原作イベント遭遇です(なにかがおかしい)
その日彼女がその男と出会ってしまったことを幸運と呼ぶべきか不幸と呼ぶべきかは判断に困るところだ。
アクアにとっては幸運だろう。仮初の平穏から脱却し、再び復讐の道へ進みだしていく覚悟ができた。生きる意味を定められた。
ルビーにとっても幸運だろう。偽者の仇敵を知らなかったから、兄が再び復讐へ向かったことは目的を果たす手段となる。
あかねにとっては不幸だったろう。ようやく彼の安寧が訪れたと思っていた矢先の報せだ。決して彼を出会わせてはならない。
ヒスイにとっては不幸だっただろう。精緻に張り巡らされた糸の存在をありありと見せつけられたから。
「見つけたよ、ヒスイくん。アクアくんの血縁上の父親を。とても危険な感じがする……」
その日いつか渡した携帯電話から着信があった。誰にも見つからないように応答用の端末を取り出し、声を潜めて返答する。
「どうやって?」
「あのね、今年の授賞式ですれ違った人がアクアくんにそっくりだった。そのときは偶然かと思ったんだけど、金田一さんに借りたララライの過去映像を観ていたら、そこに映っていたの。アクアくんもララライに犯人がいるって考えていたみたいだったからさらに調べたんだ」
あの野郎。あかねが日本映画賞に出席することなんて分かっていたはずだ。それなのにあかねに見られた? 見つからずに行動することもできたはずだ。ということは、わざとあかねの視野にさりげなく入ったな。
このことを俺に伝えなかった理由はいくつか考えられる。俺に何らかの嫌疑がかけられているため、反応を試している。あるいは俺への信用があるから対処を丸投げしてきた。おそらくそのどちらもなんだろう。俺たちの関係を次のステージに進めるための試練という感じか。まるで神様のように振舞うんだな、神木。
「アイがララライのワークショップに参加していた当時、この人も在籍してた。中学卒業後の芸能活動はぱったり途絶えているんだけど、今は芸能プロダクションに携わってる。空白期間の調査は必要だけど、外見的特徴とララライへの在籍期間からアクアくんの血縁上の父親であることは間違いないと思う」
「芸能界にいながらこれまで接触することはなかったということは、今後もアクアに出会う可能性はあまり高くないんじゃないか? さきに調査を進めるべきだと思うが」
実際に、神木は積極的に現場に出てくることはない。あくまでも目に留まった人物に直接ないし迂遠に干渉してくるだけだ。
さて、天秤にかけるんだあかね。俺へしたように直接暴きにいけばかなり危険だぞ。遠くから情報を集めて包囲を狭めていくほうがいい。お前の目的はなんだ、黒川あかね。
「この人は絶対にアクアくんに接触させちゃダメ。年齢を確認したらアイと関係があったときはまだ未成年だったの。分かるよね?」
「……つまり復讐するには正当な手段を選ばない可能性があるってことか」
「それにアクアくんの様子がおかしい。少しずつ本来のアクアくんに戻ってきてたはずなのに、映画賞の前日にこれからどうすればいいかって私に聞いてきたの。罪悪感と戦っているんだと思う。少しの刺激も許されない」
まったく、過保護なやつだ。恋は盲目というやつか? アクアのトラウマが強固すぎてあかねも頑固になっている節がある。
「それで、次の手は?」
「……直接会ってみる。幸い私はララライの後輩だから不自然じゃないし、映画賞でお花も贈ってもらったから口実は作れる。アクアくんに接触しないようなんとか頼んでみる」
「は? それは危険だろう。隠蔽されてた真実を知る人間を無事でいさせると思うのか?」
「それでもだよ。私はアクアくんのためだったら何でもできるから」
即答するその声には相当の覚悟が込められていた。
そういうことか。あかね、お前は自分に何かあったときの犯人が誰かを伝えておきたかったんだな?
アクアに復讐の動機が増えたとしても、それを止める誰かがいればいい。それが俺の役割だと言いたいのか。
「好きにしろ」
どいつもこいつも人を試すのが好きだな。くそったれ。
☆★☆★☆★
私が救わなければならない。
彼はいろんな情報を共有する共犯者だけれど、依頼したのはアクアくんの身の安全だ。それ以上を望んではならない。
この件は芸能界に蔓延る汚い部分の中でもとびきり邪悪な部類だ。アクアくんの怒りや恐れは当然のものだろう。
彼を早く解き放ちたい。罪悪感からの解放の兆しを見せている今、その妨げになるものは一刻も早く除去しなければならない。
私は彼を愛している。彼のためならなんだってする。
だから、もうすぐだよアクアくん。また、いつものように日常を楽しもう。
この先もずっと――。
「えっ?」
背中に走る衝撃と全身の浮遊感。それで歩道橋から落下しているのだと気が付いた。
自ら飛び降りようとした場所で、今度は他人の意思で落とされるなんて馬鹿みたいだ。いや、それよりも私の行動が筒抜けだった? いったいどうして? まさか彼が?
死を覚悟した瞬間に思考が加速する。
歩道橋の上で黒いパーカーを着た男と、その人を羽交い絞めにしている誰かが見えた。いや、あの小柄な男の人はきっと彼だ。
ははっ、バレバレだったんだ。一瞬でも疑った自分が馬鹿みたいだ。
そうして落下地点に間もなく到達するというとき、私の身体は誰かの温もりに抱きかかえられてわずかな衝撃だけで地面へと落下した。
「違う! 違います! わざとじゃなくて、ただ前を見てなかっただけなんです。とにかく彼女の無事を確認させてください!」
頭上から聞こえる声に振り向くと、パーカーから露わになった顔はどこにでいるおじさんで、大変なことをしたという必死の焦りが伝わってきた。……偶然だったんだ。
「誰かに突き落とされたのかと思ったよ。ありがとう、アクアくん」
「あかね……頼むから危険なことはするな」
あはは、と苦笑いを
不意な出来事に鈍化していた思考が急速に冷却される。
「どうしてアクアくんがここにいるの?」
先日まで落ち込んでいたはずだ。それが今やヒーローみたいに私の危機にかけつけてくれた。これは偶然? 偶然だと分かるまでそこから意識を逸らしてはいけない。
「私が何をするかわかってるみたいだね?」
「……あかねは聡いな」
そんなことってある? 私は彼を信じてきた。彼もきっと今は私との平穏をゆっくりと実感してくれているのだと思っていた。なのに、このGPSタグはなんだろう。
それが仕込まれた人形は私がずたずたに引き裂いたのだというのに、その姿はまるで今の私の心のようだ。
「もう少し信頼してくれてると思った。これはやっちゃいけないことだよ!」
「嘘だな。お前なら必ず今日偽装していた。それに――」
アクアくんが階段の上を向く。そこにはこちらを見下ろすヒスイくんがいた。
「あいつも何か知っているみたいだな。お前をつけていたということはこれからやることを止めようとしていたのか? だとすればあいつも俺の父親のことを知っているということか」
そう言うと、アクアくんは私が用意した白薔薇の花束を踏みにじり、隠されたナイフを暴きだす。
「話し合いをするつもりだったんだ。ヒスイくんにもそう言ってたんだけどな。心配性だなあ」
「ああ、その通りだ」
ゆっくりと階段を下りてきて、彼は私の隣にやってきた。
「お前たちの関係にとやかく言うつもりはない」
「そうか。俺にはお前に聞きたいことが山のようにある。が、もう俺の仇はお前たち抜きでも見つけられる。あかね、俺は一人で行く」
彼が去っていく。真っ黒いパーカーを着たアクアくんは、そのままどこかの路地へ、その陰に同化するように消えていった。
ああ、涙が止まらない。
私は彼を救えなかったんだ。私はただ彼を救いたかっただけなのになぁ。
【悲報】ヒスイ、アクアに認識される
この展開は書き進めながら決めました。ヒスイの思考をトレースした結果こうなったのです。
そうするとどうしてもアクアと鉢合わせてしまうのですが、たぶんこの場では問い詰めないだろうなぁとアクアの性格から予想。
現在三面楚歌(カミキ、アクア、あかね)