「せんせ、いる?」
私の居場所はもうここだけだ。お爺ちゃんは優しいし、お婆ちゃんは会ったことはないけど趣味が合うからきっと仲良くなれる。それに私、可愛いから。
チャイムを鳴らしても返事がない。留守かなと思っていたら、ギターの音色がどこからか聞こえてきた。
「こっち、かな」
スーツケースを玄関の前に置いて、建物に沿って歩く。前に来た応接間とは反対側、たしか居間がある方向だ。
そこには庭があった。初めて見る縁側に座って、せんせがポロリと弦を撫でた。
なんだろう。すごく不思議な音だ。悲しい? 寂しい?
その音を聴いて、最近せんせと会っていなかったことに気がついた。ママのことを暴露されて頭にきて、それでもそれを利用して上に行くことに熱中していた。
せめてママの墓を暴かれたことを無駄にしたくなくて、私は私しか見えてなかった。
「せんせ、どうしたの?」
ポロん、と不協和音。
「どうもしてないよ。それより、どうかしたの?」
「うん。せんせにお願いがあってきたんだ。ちょっとしばらくここに泊めてもらえないかな?」
急なお願いで申し訳ないとは思ってる。二階の物置部屋でもなんなら縁側でも構わないと思ってる。でもそれぐらいの思いが私の中を奔流していた。
けれどもきっとせんせなら困った顔してうんって言ってくれるって思う。だって人の頼みを断るの苦手だし、そもそも私のお願いだし? 事情を話せばきっと分かってくれる。
「……ちょっと難しいかな」
「え?」
「最近考えることが多くて。あんまり人といたくないんだ」
うそ、せんせがノーって言った。それになんかナイーブになってる感じだ。それならなおさら私が近くにいるべきなのではないだろうかとルビーちゃんは思う。
「私もちょっと大変なんだ。アクアのやつが自分はせんせ……雨宮吾郎だって言い出してね? そんなわけないのにね? だからあの家にはちょっといたくないんだ。お願いせんせ! せんせの悩み事にも協力するから!」
両手を合わせて頼み込む。
せんせとしても自分の真似事をする人がいるのは気持ち悪いはずだ。それも最近はアイのことを暴露したりと勝手なことばかりしてるアクアの発言だから、きっと何か裏があるはずだってかくまってくれる。だってせんせはいつだって私の味方なんだ。
「……なるほど、そういうことか」
「え? もう何かわかったの?」
さすがに意外だったけど、頼りになるなぁとしみじみと感慨にふけっていたところ。
ことり、と。せんせがギターを縁側に置いて空を見上げた。夕日が逆光になってせんせいの顔に影を落とす。
「悪いが、君をここに置くことはできない」
「え?」
「雨宮吾郎は星野愛久愛海だ。俺じゃない。騙していたようで悪かったな。俺は別人だったよ」
理解ができない。ただ拒絶されるだけならまだいい。
でもあなたは嘘をつけない。すぐに顔にでちゃうから。夕日が落ちていく。街灯がともり、彼の顔を照らす。その目はいつもの正直な森本薫翡翠だった。
「うそ、うそ……」
「俺にも理由は分からないけど、俺は雨宮吾郎という医者の記憶が少しばかりこびりついただけの存在だったらしい」
「そんなはずない。だってせんせは……」
先日の不思議な問いが頭に浮かぶ。病院のことを教えてほしいと言われて、おかしいなとは思った。だって病気の私ですら覚えていた雪のことを聞いて心底びっくりした顔をしていたから。ただ外を見ていなかっただけかなと思ったけど、せんせは通勤で外に出ているはずだから知らないはずはないんだ。
「アクアとの思い出を手繰ってごらん。きっとそれらしいことがあったはずだ」
アクアとの思い出……アクアは昔から大人びていた。そういえば前世の年齢を聞かれたことがあった。意地を張って大人の振りをしたのはアクアが大人の男の人だって思ったからだ。それにアクアはずっと賢かった。そして私と同じ前世からのアイ推しだ。
昔のアクアは今みたいじゃなかった。もっと明るくて素直だった。あのまま成長してたら、もしかしたら目の前の彼みたいに朗らかに笑う人になっていたかもしれない。
アクアに
「迷っているときは出発点に戻るんだ。アクアとよく話しておいで。紛いものの先生からの最後のアドバイスだ」
「よく分からないよ……」
「失ってからでは遅いものものがある。そうだろう? なに、今なら謝れば大丈夫さ。得られないまま終わるよりもずっといい人生だ」
こんなにも優しい言葉をかけてくれる人がせんせを騙った理由が分からない。絶対に許せないことなのに、真っ直ぐに憎めない自分が不思議でならない。
「分かった。でも、必ず理由を聞かせてもらうから」
「それでいい」
「許さないかもしれない。たぶん絶対許さない」
「それがいい」
本当に意味わかんない。
でも嘘を吐かない先輩の横顔とギターの音色がどうしても残影となってしこりになっていた。
結局それだけ話して私は家にとんぼ返りして、まだ私の部屋で落ち込んでいたアクアと話をした。ためしにあの日の窓の外の光景を聞いてみたら、雪が降っていたとアクアは答えた。
☆★☆★☆★
勘違いだったとしても、慕っていてくれた子がいなくなるというのは悲しいものだ。
『よかったの?』
縁側でつなげたままにしていたスマートフォンからあかねの声がした。律儀にずっと黙っていてくれたらしい。
「ああ、報告中に悪かった」
『それは別にいいんだけど……っていうか私も衝撃なんですけど! アクアくんにも前世があって? それが雨宮さんだったなんて。うわー、すっごい調査しちゃってるよー』
「ご愁傷様」
そこは婚前の身辺調査くらいに思っておけ。ダメージは小さくて済む。
『復讐を一人でやろうとしてるアクアくんが近くにルビーちゃんを留めようとしたということは、きっとルビーちゃんがもっと過激な方法で復讐に走っていたってことかな』
「そうだと思う。いや、有馬のことも放置できないアクアのことだから耐えかねたのかもしれない」
『あー。ありそう』
いずれにせよ、家族は一緒にいたほうがいい。さすがに推定殺人鬼である父親までは一緒にいろと言わないが、兄妹くらい仲良くしろ。
先ほどまで不明だったピースが揃った。烏に救われた双子の肉体。魂は既に離れていたのだから、そこに宛がわれたのが雨宮吾郎と天童寺さりなの魂だ。一方双子の魂は兎によって拾われ、謎の声の主によって救済された。死の寸前だった魂を救うにはそれだけでは足らず、なぜか残っていた雨宮吾郎の魂の一部でコーティングされる。
同時期に存在した魂が弱い赤子である翡翠にその魂は統一されて、俺になる。なぜ母が星野アイに似たセンスの名を俺に付けたのかはまだ分からない。もしかしたら謎の声の主が母に告げたのかもしれない。
『神木ヒカルがヒスイくんを害さない理由って自分の子供だからって可能性はあるかな?』
「子供っていっても魂だけだぞ? さすがに違うだろ」
『そうだよね。あ、でも――』
いつもより饒舌な報告会。きっと慰めようとしてくれているのだろう。
でもな、あかね。気づいているか。
もう俺にアクアを止める理由がないってことを。
夕日が沈んでいく。誰そ彼。
アイの子だった俺。
神様ってやつは俺をどうしたいんだろう。
これでオリ主の正体が明らかになりました。
正確には原作登場人物(かなり微妙なライン)ですが。
最大のヒントは常に目の前に。『魂の子』=魂のほうの子供。アナグラムで『子の魂』=アイの子の魂。
この話は全くスポットを浴びない彼らのための物語だったッ!!