中)
――この時代を生きる剣士よ。お主ならばきっと私の正体をつかんだことだろう。私は過去の時代の亡霊だ。いまはお主の姉の体にとりつき、筆をしたためている。
伝えたいことはただひとつ。私と、お主とで、最後の勝負がしたい。どちらが勝ち、負けようとも、私はこれで終わりにする。もし他に仲間を連れていれば、その時はこの体の首を刎ねよう。1対1の勝負をしよう。
決闘が終われば、囲んで殺してくれて構わない。最後の勝負を楽しみたい。明日の正午、シャーレなる施設の前の広場にて待つ。
モモイの読み上げが終わって、部屋に静寂が満ちた。誰も口を開かない。モモイも、先生も、メイも。
だがメイは頭の中に思考がぐるぐると巡るのを止められなかった。これは決闘状だった。結果がどうなろうとも辻斬りはこの決闘で辻斬り行為を終わらせるらしい。
だが――スイはどうなる? 奴が憑依している姉はどうなってしまうんだ? この前のようにメイが仲間を連れていくことは出来ない。隣に誰かがいるのを見ればすぐにスイを殺してしまうだろう。
たぶんだけど。先生が沈黙をゆるやかに破った。この場にいる全員が先生に視線を向ける。
「辻斬りは戦うことが好きなんじゃないかな。だからいろんな場所で、いろんな体に憑依して、いろんな戦いを繰り広げていた。中でもメイとの戦いが印象に残った。この時代の剣士、なんて書いているくらいだからね」
「奴は私と再戦できれば満足して成仏するってことですか?」
「かもしれない。でも、それよりも不安なのはスイのことだ。メイがひとりで来なかったらスイを殺すなんて書いているのだし、メイが勝っても無事に終わらないかもしれない」
つまりこうだ。辻斬りは最後の戦いを楽しんだ後に自らの手でスイの体を破壊するかもしれない。自らの成仏のために、決闘の勝敗にかかわらずそんな末路を辿ることを選ぶのだとしたら。
「絶対にさせない! 姉さんを死なせるなんて!」
「うん。きっと、できることはあるはずだよ」
「できること?」
「決闘の時にスイの手から刀を離すことができればいい。それか刀を壊すんだ。例えば、超遠距離から狙撃手を配置するとか」
「いや、それは…もしかすると気づかれるかも。辻斬りに憑依されて分かったんですが、あいつにのっとられるとバフがかかるかもしれなくて。実際、ふつうの生徒に憑依してあれだけ強くなるのだから、姉さんについているなら小細工は効かないかもしれないです。別の手段を考えた方がいい」
先生としてはこういう状況にうってつけな生徒の名前と顔が浮かんでいるのだろう。影の薄い狙撃手のような。だが万が一のことを考えると、スイの身に危険が及ぶ方法をとるわけにはいかない。
「明日の正午…私はひとりで、姉さんから奴を引きはがす。考えはあります」
「そうなの? どうやって?」
呟くようなメイの言葉に返したのはモモイだった。どんな答えが返ってくるか期待するような目でメイを見ている。
「…居合で」
「え?」
「全力の居合なら真剣を弾くことが出来るかもしれない。いや、刀を壊すことだって。壊すのはさすがに望み薄かもしれないけど、理屈の上ならできないわけではない。要は、姉さんがあの刀を握っていない状態に持ち込めたらいいんだ」
「私たちが協力プレー出来れば簡単にできそうなのに! でもさあ、辻斬りはタイマンがしたいって人の命を盾に駄々こねてるの、ズル過ぎない!? まるでクズみたいなチーターじゃん!」
モモイが怒ってみせてアリスも隣で頷いている。
確かにこれがゲームセンターなら出禁待ったなしに限りなく近い行いを奴はしている。店長から店員、常連客にまで悪い意味で顔を覚えられるような。
「そういえば」
「うん?」
「エンジニア部のみんなはどうしているんだろう。新しい武器をつくるって話は――」
「それはね。その前にメイに確認したいことがあるんだけど」
メイが言い切る前に先生が口を開いて続ける。
「君が使っている木刀、どれだけ使っても壊れたことがなかったよね。レールガンだって受け止めてみせたけど、ひび割れた様子だってない。その話をしたら、エンジニア部のみんなが食いついたんだ。メイの木刀の素材はいったいなんなんだって不思議に思っているみたいで」
「『大樹』からとった木材です。斬鉄流道場にある大きな樹を使っているから、真剣だって受け止められるんです」
「斬鉄流道場か。エンジニア部のみんながそれを使いたいって言ったら使えるかな」
「ダメかもしれません。道場はぽんぽこ学園の学園長が持ち主なんですけど、学園長が許可を出さなかったら厳しいです。事情を話せば大樹の切り出しは許可してくれるかもだけど…エンジニア部は大樹を使う予定が?」
「そうみたいだよ。軽くてでたらめに頑丈な素材さえ見つかれば、メイにぴったりの武器が作れるっていうんだ」
ぴったりの武器と言われても。メイには想像もつかない。扱いやすい銃をつくるつもりなのだろうか。アリスが持っているものより軽くて携行しやすいレールガンとかだろうか。火薬を使わない武器であれば弓をつくるつもりなのかもしれない。空気銃とかかも――
先生もなにも聞かされていないのだろう、それ以上の補足の言葉はなかったし、この話の内容を伝えるつもりなのかスマートフォンを操作していた。
「メイ、メイ?」
「うん」
「もう動けそうですか?」
「ちょっと痛むけど、全然大丈夫だよ。ありがとうアリス」
アリスが差し伸べた手をとったメイはゆっくりとベッドから降りる。楽にはけるスリッパに足を通して、メイはアリスに連れられて部屋の外へと向かっていた。
「どこにいくの?」
「シャーレにあるゲームセンターです!」
「あるの!? ゲームセンターが? シャーレに?」
そうだよと先生が返す。モモイたちも楽しげに頷いてアリスとメイの近くに寄っていく。
「歩いてちょっとしたところの居住区に用意しているんだ。たまにいろんな学校の生徒や一般の方が遊びに来ることがあってね。きっとメイも満足するものがあると思うよ。決闘の前に息抜きでもしておいでよ」
「知らなかった、シャーレってもっとおかたいところだとばかり…あ、そうだ、これで外を出歩くのはちょっとね」
えへへとメイは笑って全身を示してみせる。いまの彼女は病人が着るような白い服に身を包んでいた。
「着替えならベッドの横のワードローブにあるよ。メイが寝ている間に新しい服もいくつか用意してくれたんだ」
「新しい服?」
「エンジニア部のヒビキがね。防御能力を上げた素材を使ったいろんなジャンルの服を作ってみたっていって、よかったら着てみてほしいそうだよ。どれも『サムライ』に似合うんじゃないかって言っていたよ」
大盤振る舞いだ。あとでお礼を言わなければ。メイはベッドに引き返してワードローブを開ける。いつもの服やそれを豪華にしたようなデザインの服、闇に溶けそうな暗い色のロングコートなどがある。他にも種類はあり、ちょうどよさそうな下着もある。着替えようとしてその前に後ろを振り返った。
「先生、その」
「え?」
「着替えるので部屋を出てほしいんです、けど」
ユズが先生の横に立って裾をひっぱったところで先生はようやく理解してくれたようだった。ユズに連れられながらごめんね、と申し訳なさそうに先生は残して部屋を去っていった。
扉の向こうから「待ってるからね!」とモモイの声が聞こえる。あまり待たせるわけにはいかない。他の服も見て、メイは目を丸くして輝かせた。これは良さそうな服だ。
しばらくして。部屋を出たメイはユズが待ってくれているのを認めた。
「こっちだよ。その服、かっこいいね!」
「ありがとう。ヒビキさんがとてもいい感じに作ってくれたおかげだね」
「メイちゃんがかっこいいのもあると思うよ。病み上がり…病み上がり? なんだし、歩いていこうね」
いまのメイはオーバーサイズなフード付きジャケットを着ている。ユズの白いジャケットに似ているが、メイのはよりストリートファッションの趣があった黒いものだ。
決闘の時もこれを着ていくつもりだった。シルエットが大きく見えるから攻撃を受けにくくなるはずだ。ポケットも多くついていて便利そうだ。
ボトムスは袴のようなデザインで、こちらもシルエットが大きい。うまく体を隠しつつ、黒で引き締まった印象を見せていた。
しばらく歩いていくとゲームセンターが見えて、先にモモイとミドリ、そしてアリスがわいわいと遊んでいた。その中に先生の姿はない。
どこかで仕事をしているのかもしれない。メイはゆっくり歩いてゲームセンターの出入り口をくぐる。中はそれなりに広く、クレーンゲームよりはビデオゲームの方が数は多い。ゲームセンターの隅の方にはおしゃれで座り心地の良さそうなソファーとテーブル、そして飲み物やアイスの自販機が置いてある。
モモイとミドリが遊んでいるのは見たことがない格ゲーで、お互いに刀や剣をもっているキャラクターが登場するらしい。ちょうどミドリが勝ったところだった。
「くやしいー!」
「お姉ちゃん、起き上がりの時に暴れたり無敵こすってるだけだから対応が楽なんだよ。アリスちゃんを見習ったらいいのに」
「だってリバサ昇竜って強いじゃん!」
「それしかしないんだろうなってバレてるから弱いの」
うう~と唸るモモイが席をたち、空いた席にアリスが座って乱入する。どうやらフリープレイで設定されているらしく、お金を入れる必要はないらしい。先生がこのために用意してくれたのかもしれない。
「メイ! メイも一緒に遊ぼうよ」
「ありがとう。まだ本調子じゃないけど、そうだね…あ!」
視界の端にメイは予想だにしなかったタイトルを見つけた。「レイディアントシャイニングリボルバー」だ。伝説的な縦スクロール型シューティングゲーム。ゲーマーでこのタイトルを知らない者はいない。はずだ。
以前に遊んでいた「まだらはと」は「レイディアントシャイニングリボルバー」の精神的続編にあたるゲームで、故にメイは興味を持っていた。
「うそでしょ!?」
「わっ! どしたのメイ?」
「だってシャイニングリボルバーだよ!? ここにあるんだよ!? うそじゃんうそでしょうそじゃない! 前から遊びたかったのこれ!!」
「それ難しかったよ! 私、最初の2番目のボスのとこまでいかなかったんだ。メイが遊ぶかもって先生がこれもフリプにしてくれたけど、本当にやるの?」
モモイが忠告するように言った。確かに「まだらはと」と同様に高難易度であることは知っている。だがそれでこそゲーマーとしての楽しみや期待が湧き上がるというもの。
「同じ色の敵を続けて倒すとスコアがあがっていく」「スコアを稼ぐと武器が強くなる」「武器は複数の種類があって使い分ける必要がある」ことを筐体のモニターはゲーム画面を交えて紹介している。誰かが遊ぶまでずっとこうした映像をループさせているのだ。
「やるよ。確かに難しいし、いろんなゲーム機に移植こそされているけど、まずはAC版を遊びたいじゃん。ね?」
「わかるかも。メイちゃん、頑張って!」
「赤、赤、赤。赤、赤、赤。赤――あっ! 青いの撃っちゃった!」
「大丈夫だよメイちゃん! 次は黄色を撃って、そのまま黄色だけやっつけてって!」
「すごいじゃん! 私がゲームオーバーになったとこ越えたよ!」
後ろからユズとモモイの応援を受けてメイはゲームをはじめた。
明日は姉の命がかかった決闘が待ち受けている。でも、その前に、気の置けない友人たちとわいわい楽しく過ごすことは悪いことではないはずだ。
翌日。正午。
メイはシャーレ前の広場をひとりで歩いていく。そこは小さな公園になっていて、まばらに遊具も置いてあった。
黒いジャケットに袴風のボトムスの出で立ち、腰には木刀を帯びて、メイは深呼吸して空を見上げる。少し前まで晴れていたはずなのに、空には雨雲が目立ちつつあった。
まだエンジニア部の新武器は届いていない。メイが広場へと向かうすこし前にヘリで向かっているという知らせはあったが、決闘が始まるまでには間に合わなかった。
もしかすると空から落としてもらえるかもしれない。武器は完成しているらしいが、手にできる保証はない。こうしてかっこよくて実用性のある防具を作ってもらっただけでも僥倖なのだ。多くを望めばバチがあたるだろう。
遠く――シャーレの建物の近くにゲーム開発部の面々や先生、そしてこの辻斬り事件の解決に協力していた生徒たちがいつでも動けるように準備していた。
勝てば彼女たちの出番は訪れずスイは助かるだろう。だが、負ければ、もしかするとスイごと妖刀を始末するかもしれない。その前に妖刀がスイに深刻な出血を強いることだって想像できる。
「辻斬り、来たぞ」
「待っていた。現代の剣士よ、楽しい時間にしようじゃないか」
かっかっかとスイの体で辻斬りが笑う。ふたりの距離はお互いの武器の先端が届くくらいには近い。すぐにでも斬りあえる間合いだ。
メイは木刀の鍔に指を添え、同時に辻斬りも真剣の鍔に指を置く。両者ともに居合斬りの姿勢をとって、静かに雨が降り始めた。
「あなたと戦うのは楽しいかもしれない。でも、私は、あなたを止めに来た。スイ姉さんから離れてもらう」
「面白い、その意気だ。現代の剣士……メイよ。すっきりした顔になったな。倒しがいがあるというものだ――」
ひと際強い風が吹いて。ふたりは同時に居合斬りを放った。
次話が一応の最終回です。