少女は木刀で失った青春を取り戻す   作:いかるおにおこ

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エピソード5 私の青春(前)

 目を閉じていても、光はやさしく暗闇の中に足をのばしてくる。

 だからメイは目をあけた。瞼が、首が、腕が、全身が鉛のように重い。それはそうだ。あの日、ショッピングセンターであれだけ動いて、斬られて、どうにか辻斬りをやっつけて――

 

「メイ! 目が覚めたんだね」

 

 ――うっすらと目をあけるとモモイのほっとした顔が広がっていた。顔の動き、視線の先、ざわつく声。他にも誰かいるのだろうか。メイは体を起こそうとして痛みにうめいて横になった。とてもじゃないがすぐには動き回れそうになかった。

 

「メイちゃん起きたの? よかった!」

 

 どうやらモモイとミドリがこの部屋にいるようだった。だが、ここはどこなんだろうか。ゆっくりと首を巡らせて、しかしメイは覚えがなかった。自分の部屋ではないようだが、病院という雰囲気でもない。

 

「ミドリ? それに、モモイ?」

「よかったメイちゃん。あれから1日ずっと目を覚まさなかったんだよ」

 

 手を握ってミドリが顔を見つめてくる。そこでメイは自分がベッドで横になっていることに気づいた。左手側にミドリが、右手側にモモイが手を握ってくれていた。

 メイはその手を払っていた。双子の温かみは離れて、自分の内側から湧き上がる寒さが手から全身を流れていた。

 

「ごめん、大丈夫だから…モモイもミドリも、無事でよかった。あれから――あれから、アリスもユズも無事なの? ヒナさんも無事?」

「うん。でも、メイちゃんのお姉さんはまだ見つかってなくて…」

 

 頷くミドリ。そうだよと手を握ってくるモモイ。

 そうか。自分が傷つけてしまった人たちは無事なのだ。この様子なら嘘をついていることはないだろう。でも、だけど。私はこの子たちと一緒にいるわけにはいかない。そんな資格なんてない。

 今度はそっと手をよけて、メイは首を横に振った。

 

「モモイ、ミドリ、ごめん。その…まだ、体が痛くて」

「そうなの? そうだよね、お姉ちゃんいこう? まだ安静にしないと」

「ありがとうミドリ。ああそうだ、ここがどこか知ってる?」

「ここ? シャーレだよ。ここの近くの病院で処置を受けてからシャーレの医務室でメイちゃんには眠ってもらってたんだって」

 

 シャーレ。ということはここに自分がいるのは先生の意図なのだろう。しかしどちらにしろ、メイの気持ちには変わりはなかった。ここに双子がいることが苦痛だ。もっというなら、自分が傷つけてしまったゲーム開発部がいることが。

 

「ごめんね。みんなに迷惑をかけてしまって、本当に、ごめん」

 

 部屋から退出しようとするミドリとモモイの背中にどうにか声をかける。だがメイは顔をあげられなかった。どんな顔をしているのか確かめることが怖かった。

 うん。またね。そうして双子は部屋を去った。ドアが閉まる音がして、メイは目頭が熱くなるのを覚えた。涙があふれて止まらない。手で拭おうとしても痛みが邪魔をして、枕とシーツを濡らすことしかできなかった。

 

 

 

 眠ることもできず、痛みで体を起こすこともできず、メイは薄目で天井を眺めていた。もうしばらくすればゆっくり起き上がって動くこともできるはずだ。だが、それは今ではない。

 がらがらと音がしてメイはそちらを見る。先生が部屋に入ってきて、やあと片手をあげて挨拶していた。

 

「先生?」

「目が覚めたってミドリから聞いてね。でも、あんまり調子が良くないから席を外したって」

「そうだ、先生」

「うん」

「スイ姉さんはまだ見つかってないんですよね」

「うん……探してみているけど、まだ情報がないんだ。メイ、そのこともあわせて話をしたいんだ。出来るかな」

 

 口を動かすだけならできる。頭を使うことだって問題ないはずだ。頷きを返したメイは先生の言葉を聞く。

 

「君はあのショッピングモールでの出来事を覚えているかい?」

「…はい」

「言いにくいかもしれないけど、話してもらえるかな」

 

 先生は懐からスマートフォンを取り出して操作する。録音をするつもりなのだろうな、とぼんやり考えながらメイは言葉を探した。

 

「ゲーム開発部のみんなとゲヘナのショッピングモールに遊びに行って、そこで辻斬りと遭遇したんです。それで、みんなと協力して、それにゲヘナ風紀委員会のヒナさんも手伝ってくれて、辻斬りを倒すことが出来ました」

「うん」

「そのあとで私は辻斬りが落とした真剣を見つけて、拾ったんです。そしたら私の体が勝手に動いた! 最初にヒナさんに斬りかかって、ゲーム開発部のみんなにも攻撃をしはじめて…あれは私がやろうと思ってやったことじゃない。私の意思でやったことじゃないのに、どうやっても止められなかった!」

 

 話しながらメイは自分の口が止まらなくなっていくのを自覚した。顔がどんどん熱くなって目から涙が止まらない。手で拭っても収まる気配はなかった。

 

「あれは…信じてもらえないかもしれないけど」

「言ってみて」

「…真剣にはなにかがあるんです。たぶん、悪霊か怨霊かそういう類のものが。辻斬りは複数いるんじゃないかって話をしていましたよね」

「うん」

「ツルギさんが見た辻斬りと、ヒナさんが見た辻斬りは違う姿をしていた。あれは何人も辻斬りがいたからじゃない。凄腕の剣士がごろごろいたからじゃなかったんです。真剣は次々に人を乗っとっていろんな場所で活動していた。そうして私に乗り移って、次は…スイお姉ちゃんに」

 

 最後にあった記憶。乗っ取られて体の自由が利かないメイの攻撃をスイは白刃どりで防いでいた。ああして真剣に触れればスイも乗っ取られてしまったはずだ。現にメイはいま自分の意思であれこれと行動できている。

 

「なるほど。あの真剣は妖刀のようなもので、手にした人間を操っている。メイはそう考えているんだね」

「はい」

「それなら筋が通る。私も信じるよ。みんな信じてくれる。メイが豹変してしまったことも証拠になる。でも、メイ」

「…?」

「君はまだ話していないことがあるんじゃないかな。モモイとミドリから聞いたんだ。メイの様子がおかしいって。私たちを避けているように感じたって。それは――」

「負い目です。操られたとはいえ、私はあの子たちを斬ってしまった。傷は浅かったみたいだけど、でも、私のしたことは変わらない」

 

 言いながらメイは不安を覚えていた。この場にいなかったアリスとユズの傷はどのくらい深かったのだろう。もしかするとまだ目が覚めていないのかもしれない。

 

「それに」

「それに?」

「…私はそれ以上に、あの子たちに、初めてできた友人たちに、あわせる顔がない理由があるんです」

「話せそう? 出来るなら聞かせてほしい」

 

 正直難しかった。いや、したくなかった。誰にだってこんなことを言いたくはない。しかし…先生を前に黙秘を貫くこともまた、難しそうだった。先生はじっとやさしくメイを見つめている。

 

「…あの時、私は、体を乗っ取られて自由が利きませんでした。だけど心は私のままだった。だから自分の動きを一歩引いたところから見ているような感覚だったんです。まるで誰かが遊んでいるゲームを後ろから眺めているような」

「……」

「そうしながら私が思ったことがなんだと思います? いやだ、こんなことなんてしたくない、もしかしたら殺してしまうかもしれない! やめてくれ! もちろんそう思ってた! みんなを傷つけるなんて、真剣を持った私は人を殺せる危険があるのに、どうして止まらないんだって。

 でも。こうも思っていたんです。キヴォトスで最強の人物をあげたら名前があがるほどの人なんでしょう、ヒナさんって。そんな人と私、戦うことになったけど、まだやられてない。2階からゲーム開発部のみんなが私を撃っているけど、それでも止まっていない。もしかしたら、私は思っていたよりも強いんじゃないかって。得意になっていた。天狗になりつつなった、いや、なっていた」

 

 先生は無言だった。肯定しているわけでも否定しているわけでもない。ただ静かに、穏やかに、メイの言葉を待っている。

 

「それに――楽しかったんです」

「楽しかった?」

「はい。これまでにないくらい、とても、楽しかったんです。ヒナさんの死ぬほど重い機関銃の弾丸を弾き返したり、上からの射撃を受けにくいように動き回ったり、そうして私は自分が思っていたよりも強かったことを確かめて、戦って、やられるかどうかのギリギリを楽しんでいたんです。

 ユズもアリスも、ミドリもモモイも、私が跳び上がっての居合斬りで倒れた。そんなことをしたくなかったはずなのに、殺すかもしれないことなんてやりたくなかったはずなのに。私は…言いようのない達成感があったんです。手強い奴らを4人もやった、と」

「…そっか」

「私は戦いを楽しんでいたんです。大切な友人を、初めてできた友人を殺してしまうかもしれなかったのに。それよりも楽しいという気持ちが勝ってしまった! だから、だから、私にはあの子たちと友達だなんて言う資格はない。友達である資格がない。私は…心の底からのろくでなし。嫌というほどわかったんです。人の命よりも、戦いの楽しみの方を大切にしている、人でなしのクズなんだ!」

 

 嗚咽を漏らしながら、涙と鼻水が止まらないまま、メイは大きな声で言い切った。

 何度か叫んで、叫んで、ベッドを殴りつけて最後にもう一度叫んだ。悲痛な声に、しかし先生は穏やかな表情を揺るがさなかった。

 

「ねえメイ」

「……」

「戦うことが好きだっていう子は、メイだけじゃないよ。暴力を振るうことを忌避しない子だっているし、襲撃の計画を考えることが好きって子もいる。でも、そういう子たちを人でなしだなんて思ったことはないよ」

「でも、私は」

「メイのことも。ろくでなしなんかじゃないし、ましてやクズなんかじゃない。だって、辻斬りという危険人物をどうにかしたいってシャーレに協力してくれた。それに、大切な友達のために体を張って頑張った。そんな子がろくでなしなわけがない」

「わたしは――」

「それでいいんだと思うよ。戦うことが好きなんだって、大切な自分の気持ちであることに変わりはないよ。あの時のメイは悪霊のせいで体の制御も利かず正常な判断も出来なかった。それだけのことだったと、私は思うよ」

「――わたしは、あの子たちの隣に立ってもいいのかな」

「うん。山紫メイはろくでなしじゃない。優しくて、友達思いで、戦うことが好き。そんな子を、私は信用しているよ。それにねメイ。私だけがそう思っているわけじゃないんだよ。そうだよね、みんな」

 

 先生が部屋のドアに向けて呼びかけると、ゆっくりとドアが開いていく。そこにはゲーム開発部の4人がいて、どこかばつが悪そうに笑っていた。

 

「みんな、もしかして聞いていたの?」

「ごめんね。でも、メイのこと、とても心配だったし、不安だった。伝えたいこともあるし」

 

 モモイが先頭にでて口を開いた。小さな彼女はしかし大きな存在感をもってメイの前に立っている。

 

「伝えたいこと?」

「うん。先生、アリスのことやエリドゥの話をしてもいいでしょ?」

 

 もちろんだよ。優しく答える先生の隣にモモイとアリスが歩いていく。一歩引いたところからミドリとユズが見守っていて、何の話が始まるのだろうか、とメイは涙をぬぐってわずかに前のめりになっていた。

 

 

 

 

 

 

 ――モモイとアリスと先生が言うには。

 アリスは人間ではないのだという。どこをどう見ても人間のはずだが、どちらかといえば機械に近い、ある種のアンドロイドなのだと。

 ゲーム開発部が廃部になりそうになってシャーレの協力を仰いだ頃、ゲームの制作に役立つ情報があるとしてミレニアムの近くにある「廃墟」なる立ち入り禁止区域に侵入し、そこでアリスを発見したのだった。

 部員が足りない問題を部活外の仲間とアリスの助けを借りることで解決し、廃部を回避するための新作ゲームを作るための紆余曲折のなか、理不尽極まりないレトロゲームやゲーム開発部らのあたたかな交流を通じてアリスは現在の人格を形成したのだという。

 

 無事に廃部を免れたゲーム開発部は平和を手にしたが、それも長くは続かなかった。謎の機械に近づいたアリスの様子がおかしくなり、豹変した彼女と謎の機械は仲間たちに襲い掛かってしまった。結果、モモイが怪我をして長い間気絶してしまい、アリスは責任を感じて引きこもってしまったという。

 その後ミレニアムの生徒会長が姿を現し、アリスの正体が古の民が残した遺産であり、未知から侵略してくるもの共の指揮官であると語った。

 「勇者」ではなく「魔王」なのだと。不気味なデザインのロボットの軍隊を率いてキヴォトスを滅ぼす魔王。だから今のうちに「安全な場所でヘイローを破壊(殺す)する」しかないのだと。

 

 生徒会長はエリドゥという要塞都市にアリスを拉致し、目覚めたモモイはそんな結末を嫌って仲間たちの協力を得てエリドゥに侵入。紆余曲折を経てアリスの精神世界に入って説得をしたのだ。

 最初は拒絶されたが、それでもアリスを取り戻すために説得をあきらめなかった。

 

 

 

「勇者になっていいんだよ。君がなりたい存在は、君自身が決めていいんだよ。先生はあの時、アリスにそう言ってくれたんです。モモイもミドリもユズも、一緒に冒険を続けることを許してくれました」

 

 その時のことを思い出したのか、目に涙を浮かべてアリスがメイの手を握る。小さくて、暖かなその手は、本当に人間のように思えた。これが奇妙な機械の指揮官だとか、魔王だとか、そんなもののようには感じられない。

 

「みんなには心から感謝しています。アリスのことを仲間だと思ってるし、だからああまでしてくれたんだって。だからメイ。メイの気持ちも理解できます。あんなことをしたくないのに、どうにもならないなんて、つらいです。メイがいきなり攻撃してきたときは…確かに驚きました。でも、話を聞いて、ちゃんと理解できたと思います」

「あのね。メイは考えすぎ! 自分を悪く思いすぎちゃうのって良くないと思う! 私たちに攻撃したのだってメイが心からそうしたいなんて思ってないって、わかってるんだから。刀の幽霊がメイを操ったっていうなら、そいつが悪いんだよ! だからメイ、落ち込まないでよ」

 

 モモイもメイの手を握る。彼女も涙を浮かべていた。つられてメイも泣き出してしまう。先程のように激しさのない、緩やかな涙だった。

 

「メイは――メイは、なにになりたいですか?」

「え?」

「なりたい存在は自分自身が決めていいんだって、先生は教えてくれました。メイにも同じことが言えると思います。メイは良い人ですから!」

「そうだよ! メイが人でなしなんかじゃないって、みんなわかってる! 友達なんだから! ミドリもユズも、なんでそんなこと言うんだろうって怒ってたんだよ!」

 

 そうなの? 視線を奥の方へ向けると、ミドリとユズが頷きを返した。モモイの言葉にひとかけらの嘘もない。そのことにメイは言いようのない嬉しさが心の底から沸き上がってくるのを認めた。あたたかな気持ちが広がって、震えながらも口を開いていく。

 

「うん。私は…みんなの友人として恥ずかしくない人になる。逃げ出したくなるくらい酷いことをしても許してくれたみんなを、友人を、しっかりと守れるような。そんな人になりたい。なって、これからもみんなと仲良くしたい!」

 

 モモイとアリスの手を握る力が強まって、次の瞬間にはメイに抱き着いていた。嬉しそうな笑顔と声に包まれて、今度こそメイは声をあげて泣いていた。

 

「パンパカパーン! サムライがパーティーに復帰しました!」

「メイ! これからもずっと友達だからね!」

 

 抱きしめてくるふたりに腕を回してメイはうつむき、涙が止まらない。悲しくて泣いているのではない。嬉しくてどうしようもなくてこうなっている。

 見ればミドリもユズも手を目元にもっていって拭う仕草を見せていた。彼女たちもきっと嬉しくて泣いているのだろう。そうであればいいな。メイは震える口でこの場の全員に言葉を向けた。

 

 ありがとう。これからもよろしく、よろしくね。

 

 

 

 メイ。新しい情報が入ったよ。

 抱きしめあってしばらく経ったところに先生が声をかけてきた。静かな調子の声で、なにか切迫した状況であることは察せられた。

 先生は一枚のはがきを手に軽く振っている。この時間で郵便を受け取ったのだろうか。視線をはがきに向けてメイは目を丸くした。荒々しい筆文字で書かれた差出人は、間違いなく「辻斬りより」と読めた。

 

「辻斬りからの手紙!?」

「うん。これは君たちに読んでもらった方がいいと思ってね」

 

 はがきを手渡されたメイは隣のモモイとアリスと共に文章を読み進めていく。荒いながらもしっかりした筆文字が並んでいた。

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