冬が到来した。
ようやくすべての楽曲の制作を終え、現在は編曲の手直しを待っている。この手の作業は得意ではあるがプロとは引き出しの数が違う。
曲順をマネージャーにごり押しして俺の世界観を維持し、次はアルバムジャケットの撮影があるが、イケメンでもない俺の顔なんて写してもしょうがないと思うので、デザイナーに依頼している。
ようやく一息つけるのかと思ったが、相変わらず俺は営業巡業中である。秋アニメは終わったのにいつまで擦るんだと思ったが、サントラもうちの関連会社が手掛けているとあって、その販促とセットという扱いだ。ひどすぎる。
「森本ちゃーん。今日もよかったよ!」
「生演奏出囃子はもううちの定番だな。流れるように登場できる」
「音響までやってくれるし。今晩は俺たちの奢りだからな。宮崎って何が有名なんだろうな」
ぽちぽち、とスマホで検索を始める先輩芸人。どうせチキン南蛮が出てくるに違いない。安いし。美味いからいいんだけど。
「お、チキン南蛮だって。あっ、地鶏の炭火焼に浜焼き……森本ちゃんが成人してたら居酒屋に誘うんだけどなあ」
「じゃあお二人でどうぞ。俺にはまた今度東京でラーメンでも御馳走してください」
「そう? じゃあお言葉に甘えちゃおうっかなー」
喜びを隠さない様相でタクシーから降りて立ち去る彼らを見て、俺は傍にある駅を見上げた。
延岡駅。ここは宮崎県北部の沿岸部にある街だ。宮崎は山が多い土地なので、大きな都市は海沿いの平地に点々とある。九州そのものがそういう土地なので、反対の熊本県も沿岸部に都市がある。ここから西へ国道を行けば熊本市に辿り着ける。
「運転手さん。ここ、お願いします」
五ヶ瀬川の上流へと向かう。今回の営業の後はしばらくオフにしてもらっている。今晩の宿も今から向かう先に予約してあるのだ。
218号線をまっすぐに移動する。もう一か月くらい早ければ紅葉が望めただろうと思うと残念だ。
午前と午後の2回の営業を終えて15時。それから1時間くらいの移動をして、俺は高千穂の土地に辿り着いた。美しい景勝地なので宿はたくさんある。
高千穂町の面積に対して人の住む土地は狭い。広大な山脈があるので、その山間部にしか人は住めないのだ。そして大部分は中心部にある。宿はさらにその西部に密集している。どうせ疲れて寝るだけだからと、安いビジネスホテルを予約した。
荷物をベッドの脇に置いて、窓の脇に立つ。澄んだ空気が鼻腔を抜けていく。
「黄昏時か」
陽が西へ沈んでいく。山々の起伏に影を落として、一日に幕を下ろそうとしている。しかし間もなく空には新たな主役が現れる。ここの星空は東京よりもずっと美しい。アイもたしかそんなふうなことを言っていた。あらためて東京に住むようになって長いが、俺もそう思う。
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あまり長居はすまいとその病院に足を踏み入れた。東京よりも三、四度は寒いのは標高の都合だろう。最低気温は零度を下回ることもあるほどだ。午前の空気は肺を冷やす。
入口をくぐると懐かしい気がした。もちろん変わっているところは多い。働いている人は知らないし、テレビもブラウン管じゃなくなっている。消毒スプレーが常備されているのも今どきだ。
医師の名を確認したが知っている名前はない。看護師のほうにも当然彼女の名前はなかった。
「失礼。ここで昔働いていた医師について知りたいんです。産婦人科医で、お世話になったものですから」
「あら、そうなん? でもだいぶん前んことやかぃ記録も処分されちょるみたい」
収穫はなし。仕方なく屋上を目指す。途中で少女がいた病室を見たが別の入院患者がいるらしかった。
扉を開放する。かつてならタバコの一本でも吸っていただろう。しかし厳格な祖父母の教育でそういうのはやっていない。まだ若いんだ。わざわざ身体を傷つけることもないだろうと俺も同意している。
代わりに空気を思い切り吸い込み、雄大な自然を前に決意する。
きっと見つける。それは俺に残された数少ない未練の一つだからだ。今を生きる上で乗り越えなければならない真実。
「じゃあな。アイ。さりなちゃん。あと俺の古巣」
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雨宮吾郎という男性医師が失踪したことは幼少期から知っていた。病院に電話をかけたときにはまだ当時のことを知る人間がいたので、失踪のタイミングを知ることもできた。なぜ、という疑問はある。なぜ俺はアイの出産に立ち会わなかった。それとも、立ち会えなかったのか。
物事の謎はすべて物証によって解決される。証言も状況証拠も無意味だ。
用意してきた山岳装備で高千穂の山を歩く。このために関東の山で訓練を積んた。たとえ険しい山脈といえど過不足はない。
事故であれば遺体は比較的見つかりやすい場所にあるだろう。腐敗や動物による遺体の移動がなければ発見はできる。
しかし事件となれば隠蔽工作の可能性がある。埋められていたとすれば発見は困難だ。ましてや県外に移動されていればお手上げだ。それでも俺はそれを見つけられる不思議な自信があった。
捜索一日目。病院と自宅間近辺には遺体はない。動物による移動説を考慮して捜索範囲を広げる。
捜索二日目。地中に遺棄された可能性を視野に入れる。長年の自然環境の変化は地中のものを地表に露出される可能性がある。
さらに雨宮吾郎は眼鏡などの金属を身に着けていたので金属探知機を利用する。
捜索三日目。もしかしたら彼はアイの件でどこかに呼び出されて殺害された可能性がある。明日でオフは終わりだ。なんとしても今日見つけなければ。捜索に行き詰まった時は原点に帰るべきだ。俺は初日に捜索した場所を念入りに探す。しかし無常にも時は来てしまった。
「俺はなぜ死んだんだ? なぜその記憶がない?」
疲労困憊の脚を引きずり、日も沈んだ山を戻る。目印を用意していたので帰還に問題はない。
いくつめかの目印を見つけたとき、不意にカラスがそれを咥えて飛び立った。木の幹に縛り付けた紐を外すとは器用なやつ、とは言ってられない。俺は慌ててカラスを追いかけた。
かなり走った。カラスは葉の落ちた木々の隙間から見える高度で飛ぶので見失うことはなかった。遠目に見える病院で、自分がかなりスタート地点に近づいていることが分かる。
息を切らして走った末にカラスが羽を休めたところには、群れがたむろしてるところだった。そこへ別のカラスが飛んでくる。こいつも嘴に何かを咥えている。まったく厄介な習性だ。しかしもうあいつを追わなくても帰路にはつけるだろうと思ったとき、二羽目のカラスを追って誰かが走ってきた。
「あれは……」
カラスは祠の裏に飛び込む。人影もまたそれに続く。どうやら人が入れるだけの空洞があるようだった。
二人は出てこない。それにやけにカラスが喧しく鳴く。俺は嫌な予感がして駆け寄った。
(MVの撮影があるとは聞いていたがここだったなんて。それにどうしてあかねが一緒にいるんだ?)
祠の脇に手をかけて中を覗き込む。あかねがスマホのライトで照らしているおかげで、俺はそこに何があるのかを知る。
「違う……違うよ」
星野妹があかねの脇を通ってそれに近づいていく。一歩ずつ進むのを躊躇いながら、しかしどうしても止められないといった様子でそれの傍まで行き膝をついた。
彼女の前にあったのは白骨死体だった。白衣を着た男のものだ。死後経過を考えても綺麗だ、と何故か思った。そしてそれこそが俺の求めていた物である。
あかねを通り過ぎてそれを見下ろす。星野妹の視線は胸元のネームプレートに釘付けで、同封されていたキーホルダーを取り出そうと手を伸ばそうとするところであった。
その瞬間、かつての記憶がコマ送りで流れる。そして死の間際、彼女がくれた宝物のことが蘇る。
「触るな!!」
彼女を突き飛ばし、キーホルダーを胸に抱く。これだけは誰にも渡さない。これは俺の未練で贖罪だ。誰にも触れさせない。
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顔面蒼白で震えるヒスイ先輩を見て、突き飛ばされたことも忘れてこの人はどうしてこのキーホルダーを壊れそうな宝物のように扱うのだろうと思った。
レアグッズだから? 違う。そんな反応じゃない。きっと思い入れのあるものなんだ。私と同じように。
あれ。だけどあのキーホルダーに思い入れがあるのって――。
「せん、せ?」
何を言っているんだと思う。生まれかわりなんて私たち二人だけでも突拍子もないバカバカしいことだ。
それでも、それでも確かめられずにはいられない。
「私の最期の贈り物。そんなに大事にしてくれてたの?」
「え? あ? さりな、ちゃん?」
ぎゅっと手のひらの中にしまい込んだキーホルダーから視線を外さなかった先輩の顔がこっちへ向く。返事をしてくれた、という感じじゃない。思わず反応してしまったというふうに先輩も困惑しているみたいだった。
でも今、先輩は私の名前を呼んだ。誰も知らない前世の名前、さりなって呼んだ。
「せんせ、私アイドルになったよ」
「……知ってるよ」
「うん」
彼の顔は涙でぐしゃぐしゃだった。先生でも先輩でもない変な顔。いつもの先輩とは大違いだから、ああこれは現実なんだって思えた。
「ただいま、せんせ」
「ああ。おかえり。さりなちゃん」
その胸に飛び込む。
アイドルだって好きな人を抱きしめたっていいんだ。だってこれは前世からの運命なんだから。誰にも――止められない!
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雨宮吾郎。昨日アクアくんと訪れた民家の表札にあった名だ。
アクアくんは不思議な人だ。なぜか雨宮吾郎に詳しかった。知り合いと形容するには具体的で、そしてやけに抽象的。
今目の当たりにしている光景のなんて不合理なことだろう。ルビーちゃんは年の離れた好きな人がいて、どこにいるかも分からないんじゃなかったの? まるで今まで見えていなかったことが見えるようになったみたいだ。
そして、それは私にも言えることなんじゃないだろうか。アクアくんの異常な行動には実際には筋の通った根拠があって、私はそれを見るためのツールを手にしていない。ただそれだけのことなのかもしれない。
こんな非論理的なプロファイリングはいつもならしないだろう。だけど、そうだな。帰ったら調べてみよう。森本ヒスイ、雨宮吾郎、さりなと呼ばれた誰かについて。
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彼女たちはトラブルがあったにも関わらず、予定通りに翌日撮影を行った。俺も急遽帰る日を一日ずらして、その光景を見させてもらった。あと一泊したら彼女たちは帰るらしい。
俺は今日中に帰らなければならなかったので、一人荒立神社に寄る。高千穂は日本神話で天津神の邇邇芸命が降臨した土地で、祭神は猿田彦命と天鈿女命だ。後者は芸能の神なのでルビーちゃん(現世を生きる彼女のためにそう呼ぶことにした)にとって喜ばしい存在だろう。
できれば天岩戸にも案内してあげたかったが仕方がない。有名なエピソードだが、天鈿女命はここでも活躍する。踊りで天照大神の関心を誘ったって話だ。
「はぁ~。なんかここっていっぱい見どころがあったんだ」
「高千穂峡も綺麗だぞ。あと和牛もうまい」
「和牛!? 病院食にも出してくれればよかったのに」
「経営破綻するわ」
観光ができないと知った彼女にこの地の魅力を伝えたときの反応はこんな感じだ。まだ少し子供っぽいな。
名残惜しいがタクシーで町を去る。彼女とはまた東京で会えるのだから。
そのときサイドミラーに少女が映った気がした。
「感謝ぁ?。ふふっ……。言葉はいらないかな。ちゃんと役割を果たしてくれればね」
あかねさん相変わらず再現難しすぎる。心理学や哲学は得意じゃなくて。
なので彼女の分析の精度が至らないのは私のせいです。