魂の子   作:aly

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『The Adventure of the Blanched Soldier』
『The Adventure of the Beryl Coronet』
『The Adventure of the Bruce-Partington Plans』

 Sherlock Holmes said in those story.
 Obviously, Sir Arthur Ignatius Conan Doyle is the Author.


however improbable, must be the truth.

 胸が暖かい。だけど少し寂しい。

 今日は一日せんせが仕事を見ていてくれる。私がアイドルをしている姿をだ。

 いつかきっと私の前に来てくれると信じていた。それは思わぬ形になってしまったけど、現実はここにある。

 

「せんせ……」

 

 手のひらにアクリルの冷たい感触。君のものだからとこっそり持たせてくれたアイのキーホルダーだ。本当なら警察に渡さなければならないのだろう。でも、せんせは悪戯っ子みたいに笑ってポケットに仕舞いこんだ。

 

「いーけないんだーいけないんだー。それ、死体から抜き取ったやつでしょ?」

 

 子供? 幼稚園児のような言い回しに対して、まるで感情のこもっていない声。

 顔を上げると大きな襟が特徴的な黒いワンピースの少女がいた。目は笑っているようで、口元は勝気な印象を受ける。

 

「くすくす。でも仕方ないよね。大切な人と出会えて舞い上がっちゃったんだ。仕方ない。仕方ない」

「……え?」

 

 この子は今何て言った? 私とせんせのことを言ったの?

 少女は後ろ手を組んで私の周りをぐるりと回る。烏が彼女の周りを何羽も飛んでいてやけに不気味だ。

 

「でもそれでいいの?」

「何が」

「あのお医者さんね、昔アイドルが極秘出産したときの担当医だったんだって。だけどお医者さんが音信不通になったのは――アイドルが出産した日だったんだよ」

 

 せんせが死んだ日……。そうだ。警察も言ってたじゃないか。他殺だって。

 私が産まれた日にせんせは誰かに殺された。なんで? どうして?

 

「実はその日にね、怪しい男が二人いたんだって。一人は知ってるよね? 熱狂的な大学生くらいのファン。アイドルのアイを刺したストーカー。よっぽど愛してたんだろうねー」

 

 はあ、と少女がため息をつく。なんて悲しい結末なんだ、って表情で。でもすっごく嘘っぽい。

 さっきから表情や仕草はそれっぽいのに声のトーンがまるで合っていない。下手くそな演技を見せられているよう。

 

「二人目は? もう一人いるんでしょ」

 

 だけどそんなことはどうでもいい。死んだストーカーのことだって恨んで憎んで何度だって殺してやりたいくらいだけどどうでもいい。

 ゆっくり歩いていた少女が背後に回る。

 

「中学生くらいいのほう? さぁ……。それを探すのがあなたの役目じゃない?」

 

 はっとして振り向いた時には彼女はもうどこにもいなかった。

 それから一日かけて撮影をした。途中せんせ(他の人の前では相変わらず先輩と呼ぶ)とお喋りをしたけど、どうやらせんせは死ぬ間際のことを覚えていないらしい。殺されたということすら知らなかったそうだ。

 そう話すせんせの声には恨みみたいな感情はなかった。だってある意味他人事なんだもん。仕方ないよね。双子を取り上げられなかったことは残念だと言っていたけどせんせは前を向いて生きている。

 でもね、せんせ。私は許してないよ。だってあんなところに孤独に何年もいるなんて辛すぎるから。それにそいつはアイも殺している。だからせんせをそんな目に遭わせたやつを赦せるはずないよね?

 

「折角だからお願いしていこぉ?」

 

 メムちょの誘いで全員揃って神社でお参りする。

 手のひらを合わせて願う。

 

(私、聞いたんだ。アクアも芸能界で探してる人がいるんだって。それってアイツだよね?)

 

 だから――早くアクアが見つけ出してくれますように。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

 ある程度納得いくまで材料は揃った。

 まず、アクアくんとルビーちゃん、そしてヒスイくんに幼少期の面識はない。なぜならアクアくんたちの義母は事務所の社長で二人の里帰りをしている暇なんてなかった。これはアクアくんから聞き出したことだから間違いない。

 ヒスイくんのほうも裏を取った。幼児期はよく近郊への旅行はあったそうだが、それ以降ぱったりと止んでいる。彼の家出の経緯は本人が隠すそぶりもないので容易に分かった。彼の両親は身の回りの贅沢に支出に傾倒していたのは間違いない。

 矛盾が生じている。

 一つ。アクアくんと雨宮さんの関係。幼少期に宮崎で会ったことはない。そうなると鍵の件が不可解だ。

 二つ。ヒスイくんのキッズモデル時代の写真を見た限り今と大きな変化はない。ルビーちゃんが気づかないはずがない。

 三つ。雨宮さんが失踪後死亡までの間に三人に会ってた可能性は限りなく低い。アクアくんとヒスイくんはかなり幼い頃から聡明だったと幼稚園の関係者から確認が取れたが、幼すぎる。仮に雨宮さんが失踪後東京を訪れていたとしてもアクアくんはあんな話を聞かせる年齢じゃない。

 最後にルビーちゃんの「先生」という言葉。これが鍵になる。

 彼には悪いが両親とコンタクトを取った。

 一歳までは泣かない、寝ない、反応がないという知的障害の傾向あり。その後突然改善。 

 神童とも言える幼少期。抑圧された少年時代。解放されてからの奔放な性格。生来の面倒見のよさ。あまり人の提案を断らないのは少年時代の名残か。明らかに一歳を前後に異様な変化があるが説明はできない。

 

「あ、お待たせ。ヒスイくん」

「おう。でも俺でよかったのか? ルビーちゃんのほうがよかったんじゃ?」

「だって双子だもん。ルビーちゃんの分も用意しないといけないから」

 

 もうすぐ二人の誕生日がある。私はそれを口実にプレゼント選びのためと称して彼を呼び出した。足りないピースは本人から得ればいい。

 しばらくは真面目に買い物に興じる。実際プレゼントは必要だ。

 

「アクアくんは実用品がいいかな? でも共通の小物もいいよね。ちゃんと身に着けてくれるかな?」

「それは俺よりもあかねのほうが知ってるだろ。でも、そうだな。プライベートでなら身に着けるんじゃないか。仕事中はイメージを優先させるだろうから分からん」

 

 よく見ている。アクアくんとの共演は今ガチが最後。B小町関連で交流はあったみたいだけど、観察眼はある。

 

「じゃあこのクラゲの入ったネックレスがカワイイかも。色もちょうどアクアマリンだし」

「名前で弄んな。俺が言うんだから間違いない」

 

 三人は共通して宝石の名前がついている。色の名前ともとれる。ヒスイくんの場合は2つの色を足して変則的だけれど。

 アクアくんたちに関しては母親であるアイが名付けた。ヒスイくんも母親が名付けた。二人に接点はない。少し変わっているのはヒスイくんのお母さんの名づけの理由だ。唐突に名前が降りてきて、その名前をつけなければならないという衝動があったという。

 

「あ、妊婦さんだ」

「妊娠中期だな。ベンチ譲ってあげよう。ちょっと辛そうだ」

「あっ」

 

 彼はさっと女性に近寄っていき、手を引いてこちらまでやってくる。彼女の表情は実際少し青かった。

 

「貧血気味だな。息切れと疲労も見られる。朝ごはんはちゃんと食べました?」

「えっと……少しだけ」

「ちゃんと食べたほうがいいですよ。あかね、サプリかなんか持ってるか?」

「うん。ビタミン剤と鉄分ならあるよ」

「よし。水を買ってくるからそばにいてやってくれ」

 

 とても自然な流れだ。ヒスイくんは祖父母以外との親族から距離を置いているから、妊婦の知識はふつうの高校生なら得る機会はそうそうない。

 私と同年代の女の子でさえお腹の大きさを見て妊娠してどのくらいの期間なのかを即座に判別するのは難しい。特に彼女のようにまだお腹の膨らみが目立ち始めた頃ならなおさらだ。私だって自分で仕込んだ人でなければ、それが正解かどうか分からなかっただろう。

 そして最初のやりとりは完全に問診のそれだった。

 

「どうぞ。つわりが楽になって安心したんですよね。でも今は疲れやすいから気を付けてください。あと鉄分はしっかりとったほうがいいですよ」

 

 私から受け取ったサプリを手渡す。そのとき彼は屈みこんで女性に目線を合わせている。

 

「すごいなぁ。ヒスイくんは。さすが先生だね」

「別にふつうだろ?」

「そう? 私にはすごく慣れているように見えたな」

 

 女性が去ってから再びベンチに座って、さりげなく褒める。先生というワードはさらりと流されてしまったけど、その後の言葉で顕著に反応が現れた。

 瞬きの増加。視線の方向の変化。膝の上で組んだ手の指を組む。

 

「ふぅん」

 

 あ、脚を組んだ。身体が私と反対側を向く。分かりやすいほどに全て緊張や嘘を表す仕草だ。ヒスイくんの隠し事は今の会話に隠れている。事実は小説より奇なりってことなのかな。チェック。

 

「If the fact will not fit the theory – let the theory go.」

「なんだって?」

「アガサクリスティだよ。ポワロは読んだことある? ミス・マープルは?」

「いや、ない」

「そうなんだ。これはね、『事実が理論に合わないときは、理論を手放すことだ』っていう意味なの。アガサの言葉」

 

 結局のところ、事実を積み重ねていけば必ず真実に辿り着く。名探偵ポワロは言った。「不可能なことが起こるはずはないし、したがって、外見は不可能に見えても、それはかならず可能なのです」と。つまり私にとってはオカルトなことでも全ての不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙な事であっても、それが真実となる。あ、これはシャーロックホームズ。

 

「だからね、雨宮吾郎さん。ちょっと場所を変えて話をしない? 結構切実なんだよね」

 

 絶句というのはこういう表情なんだろう。すごくリアル。何かの演技に使えそうかも。




『そして誰もいなくなった』など舞台化されている名作もありますので、彼女が推理小説に詳しくてもおかしくはないでしょう。

オカルトにまで足を踏み入れた黒川あかね。
『霊媒探偵城塚翡翠』という小説がありますが探偵が翡翠なのも面白い皮肉。
ヒスイは容疑者か重要参考人です。はっはっは。

個人的に最近の本格推理小説の中では『剣崎比留子シリーズ』『裏染天馬シリーズ』と並んで好きです。おすすめ!
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