少女は木刀で失った青春を取り戻す   作:いかるおにおこ

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エピソード4 地獄めぐり(後)

 

 シャーレの先生がショッピングモールの3階から見たのはすさまじい戦いだった。メイが紫に輝く銃弾の嵐を真剣と木刀の2刀で弾き返している。

 メイが豹変してヒナを襲っている。報告を受けた先生は意図が理解できなかったが、状況は理解できた。なんらかの理由――それもメイに非がないもの――でメイの刀はヒナやゲーム開発部に向いているのだ。

 

「アリスはレールガンをチャージ。モモイとミドリは場所を変えて射撃! ユズはこちらのタイミングで攻撃して!」

 

 腹から大声を出して先生は手すりに近づいた。いまいる場所なら全員の様子がよく見える。2階からゲーム開発部の面々がヒナを支援し、1階ではヒナが素早く動き回りながら嵐のような弾幕をメイに浴びせている。

 だがメイもただ撃たれているだけではなかった。2刀を振り回して銃弾を弾いて動き回り、上からの攻撃を回避しつつ遮蔽物も使っている。目まぐるしい攻防が繰り広げられていた。

 そもそも5対1という構図なのにメイはあまり苦戦しているようには見えなかった。ユズのグレネードランチャーやモモイとミドリの射撃を受けて傷を負っているはずなのに、なにも問題ないように動いている。メイそっくりのロボットが暴れている、と言われた方が不自然ではないような気もする。

 メイは自己申告していたよりも強かったのだろうか。半分はそのとおりかもしれない。だが、すべてがそうではないはずだ。辻斬りとの戦いで負ったはずの傷が一瞬で回復するとは思えなかった。だから先生はユズに指示を出した。

 

「ユズ! 左手のベンチに向けて撃って!」

「はい!」

 

 奇妙な指示ではあったがユズはすぐにトリガーをひいてくれていた。先生の読みどおり、ヒナの弾幕から逃れようとスライディングするメイの隠れようとした場所は破壊され、ついにメイは大量の銃弾を受けていた。

 

「アリス!」

「いきます! 光よ!」

 

 転がって機関銃の狙いを絞らせないようにするメイにアリスのレールガン、スーパーノヴァの一撃が飛び込んでいく。だが不安定な姿勢ながらもメイは2刀でこれを受け止め、横に逸らしていった。

 

「ヒナ!」

〈大丈夫よ、これくらいたいしたことない〉

 

 弾き返されたレールガンの弾はヒナの近くを通り過ぎて壁に着弾、大爆発を引き起こしている。その音と光に混ざるようにメイが駆け出し、エスカレーターの斜めになった壁を使って高く跳躍した。

 ヒナが機関銃で撃ち落とそうとしたが後ろに跳び下がる。メイが木刀を鋭く投げて攻撃し、地面に深々と突き刺していた。

 あれの直撃を受けたら大きなダメージを負うだろう。だからヒナは攻撃を中断して回避を選び、そしてメイの行動を見て驚いた。彼女は宙を舞いながら真剣を鞘に納めている。空中での居合斬りをするのか?

 

〈伏せて先生!〉

 

 通信機からのヒナの声に危険を感じた先生はすぐにそのとおりにした。直後、ものがザクザクザクと鋭く斬れる音がして、やや間があいて轟音が連続する。

 立ち上がった先生は驚きを隠せなかった。さっきまで戦っていた場所に数えきれないほどの大きな傷ができている。そのせいで柱や壁が崩れて音がひびいたのだろう。

 

「みんな、大丈夫――」

 

 立ち上がった先生は言葉を失っていた。先の空中からの居合斬りでゲーム開発部の4人が怪我を負ったらしい。モモイとミドリは倒れ、ユズは近くにいたアリスにかばわれていたようだ。

 

「――ヒナ! 逃がさないで!」

〈うん〉

 

 着地して駆け出すメイにヒナの機関銃が火を噴く。翼で空気を打って本気の射撃を繰り出していた。

 けたたましい銃声と共に放たれた弾は紫の光を帯びて距離をとろうとするメイの背中を追いかけ続ける。その軌跡は1階に出来上がっていた、崩れ落ちた残骸で出来た壁を乗り越え、そこで止まった。メイはこの場から逃走したのだ。

 

〈ごめん先生、逃がしてしまった〉

「ヒナはよくやったよ。ありがとう。ゲーム開発部のみんなは?」

 

 見ればアリスもぐったりと倒れている。ユズが切羽詰まった様子で大きく首を横に振って叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

 メイが誰もいないショッピングモールを駆けていく。背後からは追跡者の気配がない。しばらく身を隠す必要がある。だがこれ以上に最高の経験ができるだろうか? あれより良いものは望めないのではないだろうか? 素直に立ち止まって、もうおわりにしてもいいのではないか?

 

「でも…まだ、もの足りない」

 

 そうだ。満たされていない。あれだけ素晴らしい時間を忘れられるだろうか。終わりにするなら、もういちど噛みしめてからだ。

 

 それでもメイは足を止めてしまった。この体が限界を迎えたからではなかった。行く手を阻むようにどこからかメイの前に誰かが出てきたからだった。

 

「メイ!」

「……」

 

 灰色のコートの女性だった。暗がりで白のパンツにベストということくらいしかわからない。

 

「私が分からないの!?」

「……スイ、姉さん?」

「そうよメイ。こんなことやめなさい。いますぐ武器を床に置いて、ひざまずいて動かないで」

 

 それは出来ない相談だった。武器を――真剣を捨てろという。どうしても、それだけは、譲れなかった。

 

「私の言うことを聞けないの」

「……」

「メイ!」

 

 スイは大きく呼びかけて同時に横転した。予感がした。その通りに場所が「斬れ」てしまっていた。

 

「あなたはメイじゃない」

「…」

「メイは私を傷つけようとなんてしない。それにね――」

 

 無言で斬りかかるのをかわし、スイがハイキックでメイの頭を捉えてよろめかせる。ゆっくりと素手で構えるスイは言葉の続きを発した。

 

「――メイはそんなに甘い太刀筋なんてしない」

 

 弾かれたようにメイがスイに向かって駆け出して真剣を振るう。だがどの攻撃もあと少しで触れそうなところで当たらない。避けられる。紙一重。

 そうなのよ。あなたはメイじゃない。メイの姿をしたなにか。いや、メイの身体を借りたなにか。いまのだってメイだったらしっかりと当たっていた。本当にメイが相手なら私は何回死んでいるんでしょうね。でも、まだ、生きている。

 スイの滑らかな打撃がメイの背中を打つ。かたい衝撃がはしってメイは転がっていく。そのまま追撃をしかけようとしてスイが駆けるが横に身を逸らした。起き上がりざまに真剣を振ったからだった。

 

「でえっ!」

「遅いッ!!」

 

 続けざまに真剣で縦斬りを繰り出すメイ。それをスイは距離を詰めて白刃どりを成功させ、呼びかけるように叫んだ。

 

「起きなさいメイ! メイがこんなくだらないことをしないって、私には分かるんだから。起きなさい!」

 

 

 

 

 

 

 どこか遠くから声が聞こえる。体はとても重くて首を動かすのだって難しい。だるくてだるくて仕方がない。

 体に力を入れて立ち上がろうとして、しかしだめだった。床を這うくらいしか動けない。こんなに消耗していただろうか。ゲーム開発部のみんなと、ゲヘナ風紀委員長のヒナさん。たくさんの協力があって辻斬りをやっつけて、それから――それからどうした? ここはゲームセンターの前ではないのは見ればわかった。ショッピングモールのどこにいるんだ?

 

 辻斬りを倒してから――床に転がっていた真剣を手に取った。それからの記憶がとても曖昧で、だが不吉な予感がしてメイは不安に目を瞑る。

(曖昧なんかじゃないでしょう?)

 落ちていた真剣を拾って、それから、そうだ、背を向けているヒナに斬りかかった。彼女のことが気にいらないとかではなかった。もちろん攻撃する意思なんてなかった。だが、体が、メイの意思に反して動き続けていた。

 そのうちゲーム開発部の友人たちをも攻撃し始めた。そうだ、自分の、自分の手で友人を?

 

(その案山子を斬ってほしい)

(案山子は、胴体の真ん中くらいでその刃を食い止めている)

 

 なんてことをしてしまったんだ。メイは口からの嗚咽を止められなかった。

 どうしてあんなことをしてしまったのか。その理由はメイにとって自明のことだった。だが心の整理が追いつかない。

 遠くに人が動くのを見た。灰色のロングコートの人物。あれには見覚えがあった。あったどころの話ではない。

 

「ねえさん」

 

 灰色のロングコートの手には真剣と鞘とが握られている。そしてこの場を立ち去ろうとしている。

 あれが姉ではないのは分かっていた。あれが次の「辻斬り」になってしまったのも分かっていた。だがそれ以前に、あの人物はメイの姉なのだ。

 

「スイ姉さん!」

 

 メイの叫びに立ち止まることも振り返ることもなく、曲がり角で消えてしまった。

 追いかけることは出来なかった。まだ体が回復してないのか立ち上がることすらかなわない。

 自分のした行いが。ゲーム開発部のみんなは、あの時斬った案山子のようになってしまったのだろうか。

 再び体に力が入らなくなった。修練の時になんどか経験したことがある感覚だ。近いうちに気を失ってしまう。

 体を横にしてメイは思う。なんて愚かなことをしてしまったのだろう。友人を、はじめてできた友人たちをこの手にかけてしまった。なんて、なんてことを――

 

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