――ということがあったんです。
ミレニアム行きの地下鉄で座っているメイは、隣に座る先生にことの顛末を語った。きっかけは先生が「モモイから聞いたよ。メイが百人切りをしたんだって」と話を振ったことにあった。
続けて聞いてみれば、それは先日のモモファイターズ3の大会会場襲撃を未然に防いだことを指しているようだった。
あの後、ユズたちが優勝したことを知ったメイは、こっそりとユズに事件の顛末を伝えた。だが海田ハカナの地獄耳はメイの話を聞き逃さず、だから詫びをしたいと申し出て、予定よりも豪勢な打ち上げパーティーをすることになった。
そんな話を先生にしたメイは、地下鉄から降りて先生についていく。今日の用事はエンジニア部の部室。辻斬りとの対決を助けてくれる武器のテストだった。
結論から言えば、エンジニア部渾身の新武器は辻斬りとの対決に適していない。そう告げるメイは自分の口が鉛のように重く感じていた。
広い部室でメイは自分の左腕につけた「試作連射ボウガン」を外して作業台の上にのせる。そうか、とウタハが残念そうにこぼし、その後ろで猫塚ヒビキと豊見コトリのふたりは肩を落としていた。
ウタハの後ろにいるふたりの部員は、メイが初めて見る人物だった。
ヒビキは胸元が見えるインナーやショートパンツに網タイツという出で立ちで、なんだか大胆だなとメイは直感した。
コトリは服装が着崩れていて、そういうのに無頓着なのかもしれない。ものを説明することがとても好きなようで、聞いていないことをも楽しそうに喋る姿にメイは悪い気持ちにならなかった。
試作連射ボウガンそれ自体は操作が簡潔で使いやすい武器だった。左腕に装着して、左手でハンドルを握れば装填された矢を連射できる。威力自体も申し分なく、通常の戦闘においてもふつうの銃の代わりになりそうに思えた。
だがメイがこの武器を使わないと判断したのは理由がふたつあった。
ひとつは左腕に妙な重さがあり続けることの違和感がすさまじかったから。本体の重量が5kgもある。修練において真剣相当の重さの木刀を振ったことがあったが、それよりもかなり重い。
こうした重さのものがずっと左腕に固定され、さらに装填された矢の重量もある。そうしながら至近距離での危険な戦闘を繰り広げる自信はなかった。
もうひとつの理由は辻斬りに銃の類がほとんど効果がないであろうことだった。試作連射ボウガンを搭載した戦闘用ドローン3機とメイは戦ったが、木刀の居合抜刀でドローンを倒せてしまったのだ。
エンジニア部の3人がそれぞれ1機ずつ手動操縦していたが、それでも特に苦戦することなく勝ててしまった。メイでこれなのだから辻斬りだって同等以上に快勝してしまうだろう。
だから、メイは言葉を選びながらウタハにこの試作品の武器は使えなさそうだと告げたのだった。
「そうか…実際に君が体験したのだから、きっとそうなんだろうな。別の武器を考えないと」
「ごめんなさい。私、銃が使えないから、ふつうのケンカとかならとても役立ちそうなんだけど」
「だが辻斬りとの対決に使えないならダメだ。もっとメイの助けになるものでなければ」
考え込むようにあごに手を当てるウタハ。そのまま椅子に座ってうーんと目をつむってしまう。その横で「そういえば」とヒビキがなにかを思い出し、後ろの方へとひっこんでいった。
先生の方を見てみればコトリとなにかを話していた。先生に喋りかけるコトリはとても嬉しそうに笑っている。
「メイ、メイ?」
「ヒビキさん。それは?」
「戦闘用に改良したメイの服だよ。今の服装とほとんど着心地は変わらないし、比べ物にならないくらい頑丈になった。試してみる?」
ヒビキは台車を押してメイの前で止めた。新品同然の着物と袴、そしてエンジニア部製の真剣が並べておいてある。そしてヒビキは台車に置いていたリモコンのスイッチを押すと、部室の床がひっくり返って案山子が現れた。案山子は着物を着ていて、蛍光灯のヘイローをびろんびろんと揺らしている。
「試すって、斬れってこと!?」
「そう」
「ええっと…」
前回は両断こそできなかったが半分まで真剣が届いていた。それが防具と言うには薄めの服でどうにかなるのだろうか。
半信半疑でメイは真剣を手に取り、案山子の前で居合抜刀の姿勢をとる。まわりに人がいないことを確認し、深呼吸。
一閃。
メイは居合抜刀を繰り出したが、きれいに残心ができなかった。
理由は明白だった。案山子が着せられている服がメイの居合を防いでいる。前回は半分まで刃が届いていた。今回は刀身が少しめり込んだくらいだ。
「全然攻撃が通らない…」
「この台車にある服と案山子のそれは同じものだよ。きっとメイの戦いに役立つと思う。銃弾にだって耐性があるから。持っていって。紙袋もあるから」
「いいんですか? ありがとうございます!」
ヒビキが取り出した紙袋にメイは服をいれていく。帰ったらきちんとタンスにしまっておこう。そう考えていると、先生が自分を呼び声が聞こえて、メイは早足で向かった。
「どうしたんですか先生」
「いまモモトークでヒナから連絡があったんだ。ああ、いや、メイはヒナを知っているかい?」
「知らないです」
「ゲヘナの風紀委員のリーダーだよ。メイと同じくらいの身長だから、見たらきっとすぐにわかると思う。ああそう、ヒナからのメッセージによりと、ゲヘナの方で辻斬りの目撃情報が増えているみたいなんだ」
ゲヘナ学園。自由と混沌を校風にした、乱暴で粗暴な生徒が多い地獄のような学校だとメイは聞いたことがある。ゲヘナの風紀委員会は取り締まりを頑張っているがすべてがうまくいっているわけではない――そんなようなことを、先日の打ち上げの席でメイは聞いた覚えがあった。
「つまり、いまゲヘナの自治区にいけば辻斬りに会えるってことですか?」
「どこかに潜伏しているだろうけどね。それで、ヒナから写真をみんなに共有してもらったんだ。他の学校の生徒もいるグループチャットにね」
先生はメイにスマートフォンの画面を見せた。
見慣れたモモトークの画面、知らない人たちの名前がちらほら。学校の有力な生徒たちだろうか。名前の一覧の中には剣先ツルギの名前もあった。この集まりの中に彼女もいるのだ。
新着の通知。モモトークの画面にツルギからのメッセージが見えた。
〈きええ!!〉
〈ぎいえああああ!!!〉
ふざけているのか? メイは訝しんだが、すぐにモモトークに「音声入力」が備わっていることを思い出した。ツルギと話したことは少しだけしかないが、ああした奇声をあげることはよくあるかもしれない、とは思えた。
だからなにかを伝えようとして、それが奇声になってしまった。だから意図が伝わらない。不便なことかもしれないな、とメイはツルギが入力中と表示された画面を見つめる。
〈その写真の辻斬りは〉
〈私が見た辻斬りと違う。見た目が全然違う〉
〈本当にそれは辻斬りなのか?〉
なんだって? メイはミステリー小説を読んだような感覚に包まれた。言っていることが謎だ。
〈ヒナ委員長が持っている写真は他にないか?〉
〈いまアップロードする。すこし待っていて〉
さほど間が空くことなくいくつかの画像が送信された。
添えられた文章には、写真がゲヘナで暴れていた不良生徒が撮っていたことが記されていた。
辻斬り――黒っぽい制服を着た知らない生徒に見える――の写真はどれも慌てた状況で撮っていたようで、少しぶれている。仲間の生徒たちが次々に辻斬りに倒されていて、それを逃げながら撮影していたらしい。
「先生」
「どうしたの?」
「この辻斬りは…誰も殺していない。ちょっとブレてて見づらいけど、辻斬りが持っている真剣は刃と峰が逆になっている。逆にして攻撃しているみたい。だからきっと誰も殺していないし、死んでもいないはず、です」
「よくわかったね…すごいねメイは」
「えっ…ありがとう、ございます」
なんて返せばいいかわからなくてメイはごにょごにょと答えた。
モモトークではヒナが写真がこれで終わったことを伝えていて、やや間があいてからツルギがチャットを入力していた。
〈やっぱり違う〉
〈私が見た辻斬りはもっと背が低かった。こいつは背が高い〉
〈辻斬りはふたりいる?〉
ツルギのいうとおりかもしれない。辻斬りはふたり、いや、それ以上の複数人がいて、バラバラに動いて人を襲っているのかもしれない。
「そんなはずない」
「メイ?」
「真剣を扱える人間がキヴォトスにごろごろいるわけない。あれは扱いにかなりの時間がかかるんです。半端者が持ったところでそこらの不良生徒に返り討ちにあうのは明白なんです」
まるで自分が強い人間かのようにいうのは少し抵抗があった。
だが、何年も「斬鉄流」の修練をおさめ、真剣ではなく木刀をふるうようになってわかったことがある。キヴォトスで生きるなら剣ではなく銃を使う方が圧倒的に良い。特殊な事情がない限り剣を手にすることはしないほうがいい。
「でもツルギさんが出会った辻斬りは彼女と対等に戦った。ツルギさんはとても強い生徒だと聞いています。半端なものは全員返り討ちにあう、立ち向かえるのは本当に強い人間だけだって」
「確かにツルギの実力はすさまじいものがある。それでメイ、なにが言いたいんだい?」
「銃で戦う人だってツルギさんとまともにやりあえる人は少ないのに、刀をもって戦おうなんて、そんなのって考えられますか? そういう人間がひとりはいてもいいと思います。でも、ふたり以上いるかもなんて、そんな…」
「まだ私たちが分かっていることは少ないよ。もしかしたら辻斬りはグループを組んでいるのかもしれない。でも分かっていることはある。辻斬りはゲヘナかその近くで潜伏している。だからヒナ達風紀委員会に協力してもらうよ。メイもここしばらくはすぐに動けるようにしておいて」
先生の真摯な言葉にメイは間をあけて頷いた。
そうだ。この世界には自分の理解が及ばないことはたくさんある。自分とスイが「斬鉄流」の人間であるように、辻斬りたちもまた別の流派の人間かもしれないのだ。
別の流派というのがどこのだれかは分からない。キヴォトスで剣を教えているのは斬鉄流くらいしかなかったと思っていたくらいだ。
だからメイは、エンジニア部での用事が終わったら、ゲーム開発部の面々に今後のことを伝えようと心の片隅に決めた。