あかねによる協力申し込みからこの話はさすがに……と思った結果、急遽前話を差し込みMEMちょたちにギャグ空間を展開してもらいました。
「やったぞヒスイくん!」
電話に出るや否やボリューム全開のマネージャーに耳がきーんとする。くそ、イヤホンしてなきゃよかった。
「どうしました藪から棒に」
「君の低空飛行を続けていたアルバムについに陽の目が射したんだよ」
「あんた相当根に持ってるな」
2月にリリースしたアルバムは、アニメの件もあってか初週はそこそこの売り上げを出した。しかし内容がぶっ飛んでいたせいかその後は急速に下落。基本的にはネット方面で気に入った曲だけ単品で購入するユーザーが多く、売上予測を大きく下回った。
そもそもアルバムの内容がギターインスト、ピアノとギターの各弾き語り、ジャズピアノ、カホンインスト。三味線ボーカル。そしてロックバンド曲だ。実にカオス。当然マネージャーとしては少し絞ってほしかったらしいのだが多面性を出せと言ったのはあんただ。プレゼンテーターにアビ子先生を召喚して勝利したのは懐かしい思い出。
「で、何があったんです?」
「三味線の曲があっただろう? あれを使いたいって企業の広報から連絡があったんだ」
「マジか」
まぁ結構アップテンポな曲だから、間奏部分ならBGMとしては使いやすいだろう。
「しかもなんと! 誰もが知る飲料メーカーだ!」
「おお!!」
「これが確定したらこの曲のダウンロード数も伸びる。いや、他の曲にも注目が集まるかもしれない。というわけで、先方が君と話をしたいと言ってるんだけどいいよね?」
あれ、これってCM用にアレンジが必要なパターンか? いや、しかし今のままでは次のシングルを出させてくれるか分からないから行く選択肢しかない。
待ってろCM。最近着々とドラマに出演しているあかねに大きい顔をさせるのもこれで終わりだ。あとルビーちゃんの地方公演に行く資金もゲットだ。
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というのが先日のことで、現在俺はなんか高そうな料亭にいる。これが接待か。
うちの会社からはマネージャと俺、そして営業部門の人が出席している。相手側から来たのは広報と茶系飲料部門の営業だ。まぁ分かっていたころだがお茶のCM、具体的には初夏に発売予定のブレンド茶のCMへの楽曲利用が検討されている。
向こう側としては間奏部分をCMに合う長さにアレンジしてほしいということと、最後に商品名を和ロックな感じて入れてほしいということが条件だったので快諾。あとはうちの営業が他のアーティストも売り込む戦場となった。
「あなた、成功する人間の眼をしているわね」
酒を飲むわけにはいかないので、がっつかない程度に食事を楽しんでいると、唐突に広報の女性が呟いた。
「ありがとうございます。……初めて言われました」
「そうなの? じゃああなたの周りの人は見る目があまりないのかも」
隣にマネージャーがいるんだがなんてことを言うんだ。
そのマネージャーと向こうの営業さんが今回の話を詰めている中、彼女は先ほどまでうちの営業から猛烈な売込みをかけられていた。営業が電話で席を立ったタイミングで、ふと目が合った最初の言葉がこれだ。
40代くらいか。背筋も正しく伸びていて服装の乱れもない。ブラウスもしっかりクリーニングに出されたものを着用している。正座に慣れているようで、今まで足を崩そうとした様子もなかった。かなり仕事のできそうな人だ。
「芸能界にはそういう人がいるわ。撮影現場とかで直接会うと、すごく惹きこまれる目をしているの。例えるなら星の引力ね」
「星……ですか」
「ええ。今ガチを見ていたときね、あなたは使えそうだって思ったの。ああ、他にも売れそうな子はいたけど」
アクアとあかねのことだろうな。
星という表現は爺ちゃんを思い出す。爺ちゃんがそう表現してから、彼らの瞳の輝きはそうとしか見えなくなった。ルビーちゃんも含めて。
テレビを見ているとときどきふっとそういう眼差しを向ける演者がいるが、そう多くはない。
「そういうのって分かるものなんですか?」
「誰でもってわけじゃないわ。スルーしたのに売れていく人もいる。だけど分かる人は私以外にも同じ印象を受けたという人はいるわ。起業家やプロデューサー。現場のカメラマンなんかにもいる」
「人の資質を見抜く才能、みたいなものですか」
「あら。良い誉め言葉。さすが作詞作曲をこなすプロミュージシャン」
そういうつもりではなかったんだけれど、まぁリップサービスと捉えられたならいいことだ。
襖の向こうから廊下を人が歩いてくる音が聞こえる。これは営業のおっさんだろう。つまり会話は打ち切りということだ。
実のある話も聞けて旨い飯も食べた。稼ぎも得られて万々歳なり。
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曲を出した。ジャンルはジャズ。力強いボーカルと軽快なピアノを合わせた春の陽気さをイメージした曲と一転して夜のムーディな曲をしんみりと歌った。
昨今はなかなかCDが売れない時代になっている。はたして同級生で家にCDを持っているやつがどれほどいるだろう。前回のアルバムの失敗はそこにある。俺の曲はピーキーだ。しかし刺さる人には刺さる。さらに今回はジャズというジャンルなので馴染みのない世代もある。
そこで俺はサブスク配信とダウンロード販売のみで勝負をした。流れてきてなんかいいな、と思えば買ってもらう。内容そのものには自信はあるんだ。
翌月、間をおかずにソロのサックス曲とアコースティックギターのインストをさらに配信・販売した。今度は一切のボーカルを入れていない。また、四曲ともに俺一人で演奏していて、ミキシングで音も足していない。
俺本来の好む音楽のど真ん中ではない。しかしこれには狙いがあった。それは以前の接待の折に広報の女性が帰り際に言った一言に起因する。
「もし興味があるなら、
俺には以前から疑問だったことがある。アイはなぜ子供を産んだのか。彼女は家族愛を知りたかったと言った。
しかしそれには相手が必要だ。そのとき情愛は求めたのだろうか。二人が分かたれたのは情愛を体験し終えたからか?
また、当時15歳の少女を孕ませた男が何を考えていたのか。社長も知らなかったということだからいわゆる枕ではない。
ただのアイの美貌に惹かれたロリコンというケースもあるが、彼女の
才能を見抜く人間が集まる社交場がある。ならばそこにルビーちゃんたちの父親がいた可能性もある。
「でしたら相応しい楽曲を用意しますよ。マネージャーはこちらで説得しておくので近いうちにお願いしますね」
彼女にはそう伝えて、マネージャーにはスポンサーや業界人が集まるパーティーに行けるかもしれないとありのままを伝えた。
彼の中では営業として捉えられたことだろう。そのための布石として社交場に相応しい曲を世に送り出した。
これはメッセージだ。ほら、俺はどんどん曲を用意できますよ。こんなパターンも如何ですか、と。
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その日は突然訪れた。
近頃ルビーちゃんがバラエティ番組で危なっかしい行動ばかりしているので俺も焦りを覚えてきた頃のことだ。早くアイのように売れたいと聞いたが、それでもユニットメンバーを置き去りにするようなところまでアイを見習ってほしくはない。
何度か窘めたが「せんせは心配性だなぁ。アイドルや音楽の世界で売れる大変さはせんせだって分かってるでしょ?」なんて言われたらぐうの音も出ない。彼女には俺にはないビジュアルと天真爛漫さがある。それを武器に使うのは当然の権利だ。
そんな鬱屈した日々で作曲を続けていた。ラジオやテレビに呼んでもらったりして販売数も伸びてきたころ、彼女から連絡があった。
「来週に知人が主催するパーティーがあるの。場を彩る伴奏にあなたを紹介したわ。どう?」
断る理由もない。主催はまだ若い男性で投資家だそうだ。彼にとっては一人で複数の楽器やジャンルを演奏できる俺はとてもコスパがいいように見えただろう。計算通りだ。
高そうなタワーマンションのワンフロアが彼のものらしい。そこで俺は備え付けのピアノで今から集まる客たちを迎えために静かに曲を奏でていた。彼らの挨拶を邪魔せず、ただ会場を案内するための音だ。
部屋にいる客の中にはテレビや雑誌で見たことのある顔がある。経営者、芸術家、同業者もいる。基本的に将来有望な投資家へ顔を売りに来た人間やそういう餌を目当てに来た人間など様々だ。とはいえ人数はせいぜい十数名ほどで特に気になる人物もなく、俺は主催者やゲストの依頼に応えながらその場に合わせて演奏をしてその日を終えた。
さて、一度実績を上げると紹介してくれた広報の女性も俺に声をかけやすい。主催者や参加者も自らの会で候補に挙げてくれることもあって、二度三度とパーティーに呼ばれるようになった。こじんまりしたプライベートなものからホテルが会場のものなど様々だ。
「今日もよろしくね、森本君」
「はい。いつでもリクエストをください」
今回は服飾業界の人が主催のイベントで、デザイナーやモデル事務所の人が多く参加している。なかにはモデル本人を同伴させている事務所もあって、ここから新たな企画などが生まれていくのだろう。前半はリラックスできるようなトーンで演奏していたが、酒が入って賑やかになってきたのでテンポを上げる。気持ちが大きくなり、大胆な提案をしやすく、同時に受け入れやすくなる。いわゆる聴覚による誘導効果である。これらが功を奏すると、参加者は何かあったときに幸運のお守りとして俺をまた呼んでくれるのだ。
俺も気持ちがノってきた。フィナーレに向けて一気に鍵盤に手を滑らせる。ぐっと前屈みになって怒涛の速弾きを終えると、肩の力を抜いて一息つく。そのとき、ふと入り口付近に遅れてやってきた男性を見かけた。
まずい。慌てて鍵盤に目線を落として次の曲を思い描く。リラックスしたい。スローテンポな曲がいいだろう。よし、亜麻色の髪の乙女だ。最初は右手だけの運指。これをゆったりと弾いて心をわずかに落ち着ける。途中までほとんど音量も弱く難しくもない。
その難度の低さが俺のガードを低下させてしまった。
「はじめまして。森本ヒスイ君」
その男は俺が平常心を取り戻すまでにピアノの傍に来ていた。
視界の脇にスーツのパンツが見える。顔を上げていないが分かる。その上にどんな顔が乗っているのか。
「今なら演奏しながら僕の話も聞けるよね? 本当は君に接触するつもりはなかったんだ。ここで出会ってしまったのは偶然だよ」
入り口に立っていた時に見えたのは、すらりと背が高く上品なスーツを纏った男。金色の髪に整った顔立ち。そして星を宿した瞳。
「ずいぶんらしくない演奏をしているね。君の演奏は感情が乗ったまっすぐなところが好みなのになあ。まぁ、僕がそばにいれば仕方がないか」
ああ。だからさっさと立ち去ってくれ。こんなに間近に相手から接触してくるなんて、俺の考えが甘かった。
早く。
「――ああ。自己紹介がまだだったね。僕は神木光。芸能プロダクションの経営者だ」
ああ、ダメだ。曲が終わる。
祈るように静かに鍵盤を押し込み、そして放す。つむっていた目を開いて俺は深呼吸をした。
「よろしくね」
そこにいたのはアクアそっくりの顔をした男だった。
ヒスイ絶望。ラスボス(仮)がいきなり目の前に現れた。
ワトソン役ってそういうとこありますよね。
ただし