天雨アコ
「先生、いらっしゃいますか?」
「はい、先日の件で参りました。どうやら、緊急の対処が必要なようでしたので」
「では、早速打ち合わせを──」
「──って、はぁ!?」
「い、いえ。別に、何でもありませんよ?」
「ただ、何というか……」
「そう! 忘れていた用事を、ちょっと思い出しただけです!」
「えぇ、行政官たる私が取り乱すハズがないじゃないですか。全く、先生も落ち着いてください」
「でも、何かショックを受けているように見える……?」
「な、何を根拠にそんなことを」
「ですが、まぁ?」
「ストレスなら、増えているかもしれませんね?」
「それも、ほんのつい数秒間に。えぇ、どこかのどなたかのお陰で」
「って、そういうことじゃないですから! 首輪を持ってこないでください!」
「鞭も要りませんから! その蝋燭も! 新しく買ったんですか!?」
「……まったく、今後はそういう振る舞いも控えた方が良いですよ?」
「当然のことですから。まぁ、既にご自身でお分かりかもしれませんが」
「何で、って……。そんなの、胸に手を置いてみれば分かることでしょう」
「えぇ? わ、分からない? け、見当もつかない?」
「先生。そういう考えは、流石に大人としてどうかと……」
「……まさか、
「コホン。しかし、先生が良くてもお相手が許さないでしょうね」
「ですので、私たちはこれで終わりです」
「では、その首輪も鞭も持って帰りますので。あ、蝋燭もいただいておきますね」
「しかし、まさか思いもしませんでした。突然、まさか前回で最後になるなんて……」
「……そう考えると、コレも結局使わないまま──」
「──いえ、今ならまだ、もう一度だけ……?」
「……えぇ、そうですよ!」
「仮に駄目だったしても、その時は先生が怒られるだけです!」
「ふふっ、完璧に理解しました」
「というワケで先生、やっぱりこの鞭を持ってください!」
「首輪は妥協して自分でします! なので、先生はこの仮面と黒手袋を付けてください! あっ、ロープはここに置いておきますので」
「賭け? そんなの今は良いんですよ!!!」
「これはアコらしくない、って……。仕方がないじゃないですか! これで最後になるんですから!」
「この目が、嘘偽りを言っているように見えますか!?」
「──はい、分かればいいんです。では早速、始めましょうか」
「その調子ですよ、先生。仮面を付けて、手袋もして、そう、指輪も外して──」
「──あれ、先生?」
「どうしたんですか、急に固まって。まだもう片方が──」
「──え?」
「付ける指を間違えちゃってた、と?」
「そんな、軽い感じで言われましても……。いや、それじゃあ、まさか──!?」
「一回! 一回止めましょうか! その仮面も一度外して!」
「……本来、その指輪は人差し指に付けるつもりだった」
「……先生は婚約も結婚もなさらない、と」
「えぇ、納得しましたよ。それはもう、完璧にね」
「はぁ、本当に人騒がせな……。ちょっと待ってください、別に再開しませんから!」
「あぁもう、分かりません!? 私が、何というかその、勘違いをしてたって!」
「全然気づかなかった? 違和感はあったけど、概ね普段通り?」
「もう、私を何だと思ってるんですか!」
「あーあ。何だかんだ満足……。ではなく、興が冷めてしまいましたね。今日は帰るとしましょう」
「仕事? そんなもの、私がやっておきますよ。別段、そんなに重要なものでもありませんので」
「ゴホン。では、このグッズはまた預けておきますね」
「……いえ、首輪だけは私が持っておきましょうか」
「どうしてか、って? まぁ、何となくですよ」
「それでは。また
陸八魔アル
「先生、相変わらず早い到着ね!」
「この私と待ち合わせるんだもの……、ぜぇ、殊勝な心掛けよ!」
「まぁ? 当然、私の方が早く来ているのだけどね!」
「あ、汗をかいているように見える? 息も切らしているって……」
「……そ、そんなことないわよ! 見間違えじゃない?」
「そんなことより、早速会議を始めましょうか!」
「今回の議題は、便利屋68の新たなプロジェクトについてよ! その名も──」
~~~
「……なるほど。先生の知見は、やはり頼りになるわね」
「この私の先見の明と併せれば、きっと今回こそは成功するに違いないわ!」
「そうと決まれば、早速カヨコに連絡しないと──」
「──あら。カヨコ、それにムツキも。ちょうどいいじゃない!」
「ねぇカヨコ、この企画についてなのだけれど……」
「……え? 指輪?」
「えっと、私は別に今はしてないけど。どうかしたの?」
「せ、先生が? あぁ、よく見れば確かに──」
「──って、えぇ!?」
「せ、先生!? それ、薬指にしてるじゃない! ってことは、結婚するの!?」
「そ、その通りって……。本当に!?」
「ま、まぁ? もちろん祝福させてもらうわよ」
「なら、結婚式も挙げるのよね? なら、ご祝儀ってのが必要で、相場は……」
「さ、三万円!?」
「あぁ、折角余裕が出てきたのに……! それじゃ、毎日のラーメンが……」
「もう、カヨコも苦笑いしてないで考えてちょうだい! これは便利屋の今後に関わる一大事よ!」
「よく考えれば、先生という大事な人に贈るものだもの……。相場の二倍、いや三倍は最低でも絶対に──」
「ムツキ? そんなに笑っている場合じゃ……」
「……へ、冗談?」
「そ、そうだったのね!」
「まぁ、そんなことじゃないかと思ってたけど!」
「フン。別に謝る必要はないわ、先生」
「堂々たるアウトローのトップなら、部下のこれぐらいの悪戯は受け入れる度量がないと!」
「……それにね、先生?」
「本当に先生が結婚するってなっても、私に気を遣う必要はないのよ?」
「あなたがする選択なのだから、私が口を挟む領域じゃないわ」
「もしこの便利屋を離れるとしても、残念だけど受け入れるわ。何よりも、社員の意思が第一だもの」
「善悪よりも先に、それがあるべき社長としての姿でしょう」
「……どう? 惚れ直したでしょう? ……って、何よムツキ」
「じゃあ、本当に先生が誰かと結婚してもいいのかって……」
「も、もちろん? さっき言った通り、私は引き留めないわ」
「え? 最近、なんか先生と距離が近い方が居る……? れ、連邦生徒会の?」
「せ、先生? まぁ、こうして仕事も終わったことだし」
「この後、私とディナーでもどう?」
氷室セナ
「先生、来てくださったのですね」
「差し入れも、有難うございます。具の好みも覚えてくださっていたのですね」
「相変わらず、こんな場所で申し訳ありません。業務の都合上、どうしてもこういった地域での待機になってしまいますから」
「この雨では、月なども見えませんし。もし退屈でしたら、早めにシャーレに戻っていただいても構いませんよ」
「……まぁ、そう答えてくださると思ってはいましたが」
「やはり、不思議な人ですね。しかし、その心遣いが温かくもあります」
「こんな湿気の多く暗い場所は、耐えられこそすれど味気のないものですが──」
「──先生。貴方と居られるのなら、明るく楽しい場所に変わるような気もします」
「それで、願うのならば……」
「っと、先生はいつもこの先を止められますね」
「別段、構いませんが。些細なことですし」
「……しかし、このおにぎりは美味しいですね。やはり、しゃけが一番です」
「おっと、ゴミがそちらに。あぁ、拾っていただけますか」
「はい、有難う──」
「────────」
「──先、生?」
「……いえ、大丈夫です。少し、ふらついただけで」
「最近は、少し業務が立て込みましたから。恐らくは、その影響でしょう」
「はい、分かっています。無理はしませんので」
「自身の心身を守ることが、何よりも第一ですから」
「っと。どうやら、緊急で要請がかかったようですね」
「今回の現場では、感染症の危険が予想されています」
「ですので先生、この手袋を二重にしていただければと」
「……はい、それで構いません」
「車を出します、準備をしてください」
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「先生、シャーレに着きましたよ」
「はい。これにて、本日の業務は全て完了です」
「今日は有難うございました。とても助かりました」
「しかし、こんな大雨になるとは。二次災害に繋がらないか心配です」
「こちらのシャワーを使うか、と? いえ、今回は大丈夫です」
「まだ、ゲヘナの方でやることが残っていますので。お心遣いは感謝します」
「先生も、どうかお体に気を付けてください。戻ったら、すぐにシャワーを浴びるように」
「……はい。では、さようなら」
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「……どなた、ですか?」
「今は、出たい気分ではありません」
「業務や学業の連絡なら、携帯端末を通して……」
「……先生?」
「今は、貴方とも会いたい気分ではありません。ですので、お帰りください」
「……どうしても、です。だから、来ないでください」
「来ないでと──あぁ。鍵をかけるのを、忘れていましたか」
「……好ましいことではありませんね、先生。生徒の部屋に無断で入るなど」
「……濡れたままでいるのも、私の自由です。立ち入らないでください」
「最後に、もう一度だけ言います。早く出て行って──」
「──その、左手は」
「あぁ。やはり、そういう……。はは、なら、良かった」
「……はい。やはり、違った指に、付けていたって……」
「……どうして」
「どうして、貴方はそんな残酷な間違いが出来るんですか」
「ごめんって、それだけで済む訳がないじゃないですか」
「私がどんなに心を揺さぶられ、胸を締め付けられたか……」
「……先生に、果たしてお分かりになるでしょうかね」
「……あぁ。本当に、嫌な日になってしまいました」
「こんなに頭が真っ白になり、これまでの自分の行いが想起された時間はありませんでしたよ」
「先生が私に下さった優しさが、どれ程のものだったのか。先生と過ごす時間が、どれだけ楽しかったか。私にとって、先生がどれぐらい大切なのか……」
「……そして、一つだけ疑問が生まれました」
「──先生。貴方にとって、私とは何なのでしょうか」
「私と同じように、愛や恋といった感情を捧げるに相当する存在なのでしょうか」
「答えてください。誤魔化さずに、肯定か否定かで、はっきりと」
「否ならば、もう私を助けていただかなくて結構です。今度こそ、この部屋から出てください」
「たとえ生徒と先生という形だとしても……。貴方から受ける優しさは、もう苦痛になってしまいまから」
「……ですが」
「もしも、肯定してくださると言うのなら──」
「──こちらへと来て、私を、抱き締めてください」
「………………」
「……はい、先生。ずっと、こうしたかった」