あのパンクラチオンを夢に見る 作:マリーザの姉御が嫌いな奴はおらんのよ!!
暗い部屋。そういうのは本来適切では無い、日が差し込んでいるはずのこの部屋で、そこを暗い部屋と呼ばせるに足る雰囲気を纏った黒いスーツにヒビ割れた頭のような黒い部分を持った1人の男と、その男よりも身長の高い筋肉質な生徒が向き合っていた。
「やはり、ダメですか」
「ゲマトリアに協力はできない。私は、あなたと同類などではない。確かに私は外から来た異物だ。あなたと同じだろう。その魂のあり方まで同じであるとは思わないが」
「同じでしょう、己の欲を優先し貴女は生徒を傷つけたのですから」
「欲にしても有り様が異なる、ということは無視すべき事柄ではない。配慮なき悪意と配慮ある混沌とはやや異なる。そうだろう、『黒服』」
リイザはそう言って、腕を組みなおした。
「混沌とは。そう来ますか……ふむ。まぁいいでしょう……神楽舞リイザ。いつか貴女を私は手に入れます」
「精々足掻けよ、『黒服』。それと……協力はできないが一宿一飯の恩義は返そう。これを持っていけ」
思い出したかのようにリイザは自分がカットしたのだ、とやや自慢げにそれを取り出す。黒服はそれを見て……
「……宝石ですか」
「それを好みそうな奴が居なければ悪いが……ま、ひとりくらいはそれを芸術だと言うやつも居てくれるだろ」
「ええ、確かに受け取ります。……困りましたね、なお欲しくてたまらない」
「お前さんも好きなんだな、そういうのは。じゃあな」
箱に入った宝石を、両手で受け取った。
手を挙げ立ち去るリイザの背を、黒服の目がじっと追っていた。
『神楽舞リイザ:よう、先生。久しぶりだな』
その文字が踊っている端末に私は酷く驚いた。先日起きた前代未聞の……と言っても自分が解決した事件は全て前代未聞のそれだが、とにかく前代未聞の事件。
外の世界から来た来訪者が生徒の力を得て暴れ回り、トリニティ、アリウス、ゲヘナの3つの校から最強とも囁かれる生徒たちを集めたエデン条約機構の緊急治安維持戦力招集の特記戦力級全員とほぼ同等に単騎で渡り合うという大事案は、来訪者たる神楽舞リイザが正気を取り戻して撤退したことで終結した。
そしてリイザの撤退後、リイザにはこれでもかと懸賞金がかけられることになったのだが、リイザは追っ手を粉砕するので下手に追撃できない。
また、民衆の間では『人助けをするためにその膂力を存分に発揮するヒーロー』として扱われ出したリイザをこれ以上無駄に追撃することは学校活動への民衆の理解を得られなくなる可能性があるとしてエデン条約機構は彼女への懸賞金と手配を取りやめた。
なお、本人的には何も変わっていない。リイザにとっては等しく雑魚は雑魚であり、叩きのめすのがチンピラかエデン条約機構の追っ手かなどあんまり気にならないのだった。
とにかく、そんな彼女からの連絡。モモトークに来た連絡から彼女を友達に追加し、返信をする。
『先生:リイザ、どうしたの?』
『神楽舞リイザ:いや、聖園からあなたの連絡先を教えてもらってね。今からそちらに伺いたいんだがどうだい?』
『先生:問題ないよ』
『神楽舞リイザ:おーけぃ、30分ほど待ってくれれば着く予定だ』
ということでしばらく待っていると、カードロックを解く音が聞こえた。
「待たせたな。本当に申し訳ない」
「いや、こちらこそわざわざ来てくれてありがとう……さて、来てくれた理由がなにかあるんだろう? 聞こうか」
「話が早いな。ゲマトリアの黒服と名乗る男と接触した」
「……は? ゲマトリアの黒服……あいつ、なにを?」
「一宿一飯の世話になった。別件として外の人間が持つヘイローなどという異常の調査への実験協力を俺に依頼したかったようだがそちらは断った。あとで詳細はまとめて送付するから見てくれ」
「分かった。しっかり目を通してこちらからゲマトリアにはそれなりの対処をする。でも無事でよかったよ」
笑ってみせると、リイザも笑ってみせる。
「そういえばエデン襲撃事件からもう3週間経つけど……どうしていたの?」
「色々な場所を渡り歩きながら物騒なこの世界における人助けをな」
「なるほどね……この世界には慣れた?」
「私が言うのもなんだが……傷を負うということに対しての認識が軽すぎるな、この世界は。それだけが慣れない」
「そうだね。死んでいなければなんとかなる……そんな考えがヘイローのある生徒には半ば常識となっているかもしれない」
外から来たものなりの感想がやはり2人にもある。その最たるものが、傷くらいならという生徒の中での無意識な考えに対する反感であった。
「なんだかね……モヤモヤするよ」
「あなたもそう思う、か。私の世界には『死なやす』……『死ななきゃ安い』というセオリーを持ったもの達も多いが……いくらなんでもだね。体力はゲージじゃない、0になることも0に近づくことも決して容認されるべきパラメータじゃないんだと。私はそう言いたいね」
「そうだね。その通りだ」
リイザに頷くと、リイザは次の瞬間空気をやや切り替えた。
「なあ」
「なにかな?」
「この世界を救った感想、聞かせろよ」
「大人として成すべきことを成しただけだよ、リイザ。そこに特別なことなど、なにひとつなかったんだ」
「……本心からそう言っている、か。はぁ……こりゃ大変だ。アンタ、無自覚だろうから言っとくことにするよ」
リイザは彼女らしくない逡巡をし、言いづらいことを言うように、口を開いた。
「アンタは、太陽だ」
「リイザ?」
「眩い宝石のようと言おうとして、やめたよ。アンタは誰かの光を受けて輝いてなんかない。狂ったような利他的奉仕と、イカれちまった自己犠牲。2つの光を、奇跡と理性で補って人の形に整形した『バケモノ』……近付きすぎれば己の有り様すら溶けて消えて、光を受けるだけの虚ろな存在に早変わりだ」
「……」
「きっと、それはいなくなったあとの末路も写してるさ。……砕けちまうんだよ、鏡かガラスか、どっちかは分かりゃしねぇがさ。だから……そうだな。私から言えるのは」
リイザは、胸ポケットから『ソレ』を見せながら笑った。
「もう『コレ』は使うな。『コレ』は……私が使う」
「なっ……『大人のカード』……!?」
「あぁ。だが、あんたのそれとは少しばかり趣が違う。だが、やることは同じだ。お前が居なくなったあと、この箱庭はどうなる? 簡単だ、あっさり滅ぶ……なら、わざわざこっちに来ちまった私の役目はなんだ?」
「……役目、だって?」
「すぅ…はー…うん、役目だ。私がここに来たのには、理由があるはずなんだ。……きっと、そのうちの一つはこれだ。世界の滅びを、先生の死を……私が、私自身を用いることで遅延する。間違ってねぇはずだ。そして、もうひとつ、心当たりがある」
先生の目の前に、砕けたガラスのようなものが数枚入った、小さな小さな真空ビンが置かれた。
「コレを、知ってるか?」
「……これは、なに?」
「教えてやる……これはな、【サイコパワーの結晶】だ。俺の世界にいた、クソみてぇな野郎共が使う力の結晶だ。それも……コイツは、恐らくなんで聞き流して欲しいんだがな」
リイザは、彼女らしくない……より、彼女らしくない、引きつった笑みを浮かべながら。
「【JP】が、この世界にいる可能性がある。それも、俺より先にずっと前から、な」
そう告げたのであった。
『同じ』存在、『同じ』役割、『同じ』世界からの来訪者……
等しく皆『同じ』……「大人」。