アニメ1期分まで完成です。
これは二人のドルオタによるサクセス育成ハートフルストーリーである。
星野アクアは苦境に立たされていた。B小町のメンバーが三人になり、活動を開始。自己紹介動画やコラボ動画などから始まったものが、人気Youtuberが参加したことにより一気に認知度が広まった。企画動画はメムの手腕により洗練され、駆け出しアイドルとしての実績を積んでいる。
しかしそうなってくると、懸念されるのは妹のルビーである。母の遺言を原動力に突き進む彼女は、一刻も早くステージに立つことを願っている。ダンススタジオを借りてレッスンを行い始めたり、社長ミヤコに新楽曲の進捗を頻繁に尋ねるようになった。
この熱を加速させたのは俺が加入を促したメムである。苺プロのB小町という立場を利用して、過去の楽曲をそのまま使えることに気づいた彼女はこれを習熟することであるライブに挑むことを提案した。
ジャパンアイドルフェスティバル。駆け出しアイドルには分不相応で時期尚早なイベントだが、投資のスペシャリストである鏑木Pに目をつけられたのが失策だった。メムを通して既にルビーにイベントのことは伝えられており、彼女とメムはやる気十分といった様子。有馬の様子がおかしいのは気にかかったが、それでも彼女たちはイベントに向かって突き進んでいくだろう。
ダンスレッスンの合間、レッスン室から出てきた彼女に水を渡す。口も態度も悪いやつだが、明確な拒絶反応をぶつけられたのは初めてのことだった。いや、子役のとき以来だろうか。
だから俺は奇策を用いる必要があった。
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「あはははは。お前マジか。それで有馬たちの前に出るつもりなのか。正気か?」
「ああ。今の有馬に俺の声は届かない。だからこうするのが一番効果的だ」
苺プロの一室。B小町がレッスンを行っている傍らで、俺はひよこ頭のジャージ野郎を見て胃が捻じれるかと思った。
事の発端は学校の教室。いつもより遅れてやってきた有馬が妙に疲れた顔をしていたのが気になって声をかけたことにある。
「どうした有馬。減量か?」
「違うわよ。ってか私太ってなんていないんですけど。プロなのよ? そんなもの必要ないくらい徹底的に管理してるわよ」
「そうか? でもお前寝不足だろ? 化粧の乗りがいつもより悪いし。あとたんぱく質が足りてないな。髪の艶がいつもより悪い」
有馬が無駄な夜更かしをするとは思えない。となると早起きして何かをしている。たんぱく質が不足しているのは最近運動を始めたが食生活を合わせていないからだろう。
(え、何コイツ。私のこと見すぎじゃない? っていうか私としては疲労しか感じてなかったのに、それ以上の細かい変化に気づいてる。もしかしてこいつ、私のこと好きなんじゃ?)
きっとアイドル活動の一環なんだろう。早朝トレーニングか。しかし無茶をしすぎじゃないか。アクアは何をやってるんだ。そもそも彼女たちは誰かの指導を受けているのか?
「頑張るのはいいが、無茶はするなよ。アイドルはパフォーマンスだけじゃないんだ。お前のビジュアルが落ちたら意味ないだろ」
「分かってるわよ。でも、他の二人はドルオタ。私はスタートからして遅れてるのよ。だったら努力するしかないじゃない」
「とにかく食事メニューは変えろ。お前のとこにぴえヨンさんがいるだろ。相談してみろよ」
(こいつってそういえばフリーだっけ? メムに告白したのも演出だし。アクアのクソボケに爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。っていうかヒスイってこんなに人のことを見てるやつだったっけ? もっと自分中心だったような。もしかして私だけ特別? うそ、え? アリ? ナシ? どっちなのーーー!?)
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ジャパンアイドルフェスまで一週間になった。参考にしているのは過去のB小町の映像だけ。有馬は基礎トレーニングを積んでいるようだが、三人の力量はまだ最低限フェスに出演するレベルまで届いていない。
ルビーにいきなり躓いてほしくはない。それは勧誘した二人にしても同じだった。俺はスマホを取り出し、起死回生の奇策に打って出ることにした。
で、目の前には爆笑のあまり呼吸困難に陥っている馬鹿がいる。
「アクア、お前本気でそれでダンスレッスンやるのか? 酸素大丈夫か?」
「なんとかする。声も一応真似はできるし、指導はぴえヨンさんに動画を送ってメニューをもらう予定だ」
「まぁお前がそれでいいなら、俺は何も言わないけど」
俺が連絡を取ったのは二人。一人は苺プロ所属のぴえヨンさん。元ダンサーで振付師。顔をかぶり物で隠しているから変装しやすいという利点もある。プロの指導を間接的に施すことでB小町のパフォーマンスを一気に引き上げることが目的だ。
もう一人は森本ヒスイ。ミュージシャンとしての実力は確かだから、こいつにはボーカルトレーニングを依頼した。もちろん彼の背後関係を調査するにはある程度の交友関係を維持し続けることは必要だという理由もある。
「午前に体力トレーニングとダンスレッスン。午後からはボーカルトレーニング。その後合わせで進捗確認だ」
「オッケー。じゃ、俺は教材の用意して待ってるから。さすがに声が出せないほどしごくなよ?」
「アイドルは体力が資本だ。こればかりはあいつら次第だからな」
一通りの打ち合わせをしてB小町の前に出る。メムがなぜか目を輝かせていたが俺はぴえヨンではない。
「メム。ぴえヨンさんを困らせるな。Youtuberとしての憧れは分かるが今はお前たちの講師だぞ」
「はっはっは。いいよ、ヒスイくん。信頼関係はレッスンの質を上げるからね」
「どうだかね」
俺が偽物であることを懸念して森本ヒスイが間に入る。しかしこれでも俺は役者だ。ぴえヨンさんからもらった情報も併せてぼろを出すつもりは一切ない。
「ヒスイ。あんたぴえヨンさんと随分親しげね?」
「あー。それはあれだ。あれ」
「実は彼には僕のテーマソングを作ってもらった経緯があってね。それ以来の仲なんだよ」
「マジで!?」
この情報には正直かなり驚いたが、ぴえヨンがまだYoutuberに転向したての頃、森本ヒスイの才能を感じ取ったぴえヨンが楽曲の依頼を打診したらしい。今の人気を考えれば、その判断は正解だったのだろう。森本ヒスイも運よく印税が入ってラッキーだったと言っていた。
「ヒスイくん。私たちに楽曲提供するつもりはない?」
「それナイス! ねえねえお願い。伝説のB小町の作曲家なんて後世に残っちゃうよー?」
「いや、いいっす」
B小町の作曲はほとんどある人物が手掛けている。そこに不純物が混じるとなれば、俺があやうくどうにかなりそうだった。こいつが断ってよかった。
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本格的なトレーニングが始まって2日は、昼休憩を挟んでもなお疲労で十分な発声ができていなかった。しかし慣れというのは恐ろしいもので、3日目には三人ともまともにレッスンを行えるようになった。最初の二日間で疲れた状態でのロングトーンとスケールを繰り替えさせたおかげで、疲労時の歌唱にもある程度対応できる。ここからは技術を磨く時間だ。
「有馬はさすがだな。地力が段違いだ。肺活量を増やせばダンスしながらの歌唱にも対応できるだろ」
「当然でしょ。へたうまと音痴とは違うのよ」
「だがテクニックは未熟だ。お前のことだからトレーナーをつけずに独学でやってたんだろ。さらにアイドルともなればダンスがある。ブレスのタイミングや力の抜き方を学べばさらに伸ばせる。今後の課題だな」
有馬の過去の楽曲は全て聴いた。事務所に所属していた時代にリリースしていたことだけはあって、曲や録音も悪くはない。ただ子役中心の事務所だったからか、あまりこの手の営業を知らなかったのがよくなかった。
俺も当時は家のことで役者業から、ひいては有馬とも距離があったから気づけなかった。今当時の有馬を見ていたらもっとうまくプロデュースできただろう。
ともかく、有馬に関しては俺よりもぴえヨンさんのトレーニングを中心にすべきだろう。
「メムと星野妹は基礎からだな。発声のメソッドからやるぞー。あ、有馬はパワーブリーズやっててくれ。明日からは水泳で肺活量と体力の両方を鍛えること」
「マジで言ってんの?」
「俺は音楽に妥協しない」
パワーブリーズとは肺活量を鍛えるトレーニング器具で、マラソン選手なども取り入れている。呼吸に負荷をかけられる優れたものだ。だが短期間で色々鍛えるには水泳、特に体力消耗も激しいクロールのブレスを制限するのが手っ取り早い。これはアクアに見てもらおう。
そうしてトレーニングをさらに一段階厳しくしたが、星野妹の音痴っぷりたるやそれでも追いつかないのではと思うほどのものだった。カラオケで50点を下回るなんてどうやってるんだ。
「よし、じゃあ今から音源をランダムに流す。同じ音程のものを神経衰弱みたいに当ててみろー」
「わぁ! ゲーム感覚で勉強するってやつだ!」
「そうだ。しかもお前用にチューンナップした特別製だ」
二人が帰ってからの時間、持ってきたノートPCを操作して音を流す。出てくるのは4拍のロングトーン。メトロノームに合わせて4拍再生して4拍休符。また別の音を流すというのを繰り返す。最初は2ペアだ。
「この声……」
「好きだろ? アイ。これは俺がアイの声を学習させて作った音源だ。人間は好きな物のほうが覚えやすいんだ。ほら、集中しろ」
かつて『アイドル』というレクイエムを作ったときの産物だが、今の星野妹にはちょうどいいだろう。アイに似せた声で2種類のロングトーンを流す。彼女は迷うなく正解した。数を増やしてとにかく耳を鍛える。自分の聞いている音がどんな音なのかを理解させる。それが終わったらアイの声とのハーモニーだ。ピアノで調律するよりもずっと効率がいい。
「ねえ、ヒスイ先輩。明日も居残り練習してくれる?」
「当たり前だ。お前は念入りに特訓しないといけないからな」
「うん。頑張る」
翌日はさらに高度にトレーニングを行う。メムと有馬が返ってから、俺は口を覆うマスク型のマイクを装着する。星野妹は爆笑していたが、俺の出した声で一発で静かになった。
「笑っちゃダメだよ。ルビー」
「……え?」
リアルタイムで声を変化させるソフトを使い、ボーカロイドでは再現不可能な丁寧な声の抑揚の再現を行う。俺の知るアイで、星野妹へ語りかける。
「ルビーちゃん、のほうがよかった?」
「あれ? えと……もしかしてヒスイ先輩が喋ってる?」
「そうだ」
バレてしまってはアイの物まねをしてもしょうがない。というか恥ずかしい。星野妹がなにやら膨れっ面になって俺に蹴りを入れてくる。
「痛って」
「もう! そういうことするなら先に言ってよ!」
「ん、悪かった。今日はこれで俺ことフェイクアイと一緒にメロディを覚える。ブレスの位置も本番に合わせて再現するからしっかり覚えるんだぞ」
「分かったから指示を出すときはアイの声はやめて」
「ごめんね☆」
また蹴られた。
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ジャパンアイドルフェス当日。そこには二人の漢の姿があった。
っていうか俺とアクアなんだけれども。三色のサイリウムを振り回す。というかなんでアマテラスなんだろう。
無表情で振りを続けるアクア。ちらりと覗く瞳が、ついてこれるかと俺を煽る。ついてこれるかだって? お前がついてこい。なんたって俺は元ドルヲタだぞこの野郎。
三人のパフォーマンスはしっかりとは見えないが、それは他のファンに譲ってやろう。
とにかく、俺にはヲタ芸を始める前に見た星野妹のあの姿で十分だ。観客を惹きつけてやまないあの瞳が、俺とアクアを捉える。お礼のつもりかウインクまでして……。
星野ルビー。君はもうアイドルだよ。
ここから原作は本格的にアイの仇を討とうとするアクアの面が強まりますね。
同時にこちらも変化をつけようかと思いますが、ちょっと更新速度が落ちるかと思います。
というのも脳内に2種類の展開がありまして、どちらを採用するか少し書いてから判断してみようかなと思っています。