すり足でメイは前に出る。自分の居合が届くのは6メートルまで。少しずつ間合いを詰める。うまくいけば頭に居合抜刀をぶちこんで一撃で気絶させられるかもしれない。
前に、前に、前に。
だが辻斬り――黒いロングコートに暗い制服の生徒の姿をしている――が不意をつくように前に出た。それを見て認めるより前にメイは居合抜刀を繰り出す。はたして、木刀は辻斬りの頭を捉えなかった。ここに来て初めて辻斬りが抜刀して、真剣で受け止めていたからだ。
「いまだよミドリ!」
「わかってる!」
動きの止まった辻斬りに向けて2階からの射撃。左からモモイ、右からミドリの攻撃が迫って命中、しかし辻斬りが傷を負った様子がない。
「効いてないわけない! もっと撃って――」
メイの言葉は途中で途切れた。辻斬りの蹴りを胸に食らって吹き飛ばされてしまったのだ。
「ああ! メイちゃん!」
「こんのーッ!!」
蹴り飛ばして追撃しようとした辻斬りにモモイが射撃する。だがはじめからわかっていたかのように辻斬りが真剣を振って弾き、すぐにモモイが弾切れを起こし頭を引っ込めると、
「えっ!?」
モモイの近くの手すりが切断された。叫んでしりもちをつきながらベンチに隠れてリロードをするが、慌てて操作がうまくいかない。
「なにいまの! なにいまの!?」
すぐには理解できなかったがメイは辻斬りがなにをしたのか見当がついた。奴はモモイの近くの手すりに向けて居合抜刀して切断したのだ。少しでも狙いがずれていれば、今頃モモイが――
「遮蔽物を使って! 容易に身を乗り出さないで、こいつの居合は銃とほとんど変わらない!」
「わかった!」
続けて「飛ぶ居合」を繰り出そうとした辻斬りに木刀を振ったメイは2階の仲間たちに呼びかける。
ゲーム的に言うならメイの
そうしてタンクが敵とやりあっている間にモモイたち
モモイとミドリの弾丸が辻斬りの肩や腕に命中し、ユズのグレネードランチャーの爆発が辻斬りの体勢を崩し、直後にメイが横にどけたところをアリスのレールガンが駆け抜けていく。
だが辻斬りは不安定な姿勢で真剣をふるい、レールガンを防御した。ギャリギャリガリガリ! 耳が破れそうな音が響いて、それは辻斬りが真剣を振りぬいた直後に収まった。レールガンの弾丸を後ろの方向に飛ばしてしまったのだ。
「そんな! アリスちゃんのレールガンも弾くの!?」
ミドリの驚いた声がメイの耳に届く。あんなものを喰らえばメイなら受け止めきれずにやられてしまうだろう。だが辻斬りは弾丸を逸らしてみせた。すべての腕前は奴の方が上回っている。それでも――
「傷がないわけじゃない! こいつが倒れるまで何度でもやってやる!」
――ひとりで戦っているわけではない。
メイは再び前に出て辻斬りに居合抜刀を繰り出す。2階の仲間たちに飛ぶ居合を向けようとするのを妨害し、真剣が閃く先をメイに集中させた。
「お前の相手は私だ、辻斬り!」
「……ふっ、面白くなってきたな」
痛みや焦りを感じさせない声だった。どこまでも楽しそうに喋った辻斬りに、メイは驚いていた。心底ぞっとした。
こうして切り結ぶあいだにも上からの射撃は止んでいない。モモイとミドリはメイに当てないように攻撃しているし、ユズのグレネードランチャーやアリスのレールガンだって体勢を崩すだけのダメージは与えているはずなのだ。
なのにどうしてこいつから余裕を感じるのだろう。もしかすると、このくらいの攻撃では奴を追い詰めてなどいないのではないか?
「わっ!?」
「迷えば死ぬぞ」
辻斬りの鋭い蹴り。メイは対応できずに飛ばされ、すぐに立ち上がる。しまった。辻斬りは飛ぶ居合を放とうとしている。
これに前後して風紀委員たちが辻斬りに向けて一斉射撃を繰り出したのをメイは認めた。辻斬りは一回転斬りを繰り出しつつ後退、近くの遮蔽物に身を寄せて射線を切り、再び居合を繰り出す体勢に入っている。
あれはタメだ。時間をかけて繰り出すタメ攻撃だ。直感したメイは防御態勢をとりながら叫んだ。
「みんな伏せて!」
ゲーム開発部の面々はメイの言葉に応え、風紀委員たちは無視して射撃を続ける。やや間があいてから辻斬りが居合抜刀してメイは顔をしかめた。木刀に何重もの衝撃が走って立っていられなくなりそうになる。
「ぐわっ!」
「があっ…」
信じられなかった。すこし時間を使うだけで同時にいくつもの飛ぶ居合を繰り出せてしまうらしい。
身を晒していた風紀委員たちがまるで斬られたかのようにどうっと倒れこむ。メイも防御しきれたわけではなかった。体中のあちこちに痛みが走る。が、エンジニア部のヒビキが作ってくれた防具のおかげでまだ問題なく身体は動かせそうだ。
「みんな! 最適な射撃場所へ移動!」
「了解です! スーパーノヴァ、魔力充填完了! 撃てます!」
風のようにメイが接近して辻斬りと切り結ぶなか上からユズの声が響く。
まわりは風紀委員たちのうめき声がする。ケガはひどくないようだったが戦闘に復帰できそうにないのは明白だった。
木刀と真剣がぶちあたり、メイはこれまでにない苦痛に顔をゆがめた。
辻斬りのタメ攻撃を受け、蹴りを喰らったのも、鋭いダメージが鈍く積もって行動が遅くなっていくのが自覚できてしまう。許されるのならこの場にどうっと倒れこんで満足するまで休んでいたい。そうするのはこいつをぶちのめしてからだ。
腕から伝う血の一筋が辻斬りに振りかかるがなにも気にしないように真剣が振るわれる。受け止めて反撃するメイは蹴りを繰り出し、同時に足元で爆発が起きた。ユズのグレネードランチャーが着弾したのだ。
姿勢を崩しつつ横転したメイは、辻斬りも後ろに大きくよろけたのを認めた。いまだ! 思わず叫んでメイは眼前にレールガンが走ったのに目を見開いた。
「光よ!」
「があっ、ぬううっ――」
メイは立ち上がって居合抜刀の姿勢に入る。レールガンを弾こうとしているいまが好機だ。よろけそうになるがどうにかこらえ、辻斬りから見て右に回り込む。狙いは頭。ここで決めて、レールガンの追撃で沈黙させる!
「くらえ!!」
「――がああッ!!」
動きが鈍った。が、居合を振りぬけた。辻斬りの頭にメイの木刀がめり込み、しかしレールガンは空に放たれている。
辻斬りはどうっと吹き飛んで天井からは轟音が響く。がらがらと天井の建材が崩れ落ちて地面に激突してけたたましい音をたて、煙が広がった。
あたりが煙に包まれ、しかしすぐに薄くなっていく。障子の紙を破いたかのように穴が開いた天井からざあざあと雨が降ってきて、あたりは水浸しになっていた。照明もほとんどが消えていて、明かりになるのは雨雲が広がる鈍い太陽光だけだった。
修理費はどのくらいになるのだろう。もしかしてシャーレが弁償することになるのだろうか。深呼吸で雑念を振り払ってメイは納刀し、しかし、警戒を解かない。
「やっつけたかな、ねえメイ!」
「お姉ちゃんそれフラグ!」
2階でモモイとミドリが騒いでいる。見れば、言い合いながらも銃を構え続けている。ユズもアリスもすぐに戦えるように構えていた。
強い雨に濡れて服も髪も体にはりついている。足を動かすたびにぴちゃ、ぴちゃと音がする。足を動かさなくても水音がした。
暗い場所からシルエットが揺らめいた。シルエットはどんどん近づいて笑ってすらいる。
「お前たちは…これまで剣を振るったなかで…最高だ」
「まだ立てるの? ヤバすぎでしょ、あんた」
「この時代の剣士よ…続きをしよう」
居合抜刀の姿勢を見せる辻斬り。彼女もまた雨に濡れて服がぴっとり張り付いているが、それを邪魔とも思っていない所作だった。
「わかったよ。私だってまだやれるんだからさ」
ため息をついてメイも居合抜刀の姿勢をとる。
ざああ――雨音の中に天井から落下したシャンデリアがけたたましく音を立て、これを合図に同時に抜刀した。
山紫メイの報告を受けて駆けつけた空崎ヒナは、荒れ果てたショッピングモールの3階を駆けていた。後ろにはヘリでここにきたというシャーレの先生もいる。
小さな体に不釣り合いな巨大な機関銃を吊って走るヒナ。彼女は建物内の照明がない場所を見つけた。進行方向の先、天井に穴が開いているのか外の暗い明かりが差し込んでいるのだ。
銃声と、かたいものが間断なくぶつかり合う音も聞こえる。誰かがそこで戦闘をしている。おそらくメイと辻斬り。それと先行した風紀委員の誰かだろうか。
「先生は下がってて。きちんと指示に従うから」
「うん。指揮はまかせて」
一気に加速したヒナは、しかし足音をほとんど立てずに戦闘が起きているはずの場所の近くへ駆け込む。手近な遮蔽物に身を隠し、武器を構えながら様子をうかがった。
思わず目を疑った。荒々しい吹き抜けになった場所に真剣と木刀で切り結ぶふたりがいて、そこには雨が落ちていないのだ。ふたつの刀が雨を弾いて、目に見えるドーム状の傘のようになっている。
真剣が辻斬り、木刀が山紫メイ。確認し終えたヒナは身を乗り出し、メイに味方している者たちの姿を認めた。あれはゲーム開発部の面々のはずだ。
空が赤く染まったあの日、廃墟の遊園地での戦いをゲーム開発部とRABBIT小隊とともに繰り広げたのだ。あの時はユズが遠隔操作する奇妙なロボットもいたが、流石にこんなところにあるはずもなかった。
機関銃を構えながらヒナは小さな無線機で先生に連絡をする。
「先生、メイと辻斬りの戦闘現場に到着した。ゲーム開発部の4人ともここにいる。彼女たちはメイの味方をしている」
〈そうか、ゲヘナの自治区に遊びにいくって言っていたけど、メイと一緒ならそうだよね〉
「ふうん…さあ、突入するよ」
〈射線を増やすのを意識して。メイが辻斬りを抑えているなら、チャンスを逃さないで〉
了解。3階から飛び降りて壁を走りつつ射撃。弾丸はすべて吸い込まれるように辻斬りに飛んでいき、その肩に命中する。
不意を突かれた辻斬りは着弾の衝撃で動きが鈍り、メイの木刀が腹にめり込む。傘のドームが弾かれたように消えて、ふたりのまわりにどしゃっと大量の雨水が降り落ちた。
「わっなに!?誰!?」
「あーっ! ゲヘナの風紀委員長です!」
「ええ!? 助けに来てくれたのかな!?」
あれは確か才羽モモイと天童アリスだ。2階の射撃に適した場所でそんな会話を交わしている。残りのメンバー、才羽ミドリと花岡ユズも頭上の壁を走るヒナを見て驚いていたが、すぐに1階にむけての射撃に集中していた。
射撃の先――辻斬りは木刀の強烈な連撃を叩き込まれていた。風紀委員たちにも見せてやりたいくらいの鮮やかな攻撃だった。
辻斬りは手にした銃を壊す能力を持っている。だから銃を持たない生徒が一番前に立って戦うのは理にかなっているし、今回はうまくいったようだった。
走っていた壁に手をついて落下して安全に着地したヒナは、武器を構えて辻斬りに狙いをつける。ちょうどメイが下から振り上げるような切り上げで辻斬りが宙に舞っていた。
迷うことなくトリガーをひく。ヒナの機関銃から繰り出される銃弾が辻斬りに全弾命中し、弾切れを起こすと同時に辻斬りが受け身をとることもなく墜落した。
「あなたは…?」
「私は空崎ヒナ。ゲヘナの風紀委員長。あなたが山紫メイ?」
「はい。ああえっと、助けに来てくれたんですよね。私の連絡で。ありがとうございます。先生もここに?」
「少し離れたところにいるわ。辻斬り事件もこれで終わり。あなたたちもお疲れさま」
2階のゲーム開発部に声をかけ、ヒナは近くで倒れている風紀委員のそばでしゃがむ。いくつかの切り裂かれたような傷が見えるが、重症ではない。他の風紀委員たちも同様のようだった。
深刻な事態にならなくてよかった。表情には出ないものの安堵したヒナは風紀委員の肩をゆすり、即座に遠くに蹴り転がした。同時に機関銃を背中に回して防御態勢をとる。
「どういうつもり?」
「ほう、面白い」
後ろに回し蹴りを繰り出すヒナ。それを跳んで避けたのはメイだった。何を見ているのか理解できなかったが、やらなければならないことはある。メイを、いつの間にか真剣を手にした彼女を黙らせなければならない。
「めんどくさい…」
「強者よ――いくぞ!」
メイが真剣を構えて迫る。機関銃を撃てば真剣で弾いてくる。真正面からではすぐには終わらないのだろう、めんどくさい。ヒナは横に駆け出しながら射撃を繰り出した。
「メイちゃん!?」
「なにやってんのメイ! 悪ふざけはやめなって!」
ミドリとモモイが叫んでいるのが聞こえる。だがメイに声が届いている様子はなかった。おそらく正気ではないのだ。最初からこうするためにメイは動いていたのだろうか。それとも――
「冗談でしょ」
――10数メートルは離れている距離で居合抜刀したのをヒナは認めた。駆け出した壁が大きく切断され、そこから跳躍しつつ射撃。建物の柱を遮蔽物にしてくるりと身を隠す。
手短にリロードをして瞬間的に伏せる。感じ取った気配のとおりに柱が上下に分割されて上が吹き飛んだ。メイが蹴り飛ばしたのだ。
あれじゃまるで銃だ。ただの人間があれを扱えばああはならない。それに銃で撃っても逸らされ、弾き返されている。ヒナは初めて相手にするタイプの敵を前に、通信機越しに仲間へ呼びかけた。
「ゲーム開発部は先生の指揮下にはいって。ええ、全員で木刀の彼女を黙らせる」