静かな聖家のバスルーム(脱衣所)が、一瞬にして埋まる。サーナイトのテレポートで帰宅した雪奈たちは雨によって冷えた体を震わせながら、周りを見渡し帰宅したことを確認する。
「ここって…お風呂場かいな?」
「ここなら濡れてても問題ないなって思ってさ」
「確かに。床を濡らすのは嫌だしね」
雪奈たちは今現在、雨でその体を濡らしている。玄関やリビングにテレポートしたところで床を濡らすのがオチ。ならば最初から床が濡れても問題ない場所、つまりバスルームが最適だと踏んで、サーナイトにここに跳んでもらった。
「それじゃあ、華凜ちゃんは先にシャワー浴びてて。私は部屋で着替えてくるから」
「えっいやいや!先に入るのは氷花とお姉さんやろ!ウチはあくまで借りるだけやから、そんな抜け駆けはできひんよ」
「大丈夫。私は後からでも。部屋に着替えもあるから、髪とか乾かすだけでしばらくは大丈夫!それに、ピカちゃんとブイちゃんの看病しないといけないし…」
「あぁ…こいつにこっぴどくやられたからなぁ」
氷花はポケットから二つのモンスターボールを出し、悲しい顔をする。華凜は隣で未だに気絶しているフローゼルに目を向けた。こいつにはいろいろ苦労させられた。お姉さん(雪奈)がいたからなんとかなったものの、華凜にとってはポケモンの危険性を知るきっかけともなったポケモン。あの“みずてっぽう”なんて軽いトラウマだ。ピカチュウとイーブイはあの後サーナイトの“いやしのはどう”である程度回復していたが、ある程度の療養は必要だろう。
そういえばと、華凜は未だに腕に抱いている中々に重い寿司を自称するポケモンを見る。
「ヌ?ドウシタ、デシ」
「いやだから弟子やないって」
まだ言うのか、コイツ。あの時は咄嗟に優しくしてしまったが、調子に乗りすぎじゃないか、コイツ?とりあえず重いので床に降ろす。降ろされたことで不満そうにしていたが、知ったことではない。
「ふぅ……。それで、お姉さんも、ええんか?」
「え、うん…。私も大丈夫かな。髪乾かして、着替えれば、なんとか」
「それじゃあ…お言葉に甘えて、入らせてもらいます」
「あっ、もうお風呂は洗ってあるから、湯舟満たしちゃってもいいよ?私も入りたいし」
「なにからなにまですまんなぁ…。そうさせてもらうわ。ウチも正直、シャワーだけじゃ物足りへんかったんや」
「まぁ半ば強制的に連れてったようなもんだから、それくらいはしないと…」
華凜は氷花に半ば強制的にフィールドワークに連れていかれたようなものだ。むしろこれくらいで済むというのなら喜んで貸す。半笑いしていると、隣にいた氷花が服を脱ぎ始めた。突然の出来事に雪奈はギョっとした。
「えっ、なにやって――!?」
「えっ?風邪引かないように濡れた服脱いでるだけだよ?着替えは部屋にあるけど、濡れた服はここで脱いだ方がいいでしょ?」
「えっ、あっ、うん…(しまったあぁああああああああ!!!)」
雪奈はとんだ大ポカをやらかしてしまった。当たり前なのだ。今この場で、氷花の行動は正しいのだ。同性しかいない脱衣所で、風邪をひかないように濡れた服を脱ぐ。これのどこがおかしいというのだろうか。むしろそれをおかしいと思った雪奈がおかしい。
聖 雪奈は女である。生物学上も、戸籍も、れっきとした女性である。だが、それは過去の話。今の雪奈の意識は、男である。雪奈からすれば異性が密室で突然服を脱ぎ始めたようなもので、咄嗟に反応してしまった。これがいけなかった。普通にまずい。
「お姉さんなに言ってんねん。変やなー。でもまぁ、いい加減濡れた服でいるのもまずいし、ウチも脱ぐか」
氷花に便乗して、華凜も服を脱ぎ始めた。雪奈や氷花よりは小さいが、同年代と言うことだけあって立派な女性の体付きだ。この行為はシャワーを浴びるため、当然のことである。二人の煽情的な裸体が徐々に露わになっていき、雪奈は「アワアワ…」と空いた口が塞がらない。やはりこれはいくら何度やっても慣れることができない。と言うか慣れたくない。慣れた瞬間、男として終わる。
それに、これ以上の問題もある。雪奈も、服を脱がなければならない。いや既に2回ほどやってはいるがこれも慣れない。今だに服にかける手がブルブル震える。
「ほら、お姉ちゃんも早く脱がないと風邪引いちゃうよッ!」
「うわっ!」
そんなとき、氷花が無理やり雪奈の服を脱がした。濡れている服を脱ぐのは肌に引っ付いて一苦労なため、上着を脱ぐ(or脱がす)のも一苦労だった。急で全く対応が出来なかった。いや確かに脱ぐのに抵抗があったため脱がしてくれたのは助かったが、氷花のことだ。自分に脱がれるのが癪だったから自分が脱がすとかだろうか。
「もう!早く乾燥かけるからさ、早く脱いでよね!」
「ご、ごめん…」
これ以上脱ぐのを渋ると、華凜にすら余計に怪しまれる。諦めて脱ぐしかない。チラリとしたを見るが、相変わらず乳で足元が全然見えない。この体を自分でひん剥いていかないといけないのか――と心の中で辟易していると、突如雪奈の体を纏っていたずぶ濡れの服が全て消失した。つまるところ全裸になった。
「―――?」
「―――?」
「―――?」
この状況に、雪奈や華凜はもちろん、氷花でさえも目を点にした。あまりにもな急展開に、誰もが思考を停止していた――。
「サナッ」
この無音の世界で、サーナイトの声が三人に正気を取り戻させた。
「あっ」
誰の声だっただろうか。だが、そんなこと全員にとってはどうでもよかった。自身を正気へと戻してくれたサーナイトへ目線を向け、今起こった謎現象の全てが、
「それ……俺の、服…」
サーナイトの腕には、雪奈が来ていたズボン、下着、靴下があった。この現象の正体および黒幕はサーナイトだった。サーナイトが“テレポート”で綺麗に雪奈の衣服だけを自身の腕にテレポートさせ、一瞬で雪奈の服をはぎ取った。
そこからの行動は速かった。サーナイトは雪奈の服を全て洗濯機にブチ込むとバスタオルを取り出して雪奈の体を隅々まで拭いていく。一通り済ませ、ドライヤーの電源を入れる。さらにもう片方の腕を使って雪奈を
「お、おぉ…?」
やがて雪奈の髪が綺麗に乾いた。次にサーナイトが取った行動はバスルームの扉を開けるといつの間にか持っていたモンスターボールを二つ、頭上に投げてそこからルカリオとリザードンが廊下に姿を表す。ルカリオは雨での戦闘で未だに濡れたままだ。それを考慮してかサーナイトは“サイコキネシス”でルカリオにバスタオルを渡した。
「サナッ、サナッサーナイ」
「ヴ、ヴゥ…」
「グオゥ…」
サーナイトが二匹になんらかの指示を出すと、リザードンが脱衣所に入ってきて気絶中のフローゼルを両腕で抱える。ほのおタイプにみずタイプの介抱任せるとかマジ?ルカリオはサーナイトから雪奈が背負っていたリュックを受け取ると、リザードンとともに姿を廊下の奥へと眩ませた。瞬間的に扉を閉めるサーナイトが雪奈に対してニッコリと微笑みかけると、そのまま雪奈ごと“テレポート”で姿を消した。
「―――」
「―――ど、怒涛の展開やったな…」
「―――そうだね。それじゃあ、先にシャワー浴びてて。私は体拭いて乾かしたらすぐに行くから」
「分かった。それじゃあ、先入らせてもらうわ」
華凜がお風呂場の扉を開けると、どこにでもある一般家庭の湯舟が景色いっぱいに広がった。すると、足元にフニョッと、柔らかいものがぶつかった。下を向くと、寿司(シャリタツ)がいた
「ヌ…」
「ん…、あ、寿司やないか。なんで入ってきとんねん」
「オレモ カラダ アタタメタイ。カラダ キヨメル ダイジ」
「ちゃっかりしてんなー」
「ソレト ミテオモッタ」
「?なんやねん」
「オマエ、アイツラ ヨリ チイサイ」
「ぶっ飛ばしたろかてめぇ」
渋沢 華凜。彼女も年頃の女子であった。どうやら一応気にはしていたようだった。シャリタツはこの度、彼女の琴線に触れた。
お風呂場から、シャリタツの「ヒーッ!」と言う声が響いたが、脱衣場にいた氷花はドライヤーの音で気づくことはなかった。
* * * * * * * *
「――――」
雪奈は困惑していた。この数分で起きたことがあまりにも多すぎて、情報多可で考えるのをやめていた。今まで起こったことを箇条書きにしてまとめるとこうだ。
・服が消えた(その黒幕はサーナイトだった)
・サーナイトに体を拭かれた
・サーナイトに髪を乾かしてもらった
・フローゼルを椅子にした
・サーナイトがルカリオとリザードンに指令を下してた
・ほのおタイプのリザードンがみずタイプのフローゼルを介抱してた(させられた)
・ルカリオが荷物全部持って行った。
・テレポートでいつの間にか雪奈の部屋にいた(全裸のまま)
こんな感じである。これが全て数分で起きた出来事である。サーナイトは部屋にテレポートした瞬間に雪奈の体がこれ以上冷えないようにベッドに移動して布団で雪奈の体を包み込み、カーテンを閉めた。クローゼットを開けて下着やパジャマ(冬用)などを取り出して、雪奈の方を振り向いた。
「えっ」
ここから先は雪奈でも理解できてしまった。嫌だ、嫌すぎる。男とか女とかそんなの関係なしにこの年でそれは嫌すぎる。
「いやいやちょっと待って一人でやれるから待っ――」
しかし悲しいかな。人間とポケモンでは絶対的な実力と言う壁があった。雪奈は“サイコキネシス”で動きを封じられ、下着から上着、靴下に至るまでサーナイトに着せられる運命を辿った。
「うぅ…。この年になって服を着せてもらうなんて…恥ずかしすぎる…」
「サナッ」
恥ずかしすぎて涙が出そうだ。実際は出てはいないが。サーナイトは笑顔でなにか言ってるが返事かなにかよく分からない。
最近、と言うかこの体になってからサーナイトの過保護が増していっている気がする。サーナイトと言いうかサーメイドになっている気がする。
「でも、実際助かってるからなにも言えない…」
昨日の時点で罪悪感が強かった、女性(自分)の衣服を脱いで着るという行為。何度も慣れないこの行為。普段の生活で入浴と着替えで絶対必要事項であるこの行為は、何度やっても慣れないという自身だけはある。かといってやれば罪悪感と氷花の圧が怖い。
だからこそ、パーティーの中で唯一のメスであるサーナイトに着替えなどをやってもらう。自分でやる必要はないし、氷花にも睨まれない、最善手である。デメリットがあるとすれば、“恥ずかしい”の一点である。
ベットから立ち上がると、雪奈は自身の影を踏んだ。
「ゲンガー、いるだろ?」
「ゲンガッ!!」
雪奈の影からゲンガーが飛び出し、ゆっくりと床に着地する。
「ルカリオから俺の荷物取ってきてくれ。その中にロトムもいるはずだから。それとフローゼルが起きたら知らせてくれ。今はリザードンが看てるはずだから」
「ゲンガッ!!」
雪奈の指示を聞き、ゲンガーは再び影の中へと潜った。少し待っていると、ゲンガーが影から再び姿を表した。先ほどととは違い、片手には雪奈のリュックがあった。そのリュックは案の定濡れていた。なぜか水気はある程度取れてはいるが、やはりまだ湿っている。
「ありがとさん。さてと――」
『プハァ――!!ようやく出れたロト!濡れるんじゃないかとヒヤヒヤしたロト~~!!』
ゲンガーから受け取ったリュックのファスナーを開けると、中からスマホロトムが勢いよく飛び出してくる。スマホロトムは狭いところからようやく出れたことによる解放感によるものか、部屋を縦横無尽に飛び回った。
「その割には元気あるな」
『気分の問題ロト~!それにボクはリュックの中で濡れないようにきずぐすりの中に埋まってたから、そこまで濡れなかったロト!』
「濡れたは濡れたんだ…」
『あの豪雨ロト!仕方ないロト!――それでユキナ、話は変わるロト』
先ほどまで激しく動き回ってたロトムが、急に動くのをやめて、雪奈の眼前より少し前で止まる。
『あの雨、間違いなく“あまごい”によるものロト』
「まぁ…状況的にそうだよな…」
氷花のピカチュウとフローゼルとの決着がつきそうだったあの瞬間に、都合よく雨が降った。しかも人間側にとって不利になるほどの豪雨だ。どう考えても“あまごい”によるものとしか思えない。それにあの場で“あまごい”を使ったということは、フローゼルの“とくせい”を理解していたということになる。
「タイミングは氷花が決着をつけようとしていたとき。つまり必然的に“あまごい”を起こしたヤツは近くであの闘いを見ていたことになる」
『とりあえず、“あまごい”を覚えられるポケモンのことをリストアップしてあるロト。―――ちなみに、シャリタツもその一匹ロト』
「――――」
それを聞いて、やはり一番怪しく思えるのはシャリタツだ。あのシャリタツはずっと自分たちのことを見ていたと言っていた。それに、華凜のことを弟子にするというあの言葉も気がかりだ。でも普通なら、強い者を弟子にしたがるはず。だがあのシャリタツは逆にあの中で一番弱い華凜を弟子にすると言っていた。そもそもあの時点で華凜は一匹もポケモンを持っていないのだから、弱いのは当たり前だ。氷花が異常なだけなのだ。
もし、シャリタツがあの“あまごい”を使ったとしたらその理由は、強い奴と弱い奴を選別するためだとしたら?でもその理由は?
「駄目だ…頭がこんがらがる…」
『現時点では情報が足りないロト…。ここはやっぱり、シャリタツ本人に聞くのが一番ロト!』
「でもアイツがそんな簡単に本当のこと言うと思うか?」
『そこら辺は大丈夫ロト!シャリタツは自分が弱いことを自覚しているポケモン。雪奈の手持ち全員で睨みつければ即落ちロト!』
「お前考えることえげつないな」
『戦略と言ってほしいロト』
グフフ…と笑うロトム。このロトム、真面目だと思っていたが初めてなんらかの闇を感じた。
「まぁお前の言う通り、シャリタツに聞くのが手っ取り早い。少し早いけど、下行くか」
『もうちょっとゆっくりしてた方がいいロト。雪奈はただでさえあの雨を浴びてたロト。安静にしてた方がいいロト』
「いや大丈夫だって。猛吹雪の中こおりタイプの野生のポケモン10タテしたあとも風邪とかとくに引かなかったし」
『え゛ッ……。そ、それなら、大丈夫、か、も、ロ?』
ロトムは最後までたどたどしく、しどろもどろになりながら雪奈の言葉に返答した。ロトムはぎこちない動きのまま、部屋を出ていく雪奈たちのあとをついていくのだった。
* * * * * * * *
「グオッ」
「オノッ」
「やっほ。俺、復活だぞー」
雪奈たちがリビングに顔を出すと、そこにいたのはリザードンとユキノオー、そしてカーペットで未だにグッタリしているフローゼルだ。リビングの机の上には、フローゼルに使ったと思われる“きずぐすり”の残骸が3つほどあった。間違いなく、雪奈の“きずぐすり”である。
(いつの間に――)
いつの間に使ったのか、と問いたいところだったが、フローゼルのことを治療すると言って家に連れてきたのは紛れもない自分だ。なら、自分がその責任を取る必要がある。なら、自身の“きずぐすり”を使うのは当然のことだ。雪奈は口を
「あっ、いた」
「――?」
ルカリオの姿は、台所にあった。台所の方まで近づくと、ルカリオは深いフライパンでお湯を沸かしていた。シンクの隣のスペースには、お盆とその上に湯呑が3つあった。そしてお盆の外側には、粉末のお茶の元が置かれていた(お寿司屋に必ず置いてあるアレ)。
「お茶沸かしてくれてるのか?サンキューな」
「ルオッ」
雪奈の感謝に、笑顔で対応するルカリオ。現代機器に慣れすぎではないだろうか。でも家事の半分くらい人間の姿に近いルカリオとサーナイトに任せていたので、その賜物であると瞬時に悟る。残りのアイツ?アイツも姿形は人間に近いけどアイツはバトルしか頭にないから論外である。
それに、雪奈には一つ気になることがあった。
「でもなんでわざわざお湯を沸かしてるんだ?電気ポットあるのに…もしかして中身カラだったりしてるのか?」
そう、この家、と言うか普通の家庭には台所に電気ポットが一つあってもおかしくないのだ。この家も例に洩れず、台所に電気ポットが置かれている。にも拘わらず、ルカリオはお湯を沸かしている。その理由として真っ先に浮かんだのが、電気ポットの中身がカラであること。その確認のために、電気ポットの蓋を開けたが――満タンだった。
「―――?」
電気ポットの中の水――と言うかお湯は満タンであり、水を入れて補充しているのだと考えてみても中から立ち上がる熱い湯気がそれを否定する。
―――じゃあなんのためにお湯を沸かしてるんだろうか。
雪奈が思考を停止していると、都合よくフライパンのお湯が沸いた。ルカリオはガスを止めて火を消すと、フライパンのお湯を湯呑へと移す。熱々のお湯が湯呑を満たしていき、やがてお茶が完成する。
しかし、ルカリオにとってはこれはまだ完成ではなかった。ルカリオは冷蔵庫の方に近づく、しゃがんで冷凍庫の扉に手をかけた―ー
「やっほー。お姉ちゃん」
そんな時、リビングに氷花が入ってくる。寝ているピカチュウとイーブイを抱えて。その瞬間に毎度のごとく、もう常習となっている、雪奈のポケモンたちが一斉に氷花を睨んだ。だが、いつもの通りにその視線を素通りすると、リビングのソファーに腰掛ける。ピカチュウとイーブイはサーナイトの“いやしのはどう”と“きずぐすり”である程度傷は回復しているが、まだ肉体的や精神的な疲労は取れていないのか、グッタリ寝ている。
「――氷花。ピカチュウとイーブイはどうだった?」
「なんとか大丈夫だよ。でも、まだ疲れてるみたいだから休ませる必要があるけど」
「――そっか。それなら良かった」
落ち着け、大丈夫。できるだけ平然に会話をするんだ。恐れることはない。ここにはちゃんと仲間だっている。氷花だってピカチュウとイーブイの前では本性を表すことはないはずだ。
「お姉ちゃんは大丈夫?ずっと雨に打たれてたし、お姉ちゃんの体調が一番心配なんだけど…」
「そこら辺は全部サーナイトがやってくれたから大丈夫。あとでゆっくりお風呂入るから」
「じゃあ、その時はまた一緒に入ろ!背中洗ってあげるから!」
「――ありがと」
どの口が言っているのだろうか。氷花が心配しているのは自分ではなく、雪奈の体だろう。傍から見れば姉を心配する健気な妹だが、事実を知っている雪奈からすれば、自分自身のことは全く心配されていないことが目に見えている。
見えない火花が互いの目に飛び散っているようで、硬直状態が続いていたが―――
「ルオッ」
ルカリオがその沈黙を破った。ルカリオはお盆を持ってこちらに歩いてくる。お盆の上には三つの湯呑みが置かれており、一つ一つから湯気が立ち上っている。
ルカリオはそれを“サイコキネシス”で浮かび上がらせると、一つを氷花が座っているソファーの前にある机に置き、もう一つを雪奈の近くにある台所のテーブルに置いた。
「あ、ありがと……ん?」
雪奈の方に置かれた湯呑みを良くみると、そこには氷が2個ほど入れられていた。そういえば氷花が入ってくる前、ルカリオはしゃがんで冷凍庫を開けようとしていた。おそらく氷を取ろうとしていたのだろう。今お茶に使われているお湯は、雪奈が見た時点ですでに沸騰していた。つまり100度は確定であり、そんなもの人間が飲めるはずもないため、素早く飲めるようにしたルカリオの配慮だろう。
「おおっ、アツッ…」
湯呑みを持つが、流石にまだ熱い。氷が入っているとはいえそんなにすぐには冷めない。一番近くにいたサーナイトに“サイコキネシス”で動かしてもらい、雪奈の湯呑みが氷花の湯呑みと同じ机の上に置かれる。
その際、サーナイトと一緒にリビングの机の方に移動する際、見てしまった。氷花の方を通り過ぎたときに。
氷花の湯呑みに氷が入っていないことに
慌ててルカリオの方を振り向くと、かつてのサーナイトと同じ表情をしていた。そして、聞こえた。
「――フッ」
オマエもかルカリオ。雪奈はそう思わずにはいられなかった。だから一からお湯を沸かしていたのか。段々自分のポケモンが嫁をイジメる
そしてそのまま氷花の右側の方に座ると、案の定氷花の瞳にハイライトはなかった。これには何度見ても慣れない。
そんな時、廊下の方から「上がったでー!」と言う華凜の声と「アガッタデー!」と言うシャリタツの声が響いた。
そのまま待っていると、華凜とシャリタツが体から湯気を出しながらリビングに入ってくる。華凜は学校で良く見る長袖長ズボンの運動着を着ており、胸の部分には【聖 氷花】と編まれたいた。
「いやぁホンマ助かったわ!体も十分あったまったし、早上がりさせてもらたで!」
「オレ、アブリズシ ナラヌ ユデスシ ナッタ…」
「炙り寿司はともかく茹で寿司ってなんや?」
存在しない寿司の種類を例に出さないでほしい。しかしそんなことはどうでもいい。雪奈は少し違和感を感じていたのだ。ほんの、些細な疑問だ。胸の名前を見た際に気付いたのだが、華凜の胸部分、よく見ると小さなでっぱりがある。それも左右に。これが意味するのは――。
「あの…下着は…?」
「ん?あぁウチのは今お姉さんのや氷花の含めて乾燥中やで?服は氷花から借りたけど、流石に下着は抵抗あるからな。でもまぁ乾くまでの辛抱や。気にならないっちゅーったら嘘になるけどな」
「そ、そっか…」
つまり、華凜は今ノーパンノーブラであるということだ。
華凜の答えた理由に、雪奈はなにも言えない。確かに服を借りるならともかく、下着を借りるというのは例え同性同士としても抵抗感がハンパではない。男同士であっても嫌である。
一回息を吐いて心を整える。もうこのことを考えていても埒が明かない。さっさと聞きたかったことを聞くのが一番だ。
「シャリタツ」
「ン?」
「単刀直入に聞くんだけどさ、あの時の“あまごい”って、シャリタツの?」
「――――」
現状、“あまごい”の犯人として最も疑わしいのはシャリタツだ。雪奈たちをずっと見ていたことや、弟子を選定していたことから考えれば、疑うなと言う方が無理だ。シャリタツは少し黙りこんだ後、ピョンピョンと飛び跳ねながら机へとよじ登り、雪奈と少しでも目線を合わせた。
「ケツロン イウ。オレ、“あまごい”オボエテナイ」
シャリタツの証言は、はっきりとした否定だった。しかし、雪奈の疑いは未だに晴れない。
「その証拠は?」
「ソモソモ スシガ“あまごい”オボエルタメニハ“わざマシン”ヒツヨウ。デモオレ ソンナノ モッテナイ」
「つーか俺的にはお前が“わざマシン”のこと知ってること自体驚きだよ…」
普通、野生のポケモンがわざマシンを知っているわけがない。落ちている技マシンをそのまま使った、と言うのならまだ理解はできなくはないが、野生のポケモンが“わざマシン”自体を知っていることに驚いた。
「ソレニ “あまごい”オボエラレル トシテモ ソンナノ オボエテナイ。モット フダンノ カリデ ツカエルヤツ オボエル」
「まぁ……その通りか?」
シャリタツは弱い。しかし賢い。だからこそ他のポケモンの力を使って狩りをしている。ヘイラッシャがいい例だ。覚えるにしてももっと実用性重視で選ぶだろう。
「そこまで言うと、やっぱ違うか…」
「オレ ウタガワレル シンガイ」
「ごめんってー……」
わかりやすくプンプンと怒っているシャリタツ。こればっかりには頬をポリポリと掻きながら謝るしかない。正直言ってとても反省している態度には見えないが、御愛嬌と言うことで。
ふと、シャリタツが周りを見渡すと、カーペットで未だ気絶してるフローゼルに視線が止まった。シャリタツが机の上から移動すると、ピョンとフローゼルの腹に飛び乗った。
「オイデシ」
「いやだから弟子ちゃう。何度言わすねん…」
「コイツニ ビビッテルノハ サンリュウイカ。モット ツヨクテ デカイヤツ タクサン イル」
「――――」
これに関してはシャリタツの言う通りだ。フローゼルなんてまだまだ序の口だ。ポケモンの中には、途轍もなく強く、デカイものがたくさんいる。伝説のポケモンなどがそうだ。伝説のポケモンと一般のポケモンを比べるのはもはや筋違いとしか言えないが、それでもシャリタツの言うことは正しかった。
「ダカラ モット ツヨクナル!オレ テツダッテヤル」
「手伝ってくれるのはありがたいけど、その上から目線直せや」
「ナンダト コノー!」
プンプンとシャリタツが怒っていると、シャリタツの足場が揺れた。
「ヌ?」
「あっ」
「フロッ…」
不意に、自身の腹に乗っかっていたなにかを、それは掴んだ。それを掴んだまま、上半身のみを起こした。自身の手にある、腹に乗っかっていたそれを見ると、それはギョっとした目でこちらを見ていた。怯えているということが手に分かる。
「オ、オレ シヌー!」
「そのまま一回喰われて更生しぃや」
「デ、デシ ノ ハクジョウモノー!」
「いやだから誰が弟子や」
とりあえずうるさいのでポイッと投げ捨てた。悲鳴が聞こえたがどうでもいい。
未だに朧気な視界で周りをキョロキョロと見渡すと、ソイツはいた。自分と打ち負かしたポケモンと、人間。その周りにはその人間に従っているのか、見るからに強そうなポケモンたちがいた。一瞬でここで暴れるのは愚行だと悟る。
そのまま、自身を打ち負かした人間が近づいてきて、自分に目線を合わせるためにしゃがんだ。
「おはよっ。よく眠れた?」
「―――フロッ」
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