少女は木刀で失った青春を取り戻す   作:いかるおにおこ

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エピソード3 ゲーム大会開催。裏に渦巻く悪事を斬り裂け!(後)

 

 暗い会場でメイは隣のヒフミとアズサと共にあれこれと話をしていた。

 メイは全く知らなかったがモモフレンズのアニメがあるらしく、ペロロがいい活躍をしていたとかウェーブキャットの伸び具合のキレが良かったとか、そうした話を聞いていて楽しい気持ちが伝わってくる。

 もうすぐ最初の試合が始まるらしい。2階の観客席でも巨大なモニターがつり下がっているから、試合内容をリアルタイムで把握し観戦することができる、ということを司会の犬がマイクで知らせていた。

 

「うん?」

 

 懐にいれていたスマートフォンが震えてメイは手を伸ばす。バックライトが漏れないように手で壁をつくり、メイは通知の内容を目にした。

 ユズからのモモトークだった。試合がもうすぐ始まるから緊張しているとかそういう話だろうか。バックライトを控えめにして内容を確認する。

 

〈警備さんとかには伝えないで〉

〈脅迫を受けているの。決勝まで勝ち上がらないと会場をめちゃくちゃにするって〉

〈爆弾で会場を吹き飛ばして大勢で荒らしに来るって。他の人にばらしたってわかったらすぐに爆発させるって。そうさせないためにわたしたちは勝たないといけない。もちろん負けるつもりも予定もないけど、でもどうしよう〉

 

 ユズからのメッセージを黙読したメイは唖然としていた。多くの人間が関わって運営しているこの大会を台無しにしたい奴、いや、奴らがいる。

 キヴォトスならありふれた光景ではある。しかし、スタッフや参加者らの多くの努力を無に帰そうとするなんて。なんて奴らだ。怒りを覚えながらメイはメッセージを送信する。

 

〈わかった。私がなんとかする〉

〈メイちゃんありがとう。わたしたちも頑張るから〉

〈爆弾のことは開発部のみんなは知ってるの?〉

〈わたしだけ。他の人に知られると危険だから黙ってるの。またあとでね〉

 

 それでユズからのメッセージは途切れた。

 深く息をついてメイはスマートフォンを懐にしまい、静かに立ち上がる。隣のヒフミがメイを見上げた。

 

「もうすぐ始まりますよ?」

「いや…ちょっとだけ席を外したくて」

 

 爆弾。アズサが小さく、しかしはっきりとメイに向けて喋った。

 

「え?」

「気づいてないかもしれないけどはっきり言ってた。モモトークを打ちながら喋ってしまう癖なんだろう。さて、なんの話をしたのか教えてくれないか」

「…えっと」

 

 言い逃れはできないだろう。自分も知らない悪癖に頭を抱えながら、メイは言葉を選んでいく。

 絶対に騒がないでほしいことや周りに知られたらいけないことを前置きし、アズサとヒフミに事情を話すメイ。声には出してほしくないが、ヒフミの表情はどんどん大きく変わっていき、最後には許せなさそうに眉がひそまっている。

 

「ユズって人は間違いなく『爆弾で会場を吹き飛ばす』とメッセージで伝えた…なら、会場の外で誰かが準備しているはず。誰かじゃなくて、誰かたち、かもしれないけど」

「外で? 会場の中ではなく?」

 

 メイの疑問にアズサは頷いた。彼女はあまり表情を変えないように見えるが、会場を爆破すると脅した存在に対しての怒りはよく伝わってくる。

 

「会場に入る時にみんな検査を受けた。ごく小さな拳銃だって持ちこませない厳しい検査だったから、爆発物の持ち込みなんてまず不可能だ」

「そんなに検査は厳しかったかな」

「メイはほとんど丸腰みたいなものだから簡単な検査だったかもしれない。でも他の人は厳重にチェックを受けていた。私もヒフミも、遠慮のない検査だった。だから会場を爆破するなら外からしかやれないはず」

「なるほど…」

「会場内部にいる人間が試合の結果を報告して、ユズが――彼女のいるチームが決勝までたどり着かなかったら、爆破指示が飛んで決行される。そんな流れなのかもしれない」

 

 アズサはこういうことを考えるのが得意なのだろうか。

 ヒフミが「すごいですアズサちゃん」とほめるのを聞きながら、メイは頭の中にひらめきを抱いた。

 

「もしもアズサさんがここを爆破しようとする側ならどこをやる?」

「そうだな…ここの見取り図があれば考えられると思う。会場の薄いパンフレットに地図があったはず。うん、この地図を見た感じだと候補は3か所だ」

 

 ボールペンで地図に丸をつけていくアズサ。メイにはアズサがどういう考えでそこを候補にしていったかはまったく分からないが、真剣に考えていることだけは分かった。

 

「ヒフミ。こんなことが起こるとわかった以上、私たちも動くべきだ」

「もちろんです。せっかくの楽しいイベントを台無しにしようだなんて、許せません。解決にむけて動かないと」

「でもあまり騒がしくしたらダメだ。内部にいる犯人に気づかれれば、それだけで終わりだ。ユズはリスクを承知でメイにこのことを伝えてくれたんだから、行動は慎重にしないと。

 私とヒフミは体育館の内部で怪しい者がいるかどうかを確認する。メイは外に出て、さっきマークした3か所を調べてみてほしい。気取られないように、慎重に…頼めるだろうか」

 

 まかせて。メイはしっかり頷いて答える。

 

「再入場は何度でもできるから、なにかあれば戻るよ」

「うん。あとそうだ、モモトークの連絡先を交換しよう。この3人でお互いに連絡を取り合えるようにするんだ。問題ないか?」

「もちろん喜んで。なにかあったらすぐに連絡するから待ってて」

 

 

 

 

 

 

 外に出たメイは気取られないように体育館の周りをゆっくり歩いていた。

 頭の中には緊張と怒りとがぐるぐる回っている。表情に出さないように努めているが、上手くできているかわからない。

 返却してもらった木刀を腰に帯びたメイは左手でそれに触れ、深呼吸をする。視界の端に窓ガラスを認め、ゆっくりとそれに向き直った。深呼吸の効果はあったらしい。思っていたよりもメイの表情はこわばっていない。

 

 奴らは。思わず口に出てしまってメイは目を丸くした。心の中の声を口にしている。意識して口に力をいれて閉じ、メイはアズサがマークしてくれた箇所をめぐり始める。

 奴らは――この大会に携わる人々の努力を知っているのだろうか? ゲーム開発部の4人は参加するからにはあまり残念な結果にしたくないと頑張って練習をしていた。

 壁際に追い詰められたら暴れる癖のあったモモイはもう暴れ癖を克服できている。コンボ精度に難のあったミドリとアリスも簡単なものなら十中八九入力できるようになっている。

 ユズはより落ち着いてコントローラを捌けるようになった、らしい。本人が言ったのなら間違いはない。そうした話をモモトークで知ったメイは心の底からゲーム開発部の4人に良いところまでいってほしいと思っていた。

 そう、4人でだ。UZQweenことユズに頼れば、大抵の相手なら勝ち進むことはできるだろう。でもそれはチーム戦としてどうだろうか。だから4人は部室での練習をしっかり続けていたはずだ。

 奴らは――ゲーム開発部の頑張りを無駄にしようとしている。大会の運営にかかわった人たちの努力を無駄にしようとしている。この日を楽しみにしてきたすべての人たちをないがしろにしようとしている。

 ふざけやがって。心の中で静かに呟いて、メイは最後の調査箇所を訪れた。そこは体育館の裏手で、分厚い壁の向こう側では今頃激アツの格ゲー大会の真っ只中だろう。わずかに歓声がメイのいる場所にも届いていた。

 気取られないようにメイはあたりを観察する。それからメイは懐からスマートフォンを取り出し、モモトークを立ち上げた。

 

〈ふたりとも。マークされた場所を全部見て回ってきた。どこにも異常は見つからない〉

〈よく探してみた?〉

〈うん。いまは会場の裏手にいる。近くに潜んでいる人はいないし、ここにも爆弾は仕掛けられていない〉

〈わかった。なら、別の可能性が考えられる。会場を襲撃しようとしている奴、あるいは奴らは、会場から離れた場所で集まっているのかも〉

 

 メイ、アズサ、ヒフミの3人が参加しているグループチャットで、ヒフミが「驚いているペロロ」のスタンプを送ってくる。

 すこし間があいてからアズサが入力中であることを画面が通知する。メイは視線をあげてゆっくりとあたりを見まわした。どこかに潜んでいるかもしれない奴らに気取られないように芝居をうつ必要があった。

 

〈会場付近の地図を取得した。メイに調べてほしい場所をこのグループチャットに画像を送って共有する〉

 

 すぐにアズサが画像ファイルを送信してきた。

 地図アプリのスクリーンショットに赤い丸が描き加えられている。そこは人の気配がしない廃墟のようであった。なにかの工場跡地だろうか。

 

〈古い工場みたいですね〉

〈最初に調べてもらったところになにもないなら、会場よりも離れた外部に潜んでいるかもしれない。もし相手が大きい集団なら準備や潜伏のために廃墟を使うことがあるかも。メイにはそこを調べてみてほしい。私たちも続いて向かうから〉

 

「サムズアップするペロロ」のスタンプを送るメイ。そのまま続けてテキストも入力する。

 

〈なにかあったらすぐに連絡するよ。先に向かってみる〉

 

 

 

 

 

 

「モモイ選手のウェーブキャットが『にゃんにゃんライジング』で対空を決めたァ!!! 『ゲーム開発部』対『サイエンスゲーマーズ』の準決勝はゲーム開発部の勝利です!!」

 

 会場にMCの陽気な声がスピーカーから響いていた。

 やったぁ! 特設ステージの上でモモイが腕を振り上げて喜びを表現していた。対戦相手の眼鏡の少女は長く息をついて顔をあげ、モモイに向かって口を開いた。

 

「おめでとう。いい勝負ができて楽しかったよ」

「こちらこそありがとう! また遊ぼうね!」

 

 握手を交わすふたり。それを選手用のベンチに座るユズはほっとした気持ちで見守っていた。

 モモイはチームの3番手だ。4番手、つまり大将をつとめるのはユズだが、彼女が出る前に準決勝は勝利に終わった。

 決勝に出られて良かったという気持ちと、あの脅しのことが解決してよかったと思う気持ち。

 もう会場をめちゃくちゃにするという脅しは無効になった。そしてウミちゃんことストリーマーの海田ハカナが率いる「ウミちゃんズ」は強者ばかりだ。彼女たちのことは動画サイトで見た生配信で見て知って対策も立てている。いまから勝負するのが楽しみだった。

 

「会場の準備や選手の休憩のため時間をとります!」

 

 MCの司会進行に合わせてユズたちも控え室へと戻っていく。その途中で一番後ろを歩くユズはなにかに当たったような気がして振り返る。誰かがそこにいたような気がしたが、気のせいだったのだろうか?

 いや。ユズは思わず立ち止まった。上着と体の間になにかが挟まっていた。触れてみれば小さな封筒だと分かった。誰かがしのばせたのだ。一瞬のうちに、誰も気づかないように。

 

「どうしたのユズ?」

「先に控え室に向かっていて。大丈夫だから」

 

 ユズはささっと人気のない場所に移動してあたりを確かめる。仲間たちが追いかけてきた様子もない。通行人がここに来ることもない。

 封筒を破いて中身を見る。小さなメッセージカード。それに書いてあったことは脅迫の続きだった。急いでスマートフォンを取り出してメイに通話をかける。モモトークよりも直接話した方が早いはずだ。

 

「も、もしもし」

「どうしたのユズ」

「さっきの脅迫状がまた来たの。今度は決勝で負けろって」

「ええ?」

「決勝戦の対戦相手はウミちゃんズ…つまりウミちゃんのチームなの。負けなければ会場を爆破して襲撃するって、脅迫状を受け取っていて。でも決勝はあとすこしで始まってしまう」

「つまり…脅迫している奴は海田ハカナに勝ってほしい? もしかして、ハカナが手を回して脅迫している?」

「そんなはずない。ウミちゃんの配信は何度か見たからわかる。この大会のことを心から楽しみにしていたし、チームメンバーの子たちもそうだった。特にウミちゃんはわたしと大将戦の10先勝負ができたらいいなって真剣に言ってた」

「10先?」

「先に10試合先取で勝負を決める対戦方式だよ。決勝戦だけ、大将戦は10先にするってルールみたい」

 

 そうだったんだ。スマートフォンの向こうでメイが呟くのをユズは焦りを抱きながら聞いた。

 

「あのさ」

「うん」

「いま私は協力者と一緒に犯人を探し出そうとしている。犯人たちかもしれないけど…それで、確認したいんだけどね。ユズはどうしたい?」

「どうしたいって…」

「脅迫を突きつけられたいま、犯人に逆らわないか、それとも逆らいたいか。どっちを選びたい?」

「…わたし、ウミちゃんと真剣勝負がしてみたい。配信を何度か見ただけでもわかったの。あれだけゲームが上手くて、向き合う姿勢が真摯で、ゲームを愛している。そんな人が遠回しに脅迫なんてするわけない。それに――」

「それに?」

「――こういう場でしか得られない経験ってあるから。わたし、この大会で、ウミちゃんと戦ってみたいんだ」

 

 返事はすぐにはかえらなかった。深呼吸の音だけが静かに聞こえる。

 

「メイちゃん?」

「……もしかしたら私、私たちだけで解決できないかもって思っていたけど、でも。ユズの言葉で勇気が出たよ。ありがとう」

「そうなの? もしかして…無茶をしようとしているんじゃ?」

「いいや。ちょっとだけ骨が折れそうで、恥ずかしいけど迷ってた。でも、ユズのおかげで立ち向かえそうだよ。ひと段落したらユズに伝えるから、スマートフォンは出られるようにしておいて。それじゃね」

「メイちゃん!」

 

 思わず叫んでいた。通話が切れた音が断続して、ユズは静かにスマートフォンを操作する。

 マナーモードに設定して、目を閉じて深呼吸。長く息を吐いて、ユズは目を開いた。おどおどした、気弱な印象はどこにもない、覚悟の決まった顔をして、ユズは控え室へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 メイは通話を切ってから深呼吸をした。廃工場近くにある大きな古びた倉庫の裏にある茂みに潜み、大きく崩れ落ちた壁から中の様子をうかがう。

 やはり変わらず、そこには大勢のガラの悪い少女たちがそこにいた。ざっと見て50人以上はいる。もしかすると100人くらいいるかもしれない――メイは腰に帯びた木刀に手を添える。

 

(わたし、この大会で、ウミちゃんと戦ってみたいんだ)

 

 ゲーム開発部と知り合って長いわけではない。しかし。普通ではない自分がやっと得た友人の願いを、思いを、しっかりと聞いたうえで横に置いて静観するだなんて、修練で培った義と勇の心が許さなかった。

 メイはスマートフォンからモモトークを立ち上げ、ヒフミとアズサとのグループチャットに送信する。

 

〈ふたりとも、廃工場の近くにある大きな倉庫で大勢の人を見つけたよ。使われなくなってかなり時間が経っている場所みたい。ガラも悪いし、きっとあいつらが犯人たちだと思う〉

〈やっぱり。メイ、私たちも向かっている。そこで待っていて〉

〈待ってられない。もうじき決勝がはじまるんだ。奴らは新しい脅迫をユズに突きつけた。決勝でユズたちが負けないと奴らは会場を爆破する。ユズは大会で相手チームの大将と戦いたがってる。奴らに邪魔なんてさせたくない〉

 

 メイちゃんはユズちゃんを助けたいんですね。頷くペロロのスタンプと共にヒフミがメッセージを送信したのをメイは認めた。

 

〈ユズだけじゃない。ゲーム開発部の4人が頑張っていることを無駄にさせたくない。大会にかかわっている人たちの努力だって〉

〈メイちゃん、私も同じ気持ちです。もう少しでそっちに着きます。アズサちゃんがどこから突入するつもりだって聞いています。援護するために知りたいって〉

〈正面から行くつもり。裏手は結構ごちゃごちゃしていて乗り込めそうにないから。他に行けそうなのは側面だと思う〉

〈わかりました。気をつけて!〉

 

 伝わるわけではないが、メイは頷きを返してスマートフォンを懐にしまう。

 再び腰の木刀に手を添えて静かに目をつむり、長く息をつく。

 

「――よし」

 

 ゆっくりと目を開け、確かな足取りで廃倉庫の正面へと移動する。

 

 

 

 どこを見ても錆びだらけ。壁はぼろぼろ。こんなところに人が住んでいるはずもない。そこに100人近くがたむろして、大会に脅迫が出ているのなら…十中八九、廃倉庫の連中が犯人たちなのだろう。

 

「失礼するよ」

「……あ? なんだお前?」

 

 ガラの悪い少女たちがぞろぞろとメイを見る。多すぎる視線。通るであろう射線。メイは遮蔽に使えそうな大型の廃棄物などを観察しながら、ひるむことなく前へと進んでいく。

 

「お前誰だって聞いてんだよ」

「こちらのセリフでしょ、それは。あなたたちはなにがあってここにいるの」

「あー!?」

「あててやろうか。あの大きな体育館を爆破しようとしている。体育館でやってるゲーム大会をめちゃくちゃにしようとしている。でしょ?」

 

 どうしててめえが知っているんだ?

 ひと際ドスの効いた声が上の方から聞こえた。錆びていてもどうにか機能を維持している壁沿いの階段に、紺色をしたロングコートの、やはりガラの悪い少女がメイを指さしている。

 頭には黒いツノが見えた。ゲヘナ生だろうか。海田とのつながりがあったりするのだろうか。メイはロングコートの少女をにらみつける。

 

「いや、どうやってお前が知ったかはどうでもいいな。だったらどうした?」

「邪魔しにきた」

「なるほど…なるほどな。単純明快でわかりやすい。だがそんな装備で来たのか? みたところ木刀ひとつしか持ってないみたいだが」

「あんたたちなんてこれで十分だよ」

 

 んだコラァ! ぶっ殺すぞ!

 一斉にメイを囲んでいくガラの悪い少女たち。みれば悪魔のようなツノがはえているものも、そうでないものも、たくさんいる。ゲヘナ生だけではない、学園なんて関係ない混成の集団なのかもしれない。

 

「たったひとりでここまで来てケンカを売りに来たのは褒めてやる。並の人間じゃそんなことは出来ないからな」

「ありがとう」

「素直に返すなよ! ったく調子狂うな。それで…私が指示を出せばこいつらは一斉にお前を撃つ。成すすべもなくお前は負けて、ぼろぼろのままそこら辺に放っておかれる。想像しなかったわけじゃないだろ」

「まあ。でもそうならないって信じているから」

「ふん…やれ――」

 

 リーダーらしい紺色ロングコートの号令と共に一斉射撃が始まった。

 メイは瞬時に姿勢を低くして居合抜刀を構え、そこそこ被弾しながら居合回転切りを放つ。

 

「うわーっ!」

「ぬわあーっ!」

「――ああ?」

 

 メイを囲んでいた者たちが吹き飛んでいく。廃倉庫の壁に激突し、勢いのまま外に飛び出していく者もいた。

 即時納刀。すぐに手近な敵にメイは切りかかる!

 

「でりゃあっ!!」

「ぎゃーっ!!」

「なんだこいつ!? めちゃくちゃ強いぞ!?」

 

 包囲を吹き飛ばし、リーダー格らしい紺色のロングコートへと突き進もうとするメイ。まわりからの銃撃は木刀で気絶させた敵を盾に使って防ぎ、大きな古いコンテナの裏側に回ることにした。

 

「そこだ!」

 

 遮蔽に隠れつつあるメイの背後からショットガンを構えた敵が現れた。気配を察知していたメイは盾にしていた敵を後ろにぶん投げ、ショットガンの敵の姿勢を崩し、頭に一撃を加えて気絶させる。

 大きなコンテナを登れば階段を飛ばして近道になりそうだ。銃撃しながら迫りくる敵に弾丸返しをお見舞いして反撃しつつ、メイは後ろへと下がっていく。

 

「ボケがコラァ!」

 

 敵の集団の中から鉄パイプを持った大柄な奴が現れた。銃撃はいったん終わり、そろってリロードをしている。

 ガンガンと地面を叩いて鉄パイプ持ちがじりじりと迫ってくる。彼女がよく使う武器はそれなのだろうか。メイは納刀して居合抜刀の姿勢をとった。

 

「くたばれ!」

「遅い!」

 

 鉄パイプの大ぶりな振りおろし。鋭い踏み込みと居合抜刀。鉄パイプ持ちの腹に攻撃がめり込んだのを確認したメイは、膝から崩れ落ちる敵の体を使って上に跳びあがる。

 すぐに射撃が飛んでくるがコンテナに跳びあがって射線を切り、そのまま紺色のロングコートの少女へ向けて駆け出していく。リーダーをやれればなんとかなるはずだ。

 

「階段を使え! 梯子もある! あいつに好き放題させるな!」

 

 コンテナを伝って階段をすっとばして通路を駆け抜けるメイ。そのまま次の階段を駆け上がれば、お目当ての紺色ロングコートに近づけるはずだ。奴はずっと上に移動し続けている。

 だが前からも後ろからも敵が殺到して構わず銃を撃ってくる。修練のおかげでたいていの銃弾は我慢することは出来る。だが長い時間銃弾の雨に晒されればひとたまりもない。

 前からの弾丸を弾いてしのぎつつ建物の壁のくぼみに隠れて後ろからの攻撃を避ける。ダメージのせいで息が荒い。だが――修練のつらさはこんなものではなかった!

 

「そこを! どけえっ!!」

 

 鞘を帯から抜いて疑似の2刀として振るう。行く手を遮るように撃ってくる前の敵に向かって全力で駆けだしつつ弾丸を弾き、返す。返す。返す。

 

「いててっ弾ァ返してきてるぞ!!」

「なんで止まらねえんだよこいつ!!」

 

 手数は2倍。メイは叫びながら前へ前へと進んでいく。

 鞘は木刀と同じく斬鉄流道場にある「大樹」からつくられたものだ。だから頑丈さは木刀と同等。同じだけの無茶をさせられる。

 疑似2刀を繰り出してメイは前にいる敵の集団を追い詰めていく。

 

「逃げ場は! ないぞ!」

「こいつどうなって――ぎゃあっ!!」

「強さだけなら風紀委員の――ぐわっ!!」

「正実の――があっ!!」

 

 情け容赦ない乱撃。力強い踏み込みをするたびにメイは2撃、2撃、2撃と繰り出して確実に素早く敵を仕留めていく。

 後ろからの射撃は前の敵を倒してから盾にするように立ち位置を調整して防ぐ。着物の下からの出血は肌感覚でなんとなくわかるが、いまのメイに痛覚はほとんど走っていない。

 

「そこまでだ! サムライ気取り! お前らも撃つのをやめろ!!」

 

 紺色のロングコートの少女はとっくに移動していて、メイがいる上の階、つまり3階の開けた場所から大声を出している。

 

「あんたのそれは!?」

「リモコンだ! 会場に仕掛けた爆弾のな。お前がこれ以上動けば、これを押す」

「まだ決勝やってるところでしょうが!」

「邪魔をしてきたお前が悪い! 動いてみろ、ためらいなんてしないぞ、いいのか!?」

 

 爆弾なんてどこにもなかったはずだ。アズサがマークしてくれた地点にはなかった。

 いや、他の場所にあったのだろうか。会場の近くには爆弾が眠っていた? アズサの読みは外れていたのか?

 ぶーっぶーっ。メイの懐でスマートフォンが振動している。木刀を静かに納刀し、音を立てずに床に置いて、そのままスマートフォンに手を伸ばして確かめる。アズサからの簡潔なメッセージだった。

 

〈そのまま奴の注意をひいていて〉

「だれがスマホ見ていいって言った! お前ら、あいつをボコってやれ!」

 

 後ろから、上から、下から。怒声がメイに向かってやってくる。抵抗すれば爆弾のリモコンが起動するだろう。だから、出来る限りのことで抗うことにした。心に荒ぶる怒りを表情で、全身で表現する。ただただなすがままに撃たれ、殴られるだけではない。心の底からの威嚇だった。

 

「来てみろ…お前ら!!」

 

 高笑いをする紺色のロングコート。全方位から迫りくる敵の集団。おさまらないメイの怒号。

 

 

 

 そして。どこからか空を切り裂く弾丸の音がしたのをメイは聞き逃さなかった。音は倉庫の中へ侵入し、次の瞬間にはギャリギャリとものを削る音が3階から響いた。

 

「リーダー!?」

「なんだっこれはあぁッ!!?」

 

 ドオオオォオン!!!

 3階からとてつもない爆発が起きた。特殊な弾丸が引き起こしたのは明白だった。誰もが唖然として同じ場所を見ている。爆発の起きた、紺色のロングコートがたっていた場所を。

 

「――リモコンが、壊れた?」

 

 爆発の煙が晴れると、手に持っていたはずのリモコンが消えていた。ぼろぼろになっていて、ボタンを押して正常に機能するようには見えなかった。

 メイは静かに木刀を拾い上げる。この場の誰もがメイの所作に気がついていないようだった。そのままメイはスマートフォンを操作する。

 

「……ユズ?」

〈メイ? ユズはいま大将戦やってるけど、苦戦しているよ。相手のリーダーが強くって8対8なんだ〉

「モモイ、ユズに伝えて! 全部解決した! 遠慮なくやっつけろって!」

 スピーカーの向こうでわかった、と聞こえた。困惑した声だったがモモイが呼びかけるのも聞こえる。

 メイは通話を切ってリーダーを見上げる。勝負はメイたちの勝ちだ。会場の爆破はもうできない。

 紺色のロングコートの少女は顔を赤くしてメイを見下ろしている。怒り、焦り、それらがごちゃ混ぜになった顔をして叫んでいた。

 だが不意に叫びはおさまった。メイの近くになにかが飛んできたからだった。円盤状のなにか。次の瞬間、円盤から巨大な風船が展開した。

 

「ぺ、ペロロ?」

 

 思わずメイは呟いていた。

 風船はペロロだった。風船は頑丈で、巨大で、踊っている。だから、メイの後ろから迫る敵を物理的に拒否できるし、射線だって遮っている。

 

「きっめえ!!」

「ぶっ壊せこんなの!!」

 

 射線がペロロに集中する。しかしすぐには壊れない。なにくわぬ顔でペロロは羽根をばたばた動かして回転を続けていた。

 アズサとヒフミの援護であることは明白だった。そして援護はこれだけではない。メイが入ってきた廃倉庫の正面から銃声がふたりぶん響いていく。

 

「メイちゃんの後ろの敵は私たちに任せてください!」

 

 間違いなくアズサとヒフミのふたりだ。だがふたりは紙袋をかぶって顔を隠している。返事の代わりにメイは怒声を近くの敵にぶつけた。

 

「ああ! このまま押し通るッ!!」

 

 まだ反応できていない敵に居合抜刀。吹き飛ばして多くの敵を巻き込んで倒し、雄たけびを上げながらメイは駆け出していった。

 

「サムライ気取りが止まんねえ!」

「くそーっ!! うわあーっ!!」

 

 射撃を弾く。弾いて返して当てる。そうして距離を詰めて、木刀と鞘の疑似2刀を叩き込む!

 壁に向かって駆けていき、勢いのまま壁を走っていくメイ。突然の奇妙な動きに対応できない敵たちは狙いをあわせられず、飛び込んでいくメイの嵐のような乱撃で気絶していく。

 あと少しで紺色のロングコートの少女へと近づける。手にした木刀をぶちこむ。こいつらのリーダーを黙らせる。奴らはもう負けたのだ。負けを認めないで撃ってくる奴らに容赦する必要なんてどこにもない。

 

「喰らえ!!」

 

 怒声がしてメイは左肩に強烈な衝撃を受ける。そのまま1回転しつつ膝をつき、しかしすぐに立ち上がって先へと進む。

 紺色のロングコートの少女が狙撃銃で撃ってきたのはわかった。そこらの生徒が撃つものよりも威力が違う。

 まわりの敵を擬似2刀で吹き飛ばし、そのまま次の狙撃銃に備えてメイは構えた。怒声と共に2発目。トリガーを引く動きや表情で弾丸返しのタイミングは全部把握できていた。だが。

 

「くっ!?」

「まだまだいくぞコラァ!!」

 

 3発、4発、5発。鞘や木刀で防ごうとして防ぎきれていない。返したそばから大きくのけぞってしまう。普通に弾丸返しをするのでは対抗できない。

 

(射線を切って逃げる? いや――逃げ場なんてない。前は立ち上がろうとする敵でいっぱい、後ろはペロロ風船を突破して階段を駆け上がってくる。やはり、ここで、リーダーを倒すしかない。10メートルは離れている。居合は、どう頑張っても届かない)

「手も足も出ねえだろ! くたばれ!!」

 

 6発目。射線を見切ったメイは身体をひねって射撃をかわしつつ納刀、居合抜刀の姿勢をとった。

 

(届かないなら弾丸を返すしかない!)

 

 7発目。射撃と同時に渾身の居合抜刀。木刀に強烈な衝撃が伝わる。

 だが負けない。のけぞって隙を晒すなんて絶対にやらない。

 自分でも花丸をつけてあげたいくらいの居合抜刀だ。だから負けない。

 メイは鋭く気合いの叫びをあげ。最後まで居合抜刀を振りぬいた。

 

 弾丸返しは成功した。反射した弾丸はまっすぐに紺色のロングコートの少女へと返っていき、

 

「ぐはっ…マジでこいつ、やりやがる」

「リーダーが膝をついた!?」

 

 腹に命中して膝をついていた。

 ガラの悪い少女たちがそれを見て凍りついて動けなくなっている。もう戦いは終わった。メイは深呼吸して残心。静かに木刀を納刀し、帯にさす。

 

「あんたたちの負けだよ」

「わかってる…リモコンをぶっ壊された時点でな。でもお前らに、お前にただでやられたくなかった」

「あんたたちを突き出すところに突き出してもいい。とっ捕まえてもらって今回の件を解決して、私たちは美味しいごはんを食べて解散する…でも、私はそうしなくてもいいと思ってる」

「?」

「理由を知れたらそれでいいんだ。出身も学校もバラバラのあんたたちは、どうして、ゲーム大会を台無しにしようとしたのか。それが分かれば」

 

 メイは通路を歩いて紺色のロングコートの少女に近づくことにした。通路を歩いて部屋に入れば、彼女の隣に立てるはずだ。

 

 

 

 道中では敵の構成員たちが道をあけてくれた。すっかり委縮している者もいれば、いつ襲い掛かってきてもおかしくない者もいる。結局、メイはなんの問題もなく、敵リーダーの隣に立つことができた。

 

「答えなければ、そのときは、然るべきにところに通報するよ」

「……負けてほしくなかったんだ」

 

 絞り出すような声だった。紺色のロングコート、ここのリーダーの少女は、その場に座り込んでうつむいている。

 

「どういうこと?」

「あたしらは海田ハカナのファンサイトのメンバーってことさ。ファンサイトとはいえ裏の、だけどな。この大会にウミちゃんが出ることは知ってた。でも最近の配信でこう言っていた」

 

 あのUZQweenと戦えるかもしれない。オンライン環境でもなく、ただのオフラインでもなく、めちゃくちゃに盛り上がる大会の場で。

 

「あんなに嬉しそうなウミちゃんは見たことがなかった。憧れの人と特別な場所で遊べるかもしれない。その気持ちが想像できないわけじゃない。だけどな、相手が悪すぎる。なんていったってあのUZQweenだ。きっと勝負にならない、ウミちゃんが強いプレイヤーだからといっても、力量差は誰が見ても明らかだ」

「それで脅迫した? 意味がわからない」

「わかれよ! あたしらはウミちゃんが泣いて悲しむのを見たくなかったんだよ! 推しの悲しい顔なんて見たくねえだろ、なあ!」

 

 リーダーの叫びにまわりの構成員――「裏」ファンサイトのメンバーたち――が「そうだそうだ」と声をあげる。

 話している間に階段をあがってきたのか、紙袋をかぶったヒフミとアズサがメイの後ろにやってきた。

 

「こいつはどうする?」

「話を聞いて、通報か見逃すかのどっちかにしたい」

「見逃すだって?」

「騒ぎにしたくないのは共通の考えだと思ってる。私は面倒くさいし、ゲーム開発部にもこんなことがあったなんて知られたくない。こいつらだって捕まりたくないはず。もしかするとそれは、こいつらの推しの顔をきっと陰らせるだろうし」

「…通報した方がいいと思うけど。まあ任せる。ファウストもそれでいい?」

 

 聞きなれない名前。おそらくはヒフミの偽名だろうか。

 やはり頷いたヒフミはことの成り行きを見守ってくれているようだ。

 まわりの構成員たちの「そうだそうだ」コールは続いている。私たちはなにも悪くない。悪くない。悪くない。メイは気分が悪くなってきた。銃で撃たれた痛みとも違う、言葉にできない感情が喉を駆け上がっていく。

 こいつらは自分がなにをしたのか全く理解できていない。海田のためにやったみたいな口を効いたが、まったく見当違いなことだ。

 

「黙ってろお前ら!」

「なっ…」

「さっきから聞いてればお前らが正しいことをしたみたいに言ってるが、本当にそう思っているのか!? ウミちゃんがUZQweenと遊びたいって言ったのは心の底からの言葉だったんじゃないのか!? なんでお前らは推しのやりたいことを邪魔したんだよ! ふざけるな!!」

「…お前」

「いいかッ! お前らのやったことは推し活なんかじゃない。推しを不幸にさせないための行いなんかじゃない! お前らが傷つきたくないからこんなことをやったんだ、違うか!?」

 

 メイの叫びは廃倉庫中に広がっていた。この場にいる誰もが耳にして、視線をメイに向けている。

 

「お前らがやったことはウミちゃんを貶めることだった! バカにする行いだった! あの大会に関わった全員をないがしろにするものだった! なに自分たちは悪くないみたいな言い方をしてるんだよ、ふざけるなッ!!」

「――どこまでもまっすぐな正論だな。刀の技といい、あんた、まっすぐすぎて、ウミちゃんと同じくらい眩しいよ」

 

 顔を赤くしてリーダーが言う。座り込んでいた彼女はゆっくり立ち上がり、狙撃銃をもってストラップで背負った。

 

「悪かった。あんたの言うことは正しい。だから…通報、するんだろ」

 

 メイはゆっくりと首を横に振った。

 廃倉庫ではすすりなきすら聞こえる。ここにいる裏ファンサイトの面々の多くの反応は、自分たちの行いを悔いているようだった。メイの言葉が許せなくて反抗しようとしている者もいたが、その隣にいる子が引き留めようとしているのも見えた。

 

「黙ってここから出ていくのなら、なにもしない」

「本当か?」

「ここにいる全員に納得してもらおうなんて思ってない。でも、あなたには伝わったようでよかった。解散させてくれる? それと、もうひとついい?」

「ああ」

「要らない、壊れても構わない銃をひとつくれないかな。それさえもらえたら私はもういい」

 

 

 

 

 

 

 100人近くの裏ファンサイトのメンバーたちはぞろぞろと廃倉庫から出ていった。メイたちも廃倉庫の正面で小休止していた。

 太陽も傾きかけている。今頃は大会も終わるところだろうか。メイはゲーム開発部に連絡をとろうとしたが、その前にやることがあった。

 

「無事に事件を解決できてよかった。ファウスト、もうとっていいかな」

「はい。アズサちゃんもメイちゃんもお疲れさまでした!」

 

 サマになっていた紙袋を外してヒフミが笑顔を浮かべた。

 輝くような笑顔だった。それを陰らせてしまうのは自分だ。メイは深く息をついて、裏ファンサイトのリーダーから預かった黒い拳銃を持ち上げてみせる。

 

「あはは…戦利品ってことですか?」

「いや。ヒフミさん。これに見覚えがあるんじゃないかな」

 

 意を決してメイは右手に拳銃を持ち、素早くこめかみにあてて、トリガーを引いた。

 ヒフミもアズサも目を見開いていた。どうしてそんな自傷行為にはしったのか驚愕して、ひとつ遅れて大きな声をあげてしまっていた。

 メイが握っていた拳銃が爆発した。銃身が大きく破損して使い物にならないそれを、メイはヒフミにひらひらと示してみせる。意味が分からないようにヒフミは眺めていたが、やがて顔色が変わっていった。

 

「…見たことが、ある」

「え?」

「だいぶ小さな頃に、知らない子に銃を横取りされて、壊されたことがあって。壊し方が同じなんです。メイちゃんがやってみせたのとそっくりで――」

 

 メイは深くうなずいた。

 そうだ。私があなたの銃を奪って壊したんだ。

 私は銃を撃とうとすると、壊してしまう。私も姉もそういう体質で、そのせいでまわりからいじめを受けてきたんだ。

 そうしてあの日、従わないと姉をとことん痛めつけるって脅されて。だから、たまたま目についた子の銃を奪って壊せと脅されたの。それがあの日の出来事だった。

 

「そんな…そうだったんですか」

「ごめんなさい、ヒフミさん。いまさら謝ったって遅い、かもしれない、けど。脅されたままあなたの銃を壊してしまって。ほんとうに、ほんとうに…」

 

 立っていられなくなった。嗚咽をこらえきれずにメイは膝をつき、そのまま両手をついた。

 顔が熱くなって目が開けられない。閉じた両目からぼろぼろと涙がこぼれて止まらない。口からは声にならない声が止まらない。

 肩をそっとつかまれて、それが暖かくて、やさしい感触がして、メイは少しずつ嗚咽を止められつつあった。

 

「ごめんなさい。ごめんなさい、ごめん――」

「メイちゃん。顔をあげてください」

 

 体に力が入らない。裏ファンサイトに撃たれまくった傷のせいだけではない。涙でぐちゃぐちゃになった顔をどうにかあげる。そこには困ったように笑うヒフミと、隣でしっかりと話を聞いてくれたアズサがいた。

 

「怒っていないです。それよりもメイちゃんがお話をしてくれて、良かったなって思っているんです。だからしゃきっとして、一緒にいきましょう?」

「一緒に…?」

「ユズちゃんのところです! 大会お疲れさまでしたって伝えましょう。ね?」

 

 ハンカチを差し出されてメイは手に取った。

 ペロロやウェーブキャットがプリントされた、それでいて上品な手触りのハンカチだった。そっと涙をぬぐってたたみ、メイはヒフミに返す。

 

「ありがとう、ございます。私なんかのために」

「気にしないでください。だって私たち、友達でしょう?」

「とも、だち…」

「さあ行きますよ! アズサちゃんも! 大会が終わった後のフィナーレに、モモフレンズのみなさんのダンスをやるんです。見に行きましょう!」

 

 ヒフミがメイとアズサの手をとって小走りで駆けていく。行き先は体育館。メイは引っ張られてよろけそうになるが、すぐに前に向かって歩みを踏み出した。

 ――とても優しいし、穏やかな人なんだ。だから、ちゃんと謝れば許してくれると思う。ユズの言っていたとおりだった。

 モモフレンズを、とりわけペロロが好きな、平凡そうでとてつもなく心が広い、まるで物語の主人公のような。

 ありがとう。足音に紛れて消えてしまうくらいの小さな声でメイは呟いた。

 

 

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