彼女について行くということは自白したも同然だ。
黒川あかねという人物が誰かを暴こうとしたとき、そこに障害はないものと考えたほうがいい。秘密主義で故人だったアイを再現した手腕を体感したからこそ分かる。
そして俺の名を告げた彼女の瞳が爛々と星の如き様相を示していたのだから、もう諦めるほかはないと考えるのは自然の流れだった。
「沈黙しているのは緊張しているから? 考え事かな?」
連行されたのは彼女の自宅だった。彼氏以外の男を連れ込むなっていうんだ。まったく笑えない冗談だ。
在宅していた母親には『今ガチ』の友達として快く迎えられた。もちろん、アクアのことで相談があるという建前を伝えた上の話だ。
壁一面に貼られた付箋には様々な情報が記載されている。俺の写真もある。じっくりと見てみたいところだが、彼女の問いに答えるほうが先だろう。
「戸惑い、が一番近い感情だと思う」
「どうやって」はこの壁を見れば一目瞭然だ。しかし「なぜ」については分からない。俺の前世を暴くことに労力を費やすことに何の意味がある。アクアの何かに役立つのか?
あいつは損な立ち回りをしながらも誰かを助けることが多い。いや、結果的に仕事につながっているから一時的な損失でそれを上回る利益を獲得するのが上手いというべきか。最近では東京ブレイドの演技で苦労していたと聞いたがそのことではないだろう。宮崎ではあかねと行動をともにしていたという。そこで何かあった?
「ふふ。考えてるね。やっぱりお医者さんだから賢いんだなぁ」
「お前、なんか今すごく嫌なやつになってるぞ」
「え、嘘。ごめんごめん。悪気はないよ? なんというか、すっごく不思議な体験をしているから関心しちゃって」
なるほど。たしかに前世がどうこうだなんて、あかねにとっては呑み込むのは相当気力が必要だっただろう。しかし先ほど引用していた言葉に従って、彼女は常識を捨てて事実だけを抽出して真実にたどり着いた。
まぁ俺にとっては躍起になって隠すことではない。ただ自分から言いふらすものではないというだけだ。ルビーちゃんの前世に辿り着いているかは不明だが、これは彼女の問題なので俺からは何のボロも出してやらない。
「俺から質問してもいいか?」
「うん」
「お前は謎を放置できないだけの探偵というわけじゃないだろう。答え合わせをしたかっただけでもないと思ってる。どうしてだ?」
「必要だから、だよ。私の周りには不思議なことがたくさんあった。それがすごく邪魔だったの。アクアくんを救うために」
アクアを救う。それはどういうことだろう。役者としての手助けではないと思う。最大のトラウマと思われるアイの死の影響のことを言っているのだとすれば、ルビーちゃんを除外しているのはどうしてだ。あかねなら二人まとめて助ける優しさがあると俺は思っている。
彼女の独白はなおも続く。
「アクアくんって芸能界に興味があるように見える? 演技は好きなんだと思うよ。けど執着するほどでもない。その理由はね、お母さんを殺した人に復讐するためなんだよ」
「お前……知ってたのか」
「ヒスイくんは担当医だったから当然知ってるよね。そう、ストーカーに刺殺されたアイドルのアイ。でもね、自殺したその人はただの実行犯。本当の犯人は別にいる。アクアくんには確信があってこの世界に入った」
アイを殺害した人物が二人? 一人が野放し?
「そしてその二人の殺人犯はね、あなたを殺した人でもあるんだよ。雨宮さん」
その記憶はない。
だが俺が殺されたという事実は間違いない。そしてあかねが断言するのなら裏付けも取れているのだろう。
彼女の視線が壁を向いている。それを辿ると、『病院に確認。当時在職していた看護師が不審者を二人発見』『大学生くらいの男と中学生くらいの男の子』という二枚の付箋がある。
「俺を殺した不審人物とアイを殺した人物が同一犯。つまり本命は俺ではなくアイだった。アイが出産して最も困る人物は事務所の社長……はそういう人じゃなかった。だとすると、二人の父親か?」
「うん。アクアくんから聞いた。芸能界に入ったのは父親を捜すためでDNA鑑定をいっぱいしたって」
「マジか……」
「結局、父親はもう死んでたってアクアくんは言ってた。でもね、その人はアクアくんの父親じゃない」
待て。情報量が多すぎる。実の父が実の母を殺した。その理由は子供を産んでは困るから。実際には二人が産まれてしばらくしてから再犯行に及んでいるので殺害失敗の恨みということか? 芸能界にいると確信したのはスキャンダルの危険性とアイの交友関係が理由か。
しかし大量のDNA鑑定とは何事か。あいつにはそれほどの妄執があるのか。
その結果アクア自身が死亡を認めた父親が偽物? ああ、父親が死んでいるのなら直接DNAを採取できたわけがないんだからその血縁者に遭遇したのか。しかもかなり近い血だ。それが間違っていたということは、子供か。そして二人の血は同一の起源を持つ。しかし死亡したとされた父親は生みの親ではなく、本人すら知らない真犯人の子。
「最近アクアが丸くなったのは復讐する相手を喪失したと思っているから。つまりあかねはアクアに真実を伝えていないんだな」
「そうだよ。だってアクアくんは優しいから、復讐なんて向いてないんだよ。幸せになってほしい。本当のアクアくんに戻ってもいいんじゃないかなって思うんだ」
「だからお前は黙っている。それは理解できた。だが俺にこのことを伝えた理由は?」
「共犯者になってもらおうかなって思ってる」
すごいワードが飛び出てきたことに少しばかり驚く。アクアが真相に辿り着かないサポートを頼むというのなら、そういうワードは出てこないだろう。
「俺に犯人を殺せってことか? 悪いが
「さすがに私はそんなこと人に頼まないよ!? ヒスイくんって私をなんだと思ってるの?」
今現在俺を軟禁しているやべーやつです。あと探偵の域を超えてシャーマンか何かに至ろうとしている超常者。
「アクアくんは無意識に真相を暴くことを恐れている。時間が彼を癒すまで刺激を与えちゃダメだと思うんだ。医大に行くことも考えているみたいだけど、もし芸能界に残るなら犯人に偶然遭遇することもあるわけじゃない? それは困るよね」
「なるほど。つまり犯人の特定はする。そこからアクアを遠ざける。その人員が欲しいのか」
「うん。ヒスイくんにもメリットのある話だよね? だってルビーちゃんはアイにそっくりなんだから、出会えば何かが起こるかもしれない」
アイは父親を社長に決して明かそうとしなかった。なぜ子供をもうけようとしたのか。彼女は家族に憧れがあると言っていた。しかしとびっきりの嘘つきの言うことだからそれだけが全てというわけでもないだろう。父親側はただアイの色香や嘘に惑わされただけか? 実行犯を別に擁するような殺人犯なんだ。何か思惑があっても驚きはしない。子供が安全とどうして言えようか。
「わかった。申し入れを受けよう、ホームズ」
「頼んだよ。ワトソン君」
さすがに犯罪に手を染めるというわけじゃないんだ。俺も芸能事務所に所属している身だ。それも結構手広いジャンルを手掛けているところだから、あかねの事務所や苺プロよりはずっと情報源は多い。
恋人というアプローチと、ルビーちゃんの友人という二つの立場からアクアを牽制する。
「ところで亡くなった時の記憶がないって本当? 大体どのくらいの時間?」
「それは俺にも分からない。アイの出産日に彼女を診察したのは覚えているが……そもそもまとめて50年近い人生を送ってるんだ。曖昧になってる記憶は山ほどある」
「そっかあ。じゃあ雨宮さんのときにアクアくんやルビーちゃんと面識はなかった?」
「記憶にはない」
むむむ。と眉間に皺をよせるあかね。ペンを顎にあててぐりぐりと押し当てている。跡が残っても知らんぞ。
しかしどうしてそういう疑問を抱いているのだろう。俺とルビーちゃんの様子を俺(白骨)の前で見たからだろうか。
「じゃあ今後のことだ。まずお前の家に来るのはこれが最後だ。アクアと付き合ってるならこういうのはやめとけ。記者にすっぱ抜かれたらどうするんだ」
「あっ」
「定期的に直接二人で会うのもなしだ。アクアはお前のスマホを確認したりするか?」
「必要があればする。私も拒むつもりはないよ」
アクア。お前なんてやつだ。シスコンの上にメンヘラ男なのか? それでいて他に
やはり男は顔なのか。顔がよくてミステリアスなやつがモテるのか。バンドマンがモテるなんて幻想だった。いや、そんな理由で音楽やってるわけじゃないんだけど。
「了解。じゃあ公衆電話で……は最近数が減ったしなぁって何を笑ってるんだよ」
「えとね、なんかヒスイくんって本当に昭和のおじさんなんだって実感して」
「おじさんはやめろ」
スマホを確認される可能性があるならデュアルSIMはダメだ。データ上に残るものは厳禁だ。アクアだけではなくその父親が何か感づいたときがヤバい。プリペイド携帯なら大丈夫か?
「よし。携帯を二台用意する。俺は常備するがあかねはトランクルームに保管すること。ロッカーサイズのがあるだろ。その鍵はアクアに見つかるなよ。俺から急な要件があるときは普段使いのスマホに1コール入れる。もちろん着信履歴はすぐに消すこと。そのときはすぐに携帯を回収して連絡をくれ」
「そうだね。アクアくんやルビーちゃんだけじゃなくて、父親のほうも警戒しないとだからそれくらい回りくどくていいのかも」
別にいつものスマホで暗号を仕込んでもいいのだが、アクアなら解けそうな気がしなくもないのが怖いところだ。あの兄妹は勘が鋭いんだよな。すごい見本がそばにいたから嘘に敏感なのかもしれない。
「よし。俺は帰る。まぁ何もないことを願ってる」
「そうだね」
「ところで俺の情報源に実家があるんだが? 君は何をやってるんだね?」
壁に張り出したメモに、うちの住所や両親の証言があるのは見逃さない。
とびっきりの
未来の新人女優賞受賞者に対して大根役者と言える男。