白洲アズサ
「先生。少し遅れてしまったな、すまない」
「途中でヒフミに捕まってしまって……。あぁ、あまり待たせていないようなら何よりだ」
「うん、じゃあお願いする。まずは数学だ」
「実は、二次関数とやらで分からない部分があって……」
「……なるほど、そうやって解くのか。では、この組み合わせの問題なんだが……」
「ほぅ? ただ〇を分けて並べるのではなく、〇と|の組み合わせだと考えると」
「確かに、これなら上手く解けるな。私では、考え付きもしなかった解法だ」
「なら、この確率の問題は──」
~~~
「ふぅ、疲れたぁ……」
「うん、今日はこれぐらいにしておく。ありがとう、とても助かった」
「これなら、次のテストでも……。まぁ、赤点を取ることはないだろう」
「やっぱり、先生がいると上手くいくな。もし叶うのなら、このまま一緒に──」
「──なんてのは、もう夢物語なんだな」
「いや、こちらの話だ。先生が気にする必要はない」
「あぁ、また今度。次こそは、もっと好ましいテスト結果を見せるつもりだ」
「……うん。さよなら、先生」
~~~
「……こんな夜分遅くに、何者だ?」
「所属と氏名が明かせないようなら、今すぐにでも……先生?」
「その、どうしたんだ? 何か用だとしても、きっと良くないだろう」
「……こんな時間に、私のところに来てしまっては」
「だって、もう先生は──」
「──わっ!?」
「きゅ、急に土下座するな! びっくりするでしょ!」
「……とりあえず、理由を聞かせてほしい。私にできることであれば、精一杯手伝うから」
「えっと……? 指輪ををする位置を、間違えていた?」
「だからこうして、今日会った生徒に謝りに回っている、と……」
「ふふっ、ははっ」
「そんな顔して、何をいうのかと思ったら……」
「まったく、先生は真面目だな。こんなの、別にモモトークでも良いのに」
「……でも。その誠実さは、先生の良いところだ」
「じゃあ、まだ急ぐんでしょ? 私のところにいないで、早く他の生徒の方に……」
「……私が、最後? えっと、理由を聞いてもいい?」
「単に、会った生徒の中ではシャーレから一番遠かったから……」
「そうか。まぁ、そんなことだと思っていた」
「でも、私を最後にしたのは賢い選択だったと思う。勘違いはしてしまっていたけど、覚悟もできてたから」
「先生ほどの人なら、きっと心に決めた女性の一人ぐらいはいる。そうでしょ?」
「え、別にいない?」
「仕事に追われるばかりで、そんなことを考えている余裕はない……」
「何というか、大人も大変なんだな。困っていることがあったら、いつでも言ってね」
「うん? 今回のお詫びに、何かしてもらいたいこと?」
「……いや、私はいい」
「もう、先生にはたくさん助けられている。今日だってそうだ」
「だから、これ以上は望むことなんてない。本当だよ」
「うん、ばいばい。先生も、気を付けて帰ってね」
~~~
「ふぅ。あぁ、そうだ」
「vanitas vanitatum……、全ては虚しいもの」
「どうせ叶わないのなら、最初から何も願わない方がいい」
「っと、これは?」
「あぁ、いつか先生に買ってもらった……」
「ふふっ、かわいい」
「あの時は、嬉しかったな。かわいいものが一杯で、先生も笑ってくれて……」
「……うん、楽しかったんだ。これからも、ずっと続いて欲しいと願うぐらいに」
「……じゃあ、私はもう知ってるハズだ」
「今踏み出せないのは、世界が虚しいからじゃなくて……」
「……ただ、私が臆病だから」
「あぁ。たとえ叶わないからといって、始めもしない理由にはならない」
~~~
「……はぁ、良かった、間に合った」
「先生、ちょっと待って! やっぱり、その……!」
「明日とか! 時間ある?」
「うん、なら良かった。じゃあ、その──」
「──いっしょに、どこかに遊びにいかない?」
柚鳥ナツ
「先生、遅かったじゃないか。さぁさぁ、そこにかけてよ」
「今日のメニューは何かって? ふふ、よくぞ聞いてくれたね」
「何とここに、あの店のアイスが冷えているんだ!」
「そう、ベリーの乗ったカラフルなヤツ。すっごく並んでてさー」
「おっと、先生。慌てなくとも、スイーツは逃げないよ?」
「でも、もうおやつ時だからね。早速いただくとしようか!」
「じゃじゃーん! ほら、とんでもないぐらいに美味しそうでしょ~?」
「残念ながら、一人につき一つまでだったからね。このシロクマ君には悪いけど、真っ二つになってもらおうか」
「よいしょ、っと。さぁ、先生はどっちがいいー?」
「……おぉ、小さい方を選ぶんだね。流石は先生」
「その心意気を讃えて、シロクマ君の耳を授けよう。何でも、特に甘い部分らしいよ?」
「じゃあ、スプーンを──」
「………………」
「……あぁ」
「っと、ごめんごめん。何というか、ぼーっとしちゃってた」
「はい、スプーン。フォークもいる?」
「りょーかい。んじゃ、溶ける前に食べちゃおうか」
「く~、最高だねぇ。謳い文句通りの、蕩けるような味わいだよ~!」
「特に、このベリーが絶妙なアクセントになってるね。バニラの甘さに慣れた舌を、程よい酸味で刺激してくれている」
「うん。ただ甘いだけだったら、ここまで人気になっていないような気もする」
「……何事にも、甘味と酸味というのが不可欠なんだろうね」
「うん? 今日も何か、考えてることがあるのかって? うーん、そうだなぁ……」
「……じゃあさ。時にだよ、先生。」
「ここにボタンがあるでしょ?」
「本当はただの電気のスイッチなんだけど……。まぁ、それは置いておいてさ」
「もしも、このボタンを一度押せば……この先の人生に待ち受ける苦難が、綺麗さっぱり全て消え去るとしたら」
「……先生は、このボタンを押す? それとも押さない?」
「絶対に押す? ふーん、それはどうして?」
「自分が苦労しないってことは、生徒が苦しい目に遭わないってことだから……?」
「……まぁ、先生らしい答えだね。では、もし先生が
「ほぅ、今度は悩むんだね?」
「……やっぱり押さない、と。理由を聞いても?」
「なるほど、理解できるよ。それもまた、先生らしい答えだ」
「じゃあ、私の方はって?」
「……ま、先生と同じだよ」
「失敗から学べることもあるって知ってるし、それに……」
「苦い記憶があるからこそ、甘い思い出が際立つようになる。終わりがあるからこそ、恵まれた日々に感謝ができる」
「ストレスは人生のスパイス、なんて言葉もあるぐらいだしねー」
「だからさ、先生?」
「君のその指輪も、私は笑って受け入れようじゃないか」
「スイーツのように甘い日々も、決して永遠には続かない」
「そんな教訓を得て、私はこの想いを終わらせることに──」
「──って、え?」
「ゆ、指輪を食べちゃってる……」
「なんかすっごいサクサクいってる……」
「さ、砂糖菓子? いや、どうしてそんな──」
「……あー、そういうことか」
「カレンダーを見てって、もう理解したよ……。エイプリルフール、ってことね」
「まったく、先生もこういう悪戯をするんだねぇ」
「も~、アイスの味も吹っ飛んじゃったしさー。まあ、面白い経験にはなったけど」
「うん? お詫びに何か、って……」
「じゃあさ、これから少し付き合ってもらうよ?」
「そうだね、実はずっと行ってみたかったお店があるんだー! いやー、マカロンひとつで千円もするらしくてねー?」
「にひひ、覚悟してもらおうじゃないか。火を点けたのは先生だよ?」
「……いつかは終わってしまうかもしれないけれど、この時間はきっと……」
「さぁ、先生? ともに、この甘い日々を楽しもうか」
宇沢レイサ
「──やっぱり。先生には、そんな指輪が似合いますね」
「結婚指輪というには、ちょっと派手すぎる気もしますが」
「しかし、その指にあるというのはやはり──」
「──わっ、分かっていますよ!」
「えぇ、これは落とし物です。本来は、遊んでいてはいけないのですが……」
「こんな指輪型のキャンディーなど、なにぶん初めて見たもので!」
「昔は、駄菓子屋とかにあった? そうなのでしょうか、今も探せばあるかも?」
「でも、これはもう食べられませんね」
「道端に落ちていたものですし、賞味期限も切れてしまっています」
「綺麗な色ですし、一度ぐらい食べてみたかったような気も……」
「──そうなんですか!? あのコンビニに置いてある、と!」
「そうと聞いてはこの宇沢レイサ、じっとしているわけにはいきません!」
「落とし物の整理も終わったことですし、早速向かいましょう!」
「よろしければ、先生もご一緒に!!!」
~~~
「ふぅ、やっと買えましたね……」
「はは、随分とかかってしまいました。すっかり夕方です」
「思ったよりも長時間、私に付き合わせてしまいましたね。ご迷惑でなければ良いのですが……」
「そうですか! はい、それなら良かった!」
「では、早速いただくとしましょうか!」
「先生、それをこちらに……」
「……いえ。袋のままではなく、取り出した上で渡してくれませんか?」
「そう、ですね。それで、もしお願いできるのなら──」
「──この手に、付けていただけると」
「いえ。困らせてしまっているようなら、やはり……」
「……っと。中指、ですか」
「なるほど。左手の中指のリングには、友達や仲間との協調性を高めてくれる効果が期待できる、と」
「そうなんですね、知りませんでした!」
「やっぱり先生は、私が知らないことをたくさん知っていますね」
「そんな先生なのですから、生徒の心もお見通しなのでしょう。……もちろん、私のことだって」
「だから、分かっていました」
「こんな風におどけてみても……」
「先生はこれを、
「いえ、ただの冗談ですよ。まさか、本気で悩んでいるわけではありませんので」
「……少しだけ、無理を言ってみたくなっただけです」
「でも、先生?」
「こうして、だんだんと日も暮れてきましたが……」
「このキャンディが溶けるまでは、傍に居てくださいね?」