先生の薬指に指輪があったら   作:Haito

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トリニティ②(アズサ/ナツ/レイサ)

白洲アズサ

 

「先生。少し遅れてしまったな、すまない」

 

 

「途中でヒフミに捕まってしまって……。あぁ、あまり待たせていないようなら何よりだ」

 

「うん、じゃあお願いする。まずは数学だ」

 

「実は、二次関数とやらで分からない部分があって……」

 

「……なるほど、そうやって解くのか。では、この組み合わせの問題なんだが……」

 

「ほぅ? ただ〇を分けて並べるのではなく、〇と|の組み合わせだと考えると」

 

「確かに、これなら上手く解けるな。私では、考え付きもしなかった解法だ」

 

「なら、この確率の問題は──」

 

 

 ~~~

 

 

「ふぅ、疲れたぁ……」

 

「うん、今日はこれぐらいにしておく。ありがとう、とても助かった」

 

「これなら、次のテストでも……。まぁ、赤点を取ることはないだろう」

 

「やっぱり、先生がいると上手くいくな。もし叶うのなら、このまま一緒に──」

 

 

「──なんてのは、もう夢物語なんだな」

 

 

「いや、こちらの話だ。先生が気にする必要はない」

 

「あぁ、また今度。次こそは、もっと好ましいテスト結果を見せるつもりだ」

 

「……うん。さよなら、先生」

 

 

 ~~~

 

 

「……こんな夜分遅くに、何者だ?」

 

「所属と氏名が明かせないようなら、今すぐにでも……先生?」

 

「その、どうしたんだ? 何か用だとしても、きっと良くないだろう」

 

「……こんな時間に、私のところに来てしまっては」

 

「だって、もう先生は──」

 

 

「──わっ!?」

 

 

「きゅ、急に土下座するな! びっくりするでしょ!」

 

「……とりあえず、理由を聞かせてほしい。私にできることであれば、精一杯手伝うから」

 

「えっと……? 指輪ををする位置を、間違えていた?」

 

「だからこうして、今日会った生徒に謝りに回っている、と……」

 

 

「ふふっ、ははっ」

 

「そんな顔して、何をいうのかと思ったら……」

 

 

「まったく、先生は真面目だな。こんなの、別にモモトークでも良いのに」

 

「……でも。その誠実さは、先生の良いところだ」

 

「じゃあ、まだ急ぐんでしょ? 私のところにいないで、早く他の生徒の方に……」

 

「……私が、最後? えっと、理由を聞いてもいい?」

 

 

「単に、会った生徒の中ではシャーレから一番遠かったから……」

 

「そうか。まぁ、そんなことだと思っていた」

 

 

「でも、私を最後にしたのは賢い選択だったと思う。勘違いはしてしまっていたけど、覚悟もできてたから」

 

「先生ほどの人なら、きっと心に決めた女性の一人ぐらいはいる。そうでしょ?」

 

 

「え、別にいない?」

 

 

「仕事に追われるばかりで、そんなことを考えている余裕はない……」

 

「何というか、大人も大変なんだな。困っていることがあったら、いつでも言ってね」

 

「うん? 今回のお詫びに、何かしてもらいたいこと?」

 

 

「……いや、私はいい」

 

 

「もう、先生にはたくさん助けられている。今日だってそうだ」

 

「だから、これ以上は望むことなんてない。本当だよ」

 

「うん、ばいばい。先生も、気を付けて帰ってね」

 

 

 ~~~

 

 

「ふぅ。あぁ、そうだ」

 

「vanitas vanitatum……、全ては虚しいもの」

 

「どうせ叶わないのなら、最初から何も願わない方がいい」

 

「っと、これは?」

 

「あぁ、いつか先生に買ってもらった……」

 

 

「ふふっ、かわいい」

 

「あの時は、嬉しかったな。かわいいものが一杯で、先生も笑ってくれて……」

 

「……うん、楽しかったんだ。これからも、ずっと続いて欲しいと願うぐらいに」

 

 

「……じゃあ、私はもう知ってるハズだ」

 

「今踏み出せないのは、世界が虚しいからじゃなくて……」

 

 

「……ただ、私が臆病だから」

 

「あぁ。たとえ叶わないからといって、始めもしない理由にはならない」

 

 

 ~~~

 

 

「……はぁ、良かった、間に合った」

 

「先生、ちょっと待って! やっぱり、その……!」

 

「明日とか! 時間ある?」

 

 

「うん、なら良かった。じゃあ、その──」

 

 

「──いっしょに、どこかに遊びにいかない?」

 

 

 

 

 

柚鳥ナツ

 

「先生、遅かったじゃないか。さぁさぁ、そこにかけてよ」

 

 

「今日のメニューは何かって? ふふ、よくぞ聞いてくれたね」

 

「何とここに、あの店のアイスが冷えているんだ!」

 

「そう、ベリーの乗ったカラフルなヤツ。すっごく並んでてさー」

 

「おっと、先生。慌てなくとも、スイーツは逃げないよ?」

 

 

「でも、もうおやつ時だからね。早速いただくとしようか!」

 

 

「じゃじゃーん! ほら、とんでもないぐらいに美味しそうでしょ~?」

 

「残念ながら、一人につき一つまでだったからね。このシロクマ君には悪いけど、真っ二つになってもらおうか」

 

「よいしょ、っと。さぁ、先生はどっちがいいー?」

 

「……おぉ、小さい方を選ぶんだね。流石は先生」

 

「その心意気を讃えて、シロクマ君の耳を授けよう。何でも、特に甘い部分らしいよ?」

 

 

「じゃあ、スプーンを──」

 

「………………」

 

「……あぁ」

 

 

「っと、ごめんごめん。何というか、ぼーっとしちゃってた」

 

「はい、スプーン。フォークもいる?」

 

「りょーかい。んじゃ、溶ける前に食べちゃおうか」

 

 

「く~、最高だねぇ。謳い文句通りの、蕩けるような味わいだよ~!」

 

「特に、このベリーが絶妙なアクセントになってるね。バニラの甘さに慣れた舌を、程よい酸味で刺激してくれている」

 

「うん。ただ甘いだけだったら、ここまで人気になっていないような気もする」

 

「……何事にも、甘味と酸味というのが不可欠なんだろうね」

 

「うん? 今日も何か、考えてることがあるのかって? うーん、そうだなぁ……」

 

 

「……じゃあさ。時にだよ、先生。」

 

「ここにボタンがあるでしょ?」

 

「本当はただの電気のスイッチなんだけど……。まぁ、それは置いておいてさ」

 

 

「もしも、このボタンを一度押せば……この先の人生に待ち受ける苦難が、綺麗さっぱり全て消え去るとしたら」

 

 

「……先生は、このボタンを押す? それとも押さない?」

 

 

「絶対に押す? ふーん、それはどうして?」

 

「自分が苦労しないってことは、生徒が苦しい目に遭わないってことだから……?」

 

「……まぁ、先生らしい答えだね。では、もし先生が先生(・・)じゃなかったとしたら?」

 

 

「ほぅ、今度は悩むんだね?」

 

「……やっぱり押さない、と。理由を聞いても?」

 

「なるほど、理解できるよ。それもまた、先生らしい答えだ」

 

「じゃあ、私の方はって?」

 

 

「……ま、先生と同じだよ」

 

「失敗から学べることもあるって知ってるし、それに……」

 

「苦い記憶があるからこそ、甘い思い出が際立つようになる。終わりがあるからこそ、恵まれた日々に感謝ができる」

 

「ストレスは人生のスパイス、なんて言葉もあるぐらいだしねー」

 

「だからさ、先生?」

 

「君のその指輪も、私は笑って受け入れようじゃないか」

 

 

「スイーツのように甘い日々も、決して永遠には続かない」

 

「そんな教訓を得て、私はこの想いを終わらせることに──」

 

 

「──って、え?」

 

 

「ゆ、指輪を食べちゃってる……」

 

「なんかすっごいサクサクいってる……」

 

「さ、砂糖菓子? いや、どうしてそんな──」

 

 

「……あー、そういうことか」

 

「カレンダーを見てって、もう理解したよ……。エイプリルフール、ってことね」

 

「まったく、先生もこういう悪戯をするんだねぇ」

 

「も~、アイスの味も吹っ飛んじゃったしさー。まあ、面白い経験にはなったけど」

 

「うん? お詫びに何か、って……」

 

 

「じゃあさ、これから少し付き合ってもらうよ?」

 

「そうだね、実はずっと行ってみたかったお店があるんだー! いやー、マカロンひとつで千円もするらしくてねー?」

 

「にひひ、覚悟してもらおうじゃないか。火を点けたのは先生だよ?」

 

「……いつかは終わってしまうかもしれないけれど、この時間はきっと……」

 

 

「さぁ、先生? ともに、この甘い日々を楽しもうか」

 

 

 

 

 

宇沢レイサ

 

「──やっぱり。先生には、そんな指輪が似合いますね」

 

 

「結婚指輪というには、ちょっと派手すぎる気もしますが」

 

「しかし、その指にあるというのはやはり──」

 

 

「──わっ、分かっていますよ!」

 

 

「えぇ、これは落とし物です。本来は、遊んでいてはいけないのですが……」

 

「こんな指輪型のキャンディーなど、なにぶん初めて見たもので!」

 

「昔は、駄菓子屋とかにあった? そうなのでしょうか、今も探せばあるかも?」

 

 

「でも、これはもう食べられませんね」

 

「道端に落ちていたものですし、賞味期限も切れてしまっています」

 

「綺麗な色ですし、一度ぐらい食べてみたかったような気も……」

 

 

「──そうなんですか!? あのコンビニに置いてある、と!」

 

 

「そうと聞いてはこの宇沢レイサ、じっとしているわけにはいきません!」

 

「落とし物の整理も終わったことですし、早速向かいましょう!」

 

「よろしければ、先生もご一緒に!!!」

 

 

 ~~~

 

 

「ふぅ、やっと買えましたね……」

 

「はは、随分とかかってしまいました。すっかり夕方です」

 

「思ったよりも長時間、私に付き合わせてしまいましたね。ご迷惑でなければ良いのですが……」

 

「そうですか! はい、それなら良かった!」

 

「では、早速いただくとしましょうか!」

 

「先生、それをこちらに……」

 

 

「……いえ。袋のままではなく、取り出した上で渡してくれませんか?」

 

「そう、ですね。それで、もしお願いできるのなら──」

 

「──この手に、付けていただけると」

 

「いえ。困らせてしまっているようなら、やはり……」

 

 

「……っと。中指、ですか」

 

「なるほど。左手の中指のリングには、友達や仲間との協調性を高めてくれる効果が期待できる、と」

 

「そうなんですね、知りませんでした!」

 

「やっぱり先生は、私が知らないことをたくさん知っていますね」

 

「そんな先生なのですから、生徒の心もお見通しなのでしょう。……もちろん、私のことだって」

 

 

「だから、分かっていました」

 

「こんな風におどけてみても……」

 

「先生はこれを、こちらの(・・・・)指には付けてくださらないってことも」

 

「いえ、ただの冗談ですよ。まさか、本気で悩んでいるわけではありませんので」

 

「……少しだけ、無理を言ってみたくなっただけです」

 

 

「でも、先生?」

 

「こうして、だんだんと日も暮れてきましたが……」

 

 

「このキャンディが溶けるまでは、傍に居てくださいね?」

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