ドラマにありがちなタイトルだなと思ったら最近はないみたいですね。
大学に入学して数週間が経つ。
一応雨宮吾郎の記憶のおかげで成績のよかった俺は、大学受験に苦労はしなかった。やりたいことを優先させて大学を吟味することができるというのは贅沢なものだ。
親子というものをしばらく考えた結果、俺は両親と和解した。彼らにとって俺はとても難しい子であり、捨ててしまいたいと思ったこともあっただろう。それでも育て続けてくれた結果、俺は突然金のなる木になってしまった。ふつうの家庭じゃありえないジェットコースターもかくやという子育てに、彼らがおかしくなったことをどう責められようか。
俺の知らないところで二人はカウンセリングを受けて、自らの過ちと向き合ってきたらしい。あとは俺の気持ち次第だった。いつか俺に子供ができたときにでも気が付いてくれるだろうか、とカウンセラーや祖父母たちと話していたという。やはり親は親なのだ。
そんなことがあり、俺は祖父母の家を出て大学と事務所の間あたりで一人暮らしをしている。一応顔はそれなりに知られているので簡単な変装はしているが、学部生の中にはふつうに俺だと分かっているやつもいる。
で、今俺の隣にいるやつなんだが。
「ふむふむ。やっぱり古典芸能って奥深いね。私もこういう講義受ければよかったかなぁ」
「なぜお前がここにいる。あかね」
今を代表する女優の一人だということを自覚しとらんのか。
しかもアクアとの破局報道がネットニュースになった後で俺といるところを撮られてみろ、軽い女として見られるぞ。今や人口総パパラッチ時代なのだ。
「え? いやー。さすがにそろそろ家で話すのも難しくなってきたし、ヒスイくんは一人暮らしだからもっとダメでしょ? じゃあ木を隠すなら」
「森の中。って俺の聴講時間を削るんじゃない」
目立たないように大講義室の後ろの方に座ったのが裏目に出た。ここでなら多少ひそひそ話をしても教授には気づかれない。気をつけなきゃいけないのは周囲の学生だが、この辺りに座っているやつはたいていゲームやら居眠りやらに夢中である。
君たち、せっかく大学まで進学したんだから勉強したまえ。ちなみに今は日本の伝統文化の一環として能の歴史の講義を受けている。
「それにしてもここを選んだのは正解だったね。心理学にプロファイリングの教授がいるよ」
「知ってる。発達心理や認知行動、民俗学の教授もいるしな」
大学選びの際には教授たちの専攻や論文に目を通した。その結果最も得るものが多いのがここだったのだ。俺のこういった関心はあかねに由来するものだから、彼女が羨ましがるものも無理はない。来年出直してこいとか言ったらアクアと同級生になれるとか言いそうだ。
「ヒスイくんの話を聞いて確信に近いものがあるんだけど、三人の生まれ変わり――ううん、魂の移動は日本神話が大きく関係してるのは間違いないと思う」
「まぁ烏に兎だからな。どう考えても八咫烏と因幡の白兎だ」
「うん。それに高千穂は神話の聖地だし」
そのことについては俺も理解していた。八咫烏は案内人の象徴で、因幡の白兎は傷を癒すご利益のある存在だ。
「なんで言い直したんだ?」
「だって、日本神話には生まれ変わりっていう概念がないから。輪廻転生は仏教由来の考えだよ」
そういえばそうだ。三途の川とか閻魔大王はインド発祥の仏教が日本風にアレンジされた結果の思想だ。本来の仏教ではあらゆる生命は姿かたちを変えて現世を巡る的な考えだったはず。詳しくないから適当だ。
あかねの指摘が最もあてはまっているのは俺の例だろう。少なくとも俺はどこかに召される前に拾い上げられた。肉体も死んでいない。兎によって運ばれたどこかで過ごしていたが、それを死と捉えていいのかは難しい。
「俺の前世のことはくれぐれも内密に」
「すごく念押しするね? 過保護だなぁ。アイの子としてはお兄ちゃんだからかな」
「兄か。言われてみればそういう感覚かもな」
胎児の記憶は世界中で確認されている現象だが、夢だったと言われても不思議はないくらいの曖昧さだ。なんとなく腑に落ちてしまったから受け入れているだけ。
まぁそれで兄となるならば、やはりそれらしく振る舞わなくてはいけないだろう。具体的にはアクアを叱りつけようかな。
「烏の話に戻るが少し思い出したことがある」
「え? なになに?」
「神木が神の使いだという少女に言及していた」
「それは――意味深だね」
俺は見ていないが、神木はあの謎の行動をとる烏のそばには神の使いがいる前提で話をしていた。
あからさますぎるんだよなぁ。全国神の遣いとされる動物は多々あるが、烏はとくに有名だ。サッカーのユニフォームにもなってるしな。天照大神の代理なんて大それた神使はほかにはいないだろう。
だからこそ、そんな存在を神木が口にするだろうか? 子供じみている。
「何らかのブラフだったと考えるべきか……。つまり他に何を見たのか聞き出そうとしたが俺は何も見ていなかった。いや、実際にはあかねとルビーちゃんを見てるけどそれはあいつにとっては重要じゃないだろう」
「うーん。でも神木ヒカルが何らかの信仰に傾倒しているのなら、あながち冗談じゃないのかも。熊野三社か厳島神社に関する何かに心酔してるのかな」
そもそも神の遣いの話をしだした文脈は……そうだ、瞳の話をしていたんだった。この瞳にタグの機能があって、それは神がつけたものだと神木は認識していた。この話自体は与太話かもしれないが、資質をに見抜ける人が一定数存在し、その才能あふれる人の中に星のような引力を持つ人がいる。そして逆にそういった人を俺はふだん見たことはない。言い換えれば特殊な環境にしかいない存在ということだ。
あかねによると嘘をつく才能に富んだ者の目だと聞いたらしいが、人を惹きつけるほどの大嘘つきなんて世の中にそうそういない。それこそカリスマやスターと呼ばれる一握りの人間だけだ。アクアやルビーちゃんのは遺伝なのかもしれない。オカルティズムになるが俺も。
「仮に神木ヒカルがヒスイくんに神の遣いが接触してると考えたなら、アクアくんやルビーちゃんにも同じことが言えるんじゃない?」
「そうかもしれない。全員高千穂にいたんだ。実際アクアは烏に対して『あいつ』と表現していた」
「どうやって確認しようか? おいアクア。お前神の遣いの女の子見た? って聞いてみる?」
あほか。
とはいえ今ルビーちゃんに接触するのは互いによくないだろうから、確認できる相手はアクアになる。少なくともアクアにとっては以前までの一方的に事情を知っている相手から、同じ人物の記憶を持ちあかねと協力関係にある人間という認識に変化している。相変らず意味不明だが多少はプラスだろう。
「神木に倣ってブラフで攻めるか?」
「ヒスイくんが? えぇ……」
おい、演技できないからって鎌をかけることもできないってわけじゃないんだぞ。これはただの話術だ。
「でもお前じゃめちゃくちゃ警戒されるじゃん」
「……そうだね」
分かりやすくシュンとしてしまった。
「こっちの事情に深く首を突っ込まずに演技ができて協力できる人っていたっけ?」
「うーん」
メムは顔に出る。有馬は一度関わったら抜け出せないだろう。ミヤコさんも演技は無理。アビ子先生は論外。あ、俺の人脈が尽きそう。
いやまて。フリルならどうだ。あいつなら何かを代償にすればやってくれそうだが、好奇心強いからなぁ。寿ならいけるか?
「ゆき、とかどうかな?」
「鷲見ゆき?」
「うん。強かだし、私が頼めば深くは聞かないでくれると思う」
なるほど。確かに盲点だ。一つ欠点があるとすれば俺とあかね、アクア全員に共通する知人でかつあかねと仲がいいということだ。多少は疑われるのは間違いない。だが、その距離感が絶妙な気がする。
かくして、俺たちはアクアから神の遣いのことを聞き出すべく動き始めた。
次回、諜報機関MEM(Mission Et Mémoire)によるファイアウォール(アクア)突破作戦が開幕。