諸刃の剣と分かっていても必要な回でした。
今回のお話を読んでいただければ分かってもらえる、かしら?
父方の祖父母→母方の祖父母に修正(2023.08.17)
「森本ヒスイです。よろしく」
マネージャーの提案から三日後、俺は母のサインが押印された書類を持って事務所を訪れた。ジャンルは違えど再び仕事の話を自ら持ってきたことに歓喜して、母は迷うことなく判を押した。
それから新たな音楽関係の契約書に不足がないことをチェックし終えると、マネージャーは「ちょうどよかった」と言って別室に俺を誘導した。
「宍道みなも、高校二年ボーカル担当だよ。バンドではカペリンって名義だからよろしくね」
「南雲です。中3でドラム」
「ベース担当のカケル。大学生だけどあんま気にしないで。何かあったら頼ってね」
防音処理が施された一室に3人のパッションと若さ溢れ出る少年少女たちが揃っていた。いや、なにが「ちょうどよかった」だ。今日来ることは事前に伝えてたんだから完全に呼んでただろ。
カペリンと自称する少女は小柄で丁寧な言葉遣いが特徴的だ。南雲君は思春期真っ只中という感じでぶっきらぼう。とても親近感を覚える。そしてベース担当のカケルさんは大学生というだけあってかなり大人っぽい。前世の俺からしたら大学生なんて子供なのに不思議なものだ。
「翡翠くんか。バンドでの名義はどうするの? そのままでもカッコいいけど」
「そのままが嫌ならJadeとかでいいんじゃね?」
ジェイドって翡翠の英語名か。中二病発症してんなぁ。ではなく。
役者を今後続けるかはともかく、異なるジャンルへ転向や兼業する場合の芸名の扱いというのはどうするのだろうか。
ちなみに役者としては『森本ヒスイ』で通している。翡翠って書きにくいし子供は覚えられないだろうという配慮だ。
二つの事業を両立している有名人といえば福山さんとか、海外ではジョニーなんかがいる。ジョニーは本名というか愛称だが、二人とも同じ名義で活動している。
「そのままでいいです。マネージャー、いい?」
「いいよー。むしろ中二病全開の変な名前じゃなくて助かったよ」
「それどんな名前ー!?」
「森本エメラルド二世とか」
マネージャーとカペリンが変な掛け合いをしている背後で、南雲君が苦々しい表情で立ち尽くしているのが見えた。君、中二病重症か。
「ヒスイ君。そんな堅くならなくていいよ。これから一緒に活動するメンバーなんだし」
「そう……かな?」
「そうそう。それに俺たちはバンドマンなんだから楽にいこう」
このメンバーの中で、実は俺が最年少だ。中学二年生だけどさすがに前世から数えて40年以上生きている身として中二病では断じてない。担当はリードギターになる。一応カペリンもギターを弾けるということらしいが、基本的にはボーカルに専念するらしい。楽曲は事務所に所属している元ボカロPの作曲家が担当してくれるらしい。
こうして俺たちのバンド活動が始まった。
☆★☆★☆★
『作詞作曲:森本ヒスイ』という文字を見て、私は目を疑った。むしろいったんスマホを閉じて、こめかみをほぐしてからもう一度メールを読み直して現実を飲み込もうとした。
「なんでよ!!」
飲み込めなかった。森本ヒスイといえば子役として何度か共演した役者だ。一応腐れ縁と言ってもいい。年を経るにつれて子役としての活動が厳しくなっていた私は、正直なところあいつのことを気にかける余裕がなくなっていた。だからあいつが役者としてほとんんど活動していないことはうっすら把握していたけど、どうせ子役としての寿命だろうと思っていた。
ところがだ。暗中模索・五里霧中・七転八倒の私の目の前に現れたあいつは、なぜか音楽家として現れた。いや、その提供された楽曲は私が歌うんだけれども。
「編曲は有名な人ね。ってあいつバンドなんて組んでたんだ。うわ、なんかアニメのタイアップとかやってる。これ売れない新人をごり押しするためのやり口じゃない。けけけ、あいつも苦労してんのね」
今回私に提供されたのは8thシングル。子どもだから許された『ピーマン体操』から爆死の連発。振り絞って送り出した『Full moon…!』を経て、音楽で生き残るのは無理だろうと感じていたときに話がやってきた。事務所としてももう無理だろうと考えていたのでこちらから営業をかけたわけではない。どうやら相手側から有馬かなに歌ってほしいという打診があったそうだ。
幸か不幸か作詞作曲は売れないバンドのメンバー。一応有名音楽家による編曲は施されているが、これまでの楽曲よりもかなり格安だったらしい。
「なによそれ。自分だって売れてないくせに施し? 哀れみ?」
それとも――もしかして戦友へのエールとかそういうのなのかしら。無意識のうちに私はにんまりと笑みを浮かべていた。鏡に映る私はかなり気持ち悪い顔をしていた。
☆★☆★☆★
「どんまい!」
背中を叩くカケルがうざい。彼が言っているのは間違いなく俺が作詞作曲をしたシングルのことだろう。
有馬かな8thシングル。曲名は『天球』。7thシングルに関連したものにした。ただし内容としてはしおらしい『Full moon…!』とは異なり、力強いポップスにしている。猫被ってる有馬ではなく本来の生意気な有馬は表現した、つもりだ。
もしも有馬がこのことに気づいていたなら結構恥ずかしいが、今のところ言及はないのでセーフ。
「でもさ、初めて公に提供した楽曲でこの数字なら結構よくない?」
「売り上げ枚数約千二百枚。有馬かなちゃんの前作が800枚だから、これはヒスイ君の力じゃないかな」
「つっても有馬かなも歌唱力上がってたし。どうだろうな」
南雲だけ厳しい。早く思春期を脱してくれ。
しかしながら彼の言うことは正しい。有馬はしっかりトレーニングを積んでいたし、こっちの意図を汲んだのか素なのかは分からないが強気な歌い方でパフォーマンスは上々だ。それでも売れなかった、というか爆死したのは二人の知名度と実力不足なのだろう。
「まぁサポートとして俺らも参加したし、ヒスイだけじゃなくて俺らにも反省するところはあるよね」
「その話はやめろ……」
とまぁこのように全員揃って参加して爆死したのだ。唯一被害が少ないのはコーラスのみで参加したカペリンだろう。
今の会話から分かるように、俺たちはそんなに売れていない。今まで4枚のシングルを出しているがほぼランキング外だ。タイアップしたアニメがヒットしたという理由でチャートインした曲が1つあるが、そんなものは例外だ。
ビジュアルもふつう。カケルがやや顔が整っていてトークが出来たがあくまでもリーダーが務まるレベルってだけ。テクもふつう。唯一の武器は若さ。特にギターとドラムスが中学生という異例さが話題だったのだが、そんなものしばらくすればたいしたエッセンスにもならない。
だから解散という話になるのは自然の流れだったのだ。
☆★☆★☆★
バンドが解散すると次に何をするかを問われることになる。役者かミュージシャンか。それともただの学生か。
両親の意見は当然のごとく役者再開だった。子役時代の収入が忘れられないのだろう。しかし今復帰したところで上を行く俳優は山ほどいる。
他のバンドを組んだりソロデビューできるのかといえば、事務所側からそういう話はない。ここ数か月のマネージャーの渋面を見る限りナシと考えるべきだろう。
つらつらと周辺の反応を振り返ってみたが、実はバンド結成後も続けていたユーチューブのアカウント(名義は当然ヒスイではない)の再生数が伸びている。
作曲を勉強し始めてから、既存曲のアレンジやバンドに持っていくことのなかったオリジナルなんかを配信していたらそれなりの収益になっていた。これは親には告げていない。事務所に手伝ってもらったからだ。
「今日からよろしく。爺ちゃん」
「うん。とりあえず翡翠が満足するまでやってみぃ。それまでは好きなだけおったらええ」
だから家出した。
芸能活動のことで大げんかをしたその日のうちに、楽器とスーツケースを持って家を飛び出した。頼ったのは都内に住んでいる母方の祖父母の家だ。子役時代に母が贅沢をし始めたのを窘めていたのを思い出して、もしかしたら頼れるかもしれないと思ってのことだった。
快く迎え入れてくれた祖父は電話で両親を上手く説得してくれたようで、数日後には私物の入った段ボールが送られてきた。
ここ数年で一番大きかったストレスから解放されると、不思議なことに創作意欲が湧いてくる。逃げ出したいという思いが見返したいという思いへ変化したことが影響しているのだろうか。
少し話は変わるが、高校生になったら有馬かなが同級生だった。死ぬほど気まずかった。
いや、そんなことはいいんだ。とにかく俺のユーチューブでの活動は事務所にも一定の評価を受けるくらいには成功していた。だからこその芸能科への在籍だ。
そして俺はこの曲を書いた。俺なりに今を生きていることの感謝と、前世での追悼を込めた楽曲を。
色褪せた断片的な記憶を拾い集めて歌詞を綴る。メロディは降りてきたってやつだった。それらを試行錯誤しながらベストな形で世に送り出す。まさに俺史上傑作だ。
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『この曲……』
双子がそれぞれ目にしていたのはあるYouTuberの動画だ。兄は世話になってる大人の部屋で、妹は自宅のリビングで。
動画は最近話題になっている音楽系YouTuberのもので、自らギターを握って演奏することもあればボカロなどを使っていることもある。
だがこの曲。この『アイドル』は――。
『アイ(ママ)の曲だ』
この二人をして、あまりにも彼女のことを鮮明に映し出した曲だった。
蒼色の瞳が暗く濁る。