あのパンクラチオンを夢に見る   作:マリーザの姉御が嫌いな奴はおらんのよ!!

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#5 『ヨハン・ペトロヴィッチ』

「その……『JP』というのはなんなんだい?」

 

 引き攣った笑みを浮かべて「JPがこちらの世界にいる」と告げた彼女に、私はそう問うしか無かった。役目のことよりも、何故かあった大人のカードのことよりも、今はただ、彼女の余裕を名前だけで崩すその存在が気になった。

 

「……ヨハン・ペトロヴィッチ。名前のイニシャルでJP……俺の世界のある裏組織の経済面的な経営を一手に担っていた、金回しのプロだ。だがな、コイツはそれだけじゃあ無い」

「……君でも止められないような危険人物なのかい?」

「あぁ。悪けりゃ殺される……奴は『サイコパワー』に限りなく近い特殊な力を使う。黒紫のオーラだ……それは空間を引き裂く、黒紫のヒビから飛び出すおぞましい棘としてこの世界に現れ、俺たちに襲いかかる飛び道具になる」

 

 そして、と。彼女は呟くように、嫌なことを思い出すように。それでも激した感情は落ち着けて。淡々と事実だけを、口にする。

 

「ふぅ…アレをモロに食らって、傷口から肉体に混入するようなことがあれば……サイコパワーに適応できなければ拒絶反応が発生し、死ぬ可能性がある」

 

 そう、このキヴォトスにとっての致命的な問題となりえる言葉を口にした。死ななきゃ安い、が罷り通るこの世界だけの、問題。

 

「……つまり、怪我をした瞬間死が確定する可能性が否定できない?」

「あぁ、適応できなきゃ死ぬ。適応しても、ヨハンより操る力が弱けりゃ傀儡にされたり暴走させられたり……まあ、まともな最期はやってこない」

「そんなヤツが、君の世界にはいたんだね」

「あぁ……まあ、特殊な奴だ。2人は居ねぇだろうよ。あと……この世界で一番デケェ闇のありそうな、だけど実績を残してる会社を探してくれないか? それを起点に調べれば今のJPの居場所に辿り着くはずだ。奴は企業を隠れ蓑にするのを好む」

 

 聞いてみて、私にはひとつ心当たりがあった。

 

「なら……カイザー、かな。カイザーコーポレーション。色々ときな臭い噂が絶えないし、策略で土地を買い上げて私有化したり実際に生徒を誘拐してたりクーデターの片翼を背負ったりもしてるんだけど……完全に潰しきれない」

 

 それを聞いてリイザは頷いた。

 

「間違いないね。上手いダメージコントロール、生徒の誘拐、金回りの動きの速さ、なにより野心。……そこに居るか、もう少し奥か……なんにせよ、それに近いところにはある」

「分かった。私の方でもより深く調べてみるよ」

「頼む。奴は……非人道的な実験でも、やる。神秘とかいう訳分からんもんで出来てるキヴォトスの生徒は、はっきり言えばヤツの格好の獲物だ。有り得ないくらいに、ね」

 

 私は頷いた。そして、問う。

 

「リイザはどうするつもり?」

「間違いなく、私も狙われているはずだ。アイツには瞬間移動する能力もあるから、どうやっても意味が無いときは意味が無い。さて……ここでやるべきことはハナからひとつでな」

「へぇ……それは?」

「街に出る。人通りの多いところは避けるなんざ、人攫い兼不審者なら当然の結果だ。つまりいつも通りやりゃいいのさ……JPに俺たちは気付いていないって思わせ続けなきゃ、ヤツは手を出してこない」

「なんでだい? 逆じゃないのか?」

 

 リイザは首を横に振った。

 

「違う。アイツはどうあってもきっとアイツだ。ビジネス界かなにかで有名になって金を洗ってるんだろう。となれば、名前が傷つくような事態を避けるために、『民衆のヒーロー』と『救世主』に突然手を出すような真似は出来ない。アイツ本人が出向いても私と先生が倒せるかは不明瞭だということは、本人+更なる戦力を動かす必要があるってことだから」

「逆に、私たちが気づいていることに気づかれた場合は?」

「……考えたくもねぇが、真っ先に消しに来る」

「消しに……?」

「あぁ。如何なる風評も恐れず、己を知るものを抹殺する。ヤツはやる、無情な経済王様だし」

 

 私も、表情がさすがに硬くなるのを感じた。また一筋縄で行かない敵のようだった。

 

「あぁそれと……黒服って奴が入っているゲマトリアなる組織と連絡できる機会があれば、アポを取って欲しい」

「……なんで?」

「あの男は、取引出来る限りは取引に誠実に従うと見た。契約の裏はつくし、取引に定めたこと以外はしないタイプだろうが……つける裏を消した上でハッキリとアイツが動くに足るリターンを提示できたなら……」

「こちら側に置いておける可能性がある、って?」

「それもそうだし、なにより……確信がある」

「確信?」

「アイツとJPが組んだら、まずい」

 

 頷いた。大きく頷いた。そうなった絵柄を想像して、明らかにヤバいだろうなー、と思ったから。

 

「分かった……じゃ、そういう方向で動こう」

「おーけぃ、任せる。私はちょっとミレニアムサイエンススクールに機材取りに行ったあとDJライブしに行く」

「DJが出来るの?」

「あぁ。まあ、ひとりちょっと音楽について造詣が深い師匠がいてな……教えられてるんだよ」

 

 今度は彼女らしい力強い笑みを浮かべて、リイザはどんと胸を叩く。

 

「ビートは体に刻み込む、音楽は人を強くする。ビートに乗れば、人間は無意識に強くなるってさ」

「……普通に、ヤバい人じゃない?」

「正直まあ、師事する人を間違えた感は否めないかな。だが、とんでもない手練なんだぜ、それで。まだ勝ち越せてない」

 

 私はちょっと彼女に対しても引いた。強さに対する欲望でヤベー奴に絡む才能がありすぎるだろう……! 

 

 

 

 彼女の後ろにあるライトがこれでもかと光り輝き、彼女は高らかに手を上へ。

 

「ブチ上がれテメェら! 跳ねろォ!!」

『うおおおお!!!』

 

 彼女主催のDJライブは、大トリの彼女の出番で最高潮の盛り上がりを見せていた。

 

「手ェ上げたな! 跳ねてんな!! なら次だ、声張り上げなァ!!」

『あい! あい! あい! いぇーい!!』

「OK、最高のクラウドたちだ! そのテンションに最高の一撃をくれてやるよ!!」

 

 次の瞬間、鳴っていた音が止まる。

 

「ラストは音デカ行くぞォ!!!」

 

 彼女が叫んで、なにかが爆発したような重低音が響き渡った。

 

 観客が絶叫する。喜び混じりのその叫びと爆音の重低音に、ライブを特等席で見ていた私は思わず耳を塞ぎかけた。

 

「みんなも声出せェ……!」

『GO FIGHT!!』

 

 今までのメロディアスな曲調とは一変した、凄まじく重い低音と劈くような高音。まさしく、『音デカ』なのだろう。

 

 理解は、できそうにない。

 

 

 

「あー楽しかった、JOEも久々に流すことが出来たし満足だよ……先生も無理して付き合う必要は無いと事前に言った通りだったろう? あの音は初心者にはちょいとばかり厳しかったはずだ」

「そうだけど、まあ、ひとりにはできなかったから」

「悪いね……せっかくだしまあ夜飯くらいは食べていこうじゃないか。この場は私が全持ちさ」

「体裁的には君は生徒だし奢らせて欲しいけど?」

「実際は私も大人だしねぇ、ここはドンと任せて欲しいねぇ」

 

 ということで連れてこられたのは1軒のラーメン屋だった。

 

「ここは?」

「柴関ラーメンってアビドスにあんのは知ってるか?」

「うん。私も何回か足を運んだことがあるよ……美味しいよね、アレ」

「あぁ。で、そこの店主に弟子入りしてたヤツが1人前になって店出したのがここらしい。師匠が濃厚醤油豚骨だったが弟子は塩つけ麺をメインに出してるらしくてな、また最高なんだこれが」

 

 入店。カウンター席に2人で横並びに座り、メニューを開くことも無く彼女はやっぱり犬の店主に呼びかける。ポメラニアンかな、この犬種は……? 

 

「店主! 注文を!」

「おう嬢さん、また来てくれたんかいな! おおきにおおきに、いつものかい?」

「あぁ、塩つけ麺濃厚、男盛で頼む。彼には同じ物の大盛を」

「あぁ顔見て分かった! 嬢さんに男出来たんかと思っとったけどシャーレの先生かいな、先生さん大盛りは麺量ゆで前400gでやらせてもらってます、どないしましょ?」

「それで大丈夫です、お願いします」

「年頃の男向けに麺量ゆで前660gの男盛でもええんとちゃいますか?」

「いやぁ、最近は私も胃が小さくなってはいますから。とりあえず大盛りでお願いします」

「おっと失礼、じゃ大と男ひとつずつね! すぐ出来まっからね!」

 

 テキパキと動き、盛り付け、麺を茹で……かくして目の前に現れたつけ麺塩濃厚。

 

「これが美味いんだよ。さあすすろうじゃないか、さぁ、さあ!」

「うん、いただくよ……まずは麺から失礼して」

 

 ちゅるり、と1本だけすすってみる。中太麺だ。柴関流の手打ちの独自製法の麺はコシが強く食感が強い。麺とスープがよく絡む麺。

 

 続いて、つけ汁につけて啜り上げると、濃厚な塩と豚骨の旨みの暴力が広がる。柴関とは全く異なる塩のつけ麺が、ここまで柴関を感じさせる味わいになるものかと思わず目を見開いた。

 

「うん、これは美味しいね……!」

「ずるっ……うん、やっぱ安定して旨いなこの店……というか、また腕を上げたか? 店主」

「お、嬢さんにそう言われると嬉しいねぇ」

 

 勢いよくすすり続ける私とリイザ。もちろん、私の方がギリギリとはいえ先に麺が無くなる。それでもリイザも私の麺完食から1分以内に麺をすすりきると、店主にこう声をかけた。

 

「店主! 中ライスをこのつけ汁をスープで割ったものにチーズを載せてくれるか?」

「お、リイザスペシャルだな! ちと待ってな……っと先生はどうする?」

「うん、私も小ライスでいただこうかな。お願いします」

 

 2人の前に出てきたのは、豪快な料理。割りスープが済んだつけ汁に米をぶち込み、上にチーズを載せて炙ったそれを、2人して言葉なく無言でかきこむ。

 

 美味い。濃厚な味わいがより一層強化され、しかし何故かくどくない。素晴らしい暴力に目を細める。これはもう犯罪だろう、と思う気持ちを抑えて完食した。

 

「ぷぁ……あー、旨かった……最高だな、これ。先生はどうだった?」

「いや、本当に美味しかったよ。ありがとうリイザ」

「はは、そりゃ何より。身体を大事にしろっつったあとに食わせるもんでも無いが……ま、美味けりゃ正義だな!」

 

 次の日、笑いながら女と男でシャーレに戻っていく姿を目撃されていたのでとんでもないことになった。リイザが暴走したミカにまたもあの投げ技をぶち込んで鎮圧していたのが印象的だった、とだけ言っておこうかな……

 

 




JOE FIGHTは、いいぞ。
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