その日、俺は幻想を見た。
あかねがついに現場に復帰するとあって、ゆきやMEMちょは嬉しそうに彼女を囲んでいた。会話の内容の雲行きがあやしくなってきたところで俺は逃亡した。女三人集まればとやら。アンタッチャブルな世界がそこにはある。
そうして、今ガチはリスタートならぬ真の始まりを迎えた。
そこで俺はあの会話を聞いていなかったことを後悔することとなる。
「ふわぁ〜。眠いんだよねー。収録早すぎてさぁ」
今までのあかねなら絶対にしないカメラの前での態度。しかしそこに嫌味はない。自然体の女の子がいる。
これは本当に黒川あかねか? 彼女が憑依型の女優だということは知っている。おおかた作品の駒としたその場に合った画面を被る
だがあかねは何を憑依させた? 一歩、また一歩と近づいてきて、彼女の顔に陽が射した。
見るものを焼き尽くす銀河の如く眩い瞳。芸能界でも稀に見る天性の才能。視線を逸らせない。
「アイ……」
それは俺の言葉だったのか分からない。だが立ち振る舞いやオーラ。見るもの全てを
どうなってる? あかねはどうやってアイを憑依させた? というかなぜアイなんだ。
ダメだ。俺が焼き尽くされる。
☆★☆★☆★
そこからの収録はゆきとノブユキ、あかねとアクアの軸で進められた。そうなると余り物は自然と賑やかしか三つ目の軸であることを求められる。
「なあ、メムよ……」
「お、おおう。急に馴れ馴れしくなったね。露骨にお姉さんを口説こうとしてるのかな?」
「うるさい」
今はそんな余裕ないんだ。
「お前ら、あかねに何を吹き込んだんだ?」
「えーっと、それはそのー。オフレコとかは?」
「ダメだ」
「ま、まさかの三角関係勃発!?」
「そういうんじゃない」
カメラは回っている。魅力的になったあかねに気を持ち始めて、メムをないがしろにしてるクソ野郎に映ってることだろう。
だが知ったことか。
「あかねは誰かになりきることが得意な役者だ。その誰かを通して勇気を奮い立たせているのはいいことだ。だが、どうしてあのチョイスをした?」
「あ、そこが気になってたんだ。あれはねー。ぐふふ。なんとアクたんの理想の人なんだよ!」
無駄に大げさなアクションでドヤ顔をするメムは放置。しかしアクアの理想像がアイ?
同じ事務所の先輩だから資料は山程あるだろうから、理解度はただのファンより高いだろう。
しかしあんなに狼狽するものなのか? 俺が動揺していた時、アクアもまたあかねに目を奪われていたのは見逃さなかった。たしかに彼は星野アクアだ。だがそれだけで?
「はっ!? まさかヒスイくんの理想も今のあかねちゃんだった!? あわわ。ごめんよぅ」
「いや、恋愛的な理想というわけじゃないから気にしなくていい」
「そ、そうなの? じゃあじゃあ、ヒスイくんのタイプってどんな感じ?」
俺の理想? 考えたこともなかった。
前世での経験から交際相手が理想とは限らない。だから彼女たちはそうじゃなかったんだろう。
一方でヒスイとして出会った女性はどうだ。金にがめついやつは嫌いだ。有馬は愚直なまでの努力家なのは好きだがあいつも金にうるさい。ゆきは小悪魔ムーブが気にかかるがそれも一つの努力だ。寿みなみはまだよく知らない。不知火フリルとあかねは意味わからんので除外。
ああ、カペリンも女だったな。いいとこのお嬢様だったそうだがほとんど男友達感覚でそういう目で見たことはない。
あとは……星野ルビー。まだくすぶってるが才能があり、諦めが悪い。好きなものに貪欲。そしてメム。面倒見がよくてイジってて楽しい。
「わからん。とりあえず知り合いの中で一番楽しいのはメムだろうな」
「……え?」
「ん? あ、やば。違うぞ、告白とかじゃないからな!」
「あは、あはははは。ソウダヨネー」
オンエア日のトレンドにヒスメムが上がったのは言うまでもない。
違う。違うんだ。だから満面の笑みで近づいてくるのはやめてくれ。
「良い仕事だったわ。森本薫翡翠。MEMちょのメス顔は想像通りクるわね。ちゃんと堕としてね。あかねに近づいて曇らせたら……それはそれでアリ!」
やべー女を召喚してしまった。ついでに有馬の視線も怖い。あの状況でアクアの監視とかできるわけないから。
☆★☆★☆★
時は過ぎて打ち上げ。
番組としてはアクアとあかねの恋人が成立し、ノブユキはゆきに振られた。これが偽装工作だと知った時、俺はゆきの強かさに恐怖を覚えた。
俺はというと。
「メム。正直お前のことは友達だと思ってる。だがそれ以上の感情があるかどうかは俺にも分からない。だからこの感情をそのまま音にする。お前の心が動いたら、頼む」
当初はアコギでしっとり情熱的な曲を弾いて玉砕するのが俺のプランだった。
ところが今、俺の手元にはエレキがあって、足元にはアンプにエフェクター。照明さんに頼んでスポットを当ててもらっている。
曲名はない。感情をそのまま旋律にしただけの即興のインストだ。
メムへの感謝、あかねの変化への困惑。アイへの思い。尺の都合短くまとめてくれと言われているから二分だけのインベンション。脳内は西川アニキのHot Limitばりのパッションあふれる俺。
「す、スゴイナー? 感動したー!! でもなんか変なビジョンが見えたのでごめんなさい」
アニキ、俺はダメだったよ。
という顛末だった。つまるところ三組ではコメディ担当。一応即興とはいえ満足できる演奏を披露できて満足している。欲を言えば十分は欲しかった。
「すごかったね。ヒスイの演奏」
メムとは少し距離を置いて座っていたら、あかねがやってきた。アクアはいいのかと思ったら、外へ出ていく後ろ姿が見えた。
「あかねの演技に比べたらまだまだだ。それよりあかねはどうやってアイの人物像をあそこまで再現できたんだ?」
「それは……ってヒスイもアイの演技だって分かるんだ」
「ファンだからな」
あのときの会話で、ゆきとメムに乗せられてあかねはアクアのタイプを演じることになった。それがアイだった。
そこから国立国会図書館で資料を集めてプロファイリング。かなり設定を盛っているらしいが、近い線まで当たっているのだろう。
「一番盛っちゃったのは、実はアイには隠し子がいたって設定でね。そうしたら彼女が一気に売れだしたことにも説明が――」
心臓が跳ねた。
推測とは言えこんな情報をアクアや星野妹が知ればどうなるか。想像はつかないがあまり良い結果には結びつかなさそうだ。
だがなんだ? アイの遺児たちや事務所、そしてあかねを心配する気持ちはある。だがそれ以上に何かが俺の心を刺激する。しかしそれを言葉にすることも理解することもできなかった。
「あまりそのことは言いふらすな。アイはファンに殺された。それをトレースできることは……危険だ」
俺はそう忠告することしか出来なかった。
17歳に告白される24歳。
ところでうちの事務所にセンター来ないんです(シャニマス)
推しのアイドル(シャニ)の石は使えないんだ。許して先輩。