先生の薬指に指輪があったら   作:Haito

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トリニティ(ウイ/ナギサ/セイア/カズサ)

古関ウイ

 

「っと、どなたでしょう?」

 

 

「せ、先生でしたか。あぁ、あの子の件ですね。でしたら──」

 

 

「──うぃえっ!?」

 

「そ、その指輪は一体……! ま、まさか先生……」

 

「……え? 間違えていた、だけ?」

 

「えっと、その指を間違えることあります……?」

 

「も、もしかして、からかってる訳じゃありませんよね……」

 

 

「わっ! そ、そんなに頭を下げないでください」

 

 

「本当に、ミスなのですね。思わず、疑ってしまいました。ご、ごめんなさい」

 

 

「なにぶん、今解読しているこの子に、その……結婚について、色々と記されていましたので。敏感になっていました」

 

 

「内容、ですか? うぃ、えっと、それはまだ作業が終わっていなくて……」

 

 

「せ、先生には、代わりにこの子がお勧めですので! それでは!」

 

「あ、ここで読んでいかれるのですか? えぇ、別に大丈夫ですが……」

 

 

「……私は、作業を進めていますので」

 

 

 ~~~

 

 

「……はい? さっきのことは、本当に大丈夫だったのかと?」

 

「まぁ、驚かなかったと言われれば嘘になります。流石に、その、びっくりはしました」

 

 

「でも、どうしてでしょうね」

 

「な、何と言えばいいか……。どこか、受け入れるような気持ちもあったんです」

 

 

「も、勿論、先生が結婚して良いという訳ではなくてですね。うぃえ、だからといって、駄目だという話でもないのですが……」

 

「……ごほん、それは置いておきまして」

 

 

「……す、少し前まで、私には結婚なんて理解できませんでした」

 

「それどころか、こうして近い距離に家族でもない他人を入れることすらも」

 

「外の人は私とは違う感性を持っているのだと、私には一生理解し難いものだと、そう決めつけて過ごしていました」

 

 

「でも、最近の日々を通して……。少しずつ、そんな考えが変わっているのを感じるんです」

 

「あの、先生。先日の海は、その、楽しかったですね」

 

 

「ヒナタさんは、元より良い方だと分かっていました。……何というか、良い方すぎるという難点もありますが」

 

「ハナコさんも、思慮深い方でした。見た目によらず、と言ってしまっては失礼になるでしょうが」

 

「コハルさんとは、あまりお話する機会はありませんでしたが……。とても、正義感の強い方だと感じました」

 

 

「もちろん、先生だって。いつもいつもお世話になっていますし、素敵な──。えっと、あの、素晴らしい方ですから」

 

 

「それで、何というか。人に対して、そう思えるようになったからこそ……」

 

 

「今までより、もっと分かってあげられた子たちがいるんです。この子も、そのうちに入るでしょう」

 

「友情、相棒、ラブロマンス。そう呼ばれるような括りの子たちが言っていることが、ようやく理解出来てきました」

 

 

「──大事な人とは、ずっと一緒にいたいものなのですね」

 

 

「だからこそ人々はあんなにも寄り添い、結婚という形で愛と未来を証明する。ペアリングのように、目に見える形で関係性を保証する」

 

「偏見から唾棄しているには、余りにも惜しいような気付きです。古書館に閉じこもったままでは、永遠に分からなかったことなのでしょう」

 

「……これ見よがしな薬指の指輪にも、単なるお洒落や慣習なのではなく……。ここにいる子たちと同じように、誰かの気持ちが籠められているのですね」

 

 

「いつか私も、そう思えるような相手と──」

 

 

「……うぇ、な、何でもないです。えっと、喋り過ぎましたかね?」

 

「な、何ですかその表情は……。あぁもう、そんなニコニコしないでください!」

 

「こ、これにて古書館は閉店です! 日も落ちてきましたし、先生も早くお帰りください」

 

 

「はい、また明日。……あ、明日も来るんですか?」

 

「まぁ、別に構いませんが。また、良い子を見繕っておきますので」

 

「では、これで……」

 

 

「いや、あの! もし良ければ、これから……!」

 

「……い、いえ。やっぱり、何でもないです」

 

 

「はい。また明日、お会いしましょう」

 

 

「……はぁ。思ってはいても、急には変えられないものですね」

 

「それに、先生も用事があったかもしれません。誘うのはまた明日、いや、明後日でも──」

 

 

「──あれ、これは?」

 

 

「ゆ、指輪じゃないですか。あぁ、最後のどたばたで……」

 

「今からでは、追いつけませんね。また明日返すことにしましょう」

 

「しかし……。もしも私がこうして、これを薬指に付けていたら……」

 

 

「……先生は、どんな顔をしてくれるのでしょうかね」

 

 

 

「私と同じように、慌ててくださったらなんて。それで、もしかしたら……」

 

「って、私は何を考えているのでしょうね。……あれ?」

 

 

「──せ、先生? い、いつからそこに?」

 

 

「わ、忘れ物を取りに? 扉は開いていたから? そ、そうですか──」

 

「──あ。これは、何でもありませんので! 何と言うか、掃除を出来ればなと思っただけで」

 

「ですので、はい、お返しします。では、お気を付けて……」

 

 

「……先生。そ、その、やっぱり……」

 

 

「もう少しだけ、一緒にいてくれませんか?」

 

 

 

 

 

桐藤ナギサ

 

「先生、ようこそお越しくださいました」

 

 

「今度こそ、本当のコンブチャをご用意いたしました。さぁ、今日は優雅にいただきましょう──」

 

 

「──ッ!」

 

 

「……お、落ち着きましょう。きっと、何かの間違いに違いありません。ならば、この場で相手の恥を指摘するのも無礼というもの」

 

「こんな時にこそ、淑女たる振る舞いを見せるべきです」

 

 

「おっと。す、少し零してしまったようですね。ご心配には及びません。制服にはかかりませんでしたから」

 

 

「こういうこともあろうかと、ハンカチを用意してあります。少々お待ちください」

 

「はい?」

 

「これは、ハンカチではなくキノコ? いえ、そんなハズは──」

 

「──あぁ、見間違えてしまったようですね。少し、目が疲れているのかもしれません」

 

 

「実は! このお茶には、眼精疲労を改善する効果もあるのですよ。えぇ、確かそうだったハズです」

 

「ですので、改めていただきましょうか」

 

 

「……やはり、染み渡るような味わいですね。普段の紅茶とはまた違った、新鮮な風味があります」

 

「先生も、お気に召しましたか? それなら何よりです」

 

 

「ここで、お菓子の方もいただきましょうか」

 

 

「クッキーを取り揃えておきました。これなどは、上質な小麦を使っており──」

 

 バキッ

 

「──だからこそ、繊細なのかもしれませんね。砕けてしまいました」

 

 

「では、このチョコレートをいただきましょうか。これは中にクリームが入っていて……」

 

 ボキッ

 

「……はい、このように。とても美味しそうな色ですね」

 

 

「はい? 別段、取り乱しているわけではありませんよ?」

 

「でも、無意識に緊張してしまっているのかもしれません」

 

「一度、落ち着くといたしましょうか。まだ甘いものは用意してあります」

 

 

「プリンを、プリンをいただきましょう。ほら先生、ここにスプーンが……」

 

 ぐにゃり

 

「……日差しのせいでしょうか。どうやら、取り替えておく必要がありそうですね」

 

 

「というわけで、先生」

 

「か、代わりの食器を取りに行ってきますので、少々お待ちください」

 

 

「その前に、伝えることがある?」

 

「何を、でしょうか。いえ、まさか……!」

 

「その、指輪について? ご、ご冗談でしょう? あ、いえ、勿論祝福させていただきますよ」

 

「しかし、ここは一つどうでしょう? まだお若いことですし、もう少し考えてみては──」

 

 

「──はい? エイプリル、フール?」

 

「嘘を吐いても良い日、ですか?」

 

 

「ですので、その指輪もジョークだと。本当に結婚するわけではないと」

 

「──私の反応を、楽しんでいた、と」

 

「……ふふっ、分かっていましたよ?」

 

 

「えぇ、分かっていましたとも。とても、素敵な悪戯心ですね」

 

 

「私も興味が湧いてきました。少しだけ、その指輪をお貸し願えませんか?」

 

「怒っているわけではありませんよ? えぇ、決して」

 

「でも、先生?」

 

 

「もう一度でも、このような愉快なことがあった暁にはですね。今度は先生の指が、この指輪のように……」

 

 ゴシャ

 

こう(・・)なってしまう可能性もあります。どうか、お忘れのなきように──」

 

 

「こほん。では、気を取り直しまして」

 

「お茶も淹れ直すといたしましょう」

 

 

「実は、遊び心のある純鋼鉄製のティーセットが手に入りまして──」

 

 

 

 

 

百合園セイア

 

「やぁ先生、よく来てくれたね」

 

 

「さて。ティータイムに移る前に、君は自分の左手の薬指を確認してみた方が良いだろう」

 

 

「あぁ、その指輪のことだよ。君は、結婚でもするつもりなのかい?」

 

 

「……やはり、ただのミスだったようだね。まぁ、そんな気はしていたよ」

 

「別段、謝る必要はないさ。それに、私を除いては気付いた生徒もいないだろう。心配しなくとも大丈夫だ、恐らくはね」

 

「さぁ先生、気を取り直して席に着いてくれ」

 

「今回は先日の君の希望通り、マカロンを取り寄せてある。口に合えば良いのだが」

 

 

「……美味しい? うん、なら良かった」

 

 

「紅茶も、とびきりのものを用意してあるんだ」

 

「角砂糖もここに置いてある。いつも通り、好みの量を入れてくれ」

 

 

「私も食べないのか、って?」

 

 

「ふふ、君が随分が随分と美味しそうに食べるものだからね。今は、お菓子はいらない気分なんだ」

 

「そ、そんなに差し出されたって、食べないものは食べないさ」

 

「どうしてもと言うのならば、やぶさかでもないが……」

 

「……むぐ、もぐもぐ」

 

「こほん。もっと、ムードというものを考えてくれたまえよ」

 

「まぁ、美味しかったけれど……」

 

 

「……ふふ。本当に、先生と過ごす時間は心が躍るようだ」

 

「実のところ、一週間の一番の楽しみになっている。嘘や誇張じゃない」

 

 

「……だからこそ、今日は少し不安だったんだ」

 

 

「君が薬指に指輪を付けてくる、そんな予感がしたからね」

 

 

「勿論。先ほど言ったように、勘違いの類だとは分かっていたさ」

 

「けれど……。今の私が有している勘というのは、予知とは似て非なるものだ」

 

「限りなく高い可能性を予見こそすれど、決して確信にはなり得ない。全く、ひどく残酷な仕組みだよ」

 

 

「だから、実のところほんのさっきまで──」

 

「──君が本当に誰かと結ばれるのじゃないかと、私は不安でたまらなかったんだ」

 

 

「言っただろう、謝る必要はないさ。別段、私には君を縛る資格も権利もないのだからね」

 

「……寧ろ、感謝をしたい気分だ」

 

「あの指輪のお陰で、私は自分の想いに気が付くことができた」

 

 

「……そして、取るべき行動にも」

 

 

「先生。大事な話があるんだ。一度、カップを置いてくれないかい?」

 

 

「……その様子だと、どうやら察したようだね」

 

「でも、どうか少しだけ時間をくれないかな。勘では、数分で済むことになっているから」

 

 

「……うん、ありがとう」

 

 

「──きっと、この想いが受け入れられる未来はないのだろうね。予感(・・)はそう囁いている」

 

「けれど……。それは決して予知(・・)などではない。だからこそ、私はこうして一歩を踏み出すことができる」

 

 

「もっと素敵な場を用意できなかったのは、私の至らなさと焦りが由縁だと見逃してほしい」

 

 

「その上で、一つ告白をしたいんだ」

 

「……あぁ、額面通りの意味だと捉えてもらって構わない」

 

 

「──先生」

 

 

「どうか、私の特別になってはくれないだろうか?」

 

 

 

 

「……あぁ。実際には、そんな顔をするのだね」

 

「全く、勘を信じなくて良かったよ」

 

 

 

 

 

杏山カズサ

 

「こんにちは、先生。入っていいよね?」

 

 

「ん、ありがと。ほらこれ、前にお勧めしたヤツ。ちょうど売ってたからね、買ってきちゃった」

 

「もちろん、ちゃんと先生のためにだよ! 今日も! もう、言わないと伝わらないかな!?」

 

「あぁもう、溶ける前にさっさと食べようよ。はい、案外崩れやすいから──」

 

 

「──は?」

 

 

「先生、ちょっとだけ待ってて。うん、何も喋らないで」

 

「……ッ、どういう──」

 

「あのさ。喋らないでって、言わなかった? 黙って、そこに座ったままでいて」

 

「からかってる、って感じでもないみたいだね」

 

「……はぁ。あーあ、馬鹿らし」

 

「えっとさ、私がいつも言ってたことって覚えてる?」

 

「ああいう態度を取ってたんじゃ、勘違いする子もいるって話。冗談のつもりじゃなかったんだけど。本当に理解できてないなんてね」

 

「散々それっぽいコトして人に期待持たせといて、最後にやることがそれ? ただ手を出さないってだけならまだ分かるよ? それが正しいと思うし、私もまぁ、そういうオチになるんだろうって感じてた」

 

「だけど。まさか、こんな最悪なカタチで終わるなんて思わなかったな。アホみたいじゃん」

 

「ってか、他の子にもこんな気持ちをさせるつもり?」

 

「それなら──きっと貴方、ロクな死に方しないよ」

 

「動かないで」

 

「うん。いっそのこと、襲ってしまおうか。最後に良い教訓が出来たと思って、さ」

 

 

「これは、貴方のせいだよ?」

 

 

「……なんて、冗談。私は、そこまで外道じゃない。別に、相手の人を恨んでるわけじゃないし。顔も知らない相手だろうしね」

 

「まぁ、でもさ。こういうのに憧れる気持ち、私にもちょっとはあったんだよ? ま、貴方には一生分からないだろうけど」

 

「ほんっと、シンプルなデザインだね」

 

「貴方が選ぶなら、きっとこんなのだと思ってた。……そういうところは間違ってないの、本当にムカつく」

 

「えっと、何するつもり? 払いのけようとしてるなら、無駄だってことぐらい分かるでしょ。力で私に勝てると思ってるの?」

 

「何? コレの裏を見ろって? あのさ、どこまで私を──」

 

 

「──あれ?」

 

 

「何コレ、うさぎ? 随分と変わった趣味……じゃなくて、あれ?」

 

「あの、えっと、もしかしてだけど」

 

「──勘違い?」

 

「しかも、付けてるのは人差し指? あ。ほんと、だ」

 

「…………」

 

「その、どうして」

 

「えっと、知り合いが飼ってるウサギに元気がなくて、だから、願う意味を込めて人差し指にウサギの指輪を、と」

 

 

 

「……あぁ。本当に、ごめんなさい」

 

 

 

「気が、動転してました。絶対に、先生にしていい言葉遣いではなかった、です」

 

 

「腕も、掴んでしまって……怪我、怪我はないですか!?」

 

 

「大丈夫です、か。なら、良かった」

 

「でも、先生。その、どう言っていいか分からないけど、ごめんなさい。気を付けるようには、思ってたんですけど、私は、やっぱり、こんな人間で……」」

 

「……はい? 食べよう、って?」

 

「待って、ください。私はまだ」

 

「勘違いさせてごめん、って? あぁもう、先生がそんなことを言う必要は──」

 

「……はい。確かに、先生と一緒に食べたくて、先生ならこんな味が好きだろうって、そう考えながら買ったのに」

 

 

「綺麗な形、だったのに。なのに、こんなに溶けちゃった」

 

 

「何でスプーンを……私に? でも先生、あぁ、やっぱり痣が……」

 

「……はい。おいしい、です」

 

「とっても、美味しい。でも、本当はもっと楽しく、一緒に……こんなハズじゃ、なかった」

 

「先生? 抱き締めないでいいから、服が、汚れ……」

 

 

「先生、その、ごめんなさい。もう二度と、こんなことは、だから、お願いだから……!」

 

 

「また、食べに行こう、って……?」

 

 

「……あぁ。ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい……」

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