真っ先に主人公に死亡フラグが立つと想定していた人はいますか?
いたら拍手! いなかったら嬉しい。
追記:うっかり神木の名前を漢字変換してしまっていましたので修正しました。
「さ、演奏を続けて」
そう促されて自然と鍵盤に手を添える。パーティーも後半だ。あまり続けて穏やかな曲はよくない。TAKE FAVEで行こう。あえてこの曲を選んだのは意識を演奏に向けるためだ。あまりこの男に構えないという意思表示でもある。
そのかいあってか、演奏中に神木と名乗った男が接触してくることはなかった。気づけばピアノから離れて参加客の中にいる。
俺の心境とは関係なく、リクエストが舞い込む。やれ、取引先の好きな曲を演奏してくれ。気分が上がる曲が欲しい。ギターを聴かせてくれ。もちろん全て応えた。
そして全ての演奏を終えて帰るとき、やはりその男はいた。
「打ち上げに行こうか」
「あんたと二人で? そりゃ御免被りたいね」
なんせ相手はどう考えてもアクアの縁者だ。年齢も三十歳くらいで激似とくれば父親でほぼ間違いない。つまり人殺しというわけだ。
犯人と分かっていて密室で二人きりになりたい馬鹿がどこにいる。それにさっきのこいつの口ぶりだと俺を知っている様子だった。とんでもなく危険な状況下に俺はいる。
「初対面のはずなのに警戒されているね。いや、冗談だよ。理由は分かっている。そうだね、歩いてあそこに見えるカフェに行こう。人もいるから安心だ」
安心を誘っておいて罠がある可能性はある。ここで帰ってあかねと一緒にこいつを調べるほうがよほど安全だ。しかしこいつには不思議と引き寄せられる何かがある。
もしかしてアイもこれにやられたのか、なんて悪い冗談が思い浮かぶ。
過度な警戒もよくないだろう。結局のところ、俺に選択肢はないのだ。
「わかった」
「それはよかった。じゃあ行こう」
☆★☆★☆★
道中には特に危険はなかった。100mほどの距離がいやに長く感じたが、神木との会話がなかったことも原因たろう。
そしてカフェについて注文をする。夏でもホットコーヒー派の俺に対して神木はオーツミルクラテなんて意識の高いものを注文していた。
こうして二人きりになってみると、先ほどとの印象の違いを感じる。まず、目を細めているためか瞳がよく見えない。何も知らなければただの優男のように思えるだろう。
「早速だけど、スーツの内ポケットにあるレコーダーはオフにしてくれると嬉しいな。何か口を滑らしてしまうかもしれないよ」
「了解」
念のために会場を出るときからスタンバイしていた機器を切る。これで証拠は残せなくなった。
「君には大いに疑問があるだろう。だから答えられる範囲で解答をあげよう……けどその前にスマホを動画モードにしてくれるかな?」
ポケットからスマホを取り出す。指紋認証でロックを解除。カメラアプリを起動する前に設定画面でセキュリティから指紋認証を削除。これでパスワードを入力しなければ俺のスマホは操作されない。パスワードは「あまみや」をフリック入力したときの1文字目に相当する「A, M, M, Y」がある数字「2669」だ。これなら仮に神木の手に渡ってもしばらく解読に時間がかかる。一方あかねなら一日もあれば解いてくれるだろう。
「画面は伏せて。声だけを録るから。――『近々森本ヒスイ君の身に何かあったら、私が犯人だ』。よし、これを好きなところへ転送してくれ」
「俺に保険をかけてやるってことか。だったら名前も欲しかったな」
「それじゃ何も無かったときに僕が困る。特定に少し手間がかかるくらいがお互いの保険としてちょうどいい。そうだろう?」
用意周到でかつ相手のガードを緩める手並みが凄まじい。理由は不明だがどうやら相手は俺が警戒していることを知っていてこの手腕だ。ただの
「それで、俺に何かようですか? 口止めですか?」
「うん。まぁそれもある。君と彼らは仲がいいみたいだからね」
「なるほど。外見はそっくりですしね。血縁関係にあるのは一目で分かりましたよ。さすがに驚きました」
「君が社交界にいるのは耳に入ってたんだけど、今日はどうしても外せなくてね。うっかり見つかってしまった」
アクアとの親子関係であることを匂わせたが、さっぱり反応してこない。しかし俺たちの関係性をある程度は把握しているということは、アクアたちは何らかの形でマークされているということだ。しかも俺まで。アクアとルビーちゃんの交友関係にあるからだろうか。だとすればどの程度の範囲まで網にかけられている?
「それだけなら人様の家庭の事情に踏み込む気はないんで帰りますけど」
本当はアイとの関係など知りたいことはたくさんある。しかしこちらが何を知っているかを知られることがマズい。今共通の見解は『俺の知人と血縁関係にあり、神木はそれを本人に黙っていてほしいと頼んでいる』ということだけだ。
「いや。ただ頼むだけでは申し訳ない」
「……保険がほしいわけですね」
「うん。だから君に一つ質問させてほしい」
これは妙手だ。やましいことがなければ即答できる。しかし俺には話せないことがある。質問内容によっては危険だが、他の対価を提示する行為そのものが怪しいと自白しているようなものだ。
「どうぞ」
「では遠慮なく。君は僕を見かけた瞬間から、ずっと自分を騙しながら演奏していたね。それはどうしてかな?」
「それはあんたの外見で驚いて、そこから冷静さを保とうとしただけだ」
「そうかな? 君は嘘が不得意なはずだ。なのに長時間嘘を保つ――それも音楽でなんてよっぽどの理由がないと君には不可能なはずだ」
すっと神木が身体を寄せてくる。俺の目を覗き込んでくるその瞳は、色のない闇のようだ。闇とそうでない場所の境界がまるで星のように見える。こんなパターンもあるのか。
しかし考えなければいけないことは他にもある。俺の演奏の違和感に気づいたことは芸能界の人間だからありうる。しかし俺の嘘が不得意という情報をどうやって仕入れたんだ。
「君の頭の中は今疑問でいっぱいだろう。顔に出てるよ。では一つ説明しよう。僕はけっこう君の音が好きなんだ。前から聞いてたよ。だから演奏に雑音が混ざっていればすぐ分かる」
「そりゃ、どうも」
「君の演奏のいいところはね、さっきも言ったけど感情がストレートに乗っているところだ。聴いていてとても心地好い」
純粋な称賛? あるいは懐柔? いずれにしてもここで口で丸め込まれるわけにはいかない。
「そういうことなら今日の演奏は申し訳ないことをしました」
「心にもないことを言うなよ。それにいいんだ。収穫はあった。君のことを直接知られたからね」
ダメだ。こいつの話は迂遠すぎる。情報を出すまいとしれもなぜか嘘は見破られる。早く立ち去りたい。
「というわけで、もっと君と話をしたいんだけど……今日はこれ以上は無理そうだね? また今度。名刺を渡しておこう」
胸ポケットから取り出した銀の名刺ケース。そこから抜き取れらた一枚の名刺を渡すと、神木は軽く「またね」と言って立ち去って行った。
背中を目で追っていると、すぐに通りすがりのタクシーを拾う。乗り込む際に再びこちらに目をやると軽く手を振られる。
あいつ、マジで何者だ。
『神木プロダクション代表取締役 神木ヒカル』
経営者の神木、殺人鬼のカミキ、ターゲットを引っかけるミキ。
様々な擬態を持つ彼ですが、ヒスイの前では神木でいるらしい。
カフェでのミキっぽさは客がいる場だからでしょうか。
とにかく、彼は爆弾を残していきました。