夜。もうそろそろ寝ようかという時間で、ベッドの上でメイは難しい顔をしていた。視線はスマートフォンのモニターに、モニターはモモトークの画面を表示している。
〈こんどゲヘナに行くことになったんだ〉
〈ウミちゃんに誘われて、向こうのゲームセンターとかを回って遊ぼうって〉
〈メイちゃんも一緒に来る?〉
そうしたメッセージの送り主はユズだった。ちょうどユズにメッセージを送ろうと思ったところだったが、その前に送られてきたのだった。
メイが送ろうとした内容は辻斬りとの対決についてのこと。シャーレに協力する形でメイが手を貸していること。辻斬りの出没情報がゲヘナに集まってきていること――だからゲヘナに遊びに行くと知って、メイは眉間にしわを寄せていた。
スマートフォンを操作してメッセージを送る。どう送ったものか。メイは悩み、書いては消してを繰り返す。
広く一般的に、現状のキヴォトスにおいて辻斬りはうわさレベルの存在でしかない。実在し、実際に人に危害を加えていることを知らないか単なるうわさだと笑い飛ばす者ばかりだ。
シャーレの先生と話して分かったことは、現状の知名度のまま辻斬りを捕まえて矯正局に送り込むことが望ましいであろうことだった。
情報を公開するなどして刺激すると後が怖い。それに辻斬りについての情報は多く集まっておらず、公表するにしても材料が足りないという。
確かにどこの学校の生徒でなんという名前かも判明していない。そうした人間が複数いるかもしれない。不確定な情報を広めれば辻斬りたちを悪く刺激するかもしれないし、キヴォトス中に必要以上の不安を広めてしまうことになる。
だから「笑い飛ばせるうわさ話」のうちに一気にケリをつけたい。それがシャーレの先生の考えで、メイもそれに同意した。
不必要に情報を広めないようにしなければならない。だが…メイは黙々とスマートフォンの文字入力を進める。
〈スケジュールを確認しないと。明日には確認できると思う〉
〈それとユズ、これはゲーム開発部にも秘密にしてほしいんだけど、いいかな〉
すこし間があいてサムズアップのスタンプが返ってくる。入力することを考え、メイは手を動かした。
〈辻斬りって知ってる?〉
〈なんかそういう危険人物がいるってうわさ話を聞いたことがあるかも〉
〈あれは本当にいるの。シャーレは静かに調査をしていて、私も協力してて〉
〈メイちゃんがシャーレに? すごいね。それに辻斬りって本当にいるんだ…〉
〈うん。それで最近聞いたんだけど、最近の辻斬りはゲヘナにいるかもしれなくて。出没情報がそっちに集まっているみたいで〉
ユズから驚くペロロのスタンプ。すぐにユズの入力中という表示が映った。
〈秘密にしてほしいのは、シャーレが辻斬りを調べていることと、メイちゃんが協力していること?〉
〈うん。それに、辻斬りがゲヘナにいるかもってことも〉
〈そっか…メイちゃん、もし辻斬りが出てきたらすぐに向かうんだよね?〉
〈そのとおりだよ。ユズたちと一緒にゲヘナに行くなら、もしものことがあってもみんなを助けられるかもだし、先生にとって都合がいいはずだし〉
〈(頷くペロロのスタンプ)〉
〈だから明日、先生に連絡して都合がつくかどうか確かめてみるね〉
〈ありがとう。いちおう、こっちの予定だと、遊びに行くのは今週末だね〉
〈わかった。念押しするけど、辻斬りがらみのことは絶対に秘密にしてほしいんだ。下手に情報を公開して辻斬りを刺激したくないって、先生が言ってた〉
〈もちろん秘密にするよ。連絡まってるね。おやすみなさい〉
おやすみ。メイはそれだけ返信して布団にもぐる。不安はあるが、もしもなにかあれば――はじめてできた友人たちに危険が及ぶことがあれば、その時は全力で抗って守ってみせる。
メイは浮かない顔をしていた。まわりにはモモイやミドリ、アリスにユズもいるが、どうにも笑顔を浮かべられない。腰に帯びている木刀の柄に手で触れて、メイは息をついてあたりを見た。
ここはゲヘナの自治区。太陽はまだ空にあって沈む気配はない。シャーレの先生との話し合いの結果、今回の遠出はしても良いということにはなった。なったが実際歩いてみると緊張や不安がつきまとう。
人通りの多い場所を選んで歩いていて、待ち合わせの場所まであと少しのはずだった。後ろを見てみれば、アリスは楽しそうにあちこち見て顔をキラキラさせている。
「ミレニアムと景色がぜんぜん違います! すごくレトロな建物もあります!」
「アリスちゃん! 行き先はそっちじゃないよ」
ユズが指をさしてアリスに声をかけた。指をさした場所は大通りだ。そこにあるショッピングモールにあるゲームセンターでウミちゃん――海田ハカナとの待ち合わせをしている。
アリスが戻ってきて歩みを進めると、左手から呼びかけるような声が聞こえた。ほとんど無意識にメイは左を向き、そこに妙な集団がいることに気がついた。
「お前ら見ない顔だな…ゲヘナの人間じゃないだろ」
そんなことを言って現れたのは青いマントの集団だった。7人組の青マントたちはゲヘナ学園の生徒なのだろう。
無視すべきかメイは迷ったが、アリスが興味津々で見ているので歩みを止めざるを得なかった。左手を木刀の柄に静かに添え、なにがあっても動けるようにする。
「チビども、よそから来たっぽいが…お前ら小学生か? ならこれを着ていけ」
リーダーらしい人物が青いマントを差し出してくる。ちょうど5人分だ。メイや隣のミドリは訝しんでいたが、アリスは嬉しそうに受け取っていた。
「新装備ゲットです! これで素敵性能がアップします!」
「あ…? 変な喋り方するガキだな、妙な大砲も背負ってるし… まあなんだ、この辺りはあたしらのシマなんだよ。自分で言うのもアレだけどよ、ゲヘナは危なっかしいところだからな。でもそれをつければきっと大丈夫だ」
青マントの集団のなわばりの中ならこれを身につけるといい、ということなのだろう。確かにいまでもやや遠いところから銃声が聞こえる。爆発、怒号。なにがあったか知らないが関わり合いにはなりたくなかった。
「親切な村人よ、深く感謝しよう」
「村人かよ! まあいいやチビども、用事が終わったらさっさと帰るんだぞ!」
そうして青マントの集団が去っていく。アリスからマントを受け取ったメイは、それに「亜織満斗団」と白くプリントされているのを見てしまって、何とも言えない顔を浮かべてしまったのを自覚した。
それからショッピングモールに到着したメイは、ゲーム開発部の面々が先に行くのを後ろから見送っていた。オレンジ色が目立つ照明が多く設置されて明るくて安全で開放的なつくりの建物で多くの人々が行き交っている。
「ウミちゃんとの待ち合わせ場所は…ユズ、どこだったっけ」
「それなら2階のゲームコーナーだよ。このエレベーターで行ってみよう」
ユズが指さしたエレベーターはちょうど待っている人が少ないようだった。先にアリスが小走りで近づいてボタンを押すのを見たメイは、視線をエレベーターに沿って上に向ける。
「ねえミドリ」
「どうしたのメイちゃん」
「あれ…もしかして、赤マント団とかじゃない?」
メイはこっそりと指をさしてミドリに示す。
3階の開けた場所に10数人の集団がたむろしているのが見える。彼女たちはそろって赤いマントを身につけているのだ。
「なんか嫌な予感がするね。アリスちゃん!そのマント外して、このカバンにいれて!」
不思議そうにアリスがミドリを見る。やや不満げにマントをとってミドリに渡して、隣のモモイもそうして、しかしモモイは疑問を口にしていた。
「なんで外せって言ったの? 邪魔だしまあいいかなって思ったけど」
「メイちゃんが赤いマントの集団を見つけたの。赤いマントだよ、さっきの青いマントの人たちと関わりがあるんじゃないの?」
「関わりってどんな?」
「なんか…険悪な感じとか。メイちゃんはそう察したみたいだけど」
「…あっ、そっか、なるほどね」
ここはゲヘナだもんね。ぐいぐいとカバンに青いマントを押しこんだモモイとミドリは、メイとユズのぶんの青いマントも力強く押しこんでいく。
それからエレベーターに乗り込み、2階で降りる。3階から降りてきた赤いマントの集団が見えたが、やや怖そうな印象こそあるがなにかが起こる気配はなかった。
(亜火満斗団って見える…きっとたぶん、青いのとは敵対関係なんだろうな。お互いにこの近辺を自分のシマだと言い張って衝突しているのかも)
赤いマントの集団を見送ったメイは先を歩くアリスとモモイのあとに続く。
ガシャーン!ダダーン! 騒音がし始めてメイはまわりを見まわした。
近くの店を見れば恐喝や怒声が絶えない。なんなら店員もガラが悪すぎる。普段立ち寄る店や、たまに買い物をするミレニアムの店でだってトラブルがなかったわけではない。しかしここと比べればあからさまに治安が悪かった。
ここはある種の地獄だ。善良とまでいかなくても普通の人間の割合が少ないだろう。
ゲヘナの自治区で過ごすことがあれば、常に気を張らねばならなくなるだろう。ゲヘナの知り合いといえばウミちゃんがいるが、彼女の雰囲気とこうして目にしているゲヘナの空気とが一致しない。
思っていたよりもウミちゃんはしたたかなのだな。心の中で納得したメイは、遠いところにゲームコーナーがあるのを認めた。
ゲームコーナーは思っていたよりも大きく、広く場所をとっていて、治安の終わっている他の店よりは幾分か過ごしやすい雰囲気であった。こうした場に特有のがやがやしたやかましさはあったが、慣れ親しんだ心地いい刺激だった。
ゲヘナ自治区限定のモモフレンズのぬいぐるみが景品として用意されているクレーンゲームが見えたし、いろんな対戦型ゲームの対戦台だって稼働している。筐体への落書きが目立つがプリ機だっていくつかあるし賑わっている。
あれこれ見て回ったメイは、しかし海田の姿を見つけられなかった。対戦台の近くにいるかと思ったが、どこにもそれらしい人物がいない。隣にいるユズに声をかけて、メイはとんとんと肩に触れる。
「ウミちゃん、まだ来ていないみたいだけど」
「うん…こっちに来る途中で交通事故があって、電車が止まっちゃったんだって」
「大丈夫なのウミちゃん」
「ケガはしてないって。モモトークで教えてくれて…心配しなくて大丈夫だし、ちょっと遅れるからごめんねって。先に遊んで待っていてと伝えてほしいとも書いてた。モモイたちに伝えてくるね」
「そっか――うん?」
ゲームコーナーの喧騒の中にはっきりと銃声が混じっていた。それ自体はキヴォトスでは、とりわけゲヘナでは珍しいことでもなんでもないはずだ。
だがある種の予感がメイにはあった。銃声がどんどん近くなってきていて、そうした危険にユズたちを近づけたくなかった。自分ひとりでどうにかできるならそうするのがいいはずだ。
「ユズ、みんなを集めて、ゲームコーナーから出ないように言っておいてくれる?」
「どうしたの? なんか顔色が悪いけど…」
「いや、なにもなかったらすぐに戻るよ」
しっかりと木刀に手を添えてメイは歩き出した。怪訝そうに、心配したようなユズの声が聞こえたが、少し振り向いて頷き返してまた歩き出す。
ゲームコーナーを出てすぐに荒々しい怒声が飛び交うのが聞こえた。銃声に爆発音。煙が3階の開けた場所からぶわーっと広がって、ゲームコーナーの前にまで降りて広がってきた。
2階と3階の高低差はそこまで広がっていない。メイは近くのベンチと壁を使って跳びあがり、3階の廊下に転がり出る。やはり3階では戦闘が繰り広げられていて、そこから逃げ出そうとする人々が手慣れた様子で離れていくのが見えた。
「赤マントども! くたばりやがれーッ!!」
「めざわりなんだよ青マントのボケどもがーッ!!」
お互いに罵声を浴びせながら遮蔽に隠れての銃撃戦が繰り広げられている。メイも手近な植え込みを遮蔽物として身を隠し、戦況を確かめることにした。どちらも人数は30人近く、練度も同程度なのか膠着状態が続いている。
逃げてきた人々が「風紀委員会に連絡をする」という旨のことを叫んでいる。そうだ、ゲヘナには風紀委員会があってこうした荒事の対応をするはずだ。ならば自分がここで戦わなくてもいい。静かにここを後にしよう。
メイはそう判断して踵を返そうとして、どこからか黄色のマントの集団が現れたのを認めた。彼女たちもまた赤マントと青マントたちへの罵詈雑言をわめき散らしながら我先にと戦闘に介入していく。もう勝手にやってくれ。
静かに戦場をあとにして2階に戻るメイ。1階からどたどたと騒ぎ声が聞こえて、手すりのある場所で身を乗り出して観察する。
見ればそこには黒い帽子に黒い制服の、20人ほどの集団がショッピングモールに突入しているところだった。
「進め!」
「我々は風紀委員会だ!」
「ショッピングモールの戦闘を中止しろ! 従わなければ撃つぞ!」
大声でそんなことを言って足を止めない。通報を受けてすぐに出動したにしては早すぎる。近くを巡回していたものが第一次の部隊として駆り出されたとか、そんなところだろうか。
そんなあたりをつけたメイはゲームコーナーに戻ろうとして、しかし立ち止まってしまう。1階を走って動いていたはずの風紀委員たちが吹き飛ばされたのを視界の端に認めてしまったからだ。
どういうことだ? ふたたび手すりから下を確認すれば、事情はよく分かった。見つけた。奴が辻斬りだ。
スマートフォンを取り出したメイはモモトークを立ち上げる。投稿先は辻斬りへの対策を講じるグループチャット。先生やトリニティのツルギ、ゲヘナのヒナや他の学校の少数の生徒が参加している場所だ。
〈辻斬りを見つけた〉
〈ゲヘナのショッピングモール〉
〈風紀委員たちを攻撃している〉
〈私が戦って止めてみる。なるはやで助けに来てくれるとありがたいです〉
音声入力で送信したメイは、いつの間にか近づきつつあったユズとモモイに顔を向けた。
「なかなか戻ってこないから心配したんだよ。メイちゃんどうしたの? 上も下もなにかあったみたいだけど」
「上は赤マントと青マントの抗争があって、下では辻斬りが風紀委員の人たちと戦ってる」
辻斬り!? 興味津々にモモイが駆け寄って手すりから身を乗り出して下を見る。きっとモモイにも見えただろう。真剣を鞘に納め、それで風紀委員を殴打している黒いロングコートの人物が。
「あれがうわさの!?」
「モモイどいてて、下がってて。ここは私がやる」
「なんでさ!?」
「秘密にしていてごめん。私はシャーレに協力しているの。辻斬りがらみのことでね。たぶんきっとあいつがそう」
「えーっ!?」
模倣犯とかじゃないの? 横からユズが疑問を投げるがメイは首を横に振った。強い生徒代表のツルギとほとんど対等に戦ったことや、不良集団を何度か壊滅させたこと、それらを踏まえれば銃を撃たずに次々に風紀委員たちを倒している奴が辻斬りであるはずなのだ。
「銃を使わないであんなに暴れられる奴が複数いるなんて考えにくいと思わない? 私のこれだって扱いに何年もかかっているんだよ」
「そっか…メイちゃん、私たちも戦うよ。友達が危険なところに飛び込むのに指をくわえて黙ってみているなんて、そんなことできないよ」
私だってそうだよ! モモイがメイの肩をつかんで揺らす。モモイの表情は必死そのもので、冗談や余裕を感じさせるものではなかった。
「わかった。でも辻斬りはなにをしてくるかわからないから、じゅうぶんに気をつけて!」
メイは手すりの上に跳び乗って下を見る。
鞘で風紀委員のひとりを殴ってぐったりさせ、その体を盾にして他の風紀委員たちの射撃を防いでいた。
「撃つのをやめろ! 味方に当たる」
「あいつなんなんだ…銃を持ってないのに、全然歯が立たない!」
「囲んであいつを撃つんだ!」
風紀委員たちが展開していくが、辻斬りは盾にしていた風紀委員を一番近い者に向かって蹴り飛ばした。それと同時にほとんど一瞬で手近な風紀委員を鞘で殴ってまた盾にする。どうやらその繰り返しをしているようだった。
「メイちゃん!」
「メイ! ボス敵がいるってモモイから聞きました!」
ミドリとアリスも集まってきてくれていた。メイは振り返らずに、視線を辻斬りに向けながら口を開く。
「ありがとうみんな。あいつを…辻斬りをいちど黙らせよう。みんなで戦って勝ってハッピーエンドにしよう!」
おー! ゲーム開発部の勇ましい声に背中を押してもらったメイは、居合抜刀の姿勢を保ちながら1階へと飛び降りる。ちょうど辻斬りが悲鳴をあげる風紀委員に鞘で殴りかかるところで、その矛先は頭上に向いた。
空からの居合を防がれたメイは反動をうまく使い距離をとって着地。2階の射線が通りやすいところからゲーム開発部の4人が武器を構えるのを確かめ、メイは納刀して構える。
「誰だお前!?」
「味方だよ、私たちは。その辻斬りを黙らせに来た」
風紀委員たちがメイと辻斬りのどちらにも銃口を向けて警戒しつつ、遮蔽物のあるところまで下がっていく。
「お前は…」
「辻斬り、今度は私たちが相手だ」
にやりと辻斬りが笑うのをメイは認めた。ここで仕留める。頬につーっと汗が流れて、メイも自然と口角があがっていた。