メイクさんが不憫ですが、鬼気迫るあかねちゃんの表情が面白い。
鏑木はオフィスで情報収集をしながら苦悶の声を漏らした。
「これは……」
彼は日々のプロデュース活動のために様々な情報を常に集めている。それは芸能に関わるものであればあらゆることに通ずる。当然音楽の情報にもアンテナを張っている。
昨日発表された週間ヒットチャートを確認して苦虫を噛み潰したような声が出たのだ。毎日更新されるデイリーチャートで急浮上したその曲は、日々記録を更新していってついに頂点に上り詰めた。そんな日々が続いた結果、ついに週間記録でもトップに躍り出たのだ。
「かつてのB小町のメンバーとのコラボだって? アイを題材にした映画と何の絡みもないところでそんなことをされちゃ困るじゃないか」
せめて映画の宣伝活動の一環であればよかった。完全に主導権を握っていなくてもコラボという形であれば呑み込める。しかし完全に外野でこんな派手なことをやられてしまっては映画が及ぼす効果が奪われかねない。
「やあ、五反田くん。君森本くんの曲のことは知ってるかい? うん。へぇ、君も驚くほどの再現度か。僕もなかなか鋭いなと思っていたんだ。昔のバージョンよりさらにブラッシュアップされている。かなり星野家に踏み込んでいないと書けない詞だ」
かつて恋愛リアリティーショーに彼を起用することになった切欠こそがこの曲だ。星野アクアというアイの実子が提示したというのも今になって思えば印象的だ。
彼と森本くんが今どのような関係なのかは知らないが、アイの情報を得ることは不可能ではなかったのだろう。加えて過去のメンバーを表舞台に引きずり出すほどの何かを持っている。案外いいプロデューサーになれるのかもしれないな。
しかし今は彼が邪魔だ。
「え? 彼の曲を映画に? いやいや。もう音楽チームは決まっているんだ。彼らへの発注はもう済ませていることは分かってるね? それに彼の事務所は大手だ。金がかかるよ」
五反田くんは非常に能天気だ。根っからのクリエイター気質でロマンチスト。現実のエンターテイメントには金は不可欠だということを理解していない。いや、分かってはいるが骨身に沁みているわけではないんだろう。
「なんにせよ、まずはアクアくんの同意を得てきなよ。僕たちは彼の都合に付き合っているんだ。その片手間で僕と君は名声と実利を得るんだから」
すべてはアイの復讐のために動いている星野アクア。
映画は人一人の力でどうこうなるものではないが、全員の協力がなければ完成しない。そして彼は周りを動かすのがとても上手いのだ。
☆★☆★☆★
ちがうそうじゃない。
そうはならんやろマネージャー。思わず関西弁でモノローグをかっ飛ばしてしまうほどの出来事が俺を襲った。なんかグラサンかけてポーズ取りたくなったよ。
マネージャーに呼び出されて事務所にやってくると、彼はチャート一位を獲得した日に勝るとも劣らない笑顔で俺を迎えた。俺に心当たりはないので嫌な汗が背中を伝う。
「待ってたよ〜森本くん! 君はやれば出来る子だったんだね!」
それは逆説的に今まで成果をあげてこなかったと言いたいのか。とにかく何か仕事のオファーがあったのだろう。それも大きめの。
ライブだろうか。いや、夏ドラマやアニメの主題歌の話があったか? ゴールデンの音楽番組のときもこれくらい喜んでいた気がする。
「アイを題材に選んだのは正解だったね。なんでもアイのドキュメンタリー映画を制作するらしくて……星野アクアくんが来てるよ」
アクアが来ている。なんでやねん! もう一度言うぞ。なんでやねん!
おそらく『アイドル』を聴いた誰かが映画と連携させたいと言い出したのだろうが、絶対にそれはアクアじゃない。もっと上の人間だ。スポンサーかプロデューサーだろう。それを踏まえてアクアがここに来たのは釘を刺しに来たのか? あるいは俺のほうから断らせようとしている?
頭の中で思考が堂々巡りしているが、俺の足はまっすぐ会議室に向かっている。よくアビ子先生と話をしていたオープンスペースではなく、密室の商談スペースだ。
「お待たせしました。森本を連れてきました」
対外モードになったマネージャーに促されて部屋に入る。四人掛けのテーブルとモニターがあるだけの小さな部屋だ。自然と上座に座るアクアの視線が俺を真っ直ぐに見つめている。
もう一人隣にいるのはかつて世話になった鏑木プロデューサーだった。柔和な笑みを浮かべてマネージャーに手を差し出す。
「こちらこそ、お時間を頂きありがとうございます」
「いえいえ。鏑木さんには以前もお世話になっていますから、むしろ私どもから伺うべきでした」
「フットワークが軽いのがウリでして」
嗅覚が異常に優れた人物だ。となると俺を何らかの形で利用したいと言い出したのはこの人か?
「アクアくんは知っての通りアイに最も詳しい人物です。脚本にも関わっているので同席させていただきます」
「よろしくお願いします」
アクアはいつもどおりの澄まし面だ。俺がいるため取り繕う必要はないと感じたのだろう。軽く頭を下げて席につく。
ドキュメンタリー映画の脚本にアクアが関わっている。五反田監督だと聞いていたが……なるほど。これなら存分にアクアは映画内で暴れられる布石を打てるというわけか。
役者は全てアクアの思い通りに動く。アクアの意図を汲み取った演者たちは優秀であるばかりにそれをリアルに演じざるをえない。
二人を視界に入れて思考していると、まずは鏑木さんが切り込んできた。相手は俺だ。
「やあ森本くん。あの曲、なかなかブラッシュアップさせてきたね」
「ええ。俺もいろいろと成長したので。学んだことを活かせたと思います」
「くっくっくっ。メムくんとは仲がいいんだね。僕のおかげかな?」
「ははははは」
お前そうやって貸しを作ろうとしてるだろ。そう簡単にはいかない。
「鏑木さん。本題に」
アクアもパワーゲームに興味はなかったのだろう。すぐに横槍を入れる。
「ああ、そうだね。さて、映画の題材とそちらの楽曲が奇妙にも同時期にリンクしてしまった。これは是非活用したほうが相互に効果を見込めると思いまして。音楽制作のほうにも確認を取りまして、エンディングに使用させていただきたいと思っています」
ほう。エンディングか。たしかに作中にはB小町の楽曲が出てくるだろうから、他に曲を差し込むとしたらそこしかない。だが音楽映画というわけでもないのに過剰にならないだろうか。
「苺プロさんにも確認しましたが、カップリング曲は実際のアイの声を利用しているらしいですね。実に映画にフィットすると思いましたよ」
「なるほど……。悪くはない話ですね」
マネージャーも中々どうして。普段はバカっぽいのに、商談となると強気になる。あちらから持ってきた話なのだ。もっとふっかけようという腹積もりだろう。たとえば、映画への出演とか。もちろん俺じゃなくても事務所の誰かをねじ込めればいい。
「では旧B小町役の1人を……女性タレントに元アイドルの方がいますよね」
「ええ、数名所属しています」
「年齢的に後期メンバーで枠を用意しましょう」
B小町は武道館ライブまでに5人が抜けている。その後メンバーを何度か追加しているが、おそらく後者のメンバーだろう。さすがに中学生役を務められる人材は今うちにはいなかったはずだ。後期メンバーなら20代でも該当メンバーがいる。アイはメンバー内でも若かったからだ。
B小町のメンバーはほとんどアイのバックダンサーと化していた。もちろん古参メンバーにはしっかりファンはついていたがアイには劣る。メムがその古参メンバー――おそらくビジュアル的にきゅんぱんを演じるらしいので、カナン役あたりを割り振られるのだろう。
キャスティングは終えてると思うが、鏑木さんならどうとでも出来るのだろう。
「さて、じゃあ我々は隣室で契約書を制作しましょう。なんでもアクアくんが森本くんに質問があるらしいからこの部屋はこのままで」
「え?」
「悪いな、ヒスイ。少し付き合ってもらうぞ」
マジか……。やっぱり歌詞の内容についてのクレーム?
無情にも扉は閉じられて、俺とアクアの二人が室内に残る。さきほどまでの畏まった様子はなく、姿勢を崩して淡々と話しだした。
「手段を選ばない俺にお前が売れるために取った行動を非難するつもりはない」
「そうか」
「お前に雨宮吾郎の記憶があることを知ったことであの曲の謎が解けたからな。ルビーとの関係で改訂部分にも納得はいく」
ここに来たのがアクアでよかった。ルビーちゃんは直情的だがこいつは違う。しかも後ろ暗いことを実行できて駆け引きの経験もある。だからこの後の問答こそが本当にアクアが知りたいことだ。
「序盤がアイ以外の視点になるが、これはこの前の動画で分かった。あれは他のメンバーの視点だったんだな。解像度が高くなったのも本人と接触できていたからか」
うーん。めっちゃ考察されてる。ここまで来るとアクアは俺のファンなのではと思えてしまう。
「ところで間奏とラストが英語なのはどうしてだ? お前のことだから無駄なことはしないはずだ。my savoirは俺たちのことか? saving graceは愛してるが嘘じゃなかったことか? 本当にそれだけか?」
アクアの目が鈍く光る。これは神木が俺の心を推し量ろうとするときの目によく似ている。
鋭いな。ふつうならただの合いの手として流すところだ。
きゅんぱんですらこれは自分の主観だと思っていた。彼女はsavoirはアイでsaving graceをアイのもたらすものとして捉えている。神木ですら同じように考えるだろう。そしてルビーとアクアにはアクアが言ったとおりに聞こえるようになっていた。
「それだけだ」
「そんなわかりやすく嘘をつくやつがいるか」
「ああ、嘘だからな。だが言えないから嘘をつくしかない。それだけだってな」
この歌詞には3つの意味がある。3つ目のは文字通りの意味だ。救いと世俗から離れるという意味だ。つまりアイの魂が未だ現世ではない世にあるという俺の願い。
俺の役割が何かは未だに分かっていない。それでもアクアとともに復讐するためじゃない。アイに代わる太陽になるわけでもない。だがアイの魂を継いでいる俺が今この場で無関係だとは思えない。
とにかく、心理戦が苦手な俺には力技しかない。堂々と嘘だと胸を張る。アクアの視線が痛い。俺が根負けするのを待っているんだろう。そうなると俺には話を逸らすしかない。
「アクアはストーカー役だそうだな。俺は神木役のほうが似合っていると思うけど」
「は? ああ……犯人役と聞いて勘違いしたか。昔のカミキ役だ。お前、人のよさそうな顔して辛辣なことを言うんだな」
「その外見で神木のセリフを言えばより聴衆に訴える効果が……いや、待て。お前まさか狙ってこのキャスティングを?」
今のアクアは高校三年生だ。ギリギリ妊娠時のアイを殺した当時の役も演じられるだろう。おそらくアイと出会った当時もアクアが演じる。
その後アイが死んだときは大学生くらいのはずだから、劇団ララライの姫川大輝が年齢的にちょうどいい。彼も神木の子だ。さらにあかねの又聞きだが演技の才能は神がかっている。
捨てられた二人の息子が演じた神木はさぞおぞましく映るだろう。
五反田監督はルビーちゃんをアイ役にした男だ。作品のクオリティのためならこの意図二、気づいてなお配役を通す。いや、もしくはアクアの協力者なのか?
変なところで嫌な予測に遭遇してしまう。当のアクアは身体の力を抜いて目を閉じた。
「はあ……。勘のいいやつだ。あかねも気づいていそうか?」
「知らん。他に代わりも報酬があるなら黙っていてもいいけど? 貸し一つにしておくか?」
「変なことを覚えたな」
ああ、
「そういえば、お前はこの映画でどう復讐するつもりなんだ? 映画内で罪を暴くだけならあいつノーダメだと思うけど」
どうにも動く気配がないからな。俺が思うにあいつはアイを殺したことを悔いている。死んでいないから生きているだけで、アイの面影のある人間を偽者として殺して回っている。あいつにトドメの刃を向けたところで、嬉々としてその首を差し出すのではないだろうか。
しかし今の質問は失言だったらしい。やはり俺に駆け引きは向いていない。
「もう一つお前に聞かなきゃならないことが増えたようだ。お前、ずいぶんとカミキに詳しいみたいだが、どういうことだ?」
ぐっと息を飲む。が、その答えは決まっている。
「お前のせいだよバカ野郎」
実際にはあかねのせいでもあるんだが、あいつをおかしな方向に成長させたのはアクアなのでやはりアクアのせいだ。うん、俺は間違ってないぞ。
「は?」
「おそらくもう必要はないが、お前と神木が接触しないように調整してたんだよ。あいつからの依頼でな。俺も自分の身を守るためには従うしかなかったんだ。許せ」
途中で立ち上がろうとしたアクアを制止する。神木の依頼ってところは危なかった。しかし神木の狡猾さや危険性を知っているアクアにとって、その後の言葉は十分に思いとどまる要素になったらしい。
「……お前にとってカミキはどう映った」
「狂人。サイコパス。死兵。狂信者。殉教を待つ者。そんなところかな」
「少し気にはなるがやることは変わりない。それにあっちもそろそろ終わりそうだ。この辺りにしておこう」
本当にこの父子は面倒くさい。いや、母も面倒か。
俺の瞳にはアイの名残があるが、果たして魂にも何か影響はあるのだろうか。アイは特に歌は上手くなかったが作詞の経験はあるらしい。しかし俺は演技ができない。アイもカミキも演技が上手いが……あれ、カミキの要素はどこいった?
My saving graceは辞書では救い・聖別と翻訳されます。本作ではヒスイは後者も込めています。
ところで40話くらいで終わるかなと書き始めたらまだ終わってません。
次回から『15年の嘘』の撮影が始まります。本作は映画編で終わる予定なので50話までには終わる、はず。
どうか最後までお付き合いください。