恵まれなかったウマ娘   作:any

7 / 12

人は、案外脆いものだ。
自分の信じるものが消えると、不安定になる。
自分の信じるものを否定されると、明らかに動揺し、混乱するように。


伍話  憤怒

 

 

 

 

「えーっと……」

 

 

 

目の前にいる相手を見つめる。

髪はそこそ整っているが、少し遊びが見られる。腕時計は市販品、服は私服で無地。私も大概センスがないのでどうこうは言えない。

 

 

顔立ちは整っている方であり、所謂イケメンだ。

その上、話し方も穏やかで、聞き取りやすい声。

この自分で呼び出しておきながらも、困ったような顔をしている男性こそが、かの生徒会長を七冠まで押し上げた、皇帝の杖。

 

 

 

生徒会長の現担当トレーナーだ。

つまり有名人。

有名人が私みたいな無名に、どんな用件だろうか。

 

 

 

ちなみに、この生徒会長のトレーナーは、見た目からは想像できないほどの実力がある。

トレーナーになってからまだ数年で、担当したウマ娘は生徒会長のみ。

所謂、天才。

 

 

 

他人の、他のトレーナーが試行錯誤して見つけるような戦術だとか、トレーニングを。

たった少し。ほんの数分考えるだけで、思いつける。

 

この人の1秒は、凡人の1日に。この人にとっての1秒と、凡人にとっての1秒は価値が違う。

それほどに、才能がある。

『才能は、いつも非常識だ』という言葉を体現しているかのような。

 

 

 

目の前にいる、このトレーナーは。そういう、存在だ。

こんな緩めな雰囲気だが、全然一流のトレーナーである。

 

 

 

「何を話せば良いんだろうね……?」

 

 

 

何を言っているんだろうか。

呼び出された側としては、よくわからない、としか。

そもそも、私にとって。誰かと二人きりで対談、とはかなり辛いこと。

 

 

会話が成立しない。

言葉のキャッチボールができない。さしずめ、言葉のドッジボール。私が避け続けるだけの。

私に何か言っても、答えが返ってこない。

 

 

それでも、話してくれるような人はあまりいない。

 

 

 

トウカイテイオーや、生徒会長は別。

あっちは勝手に話してくれる。それが、どれだけありがたいか。

 

 

でも、こう言った状況は苦手だ。

私が話せないことを知らぬ相手ならしょうがないこと。

でも、それは解決にはならないことだ。

 

 

そもそも、なぜ呼び出された?

突然校内放送で、トレーナー室に来い、と言われた。

 

 

何かをやらかしたわけでもなければ、生徒会長のトレーナーと面識があったわけでもないと思う。

心当たりがない、の一言。

生徒会長の気まぐれなら、自分で呼ぶなり、トウカイテイオーに頼むなり、方法はあるだろう。

全校放送で呼ぶ必要はないはずだ。

 

 

 

別に、私には友達もいなければやることもないので、構わない、わけだったけど。

 

 

 

 

「あー……えっと、初めまして。シンボリルドルフのトレーナーです、これからよろしく……?」

 

 

 

『こちらこそ。ディッフェトーゾです。本日はどのようなご用件ですか?』

 

 

 

 

第一はまず、互いの名前を知るところから。

日本では、昔から互いに名乗り合うことこそが当然だった。

まあ、私には本当の名前がわからないが。

 

 

でも、不便はない。

別に、これが偽名だと思わない。

でも、本名でもない。

 

 

何せ自分でつけた名前だ。

自分への、皮肉をこめたお似合いな名前。気に入っている、ということでもないが……

間違ってはいないんじゃないかな、と思う。

 

大きくヒビが入った心と、継ぎ接ぎの魂。

ガラクタと言っても差し支えのないような。そんな私に、お似合いの名前だと。

 

 

そう思っているから。

少なくとも、名前に対して悪い感情は持っていない。

 

 

 

「あ、うん、ごめんね。僕もルドルフに君スカウトしようとしたら逃げられちゃったー、って世間話をしたらね、僕も今日ここに呼び出されて。待ってたら君がきて、今って感じだね。」

 

 

『はぁ。』

 

 

 

どうやら互いに生徒会長に呼び出された、ということらしく。

というか、逃げた?

……よく見れば、確かに選抜レースの後に話しかけてきた人物と同じ顔であることに、ようやく気づいた。

 

 

まあでも、それがなんだ、と。

スカウト、受けた方が良かった。

 

でも。

あの時は気分というか、テンションがおかしかった。

 

 

 

一種のゾーン状態、とでも言おうか。

 

 

いつもよりも自分のことがよく見えた。

周りの状況を正確に把握できた。

 

 

考え事をしていても、勝てるぐらいには。

 

 

 

天才と凡人の差。

秀才と天才の差。

 

 

先の選抜レースで、それを私は痛いほど理解した。天才が存在するのなら、その天才によって変わる者がいる。

天才に、秀才は勝てないし、天才に、凡人の考えはわからない。

 

 

それに、

天才が前に走った後は、誰も次を見ようとしない。

誰もが天才の影を見ない。

 

 

 

けれど、人間の本質というのは、影だ。

他人への負の感情。友情、愛、そういったもの。それの裏にある影が、人間を表している。

 

あらゆることには、等身大の裏表があるのだから。

 

 

私にも、他人を考える感情があるように。

 

 

 

そして、それと同時に。

 

 

『あなたには、私が見えるか?』

 

 

それを基点とした考え方こそが、自尊心。

 

 

他人を尊重するというのは、大きな自尊心の先にある。

自分が高みにいると自覚しているから、他人に自分の光を当てる。

 

でも、光を当てられるものは、自分が誰かを照らせるような、励ませるようは、目指されるような存在だけ。

 

そして。

 

 

他人を照らす、天才というのは、光を発する、太陽。

そして秀才は、天才という星の光を浴びて光る、月。

凡人は、その二つの輝きに見惚れる人間。

 

 

 

太陽があるから月が輝ける。

人がいるから、太陽の輝きは知られる。

月が近くにいるから、人は目標を持てる。

 

 

 

私は、そんな天才を、秀才を、凡人を尊敬している。

 

 

天才は、誰よりも優れているから。

 

 

秀才は、自分を信じることができるから。

 

 

凡人は、他人を受け入れられるから。

 

 

私にはできないことができる。

それは、私にとって尊敬の対象になることだ。

 

 

だって、私にはできないことを埋める方法がなかったから。

 

 

そしてレースは、それと同じだ。

 

 

日本ダービーが終われば、その次に行われるレースを見る人がいなくなるように。

天才、トウカイテイオーの次のレース。

そこで走るウマ娘にとっては、トウカイテイオーは天才であり、天災に映ったことだろう。

 

 

だからそこで勝ったとしても、あまりトレーナーには気づかれない。

昔は、一年に4度の選抜レースがあった。

でも、少子化が進むにつれて、一年に一度まで減ってしまっていた。

けれど、少子化が進むのに比例するように、日本のレースのレベルはどんどん上がっていった。

 

 

 

 

ウマ娘のレースは、ブラッドスポーツと呼ばれる。

家柄が重視される。

その家の中でも、上澄みの名家と呼ばれる家が、勢力を増したことに起因するだろう。

 

 

メジロは、G1ウマ娘を多数輩出するようになった。

近年では、そのペースはほぼ毎年。

毎年毎年、どこかのレースでメジロの名を、背中を見ることになる。そう言われるように。

 

 

シンボリは、質が上がっていった。

海外への道を切り開いたシリウスシンボリ。

最高傑作の生徒会長、シンボリルドルフ。

 

シンボリは、まだまだ有望なウマ娘がいる、とも噂されてもいる。

 

 

 

 

 

その中で、寒門に生まれた私。

しかも、選抜レースではトウカイテイオーの後という最悪の条件だったというのに。

このトレーナーはレースを見ていたのだろうか?

 

 

だとすれば、このトレーナーは、おかしい。

貶しているわけではない。

ただ、レースを見るという判断がトウカイテイオーが自分を選ぶという自信か。

それとも、全てのウマ娘娘のレースを見たいというウマ娘好きのれっきとした狂人、ウマ娘が好きで好きでたまらないのか。

 

 

 

どちらにせよ、凄まじいトレーナーであると思う。

ウマ娘が好きである、というトレーナーに一番大切だと言われる心。

絶対的な自信と、それを持ち合わせている。

 

 

ウマ娘をそこまで愛することは私にはできない。

ウマ娘は、どうやっても最後には私の敵となってしまうからだ。

敵を好きになれるなんて人は聖人だ。

 

 

私は、決して聖人じゃない。

優しくもない、ただ、人間の本能を写したような存在に近い。

 

 

 

嫉妬と、羨望と、排他。

 

 

 

そんな私が、ウマ娘を愛しているなどと、口が裂けても言えない。

 

 

 

 

 

 

 

無言のまま互いに何かを考えて、見つめ合うこと数分。

廊下から足音がしてきた。

 

 

 

「やあ、失礼するよ。遅れてすまない、少し仕事が立て込んでいてね。」

 

 

 

……白々しい、と思った。

自分で呼び出しておいて、仕事が終わってないというヘマをするようなウマ娘ではない。

それは誰もが知っている。

 

 

それに、もし本当にミスで遅れたとしても、こんなに自信満々に入ってはこない。

私には無理だ。

いや、私がただ自分を信じきれていないという可能性も大いにあるが。

 

 

 

「あぁ、ルドルフ……少しでも、進展があるかと思ったかい?」

 

 

 

恨めしげに生徒会長に目をやる皇帝の杖。

苦笑しつつも、頷きながら生徒会長は返した。

 

 

 

「うーむ……済まなかったね。ディッフェトーゾ、彼女が『そう』だよ。テイオーに君も釣られてしまうかと思ってしまったが、流石だね。」

 

 

 

「いや、前に絶賛していたから。トウカイテイオーとは次元が違う、という言葉の意味がようやくわかって安心だね。」

 

 

 

……私は、生徒会長に異様な高評価をされていたようで。

天才であるトウカイテイオーに、

私はいつか必ず負ける、そんな確信は今でもある。

 

選抜レースとは思えない人の数。

伝説を収めようと、テレビのカメラらしきものも来ていた。

けれど、それに動じぬ精神力。

完全なパフォーマンスを見せた、強靭なメンタル。

 

 

 

私には、到底できない。

ウマ娘は、総じてフラッシュに敏感。シャッター音も禁止、カメラも極力動かしてはいけない。

その中でも、前掻きもしなかった。耳も、尻尾すらも平常通りに。

 

 

ただし、皇帝と同じように、中に余りにも苛烈で、鮮烈なレースへの衝動と、想いを隠さずに出していた。

迫力から違う。

それが、天才。皇帝の後継。

 

 

 

生徒会長にとって、私はそれすらも生ぬるい存在だと、言うらしい。

 

 

 

「それで、今日呼ばせてもらった理由だが……どうやら私のトレーナーは君をスカウトしたいようなんだが、尻込みしていたようでね……発破をかけに、というところだよ。」

 

 

「いや、だって突然手を握って、が第一印象なのに堂々とはできないよ……?」

 

 

 

生徒会長も正しいし、トレーナーの方も正しい。

私はどうするのが正解なのだろうか。

私としては、受ける気ではいる。ウマ娘が勝つ上で、トレーナーの腕はかなり大切だ。

 

 

優秀なトレーナーから名指しでスカウトされているのなら、断る理由はない。

当たり前のこと、だと思う。

私はただ、勝ちたいのだから。自分のためだけに。

 

 

そんな自分本位、自己中心的な私を肯定してくれるトレーナーが、良いなとは思うけど。

 

 

 

 

「場は作ったのだから、ここで決めるべきだと私は思うよ、トレーナーくん。」

 

 

「それと、だが。……君は、もう少し自分を認めた方が良い。ディッフェ、君はおそらく、いずれ私を超える存在になれる、そんな才能があるウマ娘なんだ。」

 

 

「それじゃあ、失礼するよ。」

 

 

 

そう言い残して、生徒会長は去っていった。

 

自分を認める。それが、できたらどんなに楽なことか。

自分を認められなかったから、私は壊れた。周りと違った。何も出来なかった。見ているだけだった。

そんな、弱い私を、認めるなんて出来ない。

 

 

認めてしまったら、私が失ってしまったものは2度と戻ってこないだろうから。

声も。思い出も。何もかもを、永遠に失くす。

 

 

それだけは、絶対に嫌だから、私は自分を認めない。

自分を、過去の自分を肯定して、今の弱い自分を否定する。それが、私にできる事。

そうする事でしか、私は自分を許せない。

自分がなんなのか、ずっと。あの時から、迷い続けてきた私を許せない。

 

 

 

私をいずれ超える。

確信に近い響きのあった言葉に感じた。私は天才ではない。

 

だけど、生徒会長はそう言った。

 

 

 

私という存在を、ダイレクトに揺らすような言葉を受けて。

私は、訳が分からなかった。

自分を包んでいた鎧の間を綺麗に通すような言葉に、混乱していた。迷っていた。不安定だった。

 

 

 

 

「それじゃあ、改めて。……君をスカウトさせてくれ、ディッフェトーゾ。」

 

 

 

だから、あんなことをした。

自分の信念に反するようなことを認められなかったから。

 

私は、あの時からずっと、私を疑って、過去を信じて、自分を嫌って、認めずに、過去の想い出を宝物にして、奥底に閉じ込めて。

それを一度に否定されたから。私は、曲がっていた。

 

 

 

「僕の夢を、君に預けたい。」

 

 

瞬間。

体が勝手に動いていた。

 

 

「……?!」

 

 

 

机を叩いた。

身体中の毛が逆立っているような感じがした。

耳も絞っていた。脳の半分が茹で上がったように感じた。もう半分は、理性で、俯瞰して止めようとした。

間違ったことが嫌いだった。

 

 

 

『他人に夢を託す』

 

 

『想いを人に預ける』

 

 

 

それは、私にとって間違っていることだった。

いつもなら、怒りはしなかった。その時もおそらく、表情は動いていなかった。

けれど、体は動いていた。

 

 

思いきり、怒りだとか、殺気だとか。

そういうものをぶつけて、圧を叩きつけた。

表情は変えずに、睨み付けた。

 

 

流石の皇帝の杖を務めていたトレーナーも、予想だにしていなかった行動にたじろいだ。

 

 

怒りのまま、激情のままに。

脳の理性を振り切って、紙に言葉を書き殴った。

 

 

 

『気軽に、自分の夢や思いを託すな』

 

 

『それは、自己満足で、自分勝手で、自分の気持ちの押し付けに他ならない』

 

 

 

そしてそのまま、扉から部屋を出た。

扉の外には、生徒会長がいた。足音がしなかったから、いるのはわかっていた。

 

 

 

「……済まなかった。私の配慮が足りていなかった。……悪いのは私だ。」

 

 

 

生徒会長の方を一瞥し、自分のクラスに戻る。

あれ程怒ったのは、初めてだっただろう。

 

 

 

それほど、私の心は、不安定になっていた。

自分が今まで信じてきたことを、否定されただけで。あそこまで、戸惑ってしまうほど。

今回は、成長していなかった、私が悪い。

 

でも、それを認められない自分がいた。

 

 

それに嫌気が差して。

ますます、自分のことを嫌いになった。

 

 

 

 

 

 

 

―――でも、それでいいのだ。

壊れている私は、自分の過去を信じて、今を嫌うことでしか自分を許容できないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、私を好きになることは、ないのだろう。

 

 

 










この作品で、天才と秀才と凡人について多いのは、オリ主が自分に迷っているからです。
お盆は毎日投稿できないかもしれませんが、ご容赦ください。

誰との絡みが見たい?(いずれ書く)※選択肢にないウマ娘は、ストーリーが思いつかないか、作者が書けないです。すいません。

  • オグリキャップ
  • サイレンススズカ
  • ナイスネイチャ
  • マンハッタンカフェ
  • アグネスタキオン
  • シリウスシンボリ
  • マヤノトップガン
  • サクラバクシンオー
  • ライスシャワー
  • ミホノブルボン
  • キタサンブラック
  • サトノダイヤモンド
  • エアグルーヴ
  • ゴールドシチー
  • タマモクロス
  • メジロアルダン
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。