少女は木刀で失った青春を取り戻す   作:いかるおにおこ

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2 あったか温泉回

 

 ゲーム開発部にメイとナツを加えた6人は日が暮れるまで粋逸村のあちこちをまわっていた。数えきれないほどの美味しいものを食べまわり、豊かな自然と清らかな川からなる美しい景観を眺めて心を満たす。

 これほどまでに楽しい時間を過ごしたことはなかった。どこを振り返っても断言できる。メイは赤い橋の上で欄干に手をのせ、沈みゆく夕日に向けて指さした。

 

「見てよみんな! 夕日ってこんなにきれいなんだね…」

 

 百鬼夜行の自治区の辺境にある粋逸村は、やはり百鬼夜行の建物の特徴を含んでいる。独特の雰囲気と魅力があって、剣の修行をしていた日々を思い出させた。

 メイの通うぽんぽこ学園の小さな自治区の隅の方に道場にも夕日を眺めるのにもってこいの場所はあった。でも。粋逸村で見る夕日の方が切なく、美しく、このまま時間が止まってくれたらいいのに。そう思えた。

 

「わあ…部室からじゃこの夕日は見れないね」

「とてもきれいです! ゲームのスチルみたいで、いつまでも眺めていたいです」

 

 メイの隣にユズとアリスが並ぶ。ふたりとも小さなケーキを乗せた小皿を持って、夕日に目を輝かせながらプラスチックのフォークを動かしていた。

 ふたりが買ったのは甘床屋のケーキだった。そこそこ長い行列を耐えて並んだのだから、ふたりがこの上なく幸せそうな顔をしていることは必然であるべきだし、幸福であるのはとても良いことのはずだ。ふたりの横顔を眺めて、それからメイはポンと手を打った。

 

「今日のお宿、向かっちゃう?」

「お宿…温泉旅館! 温泉って初めてだから楽しみです」

 

 アリスがウキウキ気分なのを隠さずにこたえる。温泉を楽しみにする機械の少女にそうだねと微笑みかけるユズ。他の面々は少しずつ沈んでいく夕日に目を奪われていて、黄金の輝きに照らされていた。

 

「そだ、ナツちゃんのお宿ってどこ?」

「『鶴の湯』ってところだよ。温泉も料理もいいところだって評判だから、はやめに予約はとってたの。その時からスイーツ部のみんなは誘っていたんだけど、予定が合わなくてね」

「私たちも鶴の湯さんなんだよ! モモイがすぐに予約してくれて。そうだったよね?」

 

 ふふんとモモイが機嫌よくメイの隣に並び、振られた話に頷いてこたえる。

 

「旅行が趣味の友達に頼んだの。いい感じの旅館をお願いって。そしたらいいお宿だっていう鶴の湯さんの予約をとってきてくれたんだ」

「すごい手際がいいんだね、そのお友達。予約を取るの、結構大変だっていうけど」

「あー、まー、うん。そいえばさ、先生も鶴の湯さんに予約をしてるんだって。そっちはもっと前に予約をとっていたのかな…うーん?」

 

 先程までモモトークでやりとりをしていたのだろう。とにかく、メイたち6人と先生たちは簡単に合流できそうだ。

 

「さっき言ってたスティっていう人のこと、先生に相談しないとね。せっかくのお祭りを台無しにしようとしているんでしょ。そんなロマンの分からない奴に好き勝手させたくないな」

 

 強い決意を感じるナツの横顔を見てメイは頷いた。隣のモモイもそうだそうだと息巻いている。

 

「私も同じ気持ち。だから先生を頼るし、頼られたらきちんと応えるよ」

「うん。あんまり戦うのは得意じゃないけどね。でも、悪い奴がいて手を出してこようというなら、逃げたりしないから」

 

 6人の間での情報共有は済ませていた。ビャッコスティなる人物が明日から始まるお宝探し祭りに悪意ある介入を企てているらしいこと、これを阻止するために先生の協力を仰ぎ、受け入れられたこと。

 お宝探し祭りに参加しながらビャッコスティの企みを阻止すること。それが明日からのメイたちのやるべきことに加わった。

 先生は「優先すべきはお祭りを楽しむことだけどね」としているが、一挙両得を狙うには器用さが足りない。少なくとも自分には。メイは息をついて一歩を踏み出す。

 

「さあ行こう! 鶴の湯さんでゆっくりしていこう――」

 

 メイが手を打ってみんなに合図するが、その視線は別のところに向いていた。

 そこには先生がいた。彼の前には見たことのない制服姿の生徒がふたり。先生たちは談笑しながらこちらに歩いてきて、先生がモモイたちにやあと声をかける。

 知らない生徒は、桃色の長い髪をした小さな女の子と、銀髪で獣耳とマフラーが目立つ女の子のふたりだ。小さい方は折り畳みの分厚い盾とショットガン、獣耳の方は白いアサルトライフルを吊って、ふたりともメイを見てぴくりと反応していた。反射的にメイは口を開いてしまう。

 

「こ、こんにちは?」

「こんにちは。君がサムライだよね? 本当に銃を持ってないんだ、うへ~すごいなあ」

 

 桃色の髪の子が親し気な様子で語りかけてくる。サムライなんて言うということは、先生が先に紹介していたのだろうか。メイは左手で木刀の鞘を軽く叩き、それから頷いた。

 

「私は山紫メイ。私立ぽんぽこ学園の1年生です」

「ホシノだよ。小鳥遊ホシノ。アビドスの3年生なんだ。よろしく~ほら、シロコちゃんも」

 

 にへらと笑う桃色の髪の子に続いて銀髪獣耳の子が「ん」とこたえる。それから獣耳の子が一歩前に出てメイに視線をあわせた。

 

「私は砂狼シロコ。アビドス高等学校の2年生。よろしく。一緒に頑張ろうね」

 

 シロコの自己紹介が終わってホシノが手を差し伸べる。握手しようということなのだろう。黒いグローブをはめた小さな手をメイは軽く握った。

 アビドスといえば砂漠にある学校のはずだ。昔はマンモス校として知られていたが、砂嵐が酷くなる影響で自治区の規模がかなり縮小したとか、そんなことがあったのを聞いた覚えがある。過酷な環境であるのは間違いない。そうしたところの出身ならば並みの学生よりも鍛えられたとか、そうなる必要があったのかもしれない。

 であれば隣のシロコも強い生徒なのだろう。そんなことを考えながら、しかしある疑問を浮かんだメイは口にしてみることにした。

 

「よろしくお願いします。でも、頑張るって…?」

「え? 一緒にビャッコスティをやっつけるって話だよ? 私とシロコちゃんはそのために先生についてくることになったんだから~ね、先生?」

 

 そうか。先生たちはもともとビャッコスティのことを知っていて、彼女に対抗するために粋逸村にやってきたのだ。アビドスのふたりはそのための戦力なのだろう。

 ホシノに話を振られたシロコは頷いて「でも」と言葉を続ける。

 

「粋逸村のおいしいものをホシノ先輩はたくさん食べてた。足湯とかだってたくさん満喫してたし、お土産をずっと選んでた」

「ええ~っシロコちゃんだってケーキとかお餅とか『ん、美味しい』なんて食べてたじゃない~おじさんだけが寄り道してたわけじゃないでしょ?」

「そ、そうだけど……先生、この子には伝えていないの?」

 

 今度はシロコが先生に話を振る。

 先生はやや離れたところでモモイたちと話をしていたが、シロコの声が届いていたのか、ゆっくりとメイたち3人のところに歩き出した。

 

「メイたちがスティのことを知ったのは偶然だったんだ。このメンバーで遊びに来たけど、現地でスティが悪だくみをしているのを知ってしまった。そう聞いているけど」

「ん、そんなことがあったんだね」

「みんな協力してくれて助かるよ。君たちがチェックインを終わらせたら別室で合流しよう。モモトークで部屋の番号を伝えるから。それじゃあ、私たちは先に行ってるよ!」

 

 またあとで! 先生は軽く手を振りながら鶴の湯がある方へと歩いていく。両横を固めるようにホシノとシロコがついていくのを見送ったメイは、とてとてと近寄ってきたモモイに声をかけた。

 

「先生たちの話、聞こえてた?」

「うん、もちろん。もう少ししたら私たちも鶴の湯さんに行こう!」

 

 

 

 

 

 

 チェックインを済ませたメイはゲーム開発部の4人と共に泊まる部屋で荷物を置いた。

 鶴の湯は想像以上に大きな温泉旅館だ。内装も嫌味にならない程度に豪華で、心が躍りつつもその場にいるだけで安らげるような印象があった。暖色を主に扱っていて、見ているだけで温まれそうだった。

 これからは温泉で温まるのだが――鶴の湯にはいる前に先生からのモモトークがあった。それによれば、ホシノとシロコが先に温泉に入りたいというので、先生の部屋で合流する前に行かせたという。

 ついでに一緒に温泉に入ればいいんじゃないかな。そう提案したのはモモイだった。明日は一緒に動くチームなのだから交流を深めるのは良いことのはずだ。メイはそう考えて頷き、風呂桶や着替え袋を用意して部屋のドアを開ける。

 

「やあメイ。一緒に温泉行かない?」

 

 そこにはナツがいた。とっくに浴衣姿になって風呂桶やバスタオルを脇に抱えている。ナツとは部屋の番号を教えあっていたから、誘いに来てくれたところだったのだろう。

 

「うん。これからモモイたちと行くところだったんだ。それでよければ」

「もちろんオッケーだよ」

「ありがと! それに、アビドスのふたりも温泉にいったみたいだよ。明日から一緒に頑張るんだし、なんかお話したいよねって思ってたんだ」

「同感だなあ。みんなも準備できたみたいだし、一緒に行こっと」

 

 部屋から出てきたゲーム開発部の4人とナツと共にメイは先頭を歩く。案内表示に従って大浴場への道を進んでいくと、次第に人の話し声が大きく聞こえるようになった。

 思ったとおり、大浴場の周りは人でいっぱいだった。風呂上がりの休憩所は結構な部分が埋まっているらしく、楽しそうに歓談する者や、漫画を読んでリラックスしている者、マッサージチェアで癒される者もいる。

 

 「女」の暖簾をくぐり、武器をロッカーにしまってメイは脱衣所で脱ぎ始める。財布やスマートフォンといった大事なものはロッカーに仕舞い、安心しながら風呂桶にシャンプーなどのアメニティグッズをつっこんで、いつでも浴場に行けるようにする。

 他の温泉客――どこかの生徒や、猫や鳥の獣人たち――の数も多い。はぐれてしまわないように気をつけた方が良さそうだった。

 

「おまたせメイちゃん」

 

 横から声をかけてきたのはユズだった。きれいな白い肌に揺れる赤い髪がよく映えていた。

 自分よりも少し背の高い彼女だが、体形は同じくらいだな、と改めてメイは思う。というより、含めてゲーム開発部の面々は幼い印象のある体形の子ばかりだ。ナツだってそうだ。

 もしかしたら自分たちは高校生だと思われないんじゃないか。そんなことを考えながらメイはユズに頷いてみせる。

 

「メイちゃん、その傷って」

「え?」

「ほら、左肩の……」

 

 歩きながらユズが示す傷を見る。確かにそこには目立つ傷跡があった。

 

「ああ、これは、辻斬りと戦った時のだよ」

「そっか……メイちゃん、あの時、大変だったもんね」

 

 どこかぎこちないユズの言葉にメイは理解した。あまり人に見せて良いものではない。手ぬぐいを左肩にかけてメイは浴場へ続く自動ドアの前に立った。

 

 

 

 結論から言えば。鶴の湯の温泉はとても心地が良かった。鶴の湯特製のシャンプーや石けんは使い心地がとても良かったし、時間のことを気にしなくてもいいのなら、心から満足するまでつかっていたい。

 けれども時間には限りがある。だからメイたちは最後にはいる温泉は露天風呂にすることに決めていた。夜になれば外はそこそこ冷えているが、温泉のなかは極楽が待っている。入ってみるのが待ちきれなかった。

 

「わーっ! 冷たい!」

「早く温泉に入ろう、お姉ちゃん」

 

 小走りで先を行くモモイとミドリ、体を丸めてユズとアリスがそのあとに続く。ナツはパンとほほを叩いて小走りで外に飛び出していった。

 最後に外に出たメイは外の寒さに体を震わせて、早足で露天風呂へと向かう。広く場所がとられたところで、寒暖差もあってか湯けむりの量が多い。先に向かっていたモモイたちはお湯につかっているはずだが、姿が見えないでいた。

 敷かれたマットでできた道をたどってメイは露天風呂に辿りつく。つま先をいれたところでメイは確信した。これまでで一番いい入浴体験だ。思わずため息が漏れてしまう。

 そうしたところでモモイが誰かと話している声が聞こえた。どうやら誰かに自己紹介をしているらしかった。誰と話しているのか確かめに近づくと、

 

「――アビドスには一度行ったことがあるんです。紫関ラーメンさんが美味しいって聞いてて、お姉ちゃんと一緒に」

「へえ~遊びに来てくれたんだ。ありがとお~」

 

 近づけば湯けむりの中でミドリとホシノが話をしていた。他のメンバーもわいわいとあれこれ話をしている。

 

「ん。メイも来たんだ」

「こんばんは! 露天風呂、すごい気持ちいいですよね!」

 

 首から下は温まって、頭だけはすっきりと涼しい感覚。声をかけてきたシロコは頷くと立ち上がった。運動が好きなのか、彼女の体はアスリートを思わせる強靭さが見てとれる。

 

「きもちいい…けど、のぼせそうだから、先にあがるね。ホシノ先輩ものぼせてしまわないようにね」

「わかったよ~私ももう少ししたらあがるから」

 

 そんなやりとりをしてシロコは手ぬぐいを持って露天風呂から去っていく。このメンバーで一番スタイルがいいのはシロコだな、とメイはぼんやり思っていた。

 

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