「せいぜい私の足を引っ張らないでよね」
俺の目前で高飛車な態度を取っているこの子は何なんだろう。いや、むしろ俺はなぜここにいるのか。
「顔は普通。演技歴はなし。脇役とはいえなんでこんなやつが私のドラマにキャスティングされたの? コネ? コネなの?」
俺が黙っているのをいいことに、彼女はぶつぶつと鋭い刃を助走をつけて投げつけてくる。ガンジーだってそんなことはしない。
さて、そろそろ衝撃から立ち直ったので彼女のことをおさらいしてみる。彼女は有馬かな。十秒で泣ける天才子役として世に出たすごい子だ。彼女の演技にはテレビ越しに感心していたものだ。たった今までは。
「コネとはちょっと違う。助演の広方さんのバーターだよ。あの人を引っ張ってくる代わりに俺に経験を積ませようって事務所の判断だ」
「コネじゃない!! そういうの、いけないんだから!」
一理ある。しかし監督やらプロデューサーやらの人間関係やいわゆるお気に入りで決まったわけではない。そこは区別して欲しい……がこんな幼い子には無理なんだろう。
「迷惑かけるかもしれないけど、いろいろ教えて欲しい。頼むよ」
「は? 嫌よ。学びたければ見て盗めば?」
いやなんだこの生意気なガキンチョは。
☆★☆★☆★
話は数か月前に遡る。
両親は失われた一年間を取り戻すかのように俺を連れて色々なところへ赴いた。近所の公園、お台場や二子玉川。鎌倉や草津。前世の経験からしてこの時期の記憶なんてほとんど残らない。それでも二人の幸せそうな笑顔を見ているだけでどうでもよくなった。
そんな日常のこと、母は少しお洒落をして代官山へと俺を連れて向かった。昔の友人と会う約束があるらしい。ようやく俺をお披露目できるとあって嬉しそうだった。
二人が歓談している間は暇だ。テレビもないのでラジオに耳を傾ける。洒落たJAZZがかかっている。どうせならB小町の曲を流してほしかった。
そんなときのことだ。若い大学生たちが隣の席に座って、JPOPの話をし始めた。片方はアイドル好きらしく、今をときめくアイドルグループについて語っている。残念ながら俺には興味のない話だ。意識から外そうとして、その単語が聞こえた。
「B小町がいたらな……」
アイが亡くなってからまだ一年。しかし芸能の世界ではもう一年だ。すでに風化されようとしていたアイの熱から、彼女もまた解放されていなかった。
思わず凝視してしまった。もちろん幼児の視線なんて彼女たちには何の意味もない。しばらくすると彼女たちの話題も別のものに変わっていく。結局、その程度のことなのかもしれない。そう思っていた、そのとき。
「あの、ちょっといいですか?」
スーツ姿の男。髪は短く切りそろえられて清潔感がある。どこから現れたのかと思えば大学生たちの向こうの席にノートパソコンが置きっぱなしになっているのが見えた。
「私、こういう者です」
名刺には芸能事務所と彼の名前が印字されていた。
「こちらのお子さんが目に入った時、不思議と目が離せなくなったんです。私にも上手く説明できませんが、何か人を惹きつける才能があるのかもしれません」
芸能事務所はそれなりに有名なところだった。しかし両親の遺伝子を考慮すると俺は将来間違いなくフツメンだ。なんなら現時点でフツメンだ。
しかし母たちは突然湧いて出た話に熱狂して、そして俺はあれよあれよと言う間にキッズモデルとかいうものになってしまった。
そして今に至る。
☆★☆★☆★
俺は孤児院の子供Cという役だ。この物語は孤児院から養子に迎え入れられた少女が、実は富豪の隠し子でそのサクセスストーリーという話だ。
有馬かなは主人公の幼少期を演じる。孤児院を離れる時や里親の元での苦労に涙するシーンがあり、彼女が抜擢された。
孤児院の子供Aは有馬の孤児院時代の親友で、序盤はこの二人で話が進む。ちなみに子供Bはいじめっ子役。対して俺は里親が見つからなくて喚き散らす子供という役柄。ときどき背景としても画面には映る。まったく、大した差だ。
正直なところ、俺にはそれでも過ぎた役だと思う。演技経験以前の問題で、芸歴だって子供服のウェブカタログに何度か採用された程度でしかない。
撮影は進む。
俺の登場シーンは1話の数シーン。有馬かな演じる主人公と同じ画面内で食事をしたり遊んだり、ときに彼女をからかったり。そういうシーンでは特筆した演技は求められずに、ただ子供らしくその場にあればいい。
俺が演技をするシーンはたった1カットだ。里親が決まったことを告げられて動揺と歓喜がないまぜになって立ち尽くす有馬かな。台本ではここに親友にどう接していけばいいのか葛藤する様がアテレコされる。そこに俺が現れるのだ。
「なんっっでだよ!」
彼女の背後で話を聞いてしまった少年こと俺は腹の空気を全て出し切る勢いで叫ぶ。有馬かなの肩が跳ねるのが見えた。
「なんで! お前! なんだよ!」
大股で近づく。恐々と振り向いた有馬かなの向こうにカメラがある。彼女越しに今、俺が撮られている。
「お前なんて一人じゃ何にもできないくせに! 俺のほうがチビたちの面倒も見てるし勉強だってしてるのに――どうして!」
☆★☆★☆★
あいつが大股で近づいてくる。
発声は素人だし活舌もふつう。怒りの表現だって怒鳴っているだけ。それだけ、なのに。
(なんだろう。不思議。どうしてか、目を離せない。この、星のような目から)
前のめりに突っ込んできたあいつがほとんど目の前にやってきたとき、ようやく施設の大人役の人たちに取り押さえられる。そうして私は彼が見えないように抱きしめられて、カメラは私とその大人のやり取りを捉える。
「気にしなくていいのよ。あの子もあなたも悪くないの」
「う、うん……」
「きっと明日には落ち着いてるから、だから新しい家族のところに行くまで仲良くしようね」
その日の撮影で、それ以降あいつをカメラが捉えることはなかった。
「かなちゃんお疲れさま。里親が決まったシーンよかったよ」
「お友達との別れのシーンの泣きっぷりもいつも通り、いやそれ以上だった!」
「ありがとうございます」
撮影が終わると、いつもどおり大人たちが私を褒めてくれる。だって私は天才子役だから。
(そうよ。私は特別。あいつに目を引かれたのなんてきっと気のせい)
でも――。
「あんた、やっぱりコネね。あの演技はなんなの?」
「は?」
私の足はあいつのところに向いていた。一応背景として最後まで参加していたから、まだ汗を拭いながら水を飲んでいるところだった。私があの演技のザマを指摘すると、馬鹿みたいな顔でこっちを見上げている。
「怒るのって難しいのよ。大声を出せばいいってものじゃないの」
「それは、そうだな。うん。俺には出来ていなかった」
「……なんだ。わかってるじゃない」
他の子ならかっとなって怒ってくるところなのに、こいつは素直に受け入れた。なんだか生意気だ。
「感情を乗せなきゃダメなの。私が十秒で泣けるのは悲しいって感情を乗せるのが天才的に上手だからなのよ」
「そうなんだ」
「だから怒るときも普段怒ったときのことを思い出してそれを声や動きに込めるのよ」
「難しそうだな。有馬はできるんだよな? すごいな」
「そうよ。最初からそう言ってるじゃない」
迎えのマネージャーが来るまで、私はなぜかこいつに活舌がどれほど致命的だったか。カメラをどう意識すればいいのか。基礎の基礎といえることを教えていた。
それから間もなく、こいつは子役として芸能界に姿を現し始めたのだった。あの不思議な目で画面越しに私の心を引きつけながら。
有馬かな。このとき既にアクアマリンとかいうふざけた名前の男にダメージを与えられている。それでもこの高飛車っぷりは才能では?
追記
ヒスイ(改名)のスカウトを有馬かな共演の一年前から数か月前に変更。
アイの死のタイミングと調整しました。