主人公の名前を仮状態のまま投稿してしまっていたので修正しました。
アオ改めヒスイです。
人はよくも悪くも変化する生き物だ。適応と言い換えてもいい。俺はそういう変わっていく人間を何人も見たことがある。
変化の要因の1つに病がある。熱が出れば誰だって情緒が不安定になるし、精神的な病であればそれは顕著になる。しかし全く別物として今後の人生を左右する病や怪我に直面したとき、人は適応しようと奮起することもあれば挫折して自棄になることもある。破滅的な行動だってとる。
それが命を左右するとなればさらに大きな変化をもたらす。本人だけではなく周囲の人間にも。
さて、長々と人間の変化というものを語っているのには理由がある。俺にも変化の時が来たからだ。
「ねえ、最近あまりお仕事に行けてないみたいだけど大丈夫? もしよかったらお母さんが一緒に……」
「うるさい。自分のことは自分で決めるから口出してくんなよ」
「でも……」
背後でまだ喋りつづける母を無視して自室の扉を閉める。
「はぁ……」
思わずため息がこぼれる。変化とはほかならぬ思春期だった。大人として自立していこうとするために、周囲に攻撃的に当たってしまう。無駄な見得ははるし、危険なことに憧れを抱く。
前世でおっさんだったんだから自制できるだろうと思っていた。同じ境遇のやつがもしいたとしたら出来るのかもしれない。しかし俺には自制を妨げる厄介な理由がある。
扉に背を預けて耳をすます。
「はぁ……。今月のあの子の仕事、去年からまた減ってる。来月の予定もほとんど聞けてないし……車のローンだってあるのにどうするつもりなのよ」
人を変えてしまうモノ。それは金だ。
貧しすぎても富みすぎてもいけない。一番危険なのは急激に立ち位置が変化してしまうことだ。子役というのは思ったより儲かるものだったらしい。孤児院の少年役以来、媒体の大小はあれども脇役としてそれなりに仕事が回ってくるようになった。真面目に練習をしたからか、誰かの目に留まったからなのかは分からない。まぁ主演級はほとんどゼロなのだが。
とにかく、かつてはパートをして家計を支えていた母は仕事を辞めて専業主婦になった。連れていかれるランチは明らかに高級になったし、ブランド品を身に着けるようになった。父の腕にも高級時計がある。車だって外車になった。
そういうのが嫌になって俺は――。
『hmー♪』
ヘッドフォンから流れる音楽に身を任せて、ベッドの脇に置いてあるギターを手に取る。アンプには繋げずに聞こえてくる曲を流して弾く。
こんな趣味を持つことになるとは前世では考えもしなかっただろう。中学に上がって、音楽の授業でアコースティックギターを弾く回があった。題材の曲は懐メロのビートルズ。俺にとっては前世の俺が生まれる少し前のミュージシャンとあってそれなりに聴いたことがある。
授業の回数を重ねるごとに不思議と他の生徒が押さえることのできないコードが案外簡単にできることに気づいた。前世の仕事柄手先が器用なのだろうか。いや、肉体はまったく別物だから物覚えというか試行錯誤するのが上手いというべきか。あるいは才能なのかもしれない。
俺は課題曲のビートルズやらローリングストーンズを弾けるようになり、前世で世代だったオアシスやらグリーンデイやらに挑戦するようになった。今では洋ロックの愛好家だ。
☆★☆★☆★
翌朝、俺はギターケースを背にしてアンプを手に出かけた。この趣味に関しては親には何も言わせない。
向かう先は近くの公民館だ。民間の交響楽団やカルチャースクールも利用しているので防音設備が整っている。誰にも邪魔されない最高の場所だ。
『Jug Jug Jug Jug...』
チューニングと指の鳴らしを兼ねて簡単なコード進行やらフレーズを爪弾く。
それらが済んだら最近練習してきた曲を通しで三回弾いた。自己評価にはなるがそれなりに仕上がっていると思う。そして休憩を挟んで俺はスマホをセットした三脚とマイクを用意した。
何を隠そう。今の俺はYouTuberが本業だった。
『Doodley doodley dee...』
ギターの調べが延々と続く。今日の曲はジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカーズ・ウィズ・エリック・クラプトンのハイドアウェイだ。古い曲だがギターが丿ってて実に楽しく演奏できる。
実を言うと俺はクラプトン好きでギターもフェンダーの彼のモデルだ。本当は瞳の色に合わせて紫色が欲しかったのだが、既製品にあるグレーで許容した。
曲は短いので失敗したところなんかもメイキングとして差し込んで調整する。だから録画は何回か続ける。
既に顔を売っているので写り込んでも気にしない。ただくだらない家庭環境とそれに対する反発を忘れられる楽しさを込めて演奏する。
今日も充実してた。次は何を演ろうかな。そんなことしか考えていない俺はかなり間抜けに違いなかった。
☆★☆★☆★
事務所に顔を出すことは止めてはいない。趣味のためには金は必要だし、いずれは自立する必要がある。そのための資金はいくらあってもいいからだ。
マネージャーから呼び出されたその日、俺に差し出されたのはタブレット端末だった。
「……は?」
ただし、そこに映ってるのは俺。ギターの配信チャンネルだ。
「ヒスイくんギター上手いね! いやーそれなら早く言ってくれよ」
「いや、まぁ……ありがとうございます。でもただの趣味なんで、これ」
「いや、勿体ない。最近役者の仕事もあんまり乗り気じゃないみたいだなーって思ってたらそういうことだったんだね」
聞いちゃいねえ。しかしマネージャーはやはり俺が役者に消極的になっていたことに気づいていたようで、そこは申し訳なく思う。
「別に生真面目に考えなくてもいいんだよ。世の中には役者からミュージシャンになったり、その逆で成功した人はいる」
「はぁ」
「だからヒスイくんが今役者への関心が薄れてるならさ。やらない? 音楽」
「え」
何の因果か、俺はバンドマンになった。それもいきなり事務所所属という好条件で。
原作キャラクターいないのに長いので分割しました。次話は早めに投稿予定です。
追記
まえがきと主人公の前世とビートルズの活動時期を調整しました。完全に間違えました。