「たまには逆でもいいでしょ?」   作:ども

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「比企谷く......さん?」

朝というのは本当に面倒臭いものである。

前日までは「明日も一日、頑張るゾイ!」と意気込んでいても、翌朝には「もぅマヂ無理。学校休も......」となってしまう。朝の持つ魔力というのは侮れないのだ。

 

さらに、布団がその魔力を増大させてくるときた。なんなら布団が「...今日は一緒に居て欲しいな?」と上目遣いで抱きついてくるまである。いや、ないか。

 

まあ、流石にいつまでも布団にくるまって学校に遅れるわけにもいかないので、布団からゾンビの如く這いずり出る。このままだとマジでゾンビになるな......。

 

そんなことを考えていると、ふと違和感に気付く。上半身がやけに重く、少々足元がおぼつかないのだ。本格的に風邪でもひいたかと思い、小町に体温計を持ってきて貰おうと声を出したのだが――

 

「小町ぃ~、ちょっと体温計を...ってなんだこの声!?」

 

俺から出たのはいつもの気だるげな覇気の無い声ではなく、さながら皆川純子さんのような低めの女性の声だった。

 

そう、女性の声である。もう一度言おう、女性の声である。

 

.........は?なんで?この歳になって声変わり始まった?それとも見た目は子供、頭脳は大人の名探偵になったの?

俺の脳内で疑問が浮かび続けている最中、いきなり部屋のドアがおもいっきり開き、小町が物凄い形相で部屋に入ってきた。

 

「お、お兄ちゃん!大丈――」

 

小町は俺の姿を目に入れて早々、口を開けたまま固まってしまった。そして、ゆっくりと俺を指差し、わなわなと震えだした。

 

「お、お兄ちゃん、なの...?」

「え、そりゃ私に決まって...る...」

 

小町の指が指し示す方向、すなわち自分の体を確認するためにゆっくりと視線を下ろしたのだが、視界に入ったのは、何故か膨らんでいる俺の胸であった。

おいおいおい、なんで俺の胸部に双丘が出現してんだよ!

 

「も、もしもし――」

 

流石にその様子を見て事態の異常性を把握したのか、小町がおもむろにスマホを出し、電話をかけ始めた。

きっと病院かどこかにかけたのだろうと思い、黙ってその姿を見ていると、不穏なワードが聞こえてきてしまった。

 

「――お願いします平塚先生!」

「おいおいちょっと待て!」

 

期待を180度裏切られ、思わず大声を出してしまった。てかなんで兄の緊急事態にまっさきに連絡するのが独身女教師なんだよ。驚きすぎて一周回って冷静になってきたわ。

 

だが、そんな俺の抗議の声を無視して、小町はスマホをこちらに押し付けてくる。

 

「取り敢えず兄にかわります!」

「え、ちょっ」

『比企谷、大丈夫か!』

「え、ええ、いや、大丈夫?なんですかね......」

 

いきなりスマホから聞こえてきた大声に少しビビりながら、質問に答える。実際、何をもってして大丈夫なのか分からないからなぁ。

 

『そうか、その様子なら大丈夫そうだな』

「ええ、まあ、むしろこの体の方が健康的なくらいですよ。特に目が」

『なら一生そのままでも良いんじゃないか?』

「雪ノ下たちは気味悪がりそうですけどね」

 

実際、鏡に映っている自分を見る限り、自分で言うのもなんだがかなり整った顔をしているし。問題の目も、覇気が無いだけで普通の三白眼になっている。ただ、胸部の発達だけは普通ではなく、由比ヶ浜と同等かそれ以上といったところだ。別に由比ヶ浜の胸部のサイズが正確にわかるほど見ているわけではないが、多分それぐらいだ。......本当に見てないからね!

 

と、誰に向けているかもわからない弁明をしていると、少し間を置いて平塚先生が何やら深刻そうな口調で口を開いた。

 

『あー、そのことなんだがな......』

「何かあるんですか?」

『......いや、やはり今言うのはやめておこう。家まで迎えに行くから待っていてくれ。制服はこちらで準備しておく』

「あ、はい。わかりました」

 

どうやら迎えに来てくれるらしいが、最初に何か言いかけていたあたり嫌な予感がする。

 

とはいえ、今のところ俺にできることは無いので、平塚先生が来てくれるのを待つしかない。まぁ何もせずに待つのも暇なので、今の俺の体の状態を確かめることにする。

 

まず一つ分かったことがある。一人称や口調が変わっているのだ。これは別に自分で意識して『私』と言っている訳ではなく、勝手に変換されてしまうのである。口調も同様に、少々ガサツな女性っぽい口調だったりに変わってたりする。なんだこのご都合設定。

とりあえず色々確かめてみるか。

 

「小町、ちょっと私の横に立ってくれ」

「え?あ、うん」

 

先ずは小町と並ぶことで大体の体格を把握する。

ふむ、小町と目線が同じくらいだから、身長は150前半といったところか。少し小さいが、特段太っているわけでもないので、平均的な体型だろう。ただ、その身長には少し見合わないかもしれないものが二つ付いているのが難点だ。めっちゃ重いぞこれ......。

 

セルフ身体測定をしていると、隣に立っていた小町が訝しげな視線を向けてくる。

 

「......ねぇ、お姉ちゃんって呼んだ方が良いかな?」

「あー、そういやそうだな......」

 

言われてみれば、今の俺をお兄ちゃんと呼ぶのは違和感がある。かと言ってお姉ちゃんってのもどこかむず痒い。最終決定は小町に任せるけど。

 

「まぁ、その辺は小町の好きにしてくれ」

「じゃあ、お姉ちゃんで決定!次は名前だね!」

「え、名前まで変えちゃうの?」

「当たり前じゃん。八幡ってあんまり可愛くないし。どうせなら小町みたいに可愛い方が良くない?」

 

小町はそのままの流れで至極当然かのように改名を提案してきた。

俺の名前を認識している間柄の人なんて数えるほどしかいないので、改名したところで特に意味はないと思うんですが......。あ、小町の名前が可愛いってところは大いに賛成です。可愛いのは名前だけじゃないけど。

 

そんなことを考えながら、改名反対の意思を表情に込めて小町の方を睨んだが、妙に高めのテンションで押し返される。

 

「まぁまぁ、折角こんなに可愛い見た目してるんだからさ!」

「いやそうでもないだろ」

「そんなことないよ!そのダウナーな感じとかすっごいエッ...可愛いよ!」

「ちょっと待って小町ちゃん今何て言おうとしたのかな?」

 

俺の聞き間違いじゃなきゃ、女を体で判断するおっさんみたいなこと言おうとしてなかった?それ八幡的にポイント低い......。

 

ピンポーン

 

「チッ、タイミングの悪い奴め」

 

小町との応酬を繰り広げていると、来客を知らせる音が家に鳴り響いた。きっと平塚先生だろう。助かったぜ。おかげで小町が噛ませ犬みたいな安っぽいセリフを吐いてるけど。

 

その場から逃げるように玄関へと行き、ゆっくり扉を開けると、やはりそこには平塚先生が立っていた。

 

「おぉ、本当に女体化しているな......。リアルけんぷファーだな」

「女体化で真っ先に出てくるのがそのアニメなのは末期ですよ......」

「いや、すまない。まだあまり理解が追いていなくてな。つい悪い癖が......」

「それに関しては私も同じですね。もう何がなんだか......」

「あー、それでだな......」

 

平塚先生の言葉に同意すると、平塚先生の表情が神妙なものに変わった。思わずこちらも身構える。

 

「これはさっき電話越しで言いかけた事なんだが......、まぁ、実際に見てもらった方が早い。付いてきたまえ」

 

そう言うと、平塚先生は車の方へと歩きだした。俺も黙ってそれに付いていく。

 

「......いいか、比企谷。君なら彼が誰か分かるはずだ。だから落ち着いて見てくれ」

 

車の前に付くと、平塚先生はそう言ってから、後部座席の扉をゆっくりと開けた。

身構えながらも、恐る恐る車内を覗き込む。

 

そこは、なんの変哲もない、いたって普通の車内。けれど、そこがあまりにも異質に感じられたのは、一人の少年がそこにいたからだろう。

 

「――こ、こんにちは、比企谷くん...いや、比企谷さんの方がいいかな?」

 

少年は複雑な表情で俺に挨拶をした。それを前にして、俺は身体も精神も止まってしまった。

 

――俺は、こいつを知っている。

いつだったか、同じ感覚陥ったことがある。だが、その相手は黒髪ロングの美少女であって、こんなナチュラルマッシュの少年ではない。

 

少年は、俺の後ろにいる平塚先生におずおずと尋ねる。

 

「平塚先生、やはり比企谷くんも......」

「ああ、そうだ。君と同じらしい」

 

今、なんて言った?「君と同じ」......?じゃあ、こいつも起きたら 性転換してたってことか?

そこで、俺の脳内CPU(低スペ)が一つの予測を打ち立ててしまった。

おいおい、まさかこいつって――

 

「まったく......、本当に君たちには問題ばかり付きまとうな、比企谷、雪ノ下」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

雪ノ下?こいつが?こんな容姿端麗な優等生みたいな奴が?それは雪ノ下か......。

......いや、まだ姉の方の可能性があるぞ!それはそれで問題だけど。

 

「なんだね、比企谷」

「そ、その、雪ノ下ってのは......」

「ああそうだ。彼女...いや、彼は――雪ノ下雪乃だ」

「マジかよ......」

 

やっぱ妹の方かよ......。っべー、目眩してきたわ......。

 

よし、落ち着いて一旦状況を整理しよう。

 

・朝起きたら女になってた。

・雪ノ下が男になってた。

 

うん、ますます分からん。こんなん創作の世界でしか見たことないぞ。事実は小説より奇なりにも程があるだろ......。

 

何か凄い気まずい空気になってきたな。さて、一体これからどうするのが正解なのか......。問題が多過ぎて答えを見つけるっていうレベルじゃねぇぞこれ!

 

「......どうかした?」

「いや......、本当に雪ノ下なんだよな?」

 

まずは気になっていたことを今更ながら聞いてみる。本当に今更なのだが、やはり信じられないものは信じられない。ていうか信じたくない。夢なら早く覚めて欲しい。

 

雪ノ下雪乃(仮)は、呆れたように息を吐いた。

 

「それはこっちのセリフなのだけれど......、まぁ、その様子なら比企谷く...さんは、本物なんでしょうけれど」

「あー、何か今の雪ノ下っぽいな......。じゃあ本物か」

 

見た目や喋り方は変わっていても、細かい仕草に雪ノ下っぽさが見られるような気がしないでもない。よく見ると、目元とかちょっと雰囲気あるかも......。何か変態っぽいなこれ。

 

「よし、お互い本人確認も済んだようだし、――学校に行くぞ」

 

ん?学校に行く?何を言っているんだこの人?あ、もしかして大学附属病院的な感じ?いや、だとしたら大学って言うしな......。え、マジで学校行くの?こんな状況で?

 

「......病院とかではなく?」

「掛け合ってはみたが『そんなわけないだろう』と一蹴されてしまってな......」

「まぁ、そりゃそうですよね......」

 

実際、当事者でも信じられないのだ。見てもいない人間が信じられるはずがない。病院もそんな冷やかしみたいな患者に構ってられる程、暇でもないだろう。

 

だが、学校に行くかどうかは別問題だ。

そのことを抗議しようと、口を開こうとしたところで、平塚先生がそれを阻止するように喋りだした。

 

「と、言うわけで。こんな物を用意した」

 

平塚先生はそう言うと、車のトランクを開け、ゴソゴソと何かを引っ張り出してきた。

 

「比企谷、これを着なさい」

「マジすか......」

 

平塚先生が満面の笑みで渡してきたのは、女子生徒用の制服だった。いきなり言われても、そんなのできっこないよぉ!こんなの着れるわけないよぉ!

......いや、そういや電話口で言ってたし、いきなりではないな。てか既に雪ノ下が男子用の制服着てるわ......。

 

「さあ、比企谷。車の中で着替えなさい」

「比企谷く...さん、抵抗しても無駄だよ。僕も着たんだ。あなたも、ね?」

「「ふふふ......」」

 

こうして、俺の――いや、俺たちの、奇妙な日常が幕を開けるのだった。




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