映画制作にはいくつもの段階がある。
構想を決めて脚本となり、それが配給会社に持ち込まれる。そこから制作はいくつものチームの集合体となって、個別に、あるいは連動して動く。
撮影というのはその一部にすぎない。しかし役者にはその後にも役割がある。広報だ。キービジュアルや予告映像を携えて、各方面を走り回る。俺のようなマルチタレントはともかく、姫川さんやあかねのような純粋な役者がバラエティ番組に露出する珍しい機会だ。
編集チームが最後の仕上げを行っている間、俺たちは嵐のような日々を過ごした。アイのビデオレターをどのように組み入れるかは監督に頼んである。情にもろく、長い年月を共にしてきた人だからきっと俺の希望通りにしてくれる。
そしてその日が訪れる。
――試写当日
関係者だけを集めた最終チェックの日。近年では一般客を入れた試写というものが流行ってきているが、その映画は初回のインパクトが重要であるため、情報の管理を徹底した。スクリーンの前にいるのは制作委員会の人たちや役者やスタッフたち映画に関わってきた人ばかりである。
ルビーに手を引かれて最前列の監督の隣に座るとき、後ろのほうにヒスイが座っているのが見えた。あかねは有馬たちと別のところに座っている。結局、あいつらは何もできずに俺の復讐がまた一手進む。
室内が暗転し、スクリーンに最初の映像が浮かび上がる。カメラをセットする女性の手のアップから始まる。画面が揺れて、手が離れる。そこにはまだ若いアイと眠る二人の赤子の姿があった。
どこにでもあるホームビデオだ。しかしその願いの一つは叶わないことを観衆の誰もが知っている。なぜなら、彼女はもう存在しないのだから。
場面は移り変わり、アイのモノローグとともに幼少期の姿が映し出される。劣悪な家庭環境。警察に連れていかれる後ろ姿を眺めているだけの姿。施設でただ母を待つ日々。そして迎えにこなかった母。
テレビやライブを通してだけでは絶対に知ることのできない、完全無欠のアイドルの仮面が剥がれ落ちていく。いつまでも美しい姿のままで人々の記憶に残しておきたかった。しかしあいつらはすぐにアイの死を、アイを忘れた。
社長がアイをスカウトする。まるで興味がないくせに、愛という言葉に惹かれてついて行った彼女はすでに嘘が上手くなっていた。クライアントやファンが望む姿を演じ続け、B小町は次第に確執を大きくしていく。一度壊れた器を繕って再出発をしたが、そのときアイはすでにアイドルから愛を知ることを諦めてしまっていた。だからあいつに出会ってしまった。
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こんな形でアイを知るとは思わなかった。
魂のつながりがあるとはいえ、俺は森本家に生まれた森本瑠璃子の息子だ。スクリーンを見ながら、嗚呼この人はこういう人生を歩んできたんだなと感情をどこかに放置して情報だけをインプットしていた。
映像にアクアが映る。若いころの神木だ。やはり子供のころから優れた知能を持っていたのだろう。上手く擬態して社会に溶け込んではいるが、元々は歪な人間だ。特異な人間であるアイにその手法を教えていくうちに二人は共通の秘密を抱えていく。
「僕にそっくりだね」
耳元でささやき声が一つ。心底鬱陶しかったが、俺は頷いて人差し指を唇の前で立てた。だまれ。
「ノンフィクションとまでは言い切れないけど真実らしさは出ている。演劇出身の僕としてもなかなか見どころがある」
いや、うるせーな。
この試写に俺が招かれるということは当然のように神木の耳にも入っていた。告知で散々主題歌を担当するという話をアクアたちがしていたし、俺自身も各種テレビ番組やラジオ番組で告知をしたのだから当然だろう。
ここ最近は神木から呼び出しを受けることはなくなっていた。嵐の前の静けさとでもいうのだろうか。戦々恐々としていた俺だったが、先日ついに一本の電話が入った。
「最近は君の演奏が聴けなくて寂しいよ。でも君たちは今映画で忙しいだろうから僕も大人として遠慮していたんだ」
その言葉をそのまま受け取っていいのか少し考えた。水面下で何か大きな準備をしていた可能性だってある。俺との時間を作ることで何かを感づかれるのを防ぐために干渉を絶っていたとも考えられる。だが、長い付き合いを経て神木という男が結構子供っぽい性格をしていることを知っている。
俺はいったんその疑問を棚上げした。
「君に頼みがあるんだけどね。ぜひとも僕を試写に招待してほしいんだ」
「は?」
「あ、もちろん変装はするよ。僕そういうの得意だから」
スーツ姿で来られたら一発でアクアに気が付かれるだろう。しかし逆に他の服を着て目元を隠せば間違いなく他人に見える。長年変えなかったスタイルが逆にここぞというときの変装に役立つ。
しかし問題はそこではない。
「理由は? 関係者として作品をぶち壊しにするつもりなら絶対に許可は出せない」
「まさか。ただ我が子たちの成長を一番早く観てみたいだけだよ。それに
そうだった。こいつはアイに狂ってアイを殺した男だった。
アイの過去の映像が用いられていることや、未公開映像が盛り込まれていることは告知で公表している。それは大衆の好奇心を煽るためのものだったが、余計なやつまで釣られてしまった。
電話先に聞こえても構わないと大きなため息を吐く。
繰り返すがこいつは大人になったガキだ。だが、相応の権力と知識を持っている。お願いと言っているうちはまだいい。だがこれが次の段階へ進むと冷酷な大人の一面が姿を現す。
「……変装は俺が合格点を出さなければ退場。座席は後方の人が少ないところにアクアたちが来る前に取る。絶対に接触するな」
「もちろん! いやあ、楽しみだなあ」
というやりとりがあって、今こうなっている。
人気の少ない端の席でよかった。いくら囁き声とはいえ、こいつとの会話を誰かに聞かれたら俺まで巻き添えになる。そしてウィッグで黒髪にして、薄い色のレンズの眼鏡を着用し、ラフなニットとデニムを着た神木は本人を知っていてもなかなか気づけない。スタイルや姿勢のよさのせいで、どこかの役者に見える程度だ。俺に挨拶に来た人にも俺と一緒にいるからビジュアル系の音楽系関係者に見えただろう。
神木の表情はころころ変わる。雨宮吾郎が突き落とされたシーンでは苦々しい表情を浮かべていたが、双子が産まれたところでは満面の笑みだ。
お前子供が生まれるのを阻止したかったのじゃなかったのか、とか。俺は映画を観に来たはずなのになんで神木を観察してんだとか思うところはいろいろある。
既に映画の中では神木の姿が堂々と映し出されており、今は姫川大輝が演じる神木が復帰したアイの電話を受けている。観客は間違いなくアイを殺した男の背景に神木を確信するだろう。ちらと横を盗み見ると、神木の目は笑っていない。ただうっすらと微笑みを浮かべている。
「もうすぐだね」
俺の視線に気が付いた神木が呟いた。その意味するところは明白だ。アイが死ぬ。
一歩、また一歩と階段を上る後ろ姿が映し出される。手には花束。処刑人が絞首台の階段を上る姿のように思えた。
寝室から姿を現したアイがインターフォンの音に気付いた。彼女はそのモニターを見ることもなく、ふらりとリビングから出ていく。その姿をアクアが見て追いかける。玄関の扉が開く。
神木の瞳から雫が零れ落ちた。
正気の沙汰じゃない。自ら画策しておいて、標的が死んだシーンで泣く? それってどういう感情なんだ。悲しいのか、嬉しいのか、感動なのか。真顔で涙を流す神木からそれを読み取ることはできない。
そしてアイが双子に愛を告げて眠りにつく。
「はは、はははははははははははははは!!!!!」
その瞬間、神木がぶっ壊れた。
そら(神木を呼んだら)そう(台無しだ)よ。