どうとでも話が転がりそうで不安です。
吾郎、ふたり
俺の横には釣り竿を垂らした男が一人。ブロンドの髪をアシンメトリーにした今話題のマルチタレント星野アクア。本名、星野愛久愛海。
同じく釣り堀で折り畳み椅子に腰かけているのが俺、森本ヒスイ。本名、森本薫翡翠。
先日妹を泣かせた男と、その妹を突き返した男である。端折った字面だけ見るとかなり酷い男たちだ。
「ようやくお前とじっくり話せる機会ができたな」
「ああ。まさかこんな釣り堀でだなんて思ってなかったけど」
アクアから連絡がきて、あーついに話をしなければならんのかと憂鬱になりつつも、実は期待していたことが一つある。
芸能界を駆け上がるために大物と食事をしたりしているという情報を掴んでいた俺としては、密談にそういう場所を使うものとばかり思っていた。それは四方が開放的な釣り堀ってなんだそれ。しかも釣れるのは鯉や鮒。食えるかちくしょう。
「あかねと組んでいるということは俺の目的は理解しているという前提で話す。分からないところは置いていく」
「えぇ……」
「妹を泣かせた野郎に慈悲はない」
「あ、はい」
アクアは最強の殺し文句を手にしてしまった。
でも俺の前から去るときは泣いていなかったから、お前が泣かせたんじゃないかな。俺は訝しんだ。
「雨宮吾郎の記憶があると聞いた。ルビーが間違えるほどだからただの物まねというわけじゃないんだろ」
「ああ、そこは間違いない。信じられない話だが、互いに超常的な現象を体験しているわけだから多少の無茶は呑み込んでくれ」
さて、アクアから連絡が来て俺はすぐさまあかねに連絡した。アクアに関する事柄であいつを放置しておくと後が怖い。
そこで俺に関してどこまで情報を開示していいのかが問題になった。雨宮吾郎の記憶ないし魂の一部があるというのはいい。しかしなぜそれがこの森本ヒスイという身体にあるのかをどう説明すればいいのか。
水子の魂だと答えたらアクアはどう思うだろう。アクアの先にいるルビーちゃんは。俺としては何者の手によってかは別として死ぬはずだった命を救ってくれて感謝しているんだが、本来いるべき場所を奪ってしまったことを責めてしまうのではないかとも思った。
特にルビーちゃんの場合は居場所を奪われた側の人間だ。ああ、雨宮吾郎も居場所を奪った側の人間だったか。どちらも苦しむだろう。
それは本意ではないので、幼くして綻びかけている赤子を守るために神様が与えた保護膜だったと伝えることに二人で決めた。
俺たちの魂は兎が、アクアたちの魂は烏が救った。よく分からないが現世と黄泉の挟間で聞いた声を信じるならそういうことになる。
「烏か」
「なんだ。何か心当たりでもあるのか?」
「お前にないのが驚きなんだが。ある。あいつが俺たちの魂を弄って大部分を俺に、一部分をお前に移動させたというわけか」
このやりとり、どこか既視感があるな。
アクアは俺の魂を救ったのも烏だと勘違いしているようだが、この点は話の本筋から逸れるので言及しない。
「お前が濃縮還元90%吾郎なら、俺は10%吾郎ってことさ」
「やかましいわ」
ダブル吾郎による漫才が完成した。いや、事務所の先輩に毒され過ぎているな。今はそれなりに真剣な場のはず。
「それで? ルビーちゃんは日常に戻ったか?」
「ああ。そこは一応感謝しておく」
「で、お前は心置きなく復讐に邁進できるというわけだ。まさか神木を直接刺し殺すなんて言わないよな?」
「当たり前だろう。あいつへはもっと惨たらしく相応しい形で復讐する」
あかねからは聞いていたが、アクアは目の前で
「どうせ話の内容はあかねには筒抜けなんだろ? これはもう誰にも止められない。止めさせはしない」
「そうか。まぁお前の意思は尊重してるよ。あかねとは関係なくな」
浮きだけを見ていたアクアの目が初めて俺に向いた。
「……そうなのか?」
これは本当。そもそも俺を慕うルビーちゃんという存在がいたから、俺はアクアに目をかけていた。ところが今やその必要はなくなり、挙句に神木本人に目をつけられているくらいだ。危険の芽はさっさとどうにかしたい。
アイの復讐という面では、俺の魂が離れて以降のことなので実感はない。
「復讐の先が重要なんだよ、アクア。お前やルビーちゃん、有馬やあかねの未来こそが重要だ」
「そこは安心してほしい。説得力の欠片もないのは分かっているが、ルビーたちに迷惑をかけるつもりはない」
「そこにお前は勘定されていないみたいだが」
「俺には使命がある。責任と力もある。やれるだけのことをやったその先のことはそれから考える」
それは何も考える必要がない、って言っているようなものだ。
「俺は今映画の準備をしている。アイのドキュメンタリー映画だ。すぐにあかねにも話が伝わるからここで言ってもいいだろう」
「たしかに映画で殺人犯の存在が明確になれば、世間は黙ってはいないだろう。いずれ犯人捜しが始まって社会的に大きなダメージを負う」
「机上の空論とでも言いたそうだな。しかし原作はアイ。脚本は息子の俺だ。信憑性は抜群だろ?」
アイの日記か何かが残っていたのか? それを繰り返し読んでいたのなら復讐へのモチベーションを保ち続けられたのは納得できる。いや、日に日に増していったかもしれない。
しかし神木は黙ってその映画の制作を見ているだろうか。あいつの人脈を考えればスポンサーに軒並みそっぽを向かせることも可能だ。ましてや映画とはいえアイを誰かに演じさせることなど許すのだろうか。
「お前、ルビーちゃんにアイを演じさせるのか」
「おそらくそうなるだろう。アイを殺す役は俺が演る」
笑えない話だが、復讐一色に染まったアクアの双眸には闇の形をいた星が宿っている。ストーカー役より神木役にこそ相応しいんじゃないだろうか。
「そういえばお前は大学に進学するんだったな。外科医になるのか?」
「いや、文学部だけど」
「は?」
いや、人の進路聞いといて「は?」はないだろう。
アクアの言いたいことは分かる。雨宮吾郎としての未練である外科医にリトライするのは自然な流れだ。だが俺には今までの18年間がある。そこに雨宮吾郎が介在する余地は10%しかないのだ。
「なんだって文学部に?」
「ちょっと海外ミステリに興味が湧いてな。犯罪心理でも学ぼうかと思った」
「なんだ。あかねの影響か」
やーい。アクアが元カノをNTRれて妬いてるー! って別にそんなわけじゃない。今俺をとりまく不可思議なことに、心理学や哲学、宗教学、民俗学がもっとも近かったというだけだ。もちろん作詞にも生かすので本業的にも良い選択だ。
「有馬は高卒の道を選んだからな」
「ああ、険しい道だ……」
世の中高学歴だとそれだけで出られる番組があるからな。有馬はそこからフェードアウトした。ちなみにあかねも進学する。卒業には時間がかかるだろうけど舞台演出など俯瞰して演劇を学べる芸大に入ったらしい。本当は海外の大学に行きたかったらしいのだが、既に売れっ子なのでそれは一区切りついてから考えるそうだ。
「さて、お前何匹釣れた?」
「分かってて聞いてるだろ。ボウズだよ」
「賭けは俺の勝ちだな。ここはお前持ち。じゃ、あかねをよろしく」
俺よりずっと稼いでるくせにケチくさ。あとさりげなくマウント取ってくんな。
マジでこれからどうしようかな。復讐は結局のところあの双子の気持ちの問題なんだよな。そして周囲の人間は利益や出世のためと無関係に
俺はこれからどうすべきか。考える時間はあまり残されていない。
シリアスなんだけど他所から見たら全然シリアスじゃない光景。
壱護さんにはこの日はご遠慮してもらいました。