滅竜魔導士と妖精國 作:ジャガイモ
そこは魔法の世界。
魔法は普通に売り買いされ 人々の生活に根づいていた。
そして、その魔法を駆使して生業とする者たちがいる。
人々は彼らを魔導士と呼んだ。
魔導士たちは さまざまなギルドに属し、依頼に応じて仕事をする。
そのギルド国内に多数。
そして、とある街にとある魔導士ギルドがある。
かつて、いや、後々に至るまで数々の伝説を生み出したギルド。
その名は……フェアリーテイル。
の、はずだった。
気が付いた時にはもう遅い。
少年がそれを身に沁みて理解できたのは、生まれてからどれくらい経った頃だろう。もしくはいまだに理解できていないかもしれない。
下を見れば草木の生い茂る地面が広がり、横を見渡せば見た事もない雑木林の中にいる。さっきまで、黒髪の青年に無理やり引っ張られてきたのに、何故このような場所に放り込まれたのか(放り込まれたというよりは、捨てられていったというほうが近いが)。
理解することを脳が拒んでいる。
いや、正しくは少年はこのもどかしさを言語化できるだけの、知能が存在していなかった。
「おいナツ、何をボーっとしている」
少年が呆然と突っ立っていると、上から声が聞こえた。
言葉の意味は分からない。ただ、あの黒髪の青年と同じく、それが自分に対して呼びかけられたものだとは分かる。
見上げてみれば、見覚えのない赤い竜が、自分をアリンコでも観察するように見下ろしていた。
「————————あ”?」
喉から迫り上がってきた声なんてそんなものだ。
少年は言葉を知らない。その赤い龍を象徴する単語を知らない。
喉から発声し、感情をのせただけの伽藍洞なセリフには、疑惑や怒り、さらには不安が込められているようだった。
少年を見下ろしている赤い竜も、とうとう様子がおかしな事に気が付いたのか、目をぎょろりと回す。
「まずは言葉を教えねばならんな」
赤い竜は唸るように喉を震わせた。そして数瞬、何かを思案するように目を閉じると、その長い鉤爪をつかい、地面になにかを刻みだす。
「……ぎあ、あぁあ?」
「いいか、俺の名はイグニール。そして、お前の名は————————」
■
ナツ・ドラグニル。それがイグニールの語った少年の名前だった。
ナツは言葉や文字を知らなければ、それを覚えようともしない悪童であった。言葉を教えれば癇癪を起し、読み書きを覚えさせようとすれば、すぐに森へと逃げた。
イグニールはそのたび、ナツと真摯に向き合った。決して投げ出すことなく、覚えなければ覚えるまで何度も繰り返してくれた。
そこにはたしかな愛情があったのだろう。龍が抱くには難しく、されど美しい情愛があったのだと思う。
次第にナツもイグニールの気持ちを理解できたのか、態度を軟化させていった。言葉を覚え、言語でのやりとりをし、簡単にだが読み書きも覚えた。一人で生きていくだけの術を叩きこまれた。
「いいか、ナツ。生物にはかならず家族がいる。父、母、兄妹、子供。誰一人、自己完結ができるものはいない」
「ふ~ん」
「みんな誰かを必要として生きているんだ」
「じゃあ、イグニールは俺にとって、とおちゃんだな!!」
そうイグニールの描いた絵を見て笑うナツ。このようなやり時ができるほど、彼は成長することができた。
一生こんな穏やかな日が続くのだと思っていた。イグニールさえいればいいとナツも思うようになっていた。
しかし、現実とは無慈悲なものだ。どれだけ警戒していようと、どれだけ平穏を望もうと、いつの間にかそれは音を立てずやってくる。
壮大に広がる大地。上には雲ひとつ存在しない澄んだ青空。いつもならナツを微笑ましく眺めていた赤い竜は、その雄大な姿をかき消していた。
ナツがイグニールに預けられて、人間社会で言えば7年と7月7日が経過したころだ。
この日、イグニールはナツの目の前から突如姿を消したのだった——————。
そこからナツの記憶は曖昧であった。
道なき道をかき分けて進み、消えたイグニールを求め探し続けた。
イグニールから教わった狩猟で食い繋ぎ、なんとか人がいるであろう場所へと目指して歩き続ける旅路。こんな心細い思いをしたのは初めてのことだった。いつもならイグニールがそばにいて、夜も一緒に語り合い、笑い合っていた。
だけど、そんなイグニールももういない。
「会いだいよ、イグニール…………」
ぼろぼろとこぼれ出る涙を腕で拭き取りながら、ナツは今日採った食べ物を食べる。
その度に思い出すのはイグニールの言葉だった。
『泣くなナツ。悲しい時はどうするんだ?
教えただろ。じゃあ、やってみろ。立ち上がるんだ』
未来を語れ、いつもイグニールはそう言っていた。
楽しいことも、辛いことも、悲しいことも、全てひっくるめて未来を語れと教えてくれた。イグニールはナツに生きる力を教えてくれたのだ。
だから、頑張れる。だから、生きようと思える。
どれだけ悲しくてもナツはまたイグニールと会うために頑張ろうと思えるのだ。
ナツは焚き火の暖かさに身を包みながら、マフラーを握りしめてそっと目を閉じた。
明日こそ、イグニールが見つかるようにと願いながら。
■
それは偶然だった。
私がそれに気がついたのは、何回目かも分からない●●があった時だった。
森の方に狼煙のような煙が上がっているのである。私が目覚めた棺からもそう遠くはない。集落以外で呑気に生活をする妖精など、この世にいるはずもなく、であれば何かしらの救援を募っている可能性が高いと考えられる。
私はぐっと身を引き締めると、近くに掛けてあった杖とローブを取り身に着け、様子見を兼ねて森へ行くことにした。
森に行き、立ち登る煙の近くまで寄れば私の耳に一つの寝息が聞こえてくる。
見てみれば、そこには私よりも小さい体をした男の子が白いマフラーを抱えながら眠りについていた。
どうやら煙の正体は、彼が野営するときに焚いた火が原因だったらしい。それにしても、よく燃えている……。
「んぁ…………?」
私の足音で目が覚めたのか、少年は目を擦りながら身を起こした。
よく見てみれば、少年の目元に赤い腫れが見える。泣いていたのだろうか。
「おはようございます。起こしてしまいましたね」
「ふわぁ、おはようって、誰だオマエ…………!?」
寝ぼけているのか、少々うわずった声で男の子がそう問いかけた。
「近くに住んでいる者です。貴方は?」
「俺はナツ。ナツ・ドラグニルだ!」
男の子はそう言って上体を起こした。
「そうですか。では、ナツ。申し訳ないのですが——服を着てくれませんか?」
「あっ」
私━━トネリコがそう言うと、自身の上半身が裸なことにナツは気がついたのだった。