感想で神話信仰に詳しいニキたちがいろいろ教えてくれて助かります。ありがとうございます。
今俺の前にはスマホがある。卓上三脚でこちらに向けられた画面にはどこかのカフェを背景にした黒川あかねが映っている。
『なんだか面白いことになってるね』
俺からのヘルプに応答した彼女の第一声である。彼女からしたら画面に現れたのが二人の子供に挟まれた俺なのだから仕方ないだろう。
「紹介しよう。神の遣い改め巫の少年少女だ」
「わっ、黒川あかねだ。お兄さん何者?」
「俺も一応芸能人なんだけどなぁ」
さすがに日本映画賞で中継された有名人とは格が違うので仕方がない。
少年は湯呑みで顔を隠しているが一口も啜っていないのはこちらからはバレバレだ。あかねは美人だからな。テレビの向こうの人が手を振ってくれたらこうなるか。
『なんか思ってたのと違うね。でもかわいいなぁ』
「い、いえ! 黒川さんのほうがかわいいです!」
「……マセガキ」
おっと、少女のほうがご機嫌斜めだ。肩をぽんぽんして慰めると脇腹にジャブを打たれる。
戯れてても仕方がないので彼女たちから受けた説明と俺の疑問をあかねに伝えると、彼女は顎を一つ撫ぜて考えをまとめた。
『ヒスイくんは死者はどこに向かうと思う?』
「天国か地獄?」
『それも一例だね。じゃあ天国はどこにあるのかな?』
抽象的な概念ではなく場所を答えてほしいと念押しされる。人は祈るときには心に問いかける。しかし宗教画では天使は空へ上るものだ。
「空かな」
『うん。もしくは宇宙とも考えられると思う。人は死んだら星になるって言うけど、これはギリシャ神話が由来とも言われてるから相当古い考え方。でも実はこれは西欧だけじゃなくてポリネシアにもあった思想なんだ』
しかし日本ではキリスト教由来の天国と地獄以外の死生観が長く存在した。輪廻転生やあの世というやつである。
その点をあかねにぶつけてみる。
『輪廻転生は大陸から仏教とともに渡ってきた考え方だね。元々は地上の魂は循環するという思想だったものに、業や解脱なんて思想までくっついて正直私もまだ把握しきれてない。あの世のほうは冥土、つまり冥い土の世界とあるように地中なのかな?』
空、星、土ときたか。
「じゃあ次は海か?」
『ご名答。三途の川みたいに死後の世界へ川を介する思想は多いんだけど、この川は海だって説もある。海葬の名残かな?』
「冥い土というのが海の底なんじゃないか?」
『それもありそう。日本神話では黄泉というのがあるけど、これはどこだと思う?』
今まで四種類の死後の行き先に触れてきた。黄色は土を、泉は海を想像させる。いや、黄泉比良坂の話を考えれば山の上にあるのだから空という可能性もあるぞ……。
『悩んでるところ悪いんだけど、答えはもうさっきの話に出てるよ。空と土、もしくは星と海が正しいと思う。これは古代日本の葬儀に風葬から土葬への変遷があったからなんだけど、ヒスイくんは実際に体験してるよね?』
「……俺って黄泉の国に行く寸前だったのか」
『あるいは天国やあの世だね』
無茶苦茶だ。しかし現代日本の死生観は宗教のグローバル化によって入り乱れている。人が知覚しようとするとこんなことになるのかもしれない。
「ところで少年。俺への伝言って何だったんだ?」
「あぁ。えーっと、ごほん。『星の子へ。いつも見守っています。あなたには役目に縛られずに生きる道もありますが、前世の楔から解き放たれるには肉の器をよく見ておきなさい』だったかな」
少年が咳払いをして佇まいを直すと部屋は静謐な空気に満たされた。これが巫の力なのだろうか。口調や声色は少年そのものなんだけど、言葉に不思議な重みがある。
肉の器、つまりアクアとルビーちゃんの動向に注意しろってことか? 今でも十分気をつけてると思うんだけどなぁ。
『ヒスイくんって星の子って呼ばれてるの?』
「ああ、そうだったかな」
『……それって変だよね。自ら魂を救った人間に対しての呼称らしくない。もしかしてこの子を遣わした神とヒスイくんを助けた神って別の存在なんじゃないかな?』
あかねの指摘にかつて星の子と呼ばれたときのことを思い出す。それは俺の前世がアイの子だと自覚したときで、過去の記憶で誰かが語りかけてきたときに呼ばれたものだ。
いや、そういえば。俺を星の子と呼んだ存在は精神的ショックを受けたことに言及していた。つまり現在に干渉してきたのだ。
「なあ、君に降りる神様の名は分かるか?」
「当たり前だろ。星の神様だよ」
「星の神……どこかで聞き覚えがあるな。たしか寿と参拝したときの――ああ、
しかしこの神様は俺とどんな関係があるのだろう。両親が参拝していた神社の祭神でもなければ、天孫降臨にも関係がない。
『そっか。天津甕星は建御名方命と同一視されることもある神様だからか。大和朝廷に抗った関東の国か一族の神だから、こっちで声が聞こえたのかも』
建御名方命は諏訪神社の祭神だ。なるほど、ここで繋がりがあるのか。
「君の神様はたぶん天之鈿女命だろ? その神様が魂を移動させた双子を見守れってどういうことだ?」
「え? 私に降りてきてるのは猿田彦之命だけど」
『ああ! そっか。猿田彦之命は天狗に似た相貌で、瓊瓊杵命の案内人だ! 天狗は元を辿ればインドの神鳥なんだから烏を使役しててもおかしくないんだ』
そういえば荒立神社は縁結びのご利益もあるが、これは猿田彦之命が天之鈿女命と結ばれているからだ。その家だって話もある。
なんだろう。天之鈿女命にアイの姿が重なって、無茶ぶりに付き合わされる壱護社長の姿が猿田彦之命にだぶる。おいたわしや、壱護さん。あなたは今どこにいるのですか。
『アクアくんやルビーちゃんに干渉しているのに、アイさんに何もしていないのはこの二柱らしくないなぁ』
「そういえばそうだな。なあ少女よ。もう一度アイの魂のところをよく思い出してみてくれないか?」
難しい話に眠気を帯びていた少女の肩が跳ねる。目元を袖でこすると、胸を張って威厳を演出し直した。画面の向こうではその仕草にデレっとしているあかねがいるが気にしない。
「いいわ。うんと……『星野アイはもうどこにもいない。星野アイの物語はあの時あの場所で完全に確実に終わったの。星野アイの魂は確かに崩れて星と海へ還っていった。もう二度と再形成されることはない』だったかな」
これは……かなりヘビーだな。これを聞いたアクアは相当堪えただろう。そしてアイを奪った神木への憎悪をさらに燃やしたに違いない。もしルビーちゃんにもこれを言っていたならヤバい。
『なるほど。これは考証の余地あり、かな』
「は? どう考えてもジ・エンドだろ」
『ううん。そうでもないと思う。だって今のヒスイくんはヒスイくんであって、星野アイの子でも雨宮吾郎でもないでしょ? 彼らの物語は終わってるけど、ヒスイくんの物語は現在進行中なんだよ』
屁理屈だと切り捨てることはできる。しかしもしその可能性が残っているのなら、それはなんて甘美な誘惑だろう。この国の死生観が古代日本のままではないことは明らかなのだから、輪廻転生が完全に否定されたわけではない。
『もう一つ、実は日本神話にも生まれ変わりに似た逸話が一つだけあるよ』
「あ、素戔嗚は黄泉の国から帰ってこれたっけ」
『そっちじゃなくて。天岩戸伝説だよ。実は岩戸の先は黄泉だとする考え方もあって蘇り――つまり黄泉返りだとする説もあるんだ』
伝説で岩戸を開いたのは天八意思兼命の鶏の鳴き声と天之鈿女命の踊り。天児屋命の祝詞、そして手力男命の怪力に布刀玉命が岩戸を閉じることで完成する。八百万の神も演奏に参加したんだっけ?
とにかく、アイの魂が黄泉の国にあるというのなら、(常世の)どこにもいないという解釈も可能だ。そしてこれはアクアたちにとって希望になるんじゃないだろうか。
しかし黄泉の国での伊弉冉はぐずぐずの醜い姿だったというが……。
『ところで天津甕星の巫くん。ヒスイくんの役目が何か知ってる?』
「え!? い、いや。知らない、です」
「うっわ。照れてる、キモ。そっちはお兄さんを生まれ変わらせた神様に聞かないと分からないんじゃない?」
俺を助けた神? 兎というか因幡の白兎に縁のある神様と言えば大国主神だけど、まさかそんなことがあるのだろうか。え、マジ? だとしたら俺ってすごい大物なんじゃ……。
「知らないけど、お兄さん歌手なんでしょ? じゃあ天児屋命なんじゃない?」
えぇ……。
なんとなくヒスイの役目が見えてきました。どうやって風呂敷を畳めばいいんだろう(錯乱)
ちなみに「星の子」の中で水子の魂は「この星の命だからこの先のことは分かる。空と海に還る」と言及しています。作中では生命にとっては自明の理という設定です。星と海にしたほうがよかったかもしれないと今更思ってます。