「矢矧……君は、これでよかったのか?」
神戸鎮守府に向かう車の中、静寂が支配する車内で俺は矢矧に尋ねた。彼女にとって憲兵隊を除隊した以上、引く手数多の彼女は選択肢は無限にあったはずで、わざわざ、ブラック鎮守府だった神戸鎮守府に着任する必要などなかったはずだ。
「私は……隊長をお守りするためにあの場にいました。隊長を庇って負傷したなら名誉の負傷です。それに私はしっかり全快しましたので、隊長が気に病む必要はありません。神戸鎮守府に配属を希望したのだって、隊長を慕っているからなんですよ?」
「そうか……すまない、迷惑をかけてしまって……」
「……あ、着いたようですね。降りましょう、隊長」
俺の謝罪に、彼女は悲しい表情を一瞬見せて、車を降りるように伝える。
「すまない、ここまで運転ありがとう」
「いえ!お疲れ様です!失礼します!」
そう言って運転担当の若い兵士が車に乗り込み、鎮守府の門を抜けて去っていく。送迎の車を見送り、矢矧と共に鎮守府の玄関へ向かう。すると、玄関の扉から一人の艦娘が現れる。
「はじめまして、この鎮守府の事務を担当します。大淀と申します。よろしくお願いします」
大淀と名乗ったメガネの艦娘は深々と90度のお辞儀をする。
「ご丁寧にありがとう。私は白河将弥、今日からここの提督になる人間だ。よろしく頼む」
「本日付でこの鎮守府の配属になりました軽巡洋艦矢矧です。よろしくお願いします」
「矢矧さん、ここまで提督の護衛、ありがとうございます。ここからは私が執務室へご案内しますので、提督はこちらへ着いてきてください」
「寮に着いたら他の艦娘に食堂に全員来るように伝えといてくれないか?」
「分かりました。では隊長、私はここで」
俺と矢矧が挨拶を終えると、矢矧は別行動を始める。どうやら矢矧の護衛任務は鎮守府の玄関までのようだ。鎮守府に入ると昼間なのに少し薄暗い。いくら深海棲艦との戦闘が激化しているいえ、電力までは逼迫していないはずだ。
「大淀、歩きながらで構わないから答えて欲しいのだが、なぜこんなに鎮守府の廊下が暗いんだ?電力は足りてるはずだと思うが?」
その質問に大淀は少し俯きながら答える。
「それは……発電機が壊れても修理していないからです。前の提督は、妖精さんに愛想尽かされて、鎮守府の設備を維持できなかったので……。提督は前の提督のしていたことについてどこまで知っていますか?」
「すまないが、補給物資を横領して練度不足で前線に艦娘を送り出して撃沈させていたとか、損傷した艤装の修理をしなかったりとしか聞いてないけど……まだあるのか?」
質問を質問で返され、知っていることを素直に話す。この話し方から察するに彼女は一番の被害者では無いのかもしれない。
「そうですね……前の提督は同じ「艦娘兵器論」を主張する提督からの要望で、その提督たちのお気に入りの艦娘を海軍には無断で転属させました」
「嘘だとは言わないが……まさか……」
「はい、彼女たちは軍籍上はこの鎮守府の所属でしたので出撃させられず、毎日のように性奴隷のような扱いをされていると聞きました」
「前の提督はそこまでやってたのか……すまないな、辛いことを思い出させて……」
俺と大淀の足音だけが響く廊下が再び静寂に包まれる。
神戸鎮守府巡洋艦寮
私は隊長と別れた後、巡洋艦寮に割り当てられた部屋に向かっていた。どうやら共用スペースに何人か同僚となる艦娘たちの声が聞こえてきた。
「熊野聞いた?今日、新しい提督が着任したらしいよ」
「あら、そうですの?」
「あれ?熊野、あんまり興味無い?」
「どうせ、その新しい提督も前任のあいつ同様、殿方の風上にも置けないようなクズ提督だと思いますわよ?」
明らかに敵意剥き出しのお嬢様言葉が聞こえてきてイラッとするも、踏みとどまり続きを聞く。
「あたしも同感だよ、前任のあのクズ野郎のせいで鳥海は別の鎮守府にろくに訓練もせずに飛ばされちまったし、そいつもどうせ期待するだけ無駄だ」
それに同調する艦娘が新たに一人増える。彼女たちの反応は至極真っ当だ。艦娘として生を受け、戦力として役に立つための学校が教師によって学級崩壊していたのだから、当然の反応だ。彼女たちの言動を自らの中で深く吟味し自らを落ち着かせていると、悪態をついていた艦娘の一人が部屋の入口で立ち止まる私に声をかけた。
「あら、あなた新入りじゃありませんの?新しく着任なされたのかしら?」
「はい、阿賀野型軽巡三番艦、矢矧です。本日付けでこの鎮守府に着任いたしました。皆さんどうぞよろしくお願いします」
「あれ、でもここ数日で建造ってしてないよね?提督も捕まったし。じゃあなんで矢矧が新しく着任したの?」
私の挨拶を聞いて不思議がる艦娘。それもそうだ、普通、建造や修理などの鎮守府機能は提督命令のみで動くのだ。提督不在のこの鎮守府で新たな艦娘が着任するのは不自然だ。
「私は本日付けでこの鎮守府に新たに着任なされた提督と共にここに着任しましたので、不思議がるのも無理はありません。それと皆さんの名前を聞いてもいいでしょうか?」
「私は最上型重巡四番艦の熊野ですわ!」
「私は鈴谷、熊野と同じ最上型重巡の三番艦だよ」
「あたしは、高雄型重巡三番艦の摩耶だ。それにしたって今度の提督は愛人まで異動させるとは、やっぱクズだろうな」
あらぬ疑いをかけられ、一度消えかけた怒りがもう一度息を吹き返すが、なんとか抑えて誤解を解くことに専念する。
「私は新しい提督とは着任前からの知り合いですが、愛人ではありません。それに隊長は誠実な軍人です。皆さんのその対応は今まで受けた仕打ちから考えると、仕方がないと思いますが隊長は前任者のような人物ではないです。隊長から、そろそろ招集がかかると思いますので、皆さんも食堂に向かいましょう」
「わりぃが、あたしはパスだ。新しい提督の愛人の言うことなんざ信用できねーよ」
「わたくしもパスですわ。あなたの事を愛人とは言いませんが、新しい提督に期待しておりませんの」
「私は行こうかな〜、ちょっと新しい提督に興味あるし。矢矧がこう言ってるわけだし、最初から信用しないのは矢矧が可哀想じゃん」
摩耶と熊野は拒絶的な反応を示すが、意外にも鈴谷が招集に応じると言った。
「ちょっと鈴谷!?何を言ってますの!?あなた、前の提督の招集に従ったあの子がどうなったか分かって言ってますの!?」
これを聞いた熊野は猛反発する。前任の時代の悲劇が姉妹艦の鈴谷に訪れるのを阻止したい一心のようだ。一方の摩耶は何かを思わしげに俯くだけだ。
「艦娘全員招集するらしいし、多分あの子みたいな感じにはならないから大丈夫っしょ!矢矧、私は他の寮に伝えに行くから、先行ってていいよ」
そういうと鈴谷は立ち上がり、他の寮へ向かった。それを戸惑いながら見送った熊野は私を睨みつける。
「鈴谷にもし何かあったら、提督だろうと容赦しないと提督に伝えてくださるかしら?」
私は頷くことなく目線を逸らし、部屋を出る。どうやらファーストコンタクトはあまり良好ではなかったようだ。
主力艦はある程度登場するメンツ決めてるんですが、駆逐艦とかメンツ決めてないので近々アンケートで募集するかも知れません。