もう少し後でもいいかな、と思ってたんですが文字数も少なかったのでさらりと書けてしまいました。書けたら投稿するしかない(自ら首を締めるスタイル)
「じいちゃんたちはさ」
高校の入学式を終えて、居間で一息ついた俺はふと思いついたことを口にした。
「どうして俺を受け入れてくれたんだ?」
「どうした藪から棒に」
晴れの日の保護者席に参加してくれたのは、両親ではなく祖父母だった。もちろん俺を預かると決めたときにそういう約束をしていたのは知っている。離れて電話をしていたが、木造家屋じゃ話はうっすらと聞こえるものだ。特に耳のいい俺には。爺ちゃんは俺が飛び出してきたことに激怒して、それから二度と子供の金に手をつけないことを約束させ、俺自身が許すまで芸能や公式の場で保護者として振舞うことを禁じたのだ。
「なんか、保護者席を見たらちょっと面白かったから」
「面白いとはなんだ。ちょっと気まずかったんだから気を遣え」
「そうだったんだ。ごめん」
やかんが甲高い音を鳴らす。重い腰を上げて台所へ行くと、急須に湯を注いだ爺ちゃんがのっそりと戸を足で乱暴に閉め、居間に戻ってくる。婆ちゃんが出かけてなけりゃ叱られているが今は俺と二人だ。賢い孫は黙っていてやることにする。
「お前、自分の名前の由来知ってるか?」
「そりゃ聞いたことはあるよ。こんな珍妙な名前だからな。でも母さんの説明はなんか要領を得ないんだよな」
「まぁそうだろうな。あいつの独断で決めた名前だ」
薫翡翠と書いてラベンダーヒスイ。キラキラネームというものが広まりつつあるとはいえ、漢字一文字に5文字もあてるなと言いたい。いや、翡翠というのも大概だ。かおると呼んで薫だとしてもイケメンにしか許されない。
最近は世界のセレブも変わった名前をつける人が増えているという話だし、俺が売れればそいつらの先駆けだ。
「俺の名前が晶でばあさんが珠子。結婚した頃に二人して宝石みたいだなぁなんて話してたんだ。だから娘が生まれたとき、その子には宝石の名前をつけようと考えた。今にしてみりゃ俺もお前の母さんの親だったってことだな」
からからと笑う爺はとんでもない祖父だった。しかしそんな祖父母から生まれた母の名は瑠璃子という。瑠璃といえばラピスラズリだ。たしかに宝石の名前ではあるが昭和の日本人らしいのは子という一文字が入っているからか。
「瑠璃子ってのはあの子の眼の色で決めたんだ。最初は輝子なんて名づけようかと思ったんだが、あの子の眼が深い青色に見えたんだ。まるで宇宙のようだと思った。そんで瑠璃色の子ってことで瑠璃子にした」
爺ちゃんって詩的だったんだな、なんて思いながら茶を飲む。そういうセンスが俺にも遺伝したのだろうか。いや、待て。遺伝したのはそれだけじゃない。名前まで遺伝してるんだった。
「その由来、母さんにも話した?」
「小学生のときにな。そういう授業があったんだ。ちゃーんと説明した。そしたらお前が出来たとき、やっぱり宝石の名前にしようってことになった」
ああ、そういうことだったのか。俺の瞳は淡い紫をしたグレーだ。瞳の色から名前を決めようとするとかなり選択肢は限られる。アメジストにならなくてよかったと思うべきなのか?
「お前、あやうく蒼って一文字でヴァイオレットサファイヤになるところだったんだぞ。考えたのは父親のほうだがな」
「ぶふっ」
口元を拭って、スマホを手に取る。ヴァイオレットサファイヤと検索すれば紫色の宝石が表示された。
「色が濃いってんで却下された」
「そんな理由!?」
「色合いとしては真珠が近かろうという話をしたが、それだとばあさん贔屓だろ? で、話はそこで膠着した」
いや、贔屓とか言われても。俺は真の文字で『まこと』とかそういうシンプルなのでよかったんだが。珠輝で『たまき』なんて方向でもよかった。
しかし母さんの説明ではこういう話は聞かなかった。母さんはたしか「突然思い浮かんだ。この名前しかないと思った」というようなことを言っていた気がする。
「で、みんなで一応候補を挙げて、その中から一つを瑠璃子が選ぶことになった。しかし役所から帰ってきたらお前は、ご存じの通り薫翡翠になっていたというわけだ。俺としては晶の文字を入れてほしかったんだがなぁ」
一気に話が飛んでしまった。というか役所に行く前の段階ですら決まってなかったのか。おそらく祖父母の候補なら晶か珠の字のついた子供になっていたのだろう。しかし母さんは突然降ってわいてきた候補を俺に名付けてしまった。無念である。
「お前の眼には色以外にも特徴がある。どうにも伝わらんやつがいるが、俺にも瑠璃子にも分かった」
眼と言われて婆ちゃんの手鏡を覗いてみる。
「右目に仄暗い灯が、左目に眩い輝きがうっすらある。宇宙に輝く星々のようだと俺は思った。照晶ってのが俺の候補だったんだ」
ううむ。言われてみればそういうふうに見えなくもない。しかし輝く星の双眸といえばアイを思い出す。彼女のそれは明白だった。見る者を惹きつけてやまない光。あまりの輝きに焼き尽くされそうになる。結局、それは自分自身を焼いてしまったのだが……。まぁ俺の瞳のこれはそんなもんじゃないだろう。身内びいきだ。
「とまぁそんなわけでだ。お前は俺にとっちゃ思い入れのある孫だったんだ。それにギターを担いでやってきたお前を見たとき、お前の名は間違ってなかったと思ったよ」
この名前が間違ってないとか正気か爺さん。鏡から視線を爺さんに移す。そこには遠い目をした横顔があって、ありありと過去を思い浮かべているようだった。
「知ってるか? 薫って字には人を感化するという意味がある。お前は音楽でそれをやってのけるだろうと孫馬鹿なりにそう思ったわけだ。瑠璃子も何か思うところがあって、紫じゃなくて薫の字を選んだのかもしれんな」
まもなく爺さんの言葉は真実となる。
それは俺がアイの声を使って曲を作ってから、転がる石のように。徐々に世界が広がっていく。
俺よりもずっと眩しい星の光を持つ二人を前に、俺の眼はずっと翳んで。それでも爺ちゃんの認めた才能を信じて進んで、俺は本物の星を目にした。
星野ルビー。星の子。
穏やかな日常の一コマだよ☆