烏と神話と聞いてまず思い浮かぶのは八咫烏だろう。
日本建国の祖である神武天皇の道案内をした存在として知られている。一方で中国やインドにも類型の神獣が存在している。おそらく文化や信仰とともに変化していったものと考えられる。
で、だ。高千穂という神話に近い土地ならともかく、遠く離れた神奈川にいる俺に魂が宿るなんてことが起こったのだろうと考えていた。その手がかりは意外なところにあった。
両親と会話するようになってから、祖父母とも両親についての話題が自然にできるようになった。
「お前がまだ母さんの腹ん中にいたころ、二人はよく神社に行っていた」
「安産祈願のために、昔住んでた家の近くにあった神社に通ってたの」
なんとまぁ身近なところに手がかりがと思ったが、今まで情報がなかったのは当然だった。
とにかく、その名は諏訪神社。
爺ちゃんと母の話を聞いところ、安産祈願と言えば
天照大神なんて八咫烏を遣わした本人だし、木花之佐久夜毘売は神武天皇の祖先だ。日本全国多数の寺社仏閣があるとはいえ、案外祀っている神様というのは異なるものだ。たとえば木花之佐久夜毘売は富士山の浅間神社系統に祀られている神様だ。
多数の安産祈願の神から富士山にまつわる神を選んだのは関東人らしいと言える。
この神社は長野の諏訪大社に連なるのだが、少しスマホで調べたところ何柱かの神を祀っているらしい。
祭神の建御名方命は神話では高千穂の天孫降臨の逸話に繋がる国譲りの逸話に登場する。大国主命の子として、葦原中国の譲渡に反対し、今の長野県に封じられた。諏訪大社に天照大神や日本武命が祀られているのは大和に強く抗った痕跡ともいえる。
しかしこれこそが俺のルーツに連なるものなのではないかと思う。
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メムへの仕込みを終えた後、俺はすぐに九州に飛んだ。今回はアクセスしやすい熊本空港からの移動だ。
残念ながらアクアが訪れたという雨宮家は既に鍵が移動されていて中に入ることはできない。神の遣いと接触するにはアクアの足跡を辿るのが確実だと思ったのだが、いきなり躓いた。
病院では受付しか訪れていないらしいから、あとは撮影関連と神社になる。
前回訪問したときは冬だったが、今回は春。高千穂そのものが観光で賑わう時期ということもおあって、神社には他に人の姿もある。一応確認したが皆家族や友人と一緒で神の遣いらしい人物はいなかった。
今度は高千穂神社へ。こちらには祭神として木花開耶姫命が祀られているので共通点がある。しかしさっきとは打って変わって観光客が多い。念のために人気の少ない場所を探して待ってみたが向こうからの接触はない。神の遣いから来てもらうって発想がヤバいな、俺。
その後も有名な神話にちなんだ場所を訪れてみるも何も見つけられずにその日は宿に帰った。
翌日、この近辺に神様を祀る場所なんてあったかと考え込んで、一ヶ所忘れていた場所を思い出した。
何も有名な神社やパワースポットだけではなく、身近にも神様を祀る場所はある。例えば神棚なんかは良い例だろう。そして俺やアクアに縁のある場所であるあの場所にも祠があった。
「ここだああ!!」
雨宮吾郎の遺体が見つかった洞窟の前に建てられていた祠。もうここくらいしか浮かばないので、ダメだったら荒立神社に毎日お参りでもするかという気持ちで訪れると、俺の目に飛び込んだのは祠の上に野兎が鎮座している様子だった。
「もう絶対待ってたって感じじゃん。そうだよね。俺の案内なら烏じゃなくて兎だよね」
アクアと神木の証言に引っ張られ過ぎていたが、俺に関して烏に何も縁がないのは当然だった。夢の中で会っていたのは烏ではないのだ。
「あっ、待ってくれ!」
待ちくたびれたと言わんばかりに、俺が到着した途端に俺の脇を通り過ぎて元来た道を駆けて行く。さすがに見逃すわけにはいかないので、慌ててUターンして兎を追う。兎はしばらく人里に沿って山の中を駆けていたが、あるところでひょいと人里の中へと入り込んだ。
木々のあいだを通り抜けると獣道から山道へ出て、それはすぐに舗装された道路へと変わった。
「って、ここ俺が泊まってる旅館じゃないか」
まさかと思って上を見上げれば、俺の泊っている部屋の窓に人影がある。ここにきてホラー展開なのかと思っていると、それは兎だった。今宿に入っていったところだよな……?
受付に確認するが俺を訪ねてきた人はいないらしい。これは本気で心霊現象かもしれないぞ。
「し、失礼します」
自分の部屋に入るのになぜか面接のような緊張感で扉を開く。下を見れば館内用の履物が一組。これは……子供用だ。どういうことだろう。
訝しみつつも中に入らなければ話は始まらない。
「誰かいます?」
そう言いながら寝室の襖を開く。
そのとき俺が目にしたものは――!
(子供?)
部屋の中心に鎮座する座卓に座り、客用の菓子の袋に手を突っ込みテレビを見ている子供の後ろ姿があった。
よく見れば窓のあたりに兎が二羽いて、外の景色を眺めている。いや、あれはぬいぐるみだ。
「あ、待ってたよ」
「ふつうに喋った!?」
「そりゃただの子供だもん、喋るよ。お茶淹れておいたよ」
「あ、こりゃどうも」
思わず差し出された湯飲みがある席につく。
目の前の少年は小学生低学年くらいだろうか。煎餅を一片ぽいと口に放り込む仕草には神々しさの欠片もない。この子が神の遣い?
「何を考えてるか分かるけど、一応あなたのことは知ってるよ。お兎様から聞いてるからね。」
「お兎様?」
「昨日の夢の中にやってきたんだよね。伝言もらった」
どういう……って昨日?
「いきなり来られてもさ、僕にも予定があるんだよね。友達と約束してたり」
「なんだか普通の子みたいだな」
「普通っていうか、僕ここの宿の息子だし」
ほら、と言って少年が指さしたのは、卓上にある鍵。よく見れば何室もの鍵が連なっている。マスターキーだ。
そりゃ俺を訪問することなんて言わなくてもこの部屋に入れるわけだ。
「一応僕たちみたいな子供は何人かいるんだけど、今回一番近いのが僕だったんだよね」
「はぁ。あ、じゃあ烏を連れた子もいるのか?」
「カラス? あぁ、それは……「私よ」」
声と同時に襖がすぱんと開け放たれる。テレビの音が虚しく響く部屋の入口には特徴的な大きな襟のワンピースを着た少女が仁王立ちしている。
襟の先には羽のような刺繍がある。少女はすうっと畳を滑るように歩くと俺の隣に腰掛けた。
「お茶」
「自分で淹れろよ……」
なんか馴染んでる。まじまじと見るのも憚られるので、横目で少女を見る。湯呑みを受け取る後頭部が見えたが、淡い色合いの髪からふんわりとお日様の香りがした。
「何?」
「いや、君は八咫烏の遣い?」
「そうとも言えるしそうじゃないとも言える。何、まだそんなことも話してなかったの?」
「今途中だったんだ」
うーむ。この二人は知り合いっぽいな。どことなくアクアと有馬っぽい。図々しいところと高飛車なところがそれぞれ似ている。
それにしても湯呑み片手にテレビを眺める子供二人とはずいぶん俗っぽい画だな。
「結局のところ君らは何なの?」
「僕たちは普段はただの人だよ。ときどき神様が降りてきたりする」
「そうそう。たまに時間が飛んでるから困るのよね」
「君たちは
「かんなぎ……?」
おい、二人して首を傾げるな。たしかに小学生には難しい言葉だとは思うけど、神の寄り依だろう。今のとこらそれらしい雰囲気はゼロでも。
「その神様が降りてきてるときのことは覚えてないのか?」
そう尋ねると少年は悩み始める。それを見て少女のほうは鼻で笑って俺を見上げた。
「こいつはまだ新人だから分からないのよ。私は覚えてるわ。夢の中にいるようだから気合を入れてないと忘れちゃうの」
「なるほど。それじゃあこの人たちのことは覚えてる?」
スマホを卓上に乗せる。画像フォルダには四枚の写真がある。アクア、ルビーちゃん、アイ、神木だ。
向かい側の少年も身を乗り出して確認してくれたが、彼は覚えがないようだ。
「あぁ。この男の人は知ってる」
アクアか。
「一日に続けて降りてきたから珍しくて覚えようとしたんだけど、二回目のほうしか覚えられなかった」
そういうものなのか。二人目がアクアなら一人目はルビーちゃんだろう。アイや神木に無反応なのは覚えていないか別の巫が接触したのだろうか。
「あとイケメンだし」
「そうだね。イケメンなら覚えやすいよね」
「そう」
俗だなあ!
「何を話したか覚えてる?」
「たしか……アイの魂がなんとか。星と海に還った? この世にはもういない? 的な感じ。あとお兄さんが使命がなんとかって言ってたかも」
「使命?」
「そう。あ、私も役目がどうとか言った気がする。ね? こんなふうに曖昧な記憶しかないの」
たしかに神の遣いを自称する何者かが目の前に現れるよりも現実的だ。こうして彼女たちの記憶が薄れていけば、いずれ巫としての役目を終えてもふつうに暮らしていける。
そして注目すべきはアクアが使命という単語を発していたことだ。神木の行動を連想させる。あと一つ、女の子の言う星と海に還ったというワード。神木が殺した女性の魂と俺の魂は共通して天と地に向かっていた。あれは正確には星と海だったんじゃないだろうか。
え、人の魂って誰でも二つに分かれるの? 教えて、あかねもん。
子供二人に増える。
もう勝手な解釈を加えたので原作に合流できないよ……。