魂の子   作:aly

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些細な真実

 この映画はエンターテインメントである。

 したがって、観衆には見終えたときに面白かったと思わせなければならない。それは楽しいとか怖いとか驚きとか様々な感情で構成される。

 『15年の嘘』はアイドル星野アイがドーム公演まで登りつめていく過程とその死。そして彼女が遺したものを描いている。当たり前だが彼女の人生には欠かせないものがいくつかある。少女期の苦悩、愛を探すために始めたアイドル活動、そして様々な形の愛への渇望。そして俺とルビー。

 観衆は人気者の人生に潜む影を見て驚きや哀れみを感じるだろう。階段を駆け上げる姿に憧れを抱き、男に縋る姿に不快感を露わにするかもしれない。まるで感情のジェットコースターだ。

 最後に、彼女は遺児に対して、愛を見つけたことを告白する。そして眠りにつくのだ。デッドエンドの中に包まれたわずかな幸福。それが観衆にとっての救いとなる。振り回された感情の行く先が無ではないと感じるからだ。

 この作品は五反田監督のものであるから、彼特有の信条が反映されている。それはリアリティだ。社会へ訴えかけるものには虚実のバランスが重要である。虚の演技の中には演者の感情という実がある。同様に作品の中にも実の部分として、アイが遺したビデオレターや前身となったドキュメンタリーの映像が随所に散りばめられている。

 その実の部分こそが、カミキの存在と所業を明らかにする裏付けへとつながっていく。そして虚のシナリオが空白部分をつなぎ合わせてカミキの姿を浮かび上がらせる。このバランスが絶妙であればあるほど、そして役者の演技が俺たちの脚本にハマればハマるほど観客の脳に訴えかける。この犯罪は真実である。アイを殺した人物はまだ野に放たれたままだと。

 最後に残された希望がちっぽけであるがゆえに、それを守らなければならないという意思が働く。その動力がやつを表舞台に引きずり出すのだ。

 裁きは法ではなく、俺が行う。アイを奪われたすべての人の前で。

 

 

☆★☆★☆★

 

 ――半年後。

 

 肌寒くなってきた。町を歩けばコート姿が目立つようになってきて、マフラーや手袋を目にすることも多い。マルチタレントである俺は映画以外の仕事も最低限は受けているので、冬の出で立ちで撮影に臨むことも多い。

 この季節の撮影はいくつかのシーンを除いて順調に進んでいる。問題になっているのは雪のシーンだ。降雪機ではどうにもならないようなシーンがいくつかある。武道館ライブはアイの活動休止以前の重要なポイントだ。そして彼女の命日。その日はまだ雪は降っていなかったが、3日後には大雪が降った。情報が塗りつぶされていくその日々はアイの死と世間の非情さの象徴だ。

 週間予報についに雪の予兆が現れた。

 俺は監督とともにマンションの室内にいる。当時のマンションは年月の経過を感じさせない美しさを保っていた。あまりにも有名な事故物件ということもあり、その部屋はほとんど買い手がつかず、長居されることもなかった。そのため、いつでも撮影に使えるように部屋を借りておくことができた。

 リビングには俺と監督、そして撮影スタッフがいる。寝室は控えになっていて、ルビーと子役の二人が待機している。

 俺は決してアイが報われたとは思っていない。彼女はこれからもっと幸福になる未来が待ち受けていた。俺やルビーと共演することもあったかもしれない。いつか真っ当に親子関係を公表して、批判を浴びながらも堂々と壇上に立つアイが思い浮かぶ。

 決して観客に向けたほんのわずかな幸福を見せるのではない。カミキへの恨みがこもったシーンだ。ルビーもきっと、同じことを思っているだろう。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

 控室で私は奇妙な感覚を覚えていた。

 目の前に立つ二人の子供は現代のメイクの力で当時の私たちを見事に再現している。今まで撮影を重ねていくうちに、彼女たちが思っていたよりもふつうの子供だってことを知った。

 本来の年齢よりも幼い服を着せられて、不服そうなところはどこにでもいる子供だ。

 その少女が私の視線に気が付いたのか、にやりと悪戯な笑みを浮かべた。

 

「今から死ぬ気分はどう?」

「最悪に決まってるじゃん」

 

 口を開けば化けの皮がはがれて、皮肉屋で無遠慮な嫌な子供に変容する。

 

「神様って残酷だよね。愛しい子ほど試練を与えたがる。玩具だと勘違いしてるのかな?」

 

 アイは芸能の神に愛されていた。たしかミヤコさんがノイローゼになったときにハッタリで言った記憶がある。私は天照大神の化身でアイは芸能の神に選ばれた存在だと。あれは冗談だったけど、今はそれを信じている。だってあれほどの才能だ。人生そのものがアイドルとして大成するための苦難だったと言ってもいい。

 

「アイはそんなに早くから神様の目に留まっていたの?」

 

 アイがアイドルになったのは、親の愛を受けられなかったことに起因する。だとすれば十代になる前に試練を与えられたということだ。

 しかし少女は鼻で笑うと椅子に腰かけ、衣装も気にせずに足を組んで私を無表情で見つめた。

 

「違うわよ。試練っていうのは最後に縋った子供のこと」

「ああ……そうだよね。アイには普通の子供が生まれるべきだった。私たちが奪ってしまったのは本当にひどいことだと思う」 

「あはっ。そんなふうに思ってたんだ? それ、間違いだよ」

 

 こともなげに言う少女に思考が追い付かない。アクア役の少年も沈黙を守っている。この少女は嘘をついていない。

 

「だってアイの子供は生まれる前にとっくに死んでたんだから。あなたたちは神様がアイを大切に思うばかりにねじ込まれた存在。奪ったわけじゃないよ」

「え?」

 

 私たちがいなければアイは子供を失っていた。そんな残酷なことがあるだろうか。最後の希望は、愛を確かめる前に失われていた。

 

「でもアイは乗り越えた。さすがだよね。普通の子供じゃないって知りながらもちゃんと愛を確認できたんだから。うん、尊敬する」

 

 アイが何を知っていたって? 少女の言葉に違和感がある。まるで神様の助けがあって生まれてきた子供だと知っていたみたいな言い方だ。

 それはどういうことだ。どうしてアイは私たちのことを知っていたの? 決して上手くはなかったけど、誤魔化すことはできていたはずだ。アイを悲しませないようにアクアと相談してやり遂げていたはずだ。

 だとしたら、その真実を語る存在は一人しかいない。憎しみの感情がぞわぞわと湧き上がる。

 

「アンタがアイにばらしたんだ?」

「違うよ。だって私はまだ生まれてなかったんだもの。別の巫じゃない?」

 

 巫というのが何かは知らない。でも、私たちの前に現れてずかずかと内面に踏み込んでくる存在がいるのは知っている。きっと同じようなやつだ。

 

「どうして……!」

「知らない。でもあなたはこのことを知って、今からちゃんと愛してるって言える? あは、楽しみだな」

 

 くつくつと笑う少女を見て確信する。やっぱりこいつは疫病神だ。絶対にただの子供じゃない。

 

「あ、そういえば消えちゃったアイの子供だけど。ちゃんと生まれ変わってるから安心してよ」

「え?」

「だってアイの魂を継ぐ人だよ? ちゃんと保護されているに決まってるでしょ」

 

 私たち以外に生まれ変わった存在がいる。アイのお腹の中で死んだ子供。私たちが生まれるよりも前に生まれ変わった存在。そんな人を私は知っている。

 まさか、それは……。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

「それじゃあ始めるか」

「はい」

 

 監督の一言で演者とスタッフが配置につく。寝室でルビーを寝かしつけたアイがインターフォンの音に気づく。その後ろ姿を追うアクア。

 

――行ってはいけない。

 

 不用意に開けられた扉とアクアが開いたリビングの戸。その隙間から黒いフードをカメラが捉える。二人の背中ごしに白バラの束が映る。

 

――行ってはいけない。

 

 散々アイの嘘を暴いてきた。彼女が隠して築いてきた虚像をぼろぼろにして、その上でストーカーに責めさせる。たかがアイドルの恋愛だと誰が思うだろうか。お前たちはストーカーに共感できるのか。

 じわりと広がる腹部の紅、縋りつくアクア。そして未だに嘘を貫き通してストーカーを許そうとするアイの姿を見て、お前はどう思う。

 ああ、吐き気がする。アイが利用しようとした男だ。きっとこの映像を観ても何も感じないのかもしれない。

 

「ねえ、どうしたの? そっちで何が起きてるの?」

 

 扉のガラス越しにルビーの姿が映る。

 疫病神と罵った少女が、今は完全に幼いルビーに見える。芸能の神がいるならば、きっと彼女にも祝福を授けたのだろう。

 ガラスを隔てて三人。最後の会話が続いている。鮮明に残っている記憶が再現されていく。

 

「愛してる。……ああ、やっと言えた」

 

 この言葉を観衆はどう受け取るだろうか。愛を探し求めた少女の終着点?

 いいや、違う。この映画にも使わないただ一つのビデオレターにその答えが遺されていた。お兄ちゃんへと書かれたそこに、彼女が吐いた最大の嘘がある。

 これだけはルビーに伝えることはできない。だってそうだろう? 彼女が俺たちがふつうの子供ではないことをずっと知っていたなんて知ったら、あいつがどうなるかなんて考えたくもない。

 ただの子供であればここまで苦悩したかどうか、俺にも分からない。俺やルビーに不思議な少女が現れたのだから、アイの前に現れないはずがないのだ。あの無遠慮な疫病神が彼女に秘密を隠しておくはずがない。

 

「この言葉は嘘じゃない」

 

 ルビーは何も知らずに、ただ愛することができるようになった少女を演じて動きを止めた。

 

「カット。おいルビー。気持ちが入ってないぞ」

 

 すぐに監督から制止の声が入る。あの子供たちに感情を込めて愛を告げるのは難しいだろう。

 しかしこのカットは完璧でなければならない。監督が俺を見る。俺もまた首を振ってリテイクを促した。

 

「すみません……」

「まぁお前にとってナイーブなシーンなのは分かっている。ここのアイは最後のチャンスを逃さずに、不安を乗りこえて封じてきた言葉を発する。お前が一番心の奥底に仕舞いこんでいる言葉を思い描け。そして勇気を出して言葉にするところを想像しろ」

 

 ルビーの心の奥深くにある言葉とはなんだろう。天童寺まりなへの非難か、あるいは愛を乞う言葉だろうか。あるいはカミキへの恨み。しかしそれではこの場面にそぐわない。ルビーはいったい何を思い浮かべるのだろう。

 リテイクが始まる。

 アクアを抱きしめて、扉越しのルビーを背に語り掛ける。「愛してる」と告げた瞬間、ルビーは聖母のごとき笑みを浮かべていた。たくさんの後悔を胸に抱いて、整理しきれていない感情を確かめるように吐き出した言葉だった。その言葉の手ごたえに心底安心して、彼女は瞳を閉じた。




しれっと爆弾が投下される。
謎の少女は言葉に気をつけなさい。君、そこに愛はあるんか?
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