の大半が、短距離路線を。
1400から1600に出る子は一部が短距離、半数が中距離・マイルになる。
2000に出る子は、中距離から長距離。
この体ができていない時期からスタミナがあるので、大抵はステイヤー……長距離に向いている。
私は、2000mに出るつもりでいる。
私は、ずっと一人だったから、時間があった。その時間を、トレーニングに充てていた。
それを、数年間。
継続し続けてきたから。他よりも努力をしている、だろう。
それに、2000mは走り切れる自信がある。
トレーニングの一つでやっていた、10km走。一定のペースで、これを走り抜く。
これが、効果があるかどうか。トレーニングになっているか。すこし疑問にはあるが、少しペースを上げるぐらいだったら構わずに走れる。
選抜レースも、レースの一つ。
目標に、あらゆる出るレースに勝利したい、と書いたのだから。このレースにも勝つつもりでいる。
浅はかだな、と自分で思う。
作戦の練り直し。
考えられる要素は少ないし、データもなければ作戦のテンプレもわからない。
何処で仕掛けるか。
誰をマークするべきか。
そのマークしたウマ娘の脚質は。
作戦を立てる、というのはその全てに加え、バ場状態や天候、その日の調子までもを考慮しなくてはいけない。
だから、元々の作戦として、持っていたのは。
簡単な後方策。後ろから前の動きを見て、仕掛ける。
でも、私の末脚……最後のスパートが何処まで通じるかが不透明だ。
なら、作戦を変える。
逃げ。最初から一人で先頭に立って、後ろからの追撃から逃げ切る。
そもそも、逃げというのは最も強い走り方だ。
だって、一度も前にウマ娘を出さなければいいのだから。
簡単な、方法。
だけど、実際は難しい。
背後からの恐怖。体力、スタミナの管理。レース全体のペースの調整。
大逃げ、逃げ。
走りにおいて、大逃げこそが最強の証明である。
それを裏付けるような存在。
アメリカの、最初の偉大なる赤。Mano`war。
ヨーロッパに語り継がれる、永き夜を照らす存在。最強の、Eclipse。
それらのウマ娘の脚質、走りはわからない。
けれど、語られる物語では、どちらも大逃げと同じ走り方。それをしていた。
他者という存在を無視して。
自分が最強であると疑わずに、他を寄せ付けず、気にもとめない自分勝手なレース。
そんな走りをする。それが、大逃げ。王者にのみ許される、最強の走り。
それと同時に、逃げとは大逃げの劣化である。
Eclipse、Mano`warという英雄のような自信。自分への信頼。彼の者のように、大きく逃げる程の、絶対的な自信が無い。
そんなウマ娘が取った選択肢が、後に伝わって逃げという走り方が確立された。
強者だけど。
『最強』には。なれないと、思ってしまう。そうやって、みんな心の何処かで思っているから。
だから、大逃げをするウマ娘がいない。
大逃げをすれば、待つは孤独だ。いくら自分が強いと思っていても、他人がいない、孤独のまま。
圧倒的な強さは、孤独を招く。
ウマ娘は、幼少期から誰かと走っている。
その中で、大逃げを取れば、なれない孤独の中で、後ろから迫ってくる負けに対して極端に恐怖する。そのまま、ペースを崩して負ける。
その状態に。他者を恐れて、走っている途中でなるのが掛かり。
他のウマ娘に恐怖を感じた時に、ペースを崩してしまう。
大逃げをするウマ娘に掛かりはない。
他者を恐れないから。
怖がっていては、行けないから。王者だから。
だけど、
私は、大逃げをする。
私は私を強いとは別に思ってはいない。自分に自信はない。信頼もない。
でも、私は孤独を知っているから。
今だって、私は独りだから。
他の人がいない中で、淡々と。日が出ているうちの時間ほとんどを、孤独に、自己研鑽にまわしていたから。
だから、孤独に対して違和感がない。
一人ではない。
独り。
後ろから来るウマ娘は、私だって怖い。
だって、負けることが極端に恐れているから。私には勝利しか許されていないから。
心にも。現実にも、余裕がない。
そんな私が、逃げるための走り。
極端に他者を恐れているから。
だからこそ、最も他のウマ娘と遠く走り、最も他のウマ娘を、走ることを怖がってはいけない走りをする。
……まあ。
作戦として、大逃げを語るのは簡単だけど。
実際にやるとなったら、それが初めてなら。
誰だって恐怖を感じる。未知の領域。子供の、友達同士のじゃれあいの一環のかけっこではない。
本当に、人生がかかっているような。その重みを知って。
誰もが一度は、戦慄する。
それがレースという競技。数多のウマ娘が人生と、ユメをかける競技。
そして、あらゆる競技の中でも、希望と、そのかけられたユメが最も多く、簡単に。
潰える、残酷な競技。
走っていて、負けることへの恐れだとか。そういった、走りに邪魔なマイナスの感情。
それを感じないのは、よほどの走り好き。
誰だって緊張をするように、誰だってユメへと踏み出すときに、不安を感じる。
だがそれも。
走るために生まれてきたような性格を。走ることにのみ興味があるような、走ることをとにかく愛しているようなら、怖くはないだろう。
……実際、そんなウマ娘はトレセン学園にはいるには、いる。
自分が楽しく走るために、努力をできる。
そんなウマ娘が、走るために生まれてきたようなウマ娘だから。私はあくまで異端。壊れているからこそ、大逃げをしようと思える。
努力ができるものが、この学園には入れるから。
だから、走るのが何よりも好き、三度の飯より走るようなウマ娘は、強い。走っている時に恐怖を感じないから。
私は、走っている時に恐怖を感じる普通のウマ娘だ。
その恐怖心と、孤独を恐れる心とずっと隣にいたから。私にとって、そういう、マイナスな感情とは密接な関係にあった。
だから。怖いことが、怖くない。
こうやって考えていれば、強いウマ娘っていうのはどこか周りと違っている。
生徒会長も、何処か周りと違う。
ずっと、完璧。何があっても、欠けたることがない。
間違わない。常に、生徒の模範、目指される星で有り続ける。
トウカイテイオーも、周りとは一線を画している。
何処までも強い生徒会長への崇拝。自分への自信。
そして、一年で今、最も注目されているということを理解している。
……それと、たづなさん。
歩き方で分かるが、アレは速い人特有の歩き方。多分、ウマ娘。
それでいて、自分がウマ娘であることを隠し続けていることも、変わり者だ。
何を持って強いとするかは人によって違う。けど、私にとって強さとは速さだ。
三人とも、とてつもなく強い。
トウカイテイオーも。生徒会長も、たづなさんも。全員が、私よりも強くて、早くて、賢い。人の幸せを願っている。
だけど、今回の選抜レースに、トウカイテイオーという障害は存在しない。
トウカイテイオーは、私の一つ前のレースだから。
多分、私の出るレースは一番注目されないと思う。それがその日最後のレースで、トレーナーの人はみんなトウカイテイオーの方に行ってしまうだろうから。
他人に隠れる形にはなる。
目立たない。
けど、それが私にとって一番都合のいい状況。
だから、それはありがたいことだ。
私が目立たないから。誰かと話さなくて済むから。
私にとって、トレーナーとは尊敬する人々であり、感謝するべき人々であり。……そして、最も怖くて、脆い人々だと思っている。
人だから。
ウマ娘と人間という種族の差は、あまりにも大きすぎる。人間は、ウマ娘に勝てない。
力が、違う。
感覚が、違う。トレーナーが、音と匂いに特に気を使うように。
レースへの思いが、違う。一人称と、二人称の差。
それに加えて。
おじさんのように、卒業後に差し切られていたりだとか。色々あって、トレーナーは……
トレーナー業は、万年人員不足になっているのが現状。
トレーナーの門は狭い。
厳しい試験をクリアして、数年間の修行を積んで、ようやくトレーナーになれるのだ。
その、対価。トレーナーには、賞金の一部が与えられる。
トレーナーという仕事には夢がある。
生徒会長のトレーナーが、一般人どころではない富豪だったり。私のおじさんも然りだ。
……私にとって、大人、特に年上の男性。
それは、恐怖の対象で有り続ける存在。あの日から、ずっとテレビや、取材のときに見た。
無責任な世間の声を。
私の、トラウマの一つに入っている。
だから、私が選抜レースで勝利したとして。
スカウトを受けるのだろうか。受けられるだろうか。
……おそらく、いやほぼ、無理だ。
こちらの意志を伝える方法が、拒絶か受諾しかない私には、トレーナーを持つということは不可能だ。
……まあ、そういったことはレースに勝ってからだろう。
まずは目の前のレースに集中すべきだろう。
私にとってもこのレースは今後のため、という意味でとても大切になってくる。
公式の記録には残らないこの選抜レースだが、記憶には残る。
だから、重賞レースに出る際に、出やすくなる。強いウマ娘が、重賞レースには出るから。選抜レースで勝っておけば、ジュニア級ではかなり有利だ。
どちらにせよ、勝つのだ。
私のために。いつか記憶が戻った時、自分が好きになれるように。
Eclipseは再来しない。
Mano`warは戻ってこない。
帰ってこない。伝えるしかできない。だから、伝説。
一度終われば次はないのだ。たとえ、記録に残らないレースで、賞金がないレースであったとしても。
レースを次の日に控えている身としては、最善の状態。
レースのために、2年以上を走りだけに費やした。そのために、生徒会長を突き放した。悲しませた、優しさを踏みにじった。
ずっと、孤独だった。
それが悲しいとは思わない。私は壊れているから。壊れたおもちゃが捨てられるように、普通からはじき出されていたから。
それが、当然だとわかっていたから。
私がレースにかける思いは、自己嫌悪でも、この先生きるためでもない。
私は、レースに自分をかける。
私の今までを否定されたくないから、他人の過去を否定する。
そうするしかない。私が勝つ、ということは他の10何人全員が敗北する。その数だけ、ユメが消えるから。
そうやって積まれる私の過去を。人の夢を潰して進むことを、背負って、その行いを勝利をもって肯定する。
だから、勝ちたいと思う。
周りから見れば、そんな思いで走る私はいい目で見られることは決してない。悪役の同じような思想。
自分勝手で、自己中心的。
まるで、戦隊モノの敵側、根っからの悪役に似ているように映る。
でも、そうわかっても。
他の人の頑張りは絶対に肯定しない。できない。
それは、負けたということだから。だから、他人の努力は私は背負えない。
『キミの分まで頑張る』
それは、自分の気持ちの押しつけだと思う。
無責任な言動の一つだとも、思う。
だって、その言葉は。負けたら、それは敵わないから。二人分の努力と、一つの勝利が釣り合うことは決してない。
だから私は、どこまでも自分のために。
自己嫌悪と、自己肯定。
相反する2つを背負って生きる。その矛盾を、勝利することで正しくする。
壊れた私には、壊れた理論が似合っている。
人の心は、簡単に壊れてしまう。
だから、私は誰かを壊すだろうという予想をする。私は人に、私を壊されているから。
壊されている痛みを、他人に押し付けるだろう。
そういう私を好きにはなれない。
私は、嫌われるかもしれない。
レースでは、皆が皆、他人のユメが消えることに目を伏せて。勝者のみを見ることで、誤魔化している。
でも、私は、敗北を何よりも恐れた。だから、勝利することの責任を何よりも知ろうとした。
勝者には負の感情がつきまとう。走ることはそういうことだと思っているから。
一度走って、一度勝つ。この一連の行いの裏には、これほどの膨大な責任だとか、今まで負かしたウマ娘の夢や想い。
その全てがついてくるのだから。だから、生徒会長は褒め称えられた。
そのすべてを背負って尚、先頭に立ち続けたから。折れなかったから。
こういったところでも、私は『皇帝』の名の重みを知ることになる。
でも、私は生徒会長とは違う。私は、弱い。
だから、走っているうちだけは、その責任から逃れていたい。知らないふりをしていたい。そう思う。
私が大逃げを選ぶのは、そういう理由もある。
生徒会長が聞いたら、なんと言ってくれるだろうか。
肯定するだろうか?否定するだろうか?
……たとえ、答えがどちらだったとしても、私は他者を考えずに走ることになる。
Mano`war
『アメリカの史上最高の馬』。
アメリカ初の獲得賞金20万ドルを達成した馬。
アメリカ初の三冠馬、サーバートンに対して七馬身差での勝利。
ローレンスリアライゼ―ションステークスでの約100馬身差の勝利は有名。
Eclipse
『Eclipse first, the rest nowhere.』
生涯成績は18戦とも20戦とも26戦ともいわれている。真偽不明だが、確かなのは、無敗であること。
18世紀、100年間の中で最も強かった馬。
誰との絡みが見たい?(いずれ書く)※選択肢にないウマ娘は、ストーリーが思いつかないか、作者が書けないです。すいません。
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オグリキャップ
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サイレンススズカ
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ナイスネイチャ
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マンハッタンカフェ
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アグネスタキオン
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シリウスシンボリ
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マヤノトップガン
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サクラバクシンオー
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ライスシャワー
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ミホノブルボン
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キタサンブラック
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サトノダイヤモンド
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エアグルーヴ
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ゴールドシチー
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タマモクロス
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メジロアルダン