魂の子   作:aly

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今回はアクアとルビーの心情を描いています。
ヒスイやあかねに寄りがちだったので、ちょっと新鮮。


子役

 人生において貸し借りなんてするもんじゃない。

 散々人を利用してきたこの人生だが、天網恢恢疎にして漏らさず。それがこんなふうに返ってくるとは思っていなかった。

 ついに撮影が始まったことで、俺たちの復讐が一歩進んだ。映画の撮影というのは視聴者が見る時系列通りに行われるわけではない。特に人一人の人生を追っていく今回のような撮影においては、必ず問題になるものがある。四季だ。世界的にはCGで背景処理をしてしまうことが多いが、日本ではまだそこまで普及していない。しかもリアルにこだわる五反田監督はかなり否定的なタイプ。

 実際嘘が特徴であるアイを描くにあたって、周囲に虚飾があってはノイズになる。俺もそれは反対だった。映画の公開日は来年になるだろう。

 だからまずは現在の季節。つまり初夏あたりのシーンから撮影に入ることになる。例えば武道館ライブやアイの命日なんかは冬の出来事だからかなり先の撮影になる。

 アイの過去を描く以上、幼少期・アイドル時代・復帰前後の3度のシーンを並行して撮影する。俺が最初に撮影に臨むのは劇団ララライでアイと出会うシーンになる。そしてこの時期には重要なシーンがある。俺たちが幼稚園で行ったお遊戯会だ。ここでルビーはアイドルの片鱗を見せる。母として娘に寄りそうアイの姿が見られるのだ。また、五反田監督の映画で有馬と出会ったのもこの頃だ。息子である俺の役者デビューも撮影される。

 俺自身が撮影に入るわけではないが、ルビーの付き添いとしてその現場に立ち会うことになった。

 自然の中で行われる撮影とあって、映画のシーンが先に撮影される。この映画はアイが主役を食うほどの成果を出したアイドルの枠を超える第一歩で重要なカットだ。

 奇妙なことにかつての演者の控室がそのまま俺たちの控室となっている。

 

「ねえアクア。私ママになれてる?」

 

 ラフな黒いワンピースはどこにでもある衣装だが、髪を染めてアイに扮したルビーが着ると話が違う。しかも最近なんだか色気が増してきているせいかどうにもいけない。

 

「ああ。あとは演技だが……当時のアイは演技力じゃなくて存在感が重要だ。なんてことは言わなくても分かってるか」

「とーぜん」

「じゃあ俺は他のキャストを見てくる。お前は大人しくここで気持ちを作ってろ」

 

 あの日、ルビーが家を飛び出した日のことを思い出す。何が起こったか分からずに塞ぎこんでいた俺の前にルビーは再び現れた。

 俺に対する冷たい目は変わらない。しかし動揺しているのか唇をかんで目が時々泳いでいる。

 何かあったのだろうかと思うと、ルビーは不思議な問いかけをしてきた。

 

「私がプロポーズをしたとき、窓の外はどんな景色だった?」

 

 雪景色だ。山奥の冬では雪は珍しくない。その日もそんな一日だったことを覚えている。それからルビーは何かを確認するかのように当時の思い出を事細かに尋ねてきた。当然大事な思い出だったのでそれに答える。なぜか思い出しづらい記憶もあったが、その全てに答えることができたと思う。

 それから彼女が語ったのは、もう一人同じ記憶を持っている人物がいることだった。ヒスイだ。しかし彼の記憶はかなりちぐはぐで、人間性は当時の雨宮吾郎に近いことからルビーは彼を雨宮吾郎だと思っていたらしい。

 しかし、今日彼を訪れた先で全てが崩壊した。ヒスイ自らが別人であると告げた。死にかけていた赤子を守るために雨宮吾郎の魂の一部で守られていたというが、たしかに成人の俺が乳幼児に全ての記憶を転写できるはずがない。脳の可能性は未知数だし生まれ変わりなんて不思議の極みだが、そういう可能性があることは否定できない。

 実際に俺の知る森本ヒスイという人間は演じることが不得意だ。ルビーの目を欺くことなんてできるはずがない。

 だからルビーは俺に救いを求めて、俺の前世に確信を得た。それから距離がいやに近くなったのは誤算だが、今後のことを考えればメンタルは安定していなければならない。

 

「犯人役の星野アクアです。入ってもいいかな」

 

 最後に訪れたのはかつての俺たちの役を担当する子役たちの控室だ。さすがに1歳児に演技はできない上、4歳の頃までを演じることからもう少し上の年齢層で探したらしい。

 扉を開けて目に入ったのは、当時の俺を彷彿とさせる金髪の少年と、シャーベットカラーのワンピースを着た少女。そして赤いリボンをつけた――。

 

「お前は……!!」

 

 どこか不敵に笑う垂れ目の少女。異国の血が混じっているかのような虹彩。

 

()()()()()()。劇団ララライから来ました()()()です」

 

 それは間違いなく何度か会った不思議な少女。俺のことをよく知り、アイの魂の在処まで知っている。容赦のない言葉は聞くものを傷つける。こいつが現れてルビーは雨宮吾郎の死を知った。まさに疫病神そのものだ。

 しかし今、この少女の周囲には薄気味悪い烏は飛び交っていない。それどころか目には理性が伴っている。

 

「はじめまして、星野アクアさん。俺も劇団ララライから来ました。幼少期のあなたの役を務めます」

「あ、ああ。よろしく」

 

 こちらの少年も年の割に落ち着いている。いや、大人びている。まさか俺たちと同じか? だが、だったら何のためにわざわざ劇団ララライに入ってまでここにいる。あかねはどこまで知っているんだ。いや、ヒスイの独断かもしれない。要点だけ伝えずに、この子供たちをねじ込んだ可能性がある。

 

「私たちって適任でしょう?」

「ああ、薄気味悪さではこれ以上ないな」

「性格悪ぅ。ヒスイお兄さんやあかねさんを見習ったら?」

 

 違う。二人とも噛んでいる。しかもこいつはわざと二人の名前を挙げた。その証拠に俺の挙動や表情を見逃すまいと観察している。隣の少年もまた同じだ。

 

「私たちのキャスティングに文句は言えないよね。だってあなたは彼に貸しを作っちゃったものね?」

「俺、あいつも結構な悪魔だと思う」

「でもあんた生黒川あかねに会いたいって言ってたじゃない。この先会えるかもしれないよ」

 

 何も考えずにこの光景を見れば、大人びた子供が年相応にじゃれているように見える。かつての俺とルビーもそうだっただろう。五反田監督は人がよすぎると改めて思う。

 今の言葉から、あかねとは直接対面していないが関係があることが分かる。いくら多忙とはいえララライにまったく顔を出していないとは考えづらいから、子供たちはあまり頻繁に通っているわけではなさそうだ。最悪、在籍しているだけの可能性もある。また、ヒスイとは面識があるのは確実だろう。

 

「まぁ演技さえしっかりやってくれればいい。君もいきなり悪かったね。肩の力を抜いて頑張ってくれ」

「は、はい!」

 

 有馬役の子が不憫だ。だが、ルビーはこの子供たちにどう反応するのだろうか。

 この疫病神に万感の思いで「愛してる」なんて言えるのか?

 

 

☆★☆★☆★

 

 

 当時の主演役だった女性の前に二人の子供が立ちふさがる。

 おどろおどろしい声で歓迎する少女と、神がかったかのような利発さで案内する少年。

 

「どう? 彼、けっこう演技上手いでしょう?」

 

 それを私は、あの忌まわしいクソガキと一緒に見ている。アクアが何があっても冷静でいろと注意していたのはこのことだったのか。

 高千穂で私に何もかも知っていると告げた不思議な少女。アイの死の真実やアクアの真意。誰の差し金かは分からないが、私に復讐の火を灯すのに正体は関係がない。しかしどうして彼女がここにいるのだろう。

 

「友達?」

「そうでもある。私とあなたたちに似た関係だよ。ヒスイお兄さんと深いつながりがあるの」

 

 唐突にヒスイ先輩が出てきて胸が痛くなる。あの日彼の下を去ってから、私はアクアにせんせの影を見つけて甘えていた。アクアの復讐に利用されていることは気づいていたが、そうでもしないと先輩との日々が蘇るからだ。

 彼は悪人ではない。あの日の横顔は気をぬいた瞬間に瞼の裏に蘇ってくる。後悔と悲しさと何かがないまぜになった表情だ。きっとその何かとは、使命感だ。今私がアクアに縋っていなきゃいけないと思っているように、彼もまた私を突き放さなきゃいけないと思っていたんだ。

 勇気を出して、演技の練習の合間にあかねさんから聞いた。ヒスイ先輩の一部は本当にせんせなのだという。もう他の部分と混ざってしまって区別がつかないから、自分がそうなのだと思い込んでいたって。

 つまり、あの日々に私の前で困った顔をして笑っていた先輩は紛れもなくせんせだったんだ。

 

「私たちの生まれ変わりにあなたが関係している。ヒスイ先輩の生まれ変わりには彼が関係している」

「間接的にね。アフターフォロー? ってやつかな」

「目的は?」

「あのさぁ、私子供なんだよ? 難しい話は大人同士でやってよね。ヒスイお兄さんに聞いて」

 

 ああ、結局私は彼から逃れることは出来ないんだ。

 キーホルダーを抱いて泣いていた彼に嘘はない。私には二人のせんせがいる。私の好きだった人。

 アクアとは兄妹として過ごしてきた。ずっと私を見守っていてくれた。

 先輩は辛い日々に温もりをくれた。きっと彼も私を見守ってくれていた。

 

「そろそろ私たちのシーンね。ママ?」

「そうだね。ルビー」

 

 この子の瞳には星の輝きはない。ただ、底知れぬ眩さがある。

 その疑問を全て忘れて、私は演技(アイ)に没入した。




 毎日更新って最初はプロット通りに書くだけなんですけど、次第にぶれだして困ったことになる。アビ子先生は偉大だ。
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