閑話がまた続きます
此処は食の聖地ゴタニア、歴史的文化建造物【豊穣】
かつては高級宿として栄え、接客サービスが好評だったがある日を境に提供する料理が劇的に変わりその料理を食べる為に予約一年待ちになるほどの超人気店。
惜しまれながら移転の為、宿を取り壊すこととなったが常連客やファンの熱い要望により取り壊しを逃れ、資料館として今も現存している…。
当時の最新の魔道具を用いた調理器具がある厨房や後世に名を残した冒険者パーティーが宿泊した部屋等も観覧できる。
しかし、1番の見どころは食堂の壁には大きな絵画だろう。
絵画には5人の男達が写っている…。前列には笑顔の始祖アラン・コリントと肩を組み拳を掲げている豊穣の主人バース。【料理の神様】と呼ばれ今日の世界の食文化発展に大きく貢献し、ゴタニアではバースの名を知らぬ者はいない。
此処でゴタニア名物【カレー】の歴史について語ろうと思う。
始祖アラン・コリントが開発したとされるカレーは此処【豊穣】で誕生した。数々の料理をバースに伝授し、バース自らの研鑽も怠る事なく料理に対する向上心は今も語り草となっている。始祖も認めたその努力に対する友誼は立場を超え、友として生涯二人の関係が崩れることはなかった。
当時の【豊穣】様々な料理が日替わりで提供されていたが特に月一回のカレーライスの日に宿泊出来た客の喜びようは半端なものではなく貴族や商人達のステータスとなるほどだった。
その中で【料理の神様】が始祖に感謝し一度記念で作られた【ゴタニアカツカレー】はそれを求め市民が暴動をお越し、ゴタニアの守備隊の機能が一時完全に喪失する事態にまで発展したという。当時の守備隊長だったローマン氏の証言が記録されている。
『あの日は悪夢の一日だった…。限定200食を求め千人もの人々がゴタニア内外で暴動が多発して非番の者を含め総勢200名態勢で鎮圧に向かったがあるものは叫び、またあるものは泣き、運良くあれを食べれた人に対して吐かせてそれを食べようなんて思う馬鹿もいやがった。
数日後にバースさんからあの日のお礼で守備隊一同にカレーを食わせてもらったんだ。あれは麻薬だよ。俺も守備隊の立場がなかったら絶対に暴動に参加してたよ(笑)』
後列には気をつけし緊張した面持ちの左右のシェフ2人と中央には始祖と【料理の神様】を守るかのように腕を組み熱い眼差しを送る黒のバンダナをした青年がいる。
後列右側にいる男性は高名な冒険者クランの料理長を経て後に宮廷筆頭料理人として名を残すロータルという人物。自らを【アラン様の2番弟子】と名乗り、始祖がその都度話していた【カレールウ】を開発しカレーの普及に大きく貢献した。冒険者クランの遠征時にも食せるようにと残したカレールウとカレーのレシピは大変重宝された。規律に厳しかったクランの副官も遠征時にカレーが出ると思わず頬が緩むほどであったと言われている。
またカレールウの普及は庶民が作ることが難しかったカレーを家庭で食べれる料理にしたことが最大の功績である。
後列左側の40代の男性、タルス商会が経営する高級レストラン【虹色亭】料理長のイーノス。名物の虹色プリンは女性や子供からの人気は絶大でタルス商会の子女と開発したその他のスイーツも王族や貴族から注文が絶えなかった。
始祖やバースからカレーを教えて貰った際は商会長に直訴しスパイス類の流通ルートの確保や自家製栽培によるスパイスの作成を成功させた。
その際スパイスを不正に入手し利益を独占しようとした商会がいたが極めて悪質な行為としてゴタニアは疎か近隣の都市からも非難を浴びその商会は潰されたという。
商業ギルドより兼ねてより信頼を寄せるタルス商会が調味料やスパイス、その他の香辛料に携わる物流を一手に担う事となりゴタニアの食文化に陰ながら大きく貢献したことは想像に容易い。
またイーノスは虹色亭の二枚看板料理である【エビリゾット】と【虹色カレー】の他にも【ドライカレー】や【スープカレー】を開発し始祖アラン・コリントが食した際は絶賛された。特にスパイスを使用した数々の料理は各界の著名人や料理人から尊敬を集め【カリスマシェフ】の名を欲しいがままにした。
最後に紹介する黒のバンダナをした青年キレン。彼を語ることなくカレーを語ることは出来ない。
惑星アレスで初めてカレーが誕生した日。それを食せたのは5人の冒険者、バース一家、そして1人の若い商人だけだ。そう、その商人はキレンその人である。
初めて食べるカレーの衝撃に涙が止まらなかったという。その魔力に魅了され気付けば完食し感動の涙ともう無くなったという悲しみの涙が出たと本人は語っている。
次の日の朝食に新しく作られたカレーは格別で昨日とはまた違った美味しさに心が惹きつけられやまなかった。それが昨日の残り物と聞いたときに思わず「嘘だ!騙されませんよ」と発言された。
『2日目のカレーが更に美味しくなる』という発見が世に知られる事が遅れた理由は単純でカレーは作ったその日になくなる。只それだけのことである。かの【豊穣】でもカレーの日はバースが次の日家族で食べる分だけ残す。という行為が行われたからでどれだけ作成してもお代わりされて無くなる。摩訶不思議な現象だ。
キレンはその日にバースに弟子にしてもらうことを直訴した。
彼はその日に商人を廃業していた。
弟子を断った理由は商人が料理人など務まることがないと言ったことが通説とされている。しかしある獣人の冒険者の日記に始祖がキレンを弟子にするよう要望した際に「弟子なんてとったら俺がアランの作った料理を食う分が減るから駄目だとバースさんは仰った」と書かれていたことが近年発見された。
当然断られたが何度も何度もお願いし始祖アラン・コリントの要望もあり弟子になることが決まった。
料理の神様が弟子を取ったのは後にも先にも彼1人だけであった。
厨房に立つまでは懸命に宿の仕事をこなし料理をするバースの一挙手一投足を見逃さず寝る前に作ったレシピの分量の確認。早朝はバースが厨房に来るまでに掃除を終わらすと徹底していた。
ついにはバースが音を上げ「そんなとこに突っ立ってねぇで仕込みを手伝え!」と言われその日から一気に料理人としての地位を確立させていく。
至高の作品【ゴタニアカツカレー】の考案者はキレン。記念料理を作る際、何を作ろうかバースが悩んでいたところ「アラン様とお師匠の考えたトンカツとカレーを合わせたらとんでもない料理になるのでは」とキレンの一言がきっかけである。あまりにもの人気振りを恐れ豊穣では二度とその料理が振る舞われることがなかった。そう【豊穣】では。
その後キレンは独立しゴタニアで世界初となるカレー専門店【キイロ】が出店された。開店日から1ヶ月間はその長蛇の列が途切れることはなかった。此処では名物の【ゴタニアカツカレー】や様々なカレー料理が食べることができる。
師匠の教えを生涯守り料理に対する真摯な姿勢とカレーの探求が止むことはなかった。また、弟子の育成にも力を入れ100人を超える弟子を育てあげ、今日全国各地で暖簾分けした【キイロ】のカレーが食べられるようになったのは彼なくしては語れないからだ。
何故弟子の育成に力を入れたのかを聞くと「あの日味わった感動を1人でも多くの人に知ってもらいたいから。只それだけ」と答えた。
後述の3人は公私共に仲がよくお互いがライバルであり親友として様々な料理の考案や食の話に花を咲かせた。
また、晩年のバースが持病の為、厨房に立てなくなった際、それを聞きつけキレン自ら厨房で料理を作り続け2代目に代替わりするまで【豊穣】を守り続けた。数十年カレーを作り続けた彼だったが【豊穣】の味を忘れる事なくお客さまに提供した。また、ロータルやイーノスも忙しい中キレンの手伝いに来る姿があった。
その時に【料理の神様】から「お前は俺が認める。お前は至高の【アランの孫弟子だ】」と発言した逸話がある。
それからニ十年後、晩年のキレンが亡くなる直前、親族に「今まで皆の為に上手いカレーを作り続けたが、初めて食べたアラン様と師匠が作ったカレーを越えることは出来なかった。それが悔しくも嬉しくもある」
と語り息を引き取った。老骨に鞭を打って生涯現役を貫いた彼の葬儀には世界中から哀悼の意が捧げられ国葬も打診されたが遺族が固辞した。遺族曰く「あの人は頑固でカレーと料理以外はてんで駄目で悲しむよりもお弟子さん達のカレーを食べて笑顔になってください。その方が主人も喜びます」といい密葬された。
長くなったが食の街ゴタニアで起こった【カレー】の奇跡は偉人達のレシピやメモ紙、日記と彼らの家族や仲間たちの会話を元に推敲できた事を誇りに思う。
「惑星アレスの食文化の歴史」より抜粋
駄文にお付き合い頂き有難うございます。元ネタは某地方都市の金◯カレーのルーツに迫るです。
キレンの名前は特撮ヒーローのカレー大好きな隊員から来てます(笑)
来週から本編進みます。