魂の子   作:aly

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オリジナル回はさみます。



不知火フリルの無理難題

 恋愛リアリティショー『今からガチ恋はじめます』は世間一般に社会問題を提起することになったが概ね好意的な印象で終わった。

 芸能関係ではどうだろう。出演者のビジュアルや技能などがチェックされ、それぞれに何かしらの影響を与えることになった。たとえばメムは星野アクアが所属するB小町に加わることになったし、アクアにも次のオファーが来ているという。

 俺にとってもいくつかの変化があった。まずはユーチューブのチャンネル登録者が増加したことだ。その層も今までとは異なることがコメントから様子が窺える。

 次に学校生活での変化がある。まずはメムに振られたシーンをニヤつきながら見せ、いつもの三割増しで絡んでくる有馬はいいとして。クラスの連中からユーチューブについての質問をされることが増えた。若手芸能人の主なSNSはツイッターやインスタではあるが、ユーチューブを利用しているやつもいる。メムとのユーチューブ談義の影響で、彼らからアドバイスを求められるようになった。しがないYoutuberが陽の目を浴びることになって、正直困惑している。

 あとはこいつ、不知火フリルだ。

 

「良い仕事、だったわ」

 

 爽やかで心地よい風をバックに微笑む彼女。誰が切り取っても最高の絵になるだろう。手元にメムの画像がなければ。

 

「私のお願いを超える結果。もしかして私のこと好き?」

「違うそういうのじゃない。ただ番組の演出上仕方なくそうなっただけだ」

『~~♪♪』

「無言でその音楽を流すな。俺のギターに変な意味を持たせるな」

 

 多忙を極める不知火フリルと校内で出くわすのは難しい。芸能科の同級生だけの特権だろう。それでも彼女と積極的に会話できるのは一握りの人間だけだ。俺も偶然星野妹との件で面識を持つことになったが、それが最初で最後だろうと思っていた。

 ところがだ。今ガチの放送が終わった翌日。さて昼飯でも食べようかと鞄に手をかけたときに彼女は現れた。

 

「森本薫翡翠先輩に会いにきました」

 

 教室前方の扉が開いた途端にざわめきが生まれる。芸能科でこういうのは珍しい。二年生ともなればある程度慣れているから余計にだ。俺は特に気にせずにコンビニ袋を取り出そうとして、名前を呼ばれたことに気がついた。

 

「ちょ、ちょちょちょちょーい!! なんで不知火フリルがあんたを名指して呼ぶのよ!?」

「俺にも何がなんだかさっぱりなんだが」

「とにかく彼女に変なスキャンダルができるようなことすんじゃないわよ!?」

「俺側が原因だと決めつけられていることに納得がいかない」

 

 有馬に背を押されて教室から放り出される。勢いよく閉められる扉。

 

「締め出されちゃった。お昼ご飯、どこで食べる? あ、それとも私?」

「……中庭のベンチでいいだろ」

「いきなり外はちょっと」

 

 というのが彼女に連れ出されるまでのわずか5分あまりの出来事である。

 

「それで? まさかメムの件のためだけに来たってわけじゃないだろ?」

「MEMちょの乙女顔はわざわざ上級生の教室に足を運ぶだけの価値はある。白米三杯いけたから、ちょっとカロリー消費しないといけなかったし」

「おい」

 

 こんなに掴みどころのない女は初めてだ。アイもたいがいだが、面倒くささは不知火フリルが遥かに上を行く。

 

「バランスって大事よ。だから今回のは供給過多。報酬は正当に払わなきゃ推しへの冒涜だと思う」

「ふむ。さっぱり分からん」

「そう? じゃあ率直に言うわ。お礼がしたい。具体的には音楽のお仕事のオファー」

 

 焼きそばパンを口へ運ぶ手が止まる。

 忘れていたが不知火フリルはマルチタレントだ。役者だけじゃない。モデル、MC、ロケのリポーターと何でもこなす。その一つに歌手がある。

 

「今度水10のドラマで主人公を演じることになった。その主題歌を歌うんだよね」

「さすがだな」

「ありがとう。私はロックバンドのボーカル役なのだけれど、その曲が主題歌として使われるの。そのサポートギターをしてほしい」

 

 不知火フリルの楽曲はバラードや明るくアップテンポなポップスが多い。これは彼女の清楚なイメージが要因だろう。

 しかしギターというのは多くのジャンルに参加している。贔屓のサポートもいるだろう。

 

「勘ぐってる?」

「わりと」

「だからこれは報酬。それに私、MEMちょに送った即興は結構好きよ」

 

 ぐっ。演技でもない真顔の好きの破壊力たるや、今ガチのどの告白もおままごとに見えてしまう。

 

「もちろん動画もよかった。あのBGMもあなたでしょ? だから事務所に話をしたら特に問題なく許可を得られた。あとはあなたが頷くだけ。私と、演らないか?」

「……いきなり台無しにするのは止めてくれ」

「ちょっと冷静になれたでしょ?」

「お陰様で。よし、やる。事務所に話を通しといてくれ」

 

 不知火フリルが所属する事務所はかなり仕事ができるらしい。翌日のうちに事務所にドラマ、楽曲、MVの企画書が送られてきた。

 

「ヒスイくん。君どんな魔法を使ったんだ!?」

「たぶん不知火フリルのことですよね? いや、俺もよくわからないうちにサポートやらないかって話になって」

「違う違う。いや、それもすごいんだけど、君MVまでオファー来てるよ!」

 

 それはあれですね。不知火フリルによるちょっとお茶目なアバダケダブラです。

 昨日の話では聞いていなかったけど、演奏シーンが映像化されるなら喜ぶべきだろう。バンドボーカル役だと言ってたから、その後ろに写り込む程度だろうけどゼロと1では途方もない差がある。

 

「とりえあずギター磨いときます」

 

 

☆★☆★☆★

 

 

「あっあっ……」

 

 どうして、どうして。俺の脳内を駆け巡るのは疑問符の嵐。時々舌をぺろっと出した不知火フリルも流れていくのはご愛嬌だ。ついに脳内まで浸食されてしまったか。

 あれからすぐに楽曲のデモが送られてきた。仮歌の段階で既にいろいろ上手いのはさすが大手というところか。いい人材を使っている。2、3回弾けば曲そのものは覚えた。あとはドラマの内容に寄せて表現をアレンジ。最終的には不知火フリルの歌を聴いてからの調整ということになるだろう。

 収録までに一度合わせを行った。やはり不知火フリルは凄まじいということを再認識させられた。ミュージシャンとしては上の下というくらいの歌唱力。しかし彼女はそれでいい。マルチタレントとして活動していく上で何かの能力に寄りすぎてしまうのはよくない。しかし全ての才能が等しく高く、大衆が期待する不知火フリル像を維持したまま高い水準を見せつけてくる。

 爽やかに、しかし暴力的に若さを存分に込めて叫ぶロック。顎を伝って落ちる汗すら美しく、歌い上げた彼女の表情は清楚な不知火フリルの一側面として視聴者に驚きと充足感を与えるだろう。

 

「どう?」

 

 水を飲みながら近づいてくる。「私の歌はどう?」と「どう、ついてこれる?」のどちらの意味とも取れる曖昧さ。

 

「次も同じことが言えたらいいな」

「うわあ。ロック~」

 

 で、2度目。入りは軽やかに。複雑な背景を持つ登場人物たちが奏でるバンドに合わせて大人しめに弦をかき鳴らす。サビに向かって熱が入る不知火フリルは歌唱力を成長させていく。それに合わせてダイナミックかつ繊細に歩調を一歩後ろで合わせ、間奏のソロでちょっとだけ主張してやる。どうだ不知火フリル、ってな。

 

「驚いた。これが森本ヒスイ……」

「いつものフルネーム取れてるぞ。というか普段からそう呼んでくれるとマジ助かるんだが」

「あなた、今ガチのときは本気じゃなかった? 違う。即興だから才能を測れなかったのかな。たった一回私を知っただけで完璧に合わせてきた。これじゃ報酬にならない。お釣りが必要なレベル」

 

 どんなもんだ。俺は器用なのさ。あと賢い。人の心情を汲んで寄り添うのは得意だ。経験が物を言う。音楽に対しては神様がくれた才能とでもいうのかもしれない。しかし努力はしてきたからそれだけじゃない。

 

「これはMVのほうも楽しみ。これ、台本だから」

「だい、ほん……?」

「ドラマ仕立てなの。あなた、役者もできるんでしょ?」

 

 そして俺の脳内に不知火フリルと疑問符が降り注いだ。

 今回のドラマは不知火フリルがバンドを組んで成功を収めるというわりと王道な展開だ。主人公はかつて天才チェリストだったが事故で指が上手く動かせなくなって表舞台から姿を消す。自棄になって楽器を破壊していたところ、ちょうどテレビからはギターをぶっ壊すロックバンドのワンシーンが流れていて、自分を満たす爽快感と画面内の熱狂からロックを志すというなんだそりゃという展開である。

 メンバーも変人ばかりで、ジャズピアニストだったが未成年飲酒で世話になっているバーを出禁になったやつ。過去のトラウマで人前で演奏できない覆面トランぺッター。太鼓の達人のスコアだけで主人公につきまとうドラマー。

 地獄みたいな面子だがジャズピアニストがリードギター担当なのだ。つまり俺。

 

「分かっているとは思うけど、ジャズらしい体で演技して。あなた、ジャズは聴く?」

「一応。有名どころのビル・エヴァンスとかオスカー・ピーターソンはな」

「そんな感じで」

 

 ということでジャズバーでの撮影である。曲そのものにジャズピアノはないので、あくまでドラマに合わせたイメージ映像を撮る。しかしさすが有名人は違う。実際にピアノの音が用意されている。演奏するのはプロの奏者で、俺が映るシーンは手首から先は映らない。音楽ドラマあるあるだ。

 カチンコの後に録音された楽曲が流れ出す。譜面も目の前にあるので手の運びは分かる。リズムに合わせて身体を揺らし、腕を動かす。これでも子役あがりなんだ。やってやるさ。

 

「はぁ……」

 

 で、探し集められた俺の映像を見返して、不知火フリルは半目で俺を見つめていた。

 

「なに、この引きつった表情。これリテイク確実ぅー」

「分かってるよそれくらい。ブランクがだな」

「本当にブランクが原因だと思ってる?」

 

 彼女に見つめられると、まるで心の中を覗かれているような気になる。

 俺が役者を始めたのは偶然だ。たまたまキッズモデルとしてスカウトを受け、その流れで演技も行った。子供にそこまで複雑な演技は求められない。元気に笑って、寂しさや悲しさを表現できて、泣ければ最高。正直泣くのは苦手だったが、それでも一応俺にも務まった。だがそれ以降はダメだった。

 

「たしかに音と身体の動きは合ってる。でも表情からは熱量を感じない。いえ、動きそのものにも感情が見えない。まるでシンバルを叩くおサルさん」

「ぐうの音も出ない」

 

 実際チェックした映像を見ても、不知火フリルのMVにふさわしいとは口が裂けても言えない。中学生の弾いてみた動画の方がまだ感情が乗ってそうだ。

 

「やっぱ実際に演らないとノらないんだよなぁ」

「え、森本薫翡翠先輩ってピアノ弾けるの?」

「まぁな。どんな楽器でもある程度は対応できる自信はある」

「ふーん。じゃ、やってみる?」

 

 テイク2。今度は音源の音を絞ってもらって椅子に座る。

 

『One, Two...One, Two, Three...』

 

 一呼吸置いて一音目を奏でる。タン、と高い音色が静かに染み渡る。続いて右手を流れるように弾いて歓談する客の注目を集めるイントロ。そして遅れて寄り添うリズム。スローに、ドラマティックに変化を加えながらリフレインするフレーズ。

 客がまたそれぞれの世界に戻っていく。シェイカーを振る音やグラスを置く音。に紛れてアドリブで遊びを入れながら時間を楽しむ。あくまでも脇役で。しかし主役は俺。ロックだけが俺の全てと思うなよ。そう思って弾いてるんだからこれもきっとある意味ロックかもしれない。

 

「お疲れ様」

 

 撮影は確認するまでもなくオーケーだった。予想を超えてノりきれたおかげか、演奏シーンはそのまま俺の運指や引きの映像も使用されることになった。あとはバンド全員での演奏シーンが俺の登場シーンの全てだ。

 

「森本薫翡翠先輩。あなた、音楽の才能に特化しちゃったのね。他はどこかに置き忘れてきた?」

 

 それはどこだろう。前世か、あの世か、もしくは母体か。

 どこだっていい。この才能で後悔しない今を生きることができれば、それって最高じゃないか。




原作登場人物が不知火フリルさんだけ、という構成。
プロット段階では女子高生バンドだったんですが、フリルにきらら感がないのでのだめや日テレのリバーサルオーケストラのようなドラマに変更しました。

音楽系の作品って映像が一番分かりやすいですが、漫画と小説だと小説のほうが向いているなと書いてて思いました。響け!ユーフォニアムはまさに小説から映像化したので最高の展開だと思います。アンコン観に行かないと!
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