「たまには逆でもいいでしょ?」 作:ども
私の名前は比企谷八幡、高校生!朝目が覚めたら女の子になってて大ピンチなの!しかも、部活仲間も性転換してて......ってなんだこれ気持ち悪いな。
学校に行くのが憂鬱過ぎて、段々テンションがおかしくなってきたような気がする今日この頃。
といっても、まだ女体化が判明してから一時間程度しか経っておらず、車の中で制服に着替え(強制)、今は学校へと平塚先生の車で移動中である。やっぱりテンションも性別に引っ張られんのかな......。
ふと、雪ノ下はどうなのかと思い、視線だけを横に向ける。
すると、雪ノ下もこちらを見ていたのか、がっつり目が合ってしまった。
「す、すまん......」
「い、いえ、その......」
つい反射的に謝罪が出てしまうあたり、若くして社畜の素質が垣間見えていて辛い。ていうか、そのせいでなんだか急に変な雰囲気になってしまった。どうしましょ、目と目が合ったしポケモンバトルでもした方が良いのかしら......。
と、脳内で逡巡していると、そんな微妙な空気を壊すような快活な笑い声が車内に響いた。
「あっはっは!君たち、初対面のときの方が何倍もマシだったぞ!」
「なんでそんな嬉しそうに言うんすか......」
「いや、珍しくてつい、ふふっ」
「そんな面白いですかね......」
俺たちからしてみれば、性別がいきなり変わるなんてたまったもんじゃない。とても笑ってられるような話ではないのだ。
そんなやり取りをしているうちに、車が止まった。
「よし、着いたから取り敢えず降りなさい」
言われた通り車から降りると、そこは見慣れた正門ではなく、職員玄関だった。
「今の君たちはいかんせん目立ちすぎるからな。元に戻るまではここから出入りしなさい」
まぁ、妥当と言えば妥当なのだが、正直俺たちの交友関係からして、そこまで大きな騒ぎになるとは思えない。
不思議に思っていたのは俺だけではなかったようで、雪ノ下が平塚先生におずおずと尋ねた。
「今の僕たちってそんなに目立ちますか?あんまり気付かれないと思うんですが......」
「あー、いや、目立つのは君たちの容姿の方だよ。別に性別が変わっているからとかそういうのではないぞ」
「私たちそんなに奇抜ですかね?普通にどこにでもいる高校生だと思うんですけど......」
実際、自分でもそんなに目立つようには感じない。雪ノ下だって、いくら顔立ちが整っているとはいえ、流石に注目を浴びる程珍しいわけではないと思う。
そんな俺の疑問を聞くなり、平塚先生はやれやれという感じで、一つため息を吐いた。
「君の周りには美男美女が多いからな。感覚が狂っているんだろう。私が美人過ぎるせいで......すまんな」
「まぁ、僕も美少女でしたし、比企谷さんが勘違いするのも仕方ないでしょうね......」
「はぁ......」
なんだこいつら、二人揃って腹立つな。だが、どちらも容姿は整っているので強く言い返せない。悔しい、でも感じちゃう!(トキメキ的な意味で)
でも、強いていうなら容姿以外が......いや、これはやめておこう。
それはさておき、一番の懸念事項を確かめねばなるまい。
「登下校は良いとして、授業はどうするんです?まさか馬鹿正直に「私、性別変わりました!」って言う訳じゃないですよね?」
「あ」
「あ、って何ですか。まさか、忘れていた訳じゃないですよね?」
「まぁ、その、なんだ......、さらっと無難にやり過ごすのも、社会に適応するということさ!」
うわー...投げやりだよこの人。絶対なんも考えてなかったパターンじゃん......。あと前も聞いたよその話。
「ともかく、君たちならきっと何も言われないさ。堂々としていれば良いんだよ、堂々とな」
「そんなんで良いんすか......」
「困ったら私を呼びなさい。言ったろう?私は結構えこひいきする方なんだ」
これに関しては、えこひいき関係なくサポートして欲しいんですけどね。と言うのももはや億劫なので、今回は飲み込んでおこう。
「じゃあ、比企谷さん、また放課後に部室で」
「ああ、由比ヶ浜には私から言っとくから」
「お願いするね」
そんなやり取りを終え、お互い逆方向に歩みを進める。勿論、向かう先は自分の教室だ。
そうは言ったものの、やはり不安なものは不安だ。一歩足を踏み出す度に、少しずつ重力が増すような感覚が襲ってくる。
今なら逃げても...なんて考えも過るが、雪ノ下も同じ目にあっているのだ。俺だけ逃げ出すのはある種の裏切りのようなものだろう。
気付けば目の前には見慣れた教室のドアが佇んでいる。中からは聞き慣れた喧騒も聞こえてくる。ここまで来たら、入るしかない。
元から居ないような人間の性別が変わったところで、きっと見向きもされない。大丈夫だ、俺。
――ボクは、陰(キャ)だ。
頭の中でそう念じ、なるべく音を立てないようにドアを開ける。きっと、友人との会話に夢中になって、俺が教室に入ったことにすら気付かないはず――
だが、予想は大きく外れることとなる。
「......誰だ?」
急に静まり返った教室の中で、誰かがポツリとそんなことを呟いた。
するとどうだろう。静かな水面に落ちた水滴は、波紋となり、やがて――
「......誰?」
「転校生じゃない?」
「てかめっちゃ可愛くない?」
「お前ちょっと声かけてこいよ!」
「嫌だよ、お前が先行けよ!」
「席どこ座るんだろ?」
「私の近くだと良いなー」
「なんか......エロくね?」
「わかる。なんかあのダウナーな感じが――」
こんなふうに、広がってしまう。あっという間に注目の的である。てか既に性的に見られてるんだけど。怖っ。
もうこうなってしまっては仕方ない。大人しく机に突っ伏して、近寄るなアピールでもしよう。
「......おい、あの席って誰かの席だよな?」
「確か、ヒキタニ...?とかいう奴だったような......」
「席間違ってんじゃないの?」
「誰か教えてやんなよ!」
「いや、だって近寄るなオーラ出てるし......」
そうそう、それで良いんだよ、それで。あとはこの状態を休み時間の度に維持すれば良いだけだ。
次は由比ヶ浜に状況説明をするタイミングを考えないとな。このまま順調にいって、由比ヶ浜が部室に向かうタイミングで話しかけれればいいが、最悪の場合、葉山軍団に特攻することになる。
まぁ、このまま順調に行けばなんとかなるはず......。
――だが、そう順調には事が運んでくれないのが現実である。
「......あたし、行ってくる!」
そんな声が聞こえたかと思えば、少しずつ足音が近付いてくる。くそッ、俺の覇気をものともせず近付いてきやがるッ!
そして、俺の席に到着したのだろう、数秒でその足音は鳴り止んだ。
「......あのー、すいません」
「......」
「あ、あのー......」
俺の肩を叩きながら、恐る恐るといった感じで声をかけてくる。なんか、聞いたことある馬鹿っぽい声だな......。
まさかと思い、念のためチラッと片目だけで声をかけてきた人物を確認すると、やはりそこにいたのは、奉仕部・馬鹿担当の由比ヶ浜結衣だった。
ちなみに決して悪い意味ではない。あれだよ、愛すべき馬鹿みたいな感じ。結局馬鹿じゃねぇか。
それは置いといて、由比ヶ浜が自分から来てくれたのはラッキーだ。葉山軍団に単身で突っ込めるほど強靭な精神とか持ってないし。
さて、今のうちに説明を済ませておきたいんだが......。
「由比ヶ浜さん声掛けに行ったよ......」
「......全然反応してなくない?」
「このままだと、ヒキタニは生暖かくなった椅子に座るんだろ?俺、許せねぇよ......」
「......ヒキタニ絶対殺す」
なんか今度は俺へのヘイトが溜まってません?性欲と憎悪が同時に向けられるとか地獄なんだけど。こんなに注目されてたら由比ヶ浜に説明もできねぇし。
てか説明以前に、こんなに肩を叩かれたり揺らされたりしてるのに、由比ヶ浜を無視し続けるのは流石に不自然か。何かなるべく自然に乗り切るしか――
「――ちょっとアンタ、そこ、ヒキオの席なんですけど」
「......へ?」
俺が顔を上げると同時に、鋭い声音が飛んできた。由比ヶ浜も予想外だったのか、 素っ頓狂な声を漏らしている。
もちろん声の主は、我らが女王、三浦優美子その人である。
三浦は腕を組みながら、威嚇するかのように強く足音を立て、ゆっくりと近付いてくる。その姿はまさに女王。しかも悪役の方だ。
「転校生なら席がどこかくらい聞かされてんじゃないの?」
「いや、それは......」
「何?なんか文句あるわけ?」
「い、いえ、滅相もございません......」
「ちょ、ちょっと優美子......」
いや怖すぎだろこの人!思わず俺が謝罪しちゃったよ。由比ヶ浜もめっちゃあわあわしてんじゃん。どんどん俺が追い込まれちゃってるよ、これ。
次は何を言われるかと、俺が戦々恐々していると、女王様は「あ」と一言発すると、少々険しい表情に変わる。え、何か気に障ることした......?
「――もしかしてヒキオのこと狙ってんの?」
「はい......?」
「え!?ゆ、優美子!?」
「ヒキオが登校してくるのを待ってんでしょ?ヒキオこのくらいの時間に登校してくるし」
おいおいおいどういう発想でそういう結論になるんだよ。最近の少女漫画でもそんなシチュエーションねぇよ。なんで初対面どころか見たことない人間を狙ってることになってんだよ。あと由比ヶ浜、その「うわ、マジじゃん......」みたいな表情をやめろ。馬鹿に見えるぞ。
「だって高校生にもなってわざわざ男子の席とか座らなくない?普通そういうのは小学生までっしょ」
「た、確かに......!」
「あーし、そーゆー男子ウケ狙いの奴、マジで嫌いなんだよね」
なんか段々俺が悪役みたいな感じになってきてない?
このまま俺がこの席を立てば、三浦の言うことが立証され、ついでに俺の席がなくなって、一人だけ授業参観スタイルになってしまう。かと言って馬鹿正直に「俺が比企谷八幡だ」とか言っても、それはそれで滅茶苦茶目立つ。というか信じられるかすら怪しい。
これもう無理じゃね?どうあがいてもSIRENもびっくりな絶望が待ってるんだけど。
俺が女体化したことをこれ以上隠し通せる自信もなければ、隠し通す方法すら皆目検討もつかない。
女体化を公言した方が、いつバレるか分からない恐怖に怯えることはなくなるという点において、少しはマシな気がするが、その後がどうなるか分からない。
そうこうしているうちにも、教室内のざわめきは大きくなっていく。なんでコイツらこんな単純なの?恋愛に関しては小学生なの?
......はぁ。なんかもう面倒臭いし名乗るかな。信じてもらえなかったらそれはそれでおかしな奴ってことで無視されるでしょ。多分。
もうどうなってもいい......と覚悟を決め、声を出そうとした――のだが、それは妨げられてしまう。
「――なんの騒ぎだ?」
ガラッと乱雑に扉を引き、現れたのは平塚先生だった。教室中の視線が平塚先生に注がれる。
少し間を空け、一人の生徒が口を開いた。
「先生、転校生がヒキタニくんの席に座ってて......」
「あー、いや、そいつがヒキタニだ。転校生ではない」
「「「はぁ!?」」」
全員が俺と平塚先生を交互に見る。全員が全員、信じられないといった表情をしている。でも、悲しいけどこれ本当なのよね。
てか、何でそんな軽々しく言っちゃうの?俺、結構頑張って覚悟決めたんだけど。的な視線を平塚先生に向ける。
その視線に気付いてか、平塚先生は手元のメモ用紙に目を落とした。
「これはさっき職員会議で決まってな。『各々の判断に任せて、柔軟に対応せよ』ということになった」
「いやそれ実質決まってないってことじゃないすか。あと私の判断は無視なんすかね?」
「それは、ほら、まぁ、社会に出たらこれくらいの理不尽とかざらだし......」
このレベルの理不尽がざらとかやばすぎるだろ。常に人生が狂うかもしれないリスク背負わされてるってことじゃん。やっぱり労働はクソ!専業主夫、最高!あ、今は専業主婦か。
って、そんな悠長なことを考えている暇ではない。
あまりにも投げ遣りすぎる回答に思わずツッコんでしまったせいで、周りを見渡せば、先程まで俺と平塚先生を行き来していた視線が全て俺一人に向けられている。まだ半信半疑といった感じだが、注目を集めているのは間違いない。
中には、俺の胸元や露出した脚に向けられている視線も少なくない。見られてる側って本当に分かるんだな。
......はぁ。
これからどうすればいいんだ、俺......。
評価と感想で元気になります。誤字報告も感謝です。