1 ようこそ粋逸村へ!
「時代劇ヤローが調子乗ってんじゃねえよ!」
多くの人が行き交う路地の真ん中で、いかにもなスケバンが凄んでみせる。古めかしい木造の建物が立ち並ぶ路地にひゅうっと風が吹いた。
太陽を背負った逆光のスケバンに対して、少女、山紫メイは、全く動じずにじっと見つめ返していた。青く短い黒髪に幼い印象のある背丈と顔立ち。水色の三日月が向かい合って輪になっているヘイローを持つメイは、どれだけ凄まれても顔色を変えることはなかった。
「だいたいなんだよ、てめえの恰好は! ストリート系の恰好にクソでかいおもちゃの刀ってなんだそれ、意味分かんねえんですけどチビが!」
「似合ってないかな、これ」
「そんなこと言ってんじゃねえんだよ!」
「落ち着いてよ。ねえ、お店の人が困ってるじゃん。あんたが変ないちゃもんをつけたせいでさ。やめない、そういうの」
うるせー! スケバンはホルスターから大型拳銃を取り出して発砲する。わざとメイの頬をかすめて撃つのをきっかけに、スケバンの仲間たちがぞろぞろと姿を現した。
メイが順番待ちをしていた饅頭屋の犬の店主は物陰に隠れてこっそり様子をうかがっている。
「おつりが足りねえっていいがかりつけてお金をたくさん取ろうとしてたでしょ。後ろで並んでたから見てたけど、その歳で算数できませんって冗談きついよ。ごめんなさいして普通に買い物しなよ」
「んだよてめえ、やられてえのか?」
「そうじゃなくて……迷惑だし、見苦しいし、やめようよそういうの。わたしだっておまんじゅう食べたいし、買わないなら避けてほしいな」
スケバンの視線と指の動きを見たメイはすぐに身を逸らす。直後に弾丸が身体をかすめ、奥のスケバンがなにかを投げたのを認めた。
手榴弾。銃弾の雨を浴びせられるなか、メイは姿勢を低くしながら後ろの物陰にスライディングしながら隠れ、ひとつ遅れて爆発音を聞いた。
衝撃と振動に身体が震える。やるしかないか。メイは自分の武器――エンジニア部謹製の高周波木刀――をいつでも抜刀できるようにしつつ、爆発で看板が転がっていくのに視線が向いた。
「
こうなったきっかけは先週のゲーム開発部で起きた出来事にあった。
いつものようにゲーム開発部の部室に遊びに来ていたメイは、最後にやってきたモモイがドタドタと駆け込んで部室に入ってきたのを認めてゆっくり手を振って迎えた。
「お邪魔してるよモモイ、そんなに慌ててどうしたの?」
これ見て! 荒い息を整えながらモモイは自分のスマートフォンを掲げる。なにかのホームページを表示しているようだ。
近くに座っていたメイがスマートフォンを受け取り、画面をのぞき込んでいく。てっきり新作ゲームの紹介かと思ったが予想は外れていた。どうやら観光案内かなにかのようで、モモイにしてはめずらしいチョイスだ。インドア派のイメージがあったのに。
「これってなに? 粋逸村ってところのホームページみたいだけど?」
「メイ知らないの!? はぁ、ここはね、美味しいスイーツで有名な観光地だよ。スイーツだけじゃなくて自然も豊かでさ、はぁ、次の連休で、みんなで遊びに行こうって思っていたんだ」
「いいね! 賛成に1票いれちゃお。でもどうしてそんなに慌ただしく――」
単に旅行の誘いをするとか観光案内を見せるだけなら、全力で走って息を荒くする必要はなかったはずだ。訝しんだメイはモモイが画面を指さした部分を黙読した。なるほど、これはモモイが喜びそうな催し物だ。自分だって、他の人だって心惹かれるだろう。
「――お宝探し祭りってのがやりたかったんだね」
「うんそう、それそれ」
「わかったよ。これってもう、あと1週間で始まる……」
スマートフォンを受け取って黙読したメイは自分の目が驚きで開いていくのを自覚した。ミドリたち他のゲーム開発部の面々もメイの後ろに集まっていく。
お宝探し祭りの期間は1日で、宝の地図をヒントに粋逸村に眠る宝を探すイベントの開催を予定しているらしい。古くから伝わる財宝が村のどこかにあるらしく、それを実際に探して回るのことが目的だという。
参加条件は「お宝を見つけた場合、村に返還すること」を順守することだけだった。違反者は厳重に処罰されるが、宝を返還した場合は賞金として現金が授与されるという。賞金額は――
「え? 300万円? これホントに?」
「ホントだよ! 宝を見つけたら300万円もらえちゃうんだって。それだけあったらさ、みんなが欲しいものは大抵買えるし、余ったら部活の予算に回せるじゃん」
なるほどなあ。メイはしっかりと口にした。
メイがゲーム開発部の部室を訪れていたのは単に遊びだけが目的ではなかった。資料作成のためにポーズをとるモデルになったり、宣伝活動の補助をするなど出来ることで協力していたし、この日もそうするつもりだった。
だから活動をするうえでどうしてもお金が必要なのは理解できている。お宝探しなんて半分博打のように思えたが、モモイの言葉にメイは前向きに頷いた。
「お宝が見つからなくてもみんなで楽しく過ごせると思うし。みんなもいこうよ!」
メイの後ろからスマートフォンを眺めていた3人が肯定の意を示した。アリスは嬉しそうにして、ミドリはしょうがないなーと微笑み、ユズは小さく頷いている。
「私も一緒にいきたいな。いいかな、みんな?」
「もちろんだよ。一緒にいこうね、メイ!」
こうして2泊3日の旅行が始まった。初日に到着し、2日目にお宝探し祭りを楽しみ、3日目に帰る。粋逸村の美味しいお菓子や豊かな自然の風景を堪能して、ちょっとしたお土産なんかも買って帰る。この旅行はきっと楽しい思い出作りになるはずだ。
粋逸村の駐車場で青いミニバンからで降りたメイはがやがやとにぎやかな声を耳にした。後部座席からミドリが先に降りてメイの横に立ち、わあっと楽しそうに声を弾ませる。
「すごく広いしきれいな場所だね。空気もミレニアムとは違う感じ……」
「うん。澄んだいいところだと思う。そうだ、忘れ物はない?」
「大丈夫だよ。カバンも問題ないし武器だって昨日のうちに点検してもらったから」
背負っているスナイパーライフルを軽く叩いてミドリは微笑んだ。鮮やかな緑色に彩色された武器で、もし迷子になっても目立つ目印になるだろう。そんなことを連想してしまうくらいに多くの観光客の姿が遠くからでもわかるほどだった。
翼のある生徒もいれば角やしっぽがある生徒もいる。いろんな自治区からたくさんの生徒が粋逸村を訪れている――今日は晴れが続く天気ということも味方しているのかもしれない。
道は広くつくられていて、大勢の観光客を難なく迎え入れられている。大きな通りのそばには出店が立ち並んでいて、多くがスイーツを取り扱っている。どこも人気のようだが、ひときわ行列が目立つ店があった。
「あまどこや……?」
それは出店ではなく、十字路の角に構える大きな建物だった。古めかしい木造建築の3階建ての前に数えられないくらいの人が並んでいる。
「アーマード小屋?*1」
「いや、違うよモモイ。甘床屋ってお店があったのを見つけたの」
「なんだ。てっきり、メイが最近遊んでいるゲームのことかと…あ、まずはあそこに行ってみようよ」
ミドリの横に並んだモモイが指さしたのは観光案内所だった。こぢんまりとしたつくりで、客らしい人もそれほど並んではいない。
「情報収集ですね! 冒険の前の準備は大切だって、アリス、知っています」
「きっとパンフレットみたいなのがあるよ。地図だってのってそうだし。皆のぶんをとってくるね!」
クルマから降りたアリスが手を振ってモモイを見送る。それを横目にメイは後ろを振り返った。最後に下車したのはユズと運転手だ。
「あの、スイさん。送っていただいて、ありがとうございました」
「気にしないで! 迎えは明後日のお昼くらいでいいのよね。メイのこと、よろしくお願いね!」
白いパンツとベストの、青く長い黒髪の女性がユズに向けて微笑んだ。彼女がミニバンの運転手で、メイの姉のスイだった。シャーレのスタッフとして働く彼女は休日をつかってメイの頼みを快諾して送迎をしてくれることになっていた。
「メイ! おいしいおみやげ、待ってるから!」
「楽しみにしてて! 姉さん、迎えもよろしくね」
わかってる! スイは手を振ってミニバンに乗り込み、短くクラクションを鳴らして走り去っていく。メイはユズにならって、遠くなっていくミニバンの姿に手を振った。
2日後の朝まで、ここにいる知り合いはゲーム開発部の4人だけだ。めいっぱい楽しんでやろう。はねを伸ばして美味しいものを食べて歩いたり、宝探しであちこち緑豊かな自然を歩き回ったり、楽しそうなことが山ほどある。
それなのに。スケバンの横暴ないちゃもんが目に余って口を出したらこうなってしまった。メイは息をひとつつき、低い姿勢で居合の構えをとった。
スケバンたちはリロードを挟みながらぞろぞろとメイが逃げ込んだ建物の陰に近づいている。彼女たちは6人いた。真正面から戦えば軽い怪我はまぬがれない。しかし――
「遅いッ!!」
――すべての敵が悠長にリロードしているなら怪我なんてしなくてすむ。そして晒した隙は咎められるべきだ。
物陰からひゅんと飛び出したメイは手近なスケバンに居合を喰らわせて思い切り蹴り飛ばし、左にいるスケバンの姿勢を崩す。
慌ててリロードを終えようとする眼前の敵の頭に素早く木刀を叩き込み、跳びあがって蹴り転がしながら周囲の状況を確認した。左手に3人、右手に1人。このままだと挟み撃ちにあってしまう。
「撃て撃て!」
不利な状況だがメイは姿勢を低くし、孤立したスケバンに素早く飛び掛かって胴に一撃をいれぐったりさせてから盾に使う。銃弾を受けて痛みにわめくスケバンの背中でメイは銃声が響くのを数え、リロードのタイミングで蹴りをいれて突き飛ばす。
ふらふらと前のめりになって蹴り飛ばされたスケバンは転倒して動かない。ちらりと確認しながらメイは残る3人の敵との距離を詰めた。
「なんだこいつ!?」
「速すぎる!」
「くたばれえーッ! うぎゃっ!」
手近な敵の頭に木刀の一撃を叩き込む。直後に近くにいたスケバンの頭に一撃をいれて気絶させ、残る敵はあと1人になった。彼我の距離はやや遠く、メイの居合は射程圏外だった。
「お前、お前なんなんだよ。どうして銃がないのにそんなに強いんだ」
「修業したから。これで満足に戦えるようになるまで」
「くそっ…うあああああっ!!」
手にしたアサルトライフルを撃つタイミングは分かっていた。
視線、指の動き、表情、銃口の向き、経験と勘。だからタイミングよく当たらない距離で伸びる居合を繰り出せばいい。
「うがっ……」
メイの手に確かな感触がはしる。弾丸返しを受けたスケバンは膝から崩れ落ち、しかし戦いが終わらないことをメイは理解した。どこからかぞろぞろとスケバンたちが現れたのだ。
彼女たちは怒声を響かせてやまない。仲間がやられたからにはやり返すのが流儀ということらしい。メイは静かに納刀して居合を構えなおし、ざっと30人はいるであろう敵の動きに注目する。
「メイ!? なにやってんの!?」
野次馬たちのなかからモモイの声が聞こえた。
目に余ることをやってた奴がいたから、注意したらこうなってしまったの。メイは視線をずらさずに大声で返し、後ろに足音を聞いた。振り返らずともわかる。ゲーム開発部の友人たち、モモイとミドリが助けに来てくれたのだ。
「みんな! 私が前に出るから、遮蔽物にかくれて!」
メイが叫ぶ前よりも早くにふたりは手近な建物のかげに隠れ、同時にメイに向けて銃弾の嵐が叩き込まれていく。
スケバンたちの歓声はしかし驚愕の色を帯びていった。逃げるか隠れるか、あるいは格上の人間がやるような回避行動をとるしかない弾幕の中で木刀だけで凌ぎきっていることに驚いているのだ。
軽い弾丸の弾幕程度なら凌ぐことは出来る。それだけの集中と実力は持ち合わせているとメイは自負しているし、モモイとミドリの援護を受けて想定よりも楽に凌げている。だがこれ以上弾幕に晒されるとなると骨が折れそうだ。どこかで射線を切ることのできる遮蔽物は――見当たらない!
「どうなってんだよ!?」
「あいつヤバすぎだろッ! お前グレ投げろグレ!」
弾を撃ちきってリロードする前衛のスケバンが後衛の者に叫んで指示を出す。荒く息をして呼吸を整えつつメイは即座に納刀し、転がってくる手榴弾から跳び下がる。
その時自分の横を何者かが通り過ぎていった。そこは危ない! あと2秒も経てばドカンと爆発してしまうんだ!
メイの眼前には爆発が起きた大通りと、そのど真ん中で盾を構える少女の姿があった。サイドテールの桃色の髪が爆風のあおりを受けて顔が見えないが、それでもメイの記憶は名前を間違うことはなかった。
「ナツちゃん!?」
「にひひっ。間に合ってよかった、手伝ってあげるよ」
ナツに守られながら小さなパイを投げ渡されたメイはしっかりつかんで口に入れた。なかなか美味しい。いやにならない甘みが口の中に広がって戦闘の疲労を癒してくれているかのようだ。
「まだいける?」
「もちろん。私は左に飛び出すから、右にずれて!」
おっけおっけ~。ナツが盾と短機関銃を構えて動くのとメイが飛び出すのはほとんど同時だった。後ろからはモモイとミドリの射撃が飛ぶ。味方の射線をふさがないようにメイは近くのスケバンに向けて跳びかかった。
「わっ来るな――」
「遅い!」
銃弾を弾きながら頭に一撃。着地と同時にメイは気絶させたスケバンを蹴り飛ばして手近な敵の姿勢を崩して納刀。それだけで瓦解した前衛のスケバンたちに向けてメイは雄たけびをあげながら居合抜刀を繰り出す。
木刀が当たった者もいればそうでないものもいる。雰囲気にあてられて倒れてくれたのではない。「伸びる居合」が立ちはだかる敵を倒したのだ。即座に納刀して気絶した敵を盾にするメイは、この段階でスケバンたちの戦意がなくなったのを認めた。
「ヤバすぎるぜこいつ! おい、逃げようぜ」
「こんなの聞いてねえよ…なんだよ、こいつ!?」
倒れた者を引きずりながらスケバンたちが退散していく。曲がり角で見えなくなったところで、メイは息をついて盾にしていたスケバンから手を離した。
「もう行っていいよ」
「くそ…くそっ! 覚えとけよお前!」
もう戦いは終わったのだから、戦意のない敵に一撃を繰り出すなんてしなくたっていい。
振り返れば遮蔽に隠れていたモモイとミドリが駆け寄ってきている。隣ではナツがハイタッチを求めるように手を挙げていた。頷いて手を軽く合わせると、満足したようにナツが頬をほころばせた。
「ありがとうナツちゃん。おかげで助かったよ」
「ふふん、礼には及ばないよ。友人がピンチなら助けに行くでしょ?」
それからメイたちは、スケバンたちにいちゃもんをつけられていた饅頭屋で買い物をして、近くの休憩スペースで落ち着いていた。助けてくれた礼だと犬の店主が大幅に割引してくれたので、財布はまだ余裕がある。
休憩スペースにはいくつかのベンチが道の脇に整然と並んでいて、大きな日傘が設置されている。近くには小川が流れていて、涼し気な空気と音を伝えてきていた。
別行動をしているユズとアリスには、ミドリがモモトークで場所を伝えている。もうしばらくすれば合流できるだろうか。饅頭を頬張るナツの向かい側でメイは頷いてみせた。
「ところでナツちゃんはひとりで来たの?」
「もぐもぐ…そうだよ」
「放課後スイーツ部のみんなは? 粋逸村にはスイーツのために来たんじゃ?」
「確かに美味しいスイーツに惹かれてここには来たよ。でも、トリニティから粋逸村って結構な距離があるし、他の部員は外せない用事があったんだ。それに……」
「それに?」
「たまにはひとりで遠くの場所のスイーツを探し求めるのもいいよね。こうしてスイーツの発掘をして、そこがとてもいいところなら、次はみんなと一緒に行くことだってできるでしょ?」
にひひ。軽やかな笑顔を輝かせてナツは湯呑みに手を伸ばし、口をつけた。休憩所のすぐそこには煎茶の無料サービスが誰にでも開かれている。メイも湯呑みを掴んで息を吹きかけてから口をつけた。
「君は双子さんと一緒に遊びに来たの?」
「もうふたりいるんだけど、別行動してて…」
「そうなんだ。みんなで美味しいものを食べに来たわけか。いいことだよ」
「うん、ありがとう。でも、ナツちゃん」
「ん?」
「美味しいものがたくさんあるとか、風景がいいとか、楽しみにしていることはたくさんあるし期待通りだよ。でも私たちは明日のイベントを一番楽しみにして来てたんだ」
するとナツは首をかしげた。明日からのイベントといえば「お宝探し祭り」に決まっている。だがナツは合点がいっていないらしい。
「えっと、もしかしてナツちゃん、明日のイベントのことって知らない?」
「全然知らないけど、楽しそうなことがあるんだね」
「そうなんだよ! 明日はお宝探し祭りってのをやるんだって。お宝を見つけて粋逸村に渡すと賞金がもらえるんだ。300万円だって」
おぉすご~い。ナツは頷くとお茶を飲みほした。
彼女なりに高い関心を示したのか、それとも300万円という額に興味を示さなかったのか、言葉の調子から読み取ることが出来なかったが、どちらにせよ食いつきはいいように見えた。メイはもしよかったら、と前置きしながら、隣に座るモモイとミドリに視線を送った。
「ナツちゃんも一緒にお宝探ししようよ。ね?」
「おー…私も?」
「きっと楽しいと思うんだ。ミドリもモモイも、どうかな?」
いいよお悪いよそんな。ナツが断ろうとするのを遮るようにモモイが身を乗り出した。その後ろでミドリも上機嫌に頷いている。
「一緒にやろうよ! もちろん、都合が悪かったら無理言わないけどさ。今日明日で帰っちゃうとか?」
「ううん。明日はのんびり観光しようかって思っていたから問題ないよ。それに宝探しも楽しそうだし、一緒にやろうか。あーでも…」
「でも?」
「別行動しているふたりがいるって。そのふたりにも同意をとらないとだね」
心配ありません! 後ろからアリスの元気な声が響く。
メイが振り返ると、アリスとユズが近づいているのが見えた。元気いっぱいのアリスとそわそわしているユズ。人見知りだからな、とメイは口元をほころばせたが、それにしてはそわそわ具合がひどい気がする。
「私はアリスです! こちらはゲーム開発部の部長のユズ! あなたのお名前は?」
「ナツだよ。柚鳥ナツ。よろしくねアリス、そして…部長さん? ユズさん?」
ユズでいいです。すこし震えた声で返事をしたユズは、ぎこちない動きで少しずつナツに歩み寄っていく。小さく首を傾げたナツの隣でモモイが「ユズは人見知りなんだ」とささやいていた。
「お話は聞こえてました。私たちと一緒にお宝探し祭りに遊びにいくって」
「うん。そちらが迷惑でなければ――」
「ぜひ! 一緒にお宝探ししましょう! もしうまくいったら賞金だって山分けにして、それでどうでしょうか?」
「おお~ いいねいいね。それじゃ明日にそなえてもっとたくさん美味しいスイーツを食べよっか」
立ち上がったナツは休憩所から離れる。すでに饅頭を食べ終えていたミドリはアリスと一緒にナツのあとに続いていた。
あとで追いつくから、と饅頭に口をつけながらモモイが言う。メイもお茶が残っていたし、ユズはまだなにか様子がおかしかった。
「ねえユズ」
「メイちゃん?」
「変なもの食べたとかした? なんか落ち着かない様子だからさ」
「そうじゃないの。そうじゃないんだけど、その、モモイも聞いてくれる?」
なんの話? モモイが饅頭をもごもごしながら、ベンチに腰かけていたユズの顔を見る。
「アリスちゃんと一緒に別のお店とか見ていたんだけど、気になることを話してた人がいたの。白いコートに変な盾を持った人が、人気のないところで誰かと話をしてたの。スマホで…」
恰好だけなら特に変なところはない。が、勘がはたらいたのだろうか。なんとなく変な人や怪しい人だなと他人を見て思うことはなくはないな――メイはユズの言葉の続きを待つことにした。
「明日はぬかりなくやれとか、尾行を失敗するなとか、私は面倒が嫌いなんだ、とか」
「どゆこと? なんか悪いことの話をしているみたいだけど」
「モモイと同じことを私も思ったの。それでじっと話を聞いてみたんだ。なんかスパイみたいなことしてて嫌だなって思ったけど、そしたらね、その人はこう言ったの」
宝の横取りなんて朝飯前だ。お前たちと、この私、ハッコスティにかかれば。
そうして白いコートに変な盾を持った人物とやらは奥の方へ歩いて消えてしまったのだという。
追いかけるのは危険だし、ユズがついてきていないことに気づいたアリスが声をかけたので尾行を断念した。そう語ったユズは額から汗を流して不安そうに瞳をゆらしている。
「つまりハッコスティって奴が宝探し祭りをぶち壊そうとしている?」
「でもさー、参加者の人が宝を見つけたのを横取りするって計画を立ててもさ、誰も宝を見つけられないかもしれないじゃん。計画としてはあんまりいいものじゃないような気がするけど」
楽観的なものの見方かもしれないが、モモイの言うことは一理あった。どういう宝探しになるかはまだ分からないが、参加者の正解を横取りできるとは限らない。悪事の素人であるメイにだってそれは理解できる。
「でもあの人は自信がたっぷりあるみたいだった。だからね、明日のお宝探し祭りのこと、参加しない方がいいんじゃないかって」
「ねえユズ、このことって他の人に喋った?」
メイの問いかけにユズは首を横に振る。
ハッコスティなる人物とその仲間たちによるお宝探し祭りとやらの悪意ある介入は、まだほとんどの人が知らない状態だ。それなら――
「先生に相談してみようよ」
――考えていたことはモモイも同じらしい。頷くメイとユズは、モモイがスマホを操作するのを見守る。お茶のおかわりを用意しようかとメイはちらりと考えたが、そうするだけの心の余裕はなかった。
「なんかさ、先生、こっちに来ているみたいだよ」
ほとんど不意打ちに近い言葉だった。モモイは視線をスマホから離さず、操作を続けながらメイとユズに語りかける。
「他の生徒と一緒に粋逸村に来る用事があるんだって。アビドスの生徒と一緒に、旅行、なのかな? ハッコスティについてのことも伝えたよ。そしたら、詳しいことは直接会ってから話そうって返事が返ってきた。それまでは誰にも伝えないでって」
わかった。先生が協力してくれるなら安心だね。ユズはようやくほっとしたように息をついて、それからゆっくり立ち上がった。先生がいるならなんとかなるかもしれない。そう思えるだけの経験や心理はメイにもある。
「それじゃ先生と合流するまで美味しいもの食べにいこうよ。ナツちゃん、どこまで行ったかな」
メイは立ち上がって歩き始めた。ナツが先頭を歩いていた方角は確かあっちだ。行く先にはたくさんの店が並んでいる。遠くには銃声も聞こえるが、他の自治区に比べたらほとんどないのも同然だった。