【完結】あの人が出ていって早十数年経ちましたが子供は今日も「地上最強になるのは俺だ!」と元気に戦っています。 作:SUN'S
ある日の深夜────。
私はいつものように日課のジョギングと全力疾走を繰り返していた日だ。あの人はいきなり私の目の前に現れた。黒のタンクトップにビーチサンダル、カーゴパンツといったラフな服装とは裏腹に異常なほど膨張し隆起した分厚い胸板、私の胴回りを遥かに越えた腕、どれだけ鍛えようと本能的に『雌』だと自覚させる。
彼は『雄』その物だった。
「お前を喰らいに来たッッッ」
たった、その一言で私の中にあった『武道家』としての矜持は呆気なく崩れ去り、私は範馬勇次郎と愛し合ってしまった。まあ、私は昔から強い男の人は好きだったし、わりと顔も好みだった。
結局のところ私は彼が好きなのだ。
しかし、とはいってもだ。私と子供を作るだけ作って彼はまた出ていってしまったけれど。あの人の息子は今日も元気に不良や極道、マフィアを相手に暴れまわっている。
ほんとにそっくりなのだ。
「ただいま、母さん」
えぇ、おかえりなさい。
いつの間にか帰ってきていた息子に挨拶を返す。彼と同じように盛り上がった筋肉を包むには少しだけ大きさの足りない学生服を受け取り、力強く袖や襟を掴まれたせいで解れた制服を縫い直す。
この作業も慣れてしまえば楽しみの一つだ。息子の成長をしっかりと確認できるし、よりあの人に近付いてきたんだと嬉しさを感じる。だが、勉強を疎かにするのはやめてほしい。
「そうだ。また組み手してくれよ」
はあ、仕方ないわね。
私はそう呟きながら「よっしゃ!」と言って道場に向かって歩く息子を追い掛ける。とっくに私の背丈を越えている息子と組み手をするのは正直に言ってしまえば一苦労なのだ。
「スウゥーーーッ…!」
お互いに向かい合ってゆっくりと右手を下向き、左手を上向きにして「こ」を描くように開手で半身に構える。私が武道家になったのは元々はマンガやアニメの武術を再現しようと試みた結果だ。
そして、行き着いたのは「象形拳」だ。
マンガやアニメの武術を手本とした「空想拳」である。まあ、息子は強くなれるならそういうのはどうでもいいらしいので私も好きなだけ彼の身体の中に技術を詰め込んでいける。
「いえあっ!!」
熊手突き、あるいは掌底、もしくは体当たり、もしかしたら全てを複合しているとしか思えない動きで向かってきた息子の腕を捌き、そのまま外側に捻った左手で身体をずらし、片足を掬い上げて息子の突進力を利用して転ばせる。
ウ~ン、やっぱり力が強いわね。
突きを捌ききれずに手のひらでずらしたところが摩擦で焼けてヒリヒリする。そんなことを考えながら倒れたままブレイクダンスのように回転し、私の着物を蹴り裂く息子から二歩ほど後退する。
あれは覇生流"風神脚"と砂塵の障壁だ。私が教えてから一度も使っていなかったけど、中々に練り上がっている。これなら使うのも申し分ないわね。
「行くぜ、母さんッッ!!」
「えぇ、いらっしゃい」
私は息子の行った超低空タックルを片手で顎を押すように弾き上げた。ひた向きに直線を突き進んできたのは褒めてあげる……が、そういう御遊戯が通用するのは素人だけよ。
「母さん、痛てえよ…マジで」
それぐらいで泣き言はだめよ?
貴方は範馬勇次郎の息子十六原清舟なんだから。
〈
範馬勇次郎の息子。
十六原流空想拳の使い手。最近、高校生になったばかりだが範馬刃牙同様に知らぬものはいない不良の頂点に君臨する悪餓鬼であり、父・範馬勇次郎の偉業や逸話を聞き、それ以降は尊敬の念を抱き続けている。
〈十六原流空想拳〉
空想の象形拳。
マンガやアニメの武術を極限まで再現した流派であり、十六原清舟の母親の作り上げたマンガやアニメの生まれる限り永遠に進化を続ける。また、十六原清舟と彼の母親しか使い手はいない。