人生三回目、現代にてポケットモンスター現る。   作:龍狐

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8 根源的恐怖

「あなた、誰?」

 

 

 どこまでも冷たく乾いた氷花の声に、無意識にヒュっと、息を飲んだ。

 何故バレた?いつバレた?いつから不信に思っていた?だがそんなこと考えている場合じゃない。すぐに誤魔化さなければ。しかし、そんな雪奈の考えはまるでお見通しかと言うように、退路を封じてきた。

 

 

「いくら誤魔化しの言葉を考えたって無駄。言い逃れできないようにしてあげる。あなた男だよね?お姉ちゃんは男口調で話したりも一人称が『俺』でもない

 

「グッ…ッ!」

 

 

 一番最初に決定的な部分を突かれ、雪奈は閉口する。確かに、普通に考えればそうだ。姉がいきなり男口調で話して『俺』なんて言ったら普通怪しむ。

 

 

(クソッ、なんでこんな単純なことを気にしなかったんだ俺は…!?)

 

「苦労したよ。あなたにボロを出させるために、あえて何も聞かなかったこと。でもそのおかげでかなりボロを出させられたから、良かったんだけどね」

 

 

 つまり、そこから既に氷花の策略だったのだ。普通であれば何故口調と一人称が変わったのかすぐに聞いてくるはず。だが氷花はそれをあえて聞かないことで雪奈と『雪奈』の間にある矛盾な点を観察し、集め続けていた。

 それに知恵熱を出したことも問題だった。アレのせいで最初は素の口調で話してしまっていた。その時点で指摘があればよかったのだが、氷花の作戦にまんまと嵌められ、そのままの口調で今日一日を過ごしていた。

 

 

「そこまで、考えて…」

 

「認めたね。あなたがお姉ちゃんじゃないこと。――でもまぁ、先に全部話すか。私ね、本当に急なことだったから、焦っちゃったんだ。私が帰ってきて、急に熱を出して倒れるんだもん。最初は心の底から心配してたんだけど……あるものを見て、考えが変わった」

 

「―――あるもの?」

 

「ロトちゃんを呼び出した機械のこと、憶えてるでしょ?」

 

「ロトム図鑑型の、あの機械…?」

 

「そうそれ!」

 

 

 氷花は一瞬笑顔になって答えた。だがすぐに真顔に戻り、恐怖の時間が来る。

 スマホロトムの中のロトム。それを呼び出した、ロトム図鑑型の機械。アレはロトムを呼び寄せるための特殊電波を放つ以外には何もないはずだが――。

 

 

「アレが既に起動されていたのを見たとき、画面にとある文字が映ってたんだ」

 

「とある、文字…?」

 

「『転生』」

 

 

 その文字(ワード)に、雪奈の心臓の鼓動が早くなる。そしてそれを氷花は見逃さず、雪奈の左胸を鷲掴みにした。あまりにも急で、氷花の力が強すぎて痛みを感じる。

 

 

「イダッ…!」

 

「―――心臓の鼓動、早くなってる。やっぱりこれが正解(こた)えだったんだね。あなたが何者なのか」

 

「いや、これは、風呂に入ってるからで…」

 

「―――まぁそれもあるか」

 

 

 氷花はゆっくりと雪奈の胸から手を放す。慌てて痛みを抑えるために手で胸を抑える雪奈から目を離さず、氷花はゆっくり語る。

 

 

「『転生』。死後、別の存在として生まれ変わること。大抵は転生の際に前世の記憶が消えるが、稀に前世の記憶をもって生まれるパターンもある」

 

「それは…?」

 

「画面に書いてあった『転生』に関する説明文。でもね、これにはまだ続きがあってさ、また、なにかの要因で突発的に前世の記憶が蘇るパターンもある…。これってあなたのことだよね?」

 

「――――」

 

 

 実際、これにはどう返答すればいいのか分からない。そもそも二度目の人生で自分が死んだのかどうかすら分からない。なにかの要因ですでに死んでしまっているのか、それとも自分の精神だけがこの体に入り込んでいるのか。実際、ユキノオーたちの態度になんの変化もない。だからこそ、自分が死んだなんてことは考えられないのだ。

 

 

「沈黙は肯定と捉えるよ?――本当はね、あなたが目が覚めて時間が経った後に問いただすつもりだった。そうすれば、無理矢理にでも聞けるから。でも駄目だった。だってあの場にはあの子たちがいたから」

 

 

 氷花がこの作戦をすぐに決行しなかった理由。それは矛盾点を見つけるだけではなかった。ユキノオーたちの前で、下手なことはできなかったからだ。もしあの場で強行してもすぐに鎮圧されるのは目に見えている。だから、手を出すことができなかった。

 

 

「だからこそ、あなたをこの場に誘った。あの子たちの邪魔が絶対に入らない、この場所に」

 

「―――そこまで…」

 

 

 ここまで全て、氷花が仕組んだことだった。何も聞かないことで矛盾点を引き出し、自分の正体にここまでたどり着くことができるなんて、思いもしなかった。呼吸が荒くなる。これから、氷花に一体なにをされるのかと思うと、恐怖で何もできなくなる。

 

 

「それにこのお風呂はそれだけが目的じゃない。あなたの性別を知るためでもあった。まぁある程度予想は出来てたけど…確信した。あなたは男。私が服を脱いだ時、あなたの視線は私の体に集中してた。バレてないって思った?残念。分かるのよ。だって毎日学校の男子に見られてるから、視線には敏感なの」

 

 

 冷たい声で淡々と語られる。雪奈の中身が男であると仮定したうえで確定させるために好きでもない男に裸を見せる豪胆さ。その精神力の強さも、今言った学校内での環境のせいであるのだろうか。

 

 

「だからこそ許せない。お姉ちゃんが、あなたみたいなヤツの生まれ変わりだなんて」

 

「そんなこと、言われても…」

 

「そうだよね。赤の他人のあなたには関係ないよね。だったら返してよ、私のお姉ちゃんを」

 

 

 赤の他人。そう言われて心が痛む。確かに自分と氷花にはなんの繋がりもない。あるのはこの体の持ち主である『雪奈』の方だ。彼女らには、姉妹と言う確固たる繋がりがある。そこが明確な違いだ。

 

 

「返してよッ!私のッ!たった一人の!家族をッ!!」

 

 

 氷花は狂乱状態に陥っていた。最愛の姉をどこの馬の骨かも分からない男に乗っ取られたのだ。気がおかしくなるのは仕方ない。氷花の表情はまだ暗いまま怒鳴り、狭いバスルームに響きわたる。

 シーンと、静寂が一時支配し、氷花は一呼吸置いて、続きを喋りだした。

 

 

「アレにはまだ続きがあったの」

 

「アレ…?」

 

「『転生』の説明文。さっき言ったのは全部じゃない。これが本当の最後。そうなった場合、前世の記憶が第二の人格として機能するが、体の主の精神が前世の意識に主導権を譲ることができる

 

「―――ッ!」

 

 

 確実に、雪奈の場合は後者の方だ。出なければ、自分が常に表に出ているはずがないし、自身の中にいる『雪奈』の存在だって感じ取ることができるはずだ。

 だが、譲る?そんなことは初めて聞いた。この世界に突如転生したと自覚した時、既にこの体に閉じ込められていた。その譲渡が一方的なものであれば話は別だが、それでも傍迷惑な話だ。

 

 

「お姉ちゃんは、毎日毎日私のために身を粉にして働いていた。私がいくら心配しても「大丈夫」の一点張り。でもやっぱり辛かったはず。苦しかったはず。誰かに助けを求めたかったはず。でもお姉ちゃんにそんな余裕はなかった。そんな心の隙間を、あなたに付け込まれた!」

 

「俺、は、そんな、つも、りは…」

 

「――最初はさ、『転生』なんて全然信じてなかったんだよ?そんなことあるわけないって。でも、今世界中でそのあり得ないことが起こってる。世界規模でそんなことが起きてるなら、お姉ちゃんの身に“あり得ないこと”が起きていても不思議じゃないって、逆に考えることができたの」

 

 

 雪奈は悟った。氷花の思考能力は姉が絡んだ時には異常なまでに発達する。普段はのほほんとしていて殺伐なんて言葉とは無縁な雰囲気をしているのに、いざ“姉”と言うスイッチが入れば害するもの全てを排除するまで止まらないキリングマシーンになることだってできるのだと。

 氷花は雪奈と同じ頭の高さにまで背を低くすると、雪奈の両肩を掴んでとてもじゃないが辛そうな顔で、濁った瞳で、雪奈の瞳の奥にいるであろう、『雪奈』に向けて語っていた。

 

 

「ねぇお姉ちゃん。なんで私を置いてったの?なんで私を一人にして自分だけそこにいるの?」

 

「――――」

 

「戻ってきてよッ!こんなやつと二人にしないでよッ!もうお姉ちゃんばかりに負担かけないからさッ!嫌なこと全部分け合おうよッ!お願いだから帰ってきてよお姉ちゃん!!」

 

「―――ハァハァハァ…」

 

 

 心の底からの氷花の叫びが響く。だが、雪奈自身にはなんの変化もない。あるのはただ、氷花を恐れる雪奈だけ。その顔を冷めた目で見た氷花は――ついに強硬手段に出た。

 

 

「これでも出てこないんだね…。だったら私にも考えがある。こんな風にねッ!」

 

「ヴッ…!?」

 

 

 突如、氷花はその細腕を用いて雪奈の首に両手を回して徐々に力を入れ始め、雪奈を苦しめ始める。

 狂っている。この体は仮にも自身の最愛の姉のものだ。それを躊躇なく殺しにかかっている氷花の狂気に、雪奈は恐怖を覚える。

 

 

「ほらほら、お姉ちゃん?速く出てこないとお姉ちゃんの体死んじゃうよ?ついでにこの寄生虫のことも殺しておくから安心して?だからさ、二人で一緒にまた暮らせるね!」

 

「―――ッ!」

 

 

 氷花の真の狙い。それを聞いて納得と同時に更なる恐怖を抱いた。この子は本気だ、本気で自分のことを殺す気できている。氷花にとって今の姉は姉ではない。姉の体を乗っ取った寄生虫とすら思っていても不思議ではなかった。氷花は今、その寄生虫を殺して姉を取り戻すことに全力をかけているのだ。

 笑顔で人一人を殺しに来る少女に、雪奈の恐怖と涙腺は限界に達しようとしていた。

 

 

「早くしないと死んじゃうよッ!?速く出てきてよ、お姉ちゃん!!!

 

「―――ッ!!」

 

「ゲンゲンッ!!!」

 

 

 氷花の魔の手が雪奈に襲い掛かろうとしたその直後、突如として雪奈と氷花の間からゲンガーが飛び出してきた。そのまま氷花に対して“したでなめる”を使い大きな舌で氷花の体を下から上へと舌で氷花の体を舐めた。

 

 

「ヒャンッ!」

 

 

 突如全身を舐められ、可愛らしい声を出す氷花。絵面だけ見ればとんでもないシーンだが、ゲンガーにとって生身の人間、しかも裸の人間に対して出せる技がこれしかなかないため仕方がなかった。

 それに、この技はそれだけの理由ではない。

 

 

「きゅ、急になにを……って、か、体が痺れて…」

 

「ゲゲゲゲゲッ」

 

 

 浮いているゲンガーは笑う。“したでなめる”には相手にダメージを与える他、30%の確率で相手を“まひ”状態にすることができる。当たれば上々、外れても問題ないため、どちらでもよかったが、今回は当たりだったようだ。立てなくなった氷花はそのまま腰を下ろして尻もちをつく。湯舟の中だったため、尻へのダメージは皆無に等しい。

 相手を傷つけずに無力化する、トレーナーに怒られない方法。見事に成功した。

 

 

「ゲンッゲンッ!!ゲガッ!?」

 

 

 勝利の喜びに浸るのも一瞬で、ゲンガーは自身のトレーナーの顔色が優れていないことに気付いた。

 ゲンガーの救出によって、雪奈の手が離れ呼吸ができるようになった雪奈は、猛烈に酸素を求めた。同時に、酸素不足のためか、のぼせたためか、頭がクラクラとしてきた。

 

 

「ゲン、ガー…。ありが、とう…」

 

 

 ゲンガーへの感謝の言葉とともに、雪奈の意識は朦朧と――

 

 

「ルオッ!!」

 

「サナッ!!」

 

 

 とても心強い声で、雪奈の体は宙へと浮き、雪奈の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

* * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

「うあ…」

 

 

 頭がクラクラする。だが、朦朧とする意識の中で、雪奈は瞼を開けた。そして最初に映ったのはゲンガーの顔面だった。

 

 

「ゲンゲンッ!!」

 

 

 雪奈が目を覚ましたことを確認すると、大声で鳴き、仲間たちにトレーナーの無事を知らせた。すると他のポケモンたちも雪奈の顔を覗き込んできた。

 

 

「えっと…皆…?」

 

「ルオッ」

 

「サナッ」

 

「オノッ」

 

「リザッ」

 

 

 感覚が戻ってきたからなのか、妙に涼しい。顔を傾けて辺りを見渡してみると、ユキノオーが“れいとうパンチ”の状態を維持して雪奈の周りの温度を下げていた。他にも首回りや脇周りに氷水が置かれていた通りで気持ち良かったわけだ。どう見ても熱中症の際の対策にしか見えないが。

 服も着替えられていて、パジャマになっていた。助かったのかと、気分が和らいでいると、ロトムの声が聞こえてきた。

 

 

『ユキナ、大丈夫だったロト?』

 

「ロトム…」

 

『まさか二人とものぼせてしまうなんて驚いたロト。もっと自分のことを知るべきロト!』

 

「のぼせて…?」

 

 

 違う。のぼせたわけじゃない。確かに長時間の入浴でそれもあったかもしれないが、大本は全く違う。氷花だ。氷花に、転生のことがバレて寄生虫呼ばわりされ、危うく殺されかけた。ゲンガーに助けてもらい、意識が途切れる瞬間ルカリオとサーナイトの声だって確かに聞こえた。それなのに情報が確実に伝わっていない?一体どうなっているのか?

 

 

「あ、お姉ちゃんやっと起きた。大丈夫だった?」

 

 

 その時、優しくも根源的な恐怖の声が聞こえ、肩を震わせた。顔を横にずらすと、そこには()()()心配していそうな表情をし冷水ポットを持った氷花と、その隣にはピカチュウとイーブイがいた。

 その対応は、あまりにも普通過ぎた。お風呂より前の時と、全く同じ対応だった。何故?何故あんなことしといて、あんなに感情を露わにしておいてそんなことが可能(でき)る?

 

 心の中で錯乱していると、ピカチュウとイーブイが駆け寄ってきて雪奈の顔周りに集まり心配そうにこちらを見ている――が、雪奈は別の方に意識が集中していた。睨んでいる。殺気を出して警戒している。雪奈のポケモンたちは一気に氷花のことを警戒対象として認識していた。すぐにでも飛び掛かりそうな勢いだ。

 だがそんなポケモンたちの殺気をものともせず、その表情のまま雪奈に近づいてきて、雪奈が寝ているソファーの隣にある机に冷水ポットを置いた。

 

 

「ははっ、まさかお互いのぼせちゃうなんて、うっかりしちゃったね」

 

「氷花…」

 

「あっ、まだ動いちゃ駄目だよ?ただでさえお姉ちゃんは入ってる時間長かったんだから!私はこの子たちの体乾かすので一時的に離れていたから軽度だったとはいえ、ね」

 

 

 先ほどまでだったら心暖かい言葉だと思って、何も考えずに受け入れられていた。だが今は、そんなこと微塵も思えない。むしろ裏があるとしか考えられなくなった。

 雪奈と氷花を中心に、雪奈のポケモンたちは囲むようにその場にいる。つまり自分からこの袋のネズミ状態に入り込んだのだ。危害を加え、そしてそれに付き従うポケモンたちを前にしても一切恐怖と言う感情を出してこない氷花に雪奈は不気味さを覚える。

 氷花はピカチュウとイーブイを抱っこし、笑顔で雪奈に話しかけた。

 

 

「――――」

 

「のぼせた体には冷えたものが一番!飲み物置いておくから、ちゃんと飲んでね?」

 

「――――」

 

「それじゃあ、夜も遅いし、私はピカちゃんとブイちゃんを先に寝かせてくるから。待っててねッ!」

 

「いや…氷花ももう寝たほうがいいだろ…?だって明日月曜日だから学校あるし…」

 

「それも大丈夫!学校の方からメールが来てて、明日からしばらく臨時休校だってさッ!だから、しばらくはずっと一緒に居れるね、“お姉ちゃん”!

 

 

 「ヒッ…!」と思わず声が漏れる。しかしそれはピカチュウとイーブイには聞こえていなかったようで、二匹は笑顔のまま、氷花の腕の中にいるまま、氷花とともにリビングから消えていった。

 リビングに散漫していた謎の威圧感が解け、雪奈は酸素を求め荒呼吸をする。

 

 

「ハァ…ハァ…ハァ…」

 

『ユキナ、大丈夫ロト?』

 

「だいじょば、ない…!なんだよアレ…なんであんなことしておきながら、あんな笑顔になれるんだよ…!?」

 

『アレにはボクもビックリしたロト…。まるで何もなかったかのように接するあの話術とユキノオーたちの殺気をものともしない精神力…並大抵じゃないロト』

 

 

 重い口調でスマホロトムからも同じような感想がでてきた。そう、異常なのだ。あの一件を全てなかったかのように接するあの態度と表情、怒りどころか恐怖すら抱ける。

 

 

「…ところで、なんで俺がのぼせたってことになってるんだ?」

 

『ピカチュウとイーブイのためロト。ヒョウカがユキナのことを殺しかけたなんて知ったら、きっと悲しむロト。だからユキノオーたちとは口裏を合わせたロト』

 

「そうか……」

 

『やっぱり、素直に話した方がよかったロト?』

 

「いや、お前の判断は正しいよ。あの二匹、氷花のこと大好きだと思うからさ。そんなこと知ったら、絶対悲しむと思うから…」

 

 

 通りで自身がのぼせていたことになっていたわけだ。だが、同時に納得もした。真実が伝わっていないこの状況は少し不愉快ではあるが、ピカチュウとイーブイの悲しむ顔を想うと、どうしても納得してしまう自分がいる。

 雪奈の表情を見てか、スマホロトムは心配そうに雪奈に言った。

 

 

『ユキナ…もう少し自分のことも考えるべきロト』

 

「――え?」

 

ボクたち(ポケモン)のことを第一に考えてくれることはもちろん嬉しいロト。でもそうしてくれるユキノオーたちだって、ユキナのことを一番に考えているロト。』

 

「――――」

 

 

 雪奈が顔を俯かせると、ユキノオーの大きな手が雪奈の頭に乗っかった。振り向くと、ユキノオーはニコニコ笑顔で雪奈の頭をその大きな手で撫でてくる。ユキノオーだけではない。ルカリオ、サーナイト、リザードン、ゲンガーも、笑顔で雪奈のことを見てくれている。みんな、自身のトレーナーである雪奈が大好きなのだ。

 

 

『ボクはまだユキナのことはほとんど知らないロト。でもボクたちが大好きだってことは十分伝わっているロト!』

 

「ロトム…」

 

『だから困ったら助ける!これはボクを含めたみんなの総意ロト!一人足りないけど、きっと彼もそうに違いないロト!』

 

「――そうだな。そうだよな。なに一人で考え込んでたんだ俺…。頼れるヤツらがすぐ近くにいるんだから、もっと頼るべきだったよな」

 

 

 この恐怖を、一人で抱え込むしかないと思っていた。この体と家族である以上、氷花(きょうふ)との接触は避けられない。家を出ようにも、この体には他に身を寄せるところはない。他人の家は論外だ。

 だが、なにを迷う必要があったのだろうか。自分は一人ではない。彼らがいる。彼らが、守ってくれる。きっと、きっと大丈夫だ。

 

 

「ありがとう。おかげで少し、気持ちの整理が出来た」

 

『それはとても良いことロト』

 

「あぁ……(いろいろグチャグチャに頭がこんがらがっていたが、ようやく考えがまとまった…。俺の最終目標。ポケモンと人間の共存は必須事項。だが最終的に優先すべきは――)」

 

 

 この世界に存在している理由。転生した理由。そして氷花に『転生』のことについて知るように仕向けた人物。あのロトム図鑑型の機械と、ユキノオーたちのモンスターボールを送ってきた人物。すなわち――、

 

 

(あの“宅配の男”を見つけ出す…ッ!!)

 

 

 宅配の男。出た途端、荷物だけ置いて消えたあの男。なにか理由がなければ、荷物だけ置いて消えるなんてことがあるわけがない。普通に手渡しで良かったはずだ。消えた理由が絶対にあるはず。

 そもそも、ユキノオーたちのモンスターボールが宅配で送られてくるということ自体がおかしなことだ。そもそもここは世界自体が違う。自身の体は雪奈となっているが、ユキノオーたちは別のはずだ。雪奈はユキノオーのモンスターボールを見る。ところどころに傷があり、とても綺麗とは言えないモンスターボール。だがこれがユキノオーたちが自分とは違う方法でこの世界に来た何よりの証拠だ。ユキカブリだった当時、色違いであるがゆえに人間を信用していない状態で捕まえたユキカブリは大いに反抗した。この傷はその時についたものだ。10年ずっと持っていたモンスターボール。見間違えるはずもない。これが複製品だとは、とても思えない。本物に違いない。

 

 

(どんなあり得ないことだってポケモンの力だったら不思議じゃない…!俺がなにかされたとすれば、俺が雪奈に転生したと気づくその前!つまりは俺が自分の家で過ごしていた、最後の夜。その日、なにがあった…!?)

 

 

 こればっかりは分からない。と言うもの自分の最後の記憶は家のベットで寝たこと。そして起きたらこの体に転生した。マジで意味が分からない。

 ならばと、次の手段を取る。

 

 

「なぁ、お前らの最後の記憶ってなんだ?モンスターボールに入れられて、ここに配達されたよりも前のこと。憶えてるか?」

 

 

 雪奈の質問に、雪奈のポケモンは「ん~」と表情を曇らせた。この表情を見るに、どうやら覚えていないらしい。考えられるのであれば、就寝した後モンスターボールに入れられた?しかし誰が、どうやって?あの島には気配に敏感なポケモンだっている。雪奈の手持ちの一体だってそうだ。それらの目をかいくぐって、全員をモンスターボールに入れられるというのは、考えにくい。

 

 

「――あの島には他にもポケモンはいる。あいつらがなにか見てたってなら、進展があったかもしれないけど、ないものを強請(ねだ)ってもなぁ…」

 

『島?ユキナは島を持っていたロト?』

 

「まぁな…って、なんで過去形?」

 

『事情は既にみんなから聞いているロト!最初は驚いたけど、時間とか空間とか操れるポケモンがいるんだから、そんなことが起きても不思議じゃないって割り切ったロト!』

 

「すげぇよお前…」

 

 

 既にスマホロトムが事情を知っていたのは、ユキノオーたちが話していたから。しかしながらそれで割り切れるものなのか――いや、割り切れる。雪奈は納得した。が、結局問題は解決していない。しばらく雪奈が頭を唸っていると――氷花が、リビングに入ってきた。その瞬間、緩やかだったリビングの空気が一気に殺伐と化した。ユキノオーは“れいとうパンチ”を、ルカリオは“はどうだん”を、サーナイトはサイコパワーを全身に張り巡らせ、ゲンガーは“どくづき”を、リザードンは“ドラゴンクロー”の前振りを行っていた。技を発動寸前で止め、いつでも発動可能にしていた。生身の人間に対して殺意が高すぎる。しかし氷花は目の前の状況が映っていないかのように、普通に挨拶をした。

 

 

「お待たせー待った?」

 

「――氷、花」

 

「あー、まだ水飲んでないじゃん。せっかく汲んだのに、飲んでくれないと私、悲しいよ?」

 

『普通に考えて、命狙ってきた相手からの物なんて飲めるはずがないロト。頭おかしいロト?』

 

 

 笑顔で言った氷花に、辛口でスマホロトムが対応した。スマホロトムは自身を氷花の顔面に近づけて、その顔をとてもウザくしている。しかし今ばかりはそのウザ顔がとても役に立っている。それに普通に考えて命狙ってきた相手の出したものなど信用できるはずもない。スマホロトムは正しい。が、氷花の顔は相変わらず笑顔のままだ。

 

 

『それにボクの後ろが見えてないロトか?みんなヒョウカに対して殺意マシマシ敵意カタメロト。なんでそんなに笑顔でいられるロト?やっぱりヒョウカは頭のネジがぶっ飛んでるロト!最初に氷花のことおかしいって思ったことは正しかったロト!ボクは名探偵になれるかもしれないロト!これからは名探偵ロトムと呼ぶといいロト。ロトトトトッ!』

 

 

 しかしながら煽りが凄い。的確に相手の精神を揺さぶっている。―――しかしながら、氷花の表情は崩れることはなかった。それどころかスマホロトムの存在なんてなかったかのように真横を通り過ぎた。渾身の煽りが完全スルーされたことにより、スマホロトムは真っ白に燃え尽きた。

 そのまま氷花は、ゆっくりと、雪奈の隣に座った。咄嗟に雪奈は距離を取った。まだ氷花に殺されかけたことが鮮明に思い出してしまうため、無理はない。これでもかなりマシな方だ。しかし、なにを考えているんだ、彼女は。そう考えらずにはいられなかった。氷花を睨む五匹の瞳は、より一層険しさを増した。

 

 

「怖いねー。ねえ、これやめるように言ってくれない?」

 

「…逆に、やめてもらえると思ってるのか?」

 

「そうだね!大事なご主人様殺されかけたんだから、黙ってるはずないよね。私が、お姉ちゃんの体を奪われて黙っていなかったのと、同じでね。」

 

「――ッ!」

 

 

 氷花も負けず劣らず、雪奈の精神を的確に突いてきていた。しかも体ではなく心に大ダメージを負うような言い方だ。だが、雪奈も負けてはいられなかった。

 

 

「そう言われても…仕方ないだろ。こんなの、俺の意思でもないし…」

 

「仕方ないで済ましちゃうの?じゃあ私もお姉ちゃんがいつの間にか別人になっちゃってて辛かったから、あなたを殺しかけたのも“仕方ない”よね?」

 

「ゲンッガッ!!」

 

 

 以外なことに――ここで一番早くに手を出したのは、ゲンガーだった。ゲンガーの右腕に貯められた毒を、“どくづき”を容赦なく、本気で氷花に放った。

 

 

「やめろッ!!」

 

「ゲンッ!?」

 

 

 だが、その攻撃は他でもない雪奈によって静止させられた。ゲンガーは困惑した表情で拳を止め、このあとどうすればいいのかと、チラチラ自身のトレーナーを見ていた。

 

 

「お願いだから…やめて、くれ…」

 

「ゲンッ…」

 

「そうだよね。やっぱり、そうだよね。あなたは優しいから、大事な子たちに、人殺しなんてそんなことさせるなんて、出来ないよね」

 

「―――お前、まさか」

 

「そう。最初から全部分かってたよ?この子たちにかかれば私なんてすぐに殺せる…。でもあなたはそれを良しとしない。この子たちの態度を見ればすぐに分かる。一見不仲に視えるときがあっても、それはお茶目ないたずらのようなもの。あなたたちの絆は固い信頼で結ばれてる。だから、やらせるはがない、人を殺すことなんて。だから私は堂々とできる」

 

 

 全て正解だ。当たっている。雪奈のポケモンたちも苦々しい表情をしている。全て悟られている。知られている。把握されている。何故、どうしたらこんな15、6歳ほどの少女にこのような推理と観察眼、それを己の身をもってして立証する胆力があるのか。一瞬、氷花も自分と同じなんじゃないかとそんなことさえ思い出した。

 

 

「今あなたがなにを考えてるのか。手に取るように分かる。でも不正解。私はあなたのように肉体年齢=精神年齢じゃない。私はただの、16歳の女の子だよ?」

 

 

 絶対嘘だ。そんな達観した考えを持っている人間がただの人間のはずがない。

 

 

「それにね、アレは私も悪かったと思ってる。どうかしてたよね」

 

「―――?」

 

 

 急な、謝罪とも呼べるかどうかも分からない謝罪に、雪奈は戸惑う。あれほど姉に対して狂っていた人物が、急に理性的な対応を取ったためだ。

 

 

「お姉ちゃんを取り戻したいのに、肝心のお姉ちゃんの体を殺したら元も子もない。こんな当たり前のこと考えられなかったなんて、馬鹿だよね、私」

 

「――――」

 

「だから安心して?もうあなたに危害を加えるつもりはないから。それにね、私思ったの。お姉ちゃんがあなたに体の主導権を渡したのは、ただ単純に疲れてたからだって思ったの」

 

「――――」

 

「私はお姉ちゃんがどれほど疲労困憊していたのかは分からない。でも、予想はできる。きっととても辛かったはず。だから逃げたくなる気持ちも、良く考えれば分かることだったんだよ。だからあなたに体の主導権を渡した…。ようはお姉ちゃんが“療養”してるって思えばよかったんだ」

 

 

 氷花の言葉に、雪奈が最初に浮かんだ言葉が――何故?

 何故あそこまで狂気的で排他的な思考に至った狂人が、そこまで冷静な見解を出せる?――いや、狂ってるからこそなのかもしれない。相手のことを異常なまでに大事に思っているから、相手のことを必死に考えている。

 狂人とは文字通り狂っている人間だ。そんな狂っている人間の思考など、まともな人間に分かるはずがない。その根底なんて、知る由もない。

 

 

「だからお姉ちゃんの心の傷が癒えるまで、お姉ちゃんの体はあなたに預けることにするよ…。まぁでも、お風呂は毎日一緒に入ってもらうけどね?」

 

「な、なんで…!?」

 

「当たり前でしょ?あなた男だよね?私が見てないところでお姉ちゃんの体になにか変なことしないか監視するの。当然だと思わない?」

 

 

 それに関してはグウの音も出なかった。姉の体に入った男。姉の体になにか変なことをされないかと疑うのは家族としては当然の疑念だ。だが一緒に入るとなると、また今回のようなことが起こると思うと不安で仕方ない。

 

 

「まぁ不安なのは分かるよ?だから明日からはピカちゃんとブイちゃんと一緒に入って上がろう?そうすればあなたも安心できるでしょ?」

 

 

 とてもよく考えられた一手だ。今回のことはピカチュウとイーブイは知らない。何も知らないものを間に添えることで互いの過剰な行動を抑制する。よく考えられた提案だ。

 

 

「―――分かった。それで、いい…」

 

「オノッ!?」

「ルオッ!?」

「サナッ!?」

「ゲンッ!?」

「リザッ!?」

 

 

 ポケモンたちから驚きの声が上がる。当然だ。命を狙っている相手とわざわざ一緒にするなんて考えられなかった。

 

 

『ユキナ危険ロト!』

 

「分かってる。でも、氷花からすれば当然の心配だし、ピカチュウとイーブイがいれば、氷花も手を出してこない…」

 

「そういうこと。正直に言って、あの子たちはこんなことに巻き込みたくないし。それに、最初からルカちゃんとサナちゃんには私のこと、バレてたみたいだしねぇ…」

 

「えっ?」

 

 

 氷花の言葉に、雪奈はルカリオとサーナイトの方を見た。二匹は雪奈の視線に気づき、首を縦に振った。

 

 

「私が部屋に入ってきたときから、この子たちには睨まれてたし。私いつボロ出したっけ?」

 

『バレて当たり前ロト…。ルカリオは“はどうポケモン”相手の発する波動をキャッチすることで考えや動きを読み取ることができるロト。サーナイトの進化前は“きもちポケモン”【ラルトス】に“かんじょうポケモン”【キルリア】…。それに倣って相手の感情を読み取ることができるロト…。それに未来を予知することも可能ロト…』

 

 

 フラフラとしながら、ショックから立ち直ったスマホロトムが、氷花の真後ろで説明した。通りでタイミングが良かったわけだ。ルカリオとサーナイトであれば、それも可能だ。氷花の反応は、「ふ~ん」と言う軽いものだった。

 

 

「それじゃあ決定だねッ!」

 

 

 両手と叩き、パンッ!と音とともに満面の笑みで答える氷花。その顔に、冷や汗が止まらない。

 この子の本性は、一体どっちだというのか?狂気の方か?優しさの方か?無知は恐怖を生む。雪奈は氷花のことがどこまでも深く果てしない渓谷に見えた。

 

 

「それじゃあこれからよろしくね!」

 

「あ、ああ…」

 

「じゃあね~」

 

 

 そういい、今度こそ氷花はリビングの扉を開けて、その姿を消した。その瞬間、雪奈はソファーで横になった。今度こそ、今度こそ完全にいなくなっただろう。緊張の糸が途切れた。

 

 

「はぁ~~…」

 

 

 今日一番の大きなため息をついた。まさか今日一日でここまで怒涛な展開になるとは思いもしなかった。もうお腹いっぱいだ。これ以上お腹に入れたくない。

 早速目標が決まったというのに、その目標すらも霞んでしまった。この問題をなんとかし、宅配の男を見つけ出すという先ほど決めた目標。しかし、それよりも最優先すべきことを失念していた。――氷花の存在。彼女をまず最初になんとかしなければならない。そうでなくては、危険だ。

 

 

「初日からフルスロットル過ぎるだろ…。もー今日は寝るッ!とにかく寝るッ!すげぇ寝たいッ!連れてって~動く気力すら起きない…」

 

「サナッ…」

 

 

 雪奈は幼児退行を起こし、手足をジタバタしながら要求する。それに答えたのはサーナイトで、“サイコキネシス”を使い雪奈の体を浮かした。

 

 

「あぁ…ハンモックみたい…」

 

 

 こんな感じで、とにかく気持ちを和らげる言葉を使う。出ないとやっていられない。

 サーナイトのサイコキネシスで体を浮かしたまま、二階へと上がり、部屋に到着した。雪奈の体はベットにダイブされ、柔らかい布団が雪奈の体を包んだ。

 ベットに入った途端、どっと疲れが出てきた。3時間ほど寝て、先ほどまで気絶していたというのに、すぐに眠くなるなんて、やはり疲れがたまっている証拠だった。それが肉体的なのか精神的なのかは、分からない。とにかく寝たかった。

 

 

「それじゃあ、おやすみ…」

 

 

 五匹のポケモンたちに見守られながら、雪奈はその瞳を閉じた――。

 




 最後、ユキノオーとリザードンはデカすぎるからどうやって雪奈の部屋に移動したんだって?そんなのモンスターボールに入ってたからに決まってるじゃないですかやだー。


現時点での公開可能情報

ユキノオー(色違い)

れいとうパンチ
???????
???????(わざマシン)
???????


ルカリオ

はどうだん
???????
????
サイコキネシス(わざマシン)


?????

???????
??????
??????
????


ゲンガー

???????
???????
したでなめる
どくづき(わざマシン)

 

リザードン

???????
????
ドラゴンクロー
???????


サーナイト

サイコキネシス
いやしのはどう
テレポート
???????


 今作ではポケモンが覚えられる技は最大4つまで。しかし図鑑の説明文に書いてあるもの(サーナイトの“みらいよち”やサイコパワー。ゲンガーの影に潜む能力)などは種族由来の能力として、わざにはカウントしないことにしています。
 アニメでサトシのゲンガーだって“シャドーダイブ”覚えてないのに影に潜めるからいいよね?って感じです。


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