少女は木刀で失った青春を取り戻す   作:いかるおにおこ

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幕間1 剣先ツルギと辻斬りの対決

 

 夕日が落ち、代わりに空には月が上がっている。昼のじめっとした暑さはなりをひそめ、夜の闇がそうした熱をほぐしていた。

 

 街灯がぽつぽつと置かれている、さほど明るくない夜道をひとりの少女が歩いている。

 黒と赤の制服、首には皮膚がつぎはぎに見えるようなアクセサリー、そして刺々しい翼。見る者を恐怖させるような表情――唸り声をあげながら剣先ツルギは帰路についていた。

 

 今日は大変な日だった。トリニティ総合学園のあちこちで騒ぎがあって、正義実現委員会の仕事が長引いてしまったのだ。

 それだけならよくある話で片がつく。しかしツルギには、今日の彼女には、大きな問題だった。明日はシャーレの「先生」とちょっとしたお出かけをする予定になっていたからだ。

 

(もしかしたらこれってデートなんじゃ? 楽しみだな…で、でも、なにを話せばいいんだろ…う…?)

 

 知らず、乙女の顔になっていたツルギは、暗い夜道に誰かが立っているのをみていつもの怖い顔に戻っていた。

 背中と首が曲がり、奇怪な動きをしながら、よく見えない誰かに近づいていく。体の着物っぽいシルエットや向きからしてツルギをじっと見ているのは間違いないのだ。ヘイローも見えづらい場所にあってよくわからない。

 

「誰だ…?」

 

 迷ってしまって動けないとか、困ってしまって途方に暮れているとか、そういう事情があるのかもしれない。ならば助けてやるのがいいだろう。

 ツルギは唸り声をあげつつ暗がりにいる人物に近づいていく。

 だがその動きが止まった。

 冷たい思念、感情、空気――殺気を感じる。目の前の人物から。

 

「あぁおッ!!」

 

 背負っていた2挺のショットガンを取り出しざまに右のものだけぶっ放す。

 こいつはどうも気にいらない。だから黙らせてからどうするか考えることにしよう。

 しかしツルギの思うようにはならなかった。目の前の人物はなにかを瞬時に抜き取るような動きを見せ、同時にガキガキと金属同士がぶつかるような音が響いた。

 どうしてそんな音が? ツルギの疑問はショットガンのマズルフラッシュが教えてくれた。瞬間的な暴力を伴った光は、目の前の敵が「抜刀」しているのだと告げている。

 

 銃ではなかった。あれはどうみても剣、それも刀と呼ばれる形をしていた。

 ショットガンを回して次弾装填スピンコックしようとしたツルギに刀が閃く。回しているショットガンで受け流して一歩下がり、ほとんど無意識にツルギは叫んでいた。

 

「無駄だァッ!!」

 

 左のショットガンを突き出して撃つ。今度は「本気で」射撃したから攻撃の威力はあがり、巻き添えを食ったアスファルトの地面がえぐれる。

 たいていの敵はこれで黙ってくれる。だが刀使いはそうではなかったらしい。ツルギの本気の射撃をも弾き、反射した弾丸がツルギの頬をかすめていく。

 どうやって刀で弾き、反射させているのか理屈は分からない。ツルギの攻撃は面なのに相手は線で防御している。

 相手も「本気で」刀を振るっているのだろうか。左をスピンコックしたツルギは右を撃つふりをしてやめた。フェイントだ。敵は引っかかってショットガンを弾き飛ばそうと斬り上げている。

 

 月明かりに輝く刀は美しかった。これが戦闘中でなければじっくりと見ていたいくらいには。

 しかし美しさには残酷なまでの力が秘めているように見えた。つまり、これは模造刀などではない。ツルギは直感した。眼の前の人物――猫の面をつけている――は、紛れもなく「辻斬り」なのだと。迷うことなく殺そうとしている。

 

「ひゃはあっ!」

 

 何もない場所を斬り上げて隙を晒している辻斬り。返り討ちにするチャンスだった。

 ツルギは右のショットガンを撃つ。マズルフラッシュが奔り、全弾が辻斬りに命中しなかった。辻斬りがビデオの早回しをするかのような俊敏さで2撃目の斬りおろしを繰り出し、またも弾を弾き返していたからだった。

 同時に右のショットガンに凄まじい力がかかる。辻斬りの二撃目の狙いはツルギの姿勢を崩すことだったのだ! 

 

 とった――

 どこまでも冷たく、心の底からぞっとするような声。

 辻斬りの3撃目は首を狙っている。直感したツルギは崩された姿勢の勢いのまま、左のショットガンを辻斬りに狙いをつけずに撃った。

 左の射撃はミスではなかった。射撃の勢いを利用してショットガンの銃身で辻斬りの頭を強打しようとして、狙いどおりにがつんとめりこむ。

 

「がっ!」

「死ね!」

 

 ショットガンを次弾装填しつつ踏み込むツルギ。辻斬りは頭を軽く振りながらスタスタと無駄なく後退しつつ納刀し、構えた。

 

(居合!?)

 

 フィクションの世界では居合だとか抜刀術だとかがある種の必殺技のように描かれることがあった。いつか読んだバトル系恋愛漫画にそんな描写があったのをツルギは思い出した。

 眼前の辻斬りはそうしたフィクションから完璧に抜け出たような構えを見せていた。まずい。直感してツルギは左に駆け込んだ。

 直後に、先程までツルギがいた場所に刀が閃いた。あそこに留まっていれば間違いなく深い傷を負っていた。

 2撃目を警戒しつつ、右のショットガンで射撃の勢いを利用しながら殴りつける。大砲のような銃声とともに銃身を辻斬りにぶちこむところで、返す2撃目で防がれる。

 

「そこだぁあ!!」

 

 もう刀で防げない。ツルギは左のショットガンを突き出して辻斬りに向けて撃った。今度こそ全弾命中したし、無視できないダメージを負わせたはずだった。

 

「くっ…」

「お前。どこの誰だ」

「…勝った気でいるのか?」

 

 瞬間、右のショットガンが刀で弾き飛ばされた。ツルギの本気の射撃をもろに受けてなお歯向かう辻斬り。油断したわけではない。辻斬りの隠されていた闘争の意志は研ぎ澄まされ、とてつもなく鋭利だった。

 

「な、ぐうっ」

 

 いつのまにか抜いていた刀の鞘が飛んでツルギに当たる。相当な衝撃でどうしても後ろに下がってしまう。

 そうしながらもツルギは左のショットガンをスピンコックさせた。これが最後の弾だ。

 辻斬りは重力で自由落下する右のショットガンをキャッチし、スピンコックさせた。これも最後の弾だ。

 早撃ち対決のようにふたりはほとんど同時に銃を構えて向け、ほとんど同時にトリガーを引く。ツルギの眼前に広がるマズルフラッシュ。辻斬りの前には爆発が広がっていた。

 

「なっ…」

 

 辻斬りが撃ったはずの弾はツルギのどこにも当たっていなかった。奴が持っていた右のショットガンは銃身が内側から爆発したように破損し、弾が出ようはずもなかった。

 敵の姿はもうどこにもない。奴は鞘も回収してこの場を逃げ去っていた。自分と対等にわたりあい、どこかへ消えた。取り逃がしてしまったのだ。

 

「うー、ううー…ぐおおおおおお!!!」

 

 勝負に負けたわけではないが、勝ったわけでもない。くやしさと、危険人物を取り逃したことの焦りがツルギを絶叫させた。

 

「おおおっ、おおおーっ!!! ……そうだ、連絡しないと……」

 

 ひとしきり絶叫して落ち着きを取り戻したツルギは、壊れたショットガンを拾いながらスマホを取り出す。連絡先は正義実現委員会の副委員長、羽川ハスミだった。

 

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