反省してます。
「バズる曲ってさぁ……。ヒスイくん、この世の中にミュージシャンやアイドルを使ってるYoutuberやtiktokerがどれだけいると思ってるのさ」
善は急げと神木との演奏会を終えたその日のうちに俺はメムに連絡をした。B小町は有馬の引退を理由にしばらく大きな仕事はないらしい。実際ルビーちゃんは女優としての仕事があるので、メム単体ならアイドルよりもYoutuberとしての活動がメインになる。今は有馬特集の動画を作っているらしい。
数日して約束の日がやってきた。場所はメムの家。ここに来るのは今ガチで動画を作った日以来だ。まさかあかねとこんなに親密なバディになる日がくるとは思いもしなかった。
「傾向はあると思うよ? 曲の冒頭に前奏がないとか、サビから始まるとか。あとは分かりやすいワードとダンスの振り付け。あ、別にヒスイくんの曲にはダンスは必要なくて、勝手にインフルエンサーが振り付けしたのがバズるだけだから安心して」
何はともあれ早急に売れなければいけないとメムに訴えたところ、彼女は渋い顔をしながらも丁寧に教えてくれた。つまるところ、曲や詩がよくてもダメ。歌が上手くても関係ない。ただティーンエイジャーたちに刺さる何かが必要なのだ。共有できて承認欲求を発散できる話題になる。それが一つの定番だ。
「は? 大衆に迎合してロックが演れるかよ」
「だからヒスイくんには合わないと思ったんだよぅ」
過去に神木を探すために性に合わないジャズを世に出し続けて演奏し続けた俺が言のもなんだが、それは音楽なのか? ただの消耗品じゃないか。もっと魂を揺さぶって歳を重ねても当時の思い出とともに口ずさめるようなものが音楽だろう。俺はまだ20歳にもなっていないが、雨宮吾郎の人生にはそういう曲があった。まさにサインはBなんてさりなちゃんとの思い出の曲だっただろう。
「でもさ、ヒスイくんって一回軽くバズってるよね」
「そうだっけ?」
「自分の曲なのに忘れてる!? 『アイドル』だよ!」
『アイドル』
それは雨宮吾郎の記憶から書いた曲だ。いや、だったと言うべきか。無意識のうちにアイの子としての思いがそこかしこに滲みでているのが今になって分かる。降りてきたと思っていた歌詞は俺の中にあった思い出だったのだ。
たしかにあの曲はユーチューブで発信したものだ。
「やっぱアイの声で売ったのがウケたのか?」
「あれアイの声だったの!? ボイスチェンジャーで女性化してるだけかと思ってたよ」
「いや、アイの音源や過去の映像記録から声を収録して専用のソフトを作った」
「時代先取りしてんねぇ! ってそういうことじゃなくてさ、いきなり歌いだしで難しい音から入るでしょ? あれって動画見てる人の興味をそそるわけだよ」
なるほど。アイの自信満々なアイキャッチをイメージして作ったイントロにそんな要素があったのか。やはりアイは神。
しかしメムの言うとおり数多のミュージシャンが楽曲をウェブに解き放っている今、一曲だけでヒットできるかどうかは厳しい賭けだ。おそらく数曲は作る必要がある。そのどれもが同じような導入というわけにもいかない。
「あとヒスイくんが狙うターゲット層も考えなきゃね。SNSからバズを引き起こすのは10代や20代。でもそれ以上の年齢まで波及させようとするなら社会現象を起こさなきゃいけない。逆に既に幅広くウケてる作品に相乗りすれば一気に全年齢に広げられる」
超有名アニメ作品や大河ドラマ、各局看板ドラマの主題歌に人気映画シリーズの楽曲。有名どころのカバーアレンジ曲なんかは後者の可能性がある。JupiterにあやかってVenusでも作るか? ダメだ。日本じゃ金星より美の女神のイメージが強すぎるな。
「ヒスイくんもアイが好きなんだね。私も好き。ルビーちゃんは強火すぎて着火しないように気をつけないといけなんだよ」
「わかる」
「あれ? でもわざわざアイの声を生成してまで曲を作って、歌詞もよく思い返せば際どいワードが入ってる。さてはお前も強火ヲタか!!」
「うむ」
俺は生まれる前からアイヲタだからな。いくら転生しているとはいえアクアやルビーは前世ではアイヲタではない期間があったはず。ならば最初から徹頭徹尾アイヲタである俺の方が純度は上だ。
あ、ちなみにうりゃおいは俺の素の声です。
「ドヤ顔されてもなぁ。じゃあもういっそもう一回歌えば? 今度は地声でさ」
「なぬ?」
「前回のはYouTuberとしての作品じゃん? 今度はレーベル所属のヒスイくんとして歌うんだよ。アイの歌って分かるようにすればセンシティブだからバズるよきっと。……炎上の可能性も高いけど」
おい、最後の小声聞こえてるからな。俺は耳がいいんだ。
だがアイドルを再び歌うとなると微妙に気になることがある。俺は雨宮吾郎と胎内から見た彼女しか知らなかった。しかし今やルビーちゃんから聞いた母としてのアイも知っている。これを無視して世に送り出していいものか。いや、よくない。
しかしルビーちゃんから聞いたプライベートな要素を入れた歌詞を書けば兄妹揃って怒るかもしれない。いや、魑魅魍魎が跋扈している芸能界の上に行こうと思うならばそのくらい覚悟しなきゃいけないだろう。よろしい、ならば戦争だ。
「おし。一曲はそれでいこう。MVは最近よく見るイラストがいいのか?」
「それも手だね。もしくはタイトル的にダンスしてもいいかもしれない」
「メムが?」
「そうそう。ってなんで!?」
「言い出しっぺじゃん」
インフルエンサー兼現役アイドルが踊るMVとか大勝利の画しか浮かばない。いや、アイの格からした役者不足なんだがルビーちゃんでも劣っているのは同じなのでヨシ。むしろ大衆に近いほうがいい。そうなるとピーマン体操で実績のある有馬とかもいいんじゃないだろうか。
「よし、有馬にも躍らせよう」
「引退したばかりなのに!? 鬼!?」
「ついでにアクアにも踊らせたいな……」
「あ、わかる」
あいつもアイの歌だと分かれば喜んで踊るだろ。俺も吾郎の記憶があるって知ってるんだし。俺は生産型ヲタクにジョブチェンジしたがアイツは布教型ヲタクだから天職じゃないだろうか。もういっそフリルにもあかねにも躍らせればいいんじゃないか?
「あのー。まだ私引き受けるって言ってないんですけどぉ」
「は? (最後まで)付き合えよ」
「きゅん」
ふっ。天然で激重女製造マシーンを見てきた俺は知ってる。大事なところをぼかしてキラーワードだけ発しておけば勘違いが生まれるってな。メムに男っ気がないのは知ってるから、アクアほどのイケメンじゃなくても効果はある!
「わかったよぉ。でも他の曲は自分でなんとかしてね?」
「全部メムに頼りきりってのもカッコ悪いからな。あと何曲か考えてみる」
「あっ、ちょっとくらいなら頼ってもいいけど……」
オッケー!! 全力で頼ります!
☆★☆★☆★
さて、そうと決まればやらなきゃいけないことがある。
アイの声を商業化するなら苺プロダクションの許可が必要だろう。マネージャーに相談したところ、やはり故人とはいえ後々のトラブルを避けるためには特許を取っておいたほうがいいらしい。また、その際に苺プロダクションと契約を交わすことも忘れてはいけない。
ちょっと双子とエンカウントしたくないなぁと思っていたら、一応事務所としてはうちのほうが大きいこともあって先方の社長である斎藤ミヤコさんがうちに来てくれた。メムも一緒である。
「この度はご足労いただきましてありがとうございます」
「いえ、なんでもこの話はうちのMEMから言い出したそうですから。それに私も動画を拝見しましたが、クオリティは素晴らしいと思います。共同で使わせていただけるのならこちらとしてもありがたい話です」
そう。今回のシングルではA面を俺の声で歌い、B面にアイバージョンを入れることになった。旧B小町ファンを囲い込む作戦だ。その際以前用いたフェイクアイに関しては特許の中に星野アイの肉声を学習したソフトと明記してある。苺プロダクションとしては今後そういうツールを開発する可能性もあるだろうから、星野アイの声を使用させてもらう条件に自由に使ってもらうことを盛り込んだ。
しかも商談を進めていくうちに、なぜかメムが正式に動画で踊ることが決定し、振り付けはぴえヨンさんが担当してくれることになった。もちろん正当なギャラは発生するが完全に苺プロと二人三脚で売り出すシングルとなる。アイの事務所とアイの歌を出すなんて激アツじゃん。
これは実質アイとの共同作業では?
『未完成のアイドル』から『完全で究極のアイドル』へ。