「たまには逆でもいいでしょ?」 作:ども
す
ヤバい。何がヤバいってもうホントにヤバい。このままだとストレスと過労で死ぬ......。
と、言うのも、教室で堂々と正体をばらされた後、やはり待ち受けていたのは質問責め。
身長体重は勿論、スリーサイズから足のサイズまで、それはもう根掘り葉掘り聞かれた。
幸い、由比ヶ浜や葉山、三浦、海老名さんたちに護衛となってもらって、なんとか難は逃れたものの、精神的疲労は回復せず、放課後になったタイミングで足早に部室に来て、ぐったりとしているというのが今の状況である。ちなみに戸部は質問する側だった。やっぱあいつゴミだわ。
で、今は部室で休憩中である。念のため平塚先生に部室の鍵を朝から開けてもらっていたのが、本当に役立つとは思わなかった。
そのおかげで、部室には俺一人なのだが――
「......雪ノ下、大丈夫かな」
と、独り言ちてしまう程、雪ノ下のことが心配になってきた。
体力が中の下くらいの俺がこんな容態なのだ。体力がミジンコレベルの雪ノ下が生きてここに辿り着けるかは、結構怪しい。いや、かなり怪しい。
ましてや、俺のように護衛を担ってくれる人物がいるかどうかすら怪しいのだ、ますます不安である。
なんか恋する乙女みたいになってんな、俺。まぁ今は本当に乙女なんだけれど。
それから部室で休息を取ること数分。
ゆっくりと力無さげに扉が開かれた。
「はぁ、はぁ、こ、こんにちは......」
息を切らしながら現れたのは、雪ノ下だった。それも――今にも死にそうな顔をした、を付け加えなければいけない程に生気を感じられない状態の。
「お、おい雪ノ下?だ、大丈夫か......?」
「こ、これを見て大丈夫そうに見えるのなら、素晴らしい目をしているね......」
「ま、まぁ取り敢えず座れよ。あ、それとも横になるか?」
「いや、大丈夫......。少し、落ち着いてきた」
とてもそうは思えない程、目が死んでいるが、それは言わないでおこう。なんか俺って客観的に見たらこんな感じなんだなってレベルの目とだけは明記しておく。
「それにしても、比企谷さんは大丈夫そうだね......」
「あー、私は由比ヶ浜たちが護衛をしてくれたからな。雪ノ下は誰か頼める奴はいないのか?」
「よりにもよってあなたにそれを言われるとは......、遺憾の意を表明したいね」
「お前は政治家かなんかか。ってことは誰かいるのか?」
「いや、いるわけないでしょう」
「なんで自信ありげなんだよ......」
なんか思ったより平常運行だな。これなら本当に大丈夫そうだ。
そんなやり取りをしていると、今度はコンコン、と控え目にドアがノックされる。
「や、やっはろー......」
恐る恐る入ってきたのは、由比ヶ浜であった。
いつもならもっと元気よく、ましてやノックなんてしない筈なのだが、今日の由比ヶ浜はやけに緊張した面持ちだ。
まぁ、原因は俺たちなのだろう。
そりゃあ、部活仲間の性別が突然変わったなんてことが起きたら、空気読みマスターの由比ヶ浜であろうとも、いつも通りということにはならないだろう。
「や、やっはろー、由比ヶ浜さん......」
「よ、よぉ......」
「あ、あはは、なんか大変なことになっちゃったね?」
「そ、そうだね」
「そう、だな......」
「「「......」」」
やだなにこの空気。すっごい気まずいんだけど。雪ノ下とか気まず過ぎてやっはろーが伝染してるし。
由比ヶ浜はそそくさと定位置である雪ノ下の隣の席に座ると、少し気まずそうに雪ノ下の方に視線を向ける。
「えっと......ゆきのん、なんだよね?」
「は、はい......ゆきのん、です......」
「そ、そっか、そうだよね......」
「今は見た目も口調も男性になっているけれど、ちゃんと中身は雪ノ下雪乃、です......」
「「......」」
っべー、マジ気まずい。何が気まずいって、この部室で一番元気なはずの奴が畏まった態度なのが一番気まずい。
雪ノ下に至っては、自分のことをゆきのんと渾名で呼ぶくらいにはおかしくなっている。
そのまま無言の間が五分くらい続いただろうか。突如、部室の扉が勢いよく開け放たれ、その空気をぶち壊すような快活な声が響いた。
「お疲れ様でーす!あ、やっぱりここにいましたかー」
「い、いろはちゃん......?」
遠慮なくずかずかと部室に入ってきたのは、我らがクズ生徒会長、一色いろはその人であった。
そんな一色は、普段と比べると妙にテンションが高い。それに、性別の変わった俺たちを見ても、それがさも当たり前かのようにこちらに近付いてくる。てか何で俺の方に来るの?何されちゃうの俺?
一色は、困惑気味な俺を気にも留めず、まじまじと品定めするかのように俺を見つめ始める。
「んー......」
「あ、あの、一色さん......?」
「むむっ......」
「あのー......ちょっと顔が近いといいますか......」
「......かわいい」
「......はい?」
「……先輩、めっちゃかわいいじゃないですか!」
「ちょ、近い近い!」
一色は、いきなり何を言い出すかと思いきや、大変興奮した様子で、息がかかるくらい顔を寄せてきた。
ていうか、いま『先輩』って言ったよな?
こいつはいつだったか、「私が先輩って呼ぶのは先輩だけです」みたいなことを言っていたが、今回もそうなのだとしたら、もう既に後輩にまで話が広まっているということになるのだが......。
いや、まだそうと決まった訳じゃないしな!確認が必要だろう。大丈夫、まだ希望は残ってる。
「一色、一ついいか......?」
「何ですか?」
「......私が誰だか分かってるか?」
「え?勿論、先輩は先輩じゃないですかー」
「それってやっぱり――」
「いやー、先輩が女の子になったって噂が本当だったとは!確かにちょっと面影ありますもんねー」
「マジかよ......」
【悲報】俺の希望、瞬殺。
やはり噂というものは伝播しやすいものらしい。人間は噂をするものだし、仕方ない気はするが、それにしたって、半日で他学年まで伝わっているとは......。この様子だと雪ノ下の話も出回っているのだろう。もう俺たちに安寧はないのか......。
「まぁまぁ、そんなに落ち込まずに。せっかくそんなに可愛いんですから、ね?」
「いや、ね?って何だよ。私、言うほど可愛いか?」
「うん、ヒッキーすっごい可愛いよ!」
「そうだね、認めたくはないけれど、とても可愛いと思うよ」
「そうですよ!やっぱ顔面の良さは生かさないと損ですよ!ほら、雪乃先輩も!」
「え?ぼ、僕も?」
突然話題の矛先を向けられ、びっくりする雪ノ下。
なんかあれだな、怪しげな仕事にスカウトしてくる怪しい兄ちゃんって感じのノリだな。「そんなおっきいモノ持ってるんなら、使わなきゃ損だよ!」みたいなやつ。例えゴミだな。
「比企谷さんはともかく、僕もやる必要あるかな?」
「ありまくりですよ!そんな女受け良さそうな顔しといてほっとかれるわけないじゃないですか!」
「そ、そうだよ!ほら、ヒッキーはこっち!で、ゆきのんはこっち!」
あれよあれよという間に、俺の隣に雪ノ下、その向かい側に由比ヶ浜と一色が座るという、合コンのような席順に変えられてしまった。いや、どちらかというと圧迫面接に近いだろうか。そう思ってしまうほど、一色の目が獲物を狙う目をしている。
俺と雪ノ下がビクビクしながら身構えていると、満を持して、一色が口を開いた。
「......じゃあ始めましょうか」
一色は、まるで碇ゲンドウのようなポーズをとると、神妙な顔つきで切り出した。
「――結衣先輩、雪乃先輩。今の先輩に必要な要素って何だと思います?」
一色の問いかけに、うーんと唸りながら由比ヶ浜が考え始める。
やがて何か思い付いたのか、顔を上げた。
「......あ、女の子らしさ、とか!」
「......そうだね、今の比企谷さんは細かいところに男の子っぽさが残っているからね」
由比ヶ浜の意見と、聞かれてもいない雪ノ下の意見も同じようなものだった。てか何で当然のように雪ノ下はそっち側についてるのかな?味方じゃないの?
一色は二人の回答を聞くなり、力強く体を前に乗り出した。
「Exactly!そうです!女の子らしさなんですよ!」
「い、いぐざ......?」
「ということで、先輩をメス堕.…..女の子らしくしちゃいましょー!」
「お、おー!」
何だこの茶番劇。一色のテンションはおかしいし、由比ヶ浜はあんまり分かってなさそうだし。
てかこの子メス堕ちって言いかけなかった?開発されちゃうのん?
「...なら...した方が......」
「それなら...顔を...して......」
「じゃあ......から思い切って......」
と、戦々恐々としている俺を他所に、俺をどう改造するかで盛り上がる女性陣(+雪ノ下/オトコのすがた)。しかもなんか少しずつ不穏なワードが聞こえてきてるんですが......。
「よし!じゃあこれで行きましょう!」
どうやら方向性が定まってしまったようだ。正直、嫌な予感しかしない。
一色はいつも以上に満面の笑みを浮かべ、由比ヶ浜と雪ノ下は心なしか少し頬が少し赤らんでいる。マジで何されるんだこれ......。
「それでは雪乃先輩、やっちゃってくださいっ!」
一色がそう宣言すると、雪ノ下がばつの悪そうな顔で近付いてくる。近付いてくるのだが――
「ちょ、ちょっと雪ノ下さん?もう十分近付いたと思うんだけど?」
「......」
雪ノ下は俺の呼び掛けにも反応せず、ひたすら俺に向かって直進してくる。 なんなら俺が少しずつ後退しなければいけない勢いで。
そのまま後退し続けて数秒後。案の定壁まで追いやられてしまった。
し ま っ た!に げ ら れ な い!
俺の退路を塞ぎきった雪ノ下は、何か覚悟を決めたような表情をすると――右手を壁につき、左手を俺の顎に添える、所謂"壁ドン顎クイ"の体勢になった。
「比企谷さんは、僕のことどう思ってるのかな?」
「っ......!」
え、なにこのトキメキ。これが、壁ドンの、力......?
――って、危ねー。マジで精神まで性転換するとこだったぞ......。そういうのは同人誌だけにしてくれ。いやマジで。
あと何でこいつはこうもノリノリなんだよ。なんか普通にこの状況楽しんでない?てか演技上手いな俳優かよ。まぁ顔は良いんだけどね?
「ちょっと、せんぱーい?早く答えないと、雪乃先輩、恥ずか死しちゃいますよー?」
恥ずか死するのは雪ノ下だけじゃなく俺もなんだよなぁ。なんてことを言っても無駄なので、早く解放されるために思考を巡らせる。
だが、正直、雪ノ下のイメージなんて「傍若無人」や「邪知暴虐」とか、凄惨なものしかない。どう思っているかなんていきなり聞かれたところで、良い答えなんて生憎持ち合わせていないのだ。
と、そうこうしているうちにも、壁ドンは続いているわけで。
「ちょ、ちょっと比企谷さん、これ結構恥ずかしいのだけれど......」
「......我慢しろ、私も恥ずかしい」
「なら早くしてくれないかな?」
「ちょっと待って、いま当たり障りのない感じのやつ考えてるから」
「別に考えるまでもないでしょう?容姿端麗だとか、才色兼備だとか」
「それ自分で言うもんじゃないでしょ......」
なんだこの押し問答とも言えないような低レベルな争い。てか、お互いそろそろ本格的にキツくなってきたな......。主に一色からの圧が。
うーん、何かないか......……まぁ、これで良いか。
俺は言うことを決めると、喉の調子を確かめるために、一つ咳払いをする。
それ聞き、この場にいる全員が耳を傾けたのを見計らって――
「今、ここで言わなきゃ、ダメ、かな...?」
少し顎を引き、目を潤ませることによってあざとさを演出する必殺技!名付けて『一色いろは式・おとこ落とし【壱の型】』だ!......ネーミングセンスゴミだな。特に流行から結構遅れているところが。
まぁ名前なんざどうでも良い。問題は効いているのかどうかである。
それを確かめるため、チラと雪ノ下の表情を伺う。
きっとそこには、激しく狼狽する雪ノ下の姿が――と、思っていたのだが。
「ちょっと、み、見ないで......」
「なっ......!」
紅く染まった端整な顔。逸らされている僅かに潤んだ瞳。口元から僅かに漏れる熱っぽい吐息。
予想通りではあった。概ね予想通りではあったのだが――俺はこいつという人間を侮っていたようだ。
――完璧すぎる。そこには美少女だった頃の面影は無く、り〇んやち〇おでしか見ないような、赤面するイケメンが至近距離に存在していた。乙女となった俺の体が、少しずつ脈拍を上げ、顔面が熱くなっていくのを感じる。
あ、これダメなやつだ。
そう思った時には、俺は既に膝から崩れ落ちていた。
「ヒッキー!」
「せ、先輩!」
由比ヶ浜と一色が慌てて駆け寄ってくる音が聞こえる。
ただ、もう既に手遅れだ。
「マジ無理しんどいなにあれ国宝じゃんあんなん反則でしょ.......」
俺は語彙力を失い、その場にうずくまって顔を隠す、限界女オタクになってしまった。
「ひ、ヒッキーが壊れた......」
「先輩がほんとにメス堕ちした......」
「やめて見ないでほんと恥ずかしいから」
こうして部室には、壁に片手を付きながら赤面する高身長イケメンと、視線から逃れようと床を転げ回る限界女オタクの図が完成した。訳わかんねぇなこれ。
あれから数分ほど経ち、ようやく少し落ち着いたところで、俺と雪ノ下は椅子に座らされていた。向かい側にはもちろん由比ヶ浜と一色が座っている。少し緊張感のある静寂が流れる
そして、その静寂を破るかのように、一色がおもむろにひとつ咳払いをした。
「......先輩たちの距離感、おかしくないですか?」
一色の言葉に同意するように、由比ヶ浜が激しく縦に首を振る。
ふと隣を見やれば、少し頬を赤らめた雪ノ下が、俺と目が合うなり、正面の机へと視線を移し替える。ただ、依然として、肩が触れ合うくらいの距離は保たれている。
そのまま数十秒、たっぷり一色からの無言の圧を受け、雪ノ下は先程まで逸らしていた目を俺の方へと向けて、頬を赤らめながら、呟いた。
「――たまには、逆なのも、
いいかな、って......」
一色と由比ヶ浜が身を乗り出して声を上げる中、俺は思考を巡らせていた。
あぁ、明日からどうしよ......。
ゆきのん編はあと1話くらいの予定です。多分。おそらく。
評価感想ありがとうございます。感想見ると口角とモチベが爆上がりします。なのでもっとください。